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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
110/198

110.歯牙にも掛けられないベニート貴族

よろしくお願いします。

「はぁ・・・・」

ニーベルンは帰るために乗り込んだ馬車で腰をかけると、すぐに深い深いため息をつく。

馬車内にそのため息の原因を追求するものはいない。

普段ならば同乗する執事のゲイリーだったり、その他の側近たちがニーベルンの悩みを聞き出そうと声をかける。

今回その役目は唯一同乗しているクロームの役目のはずだった。

しかしクロームの内心もニーベルンとほとんど同じであるためにわざわざ口を開く気が起きなかったのだ。

しかしそれでも領主の懸念点を把握しておくことは配下として必要であると考えたクロームは一拍おいたのちに話を始める。


「まさか、あそこまでとは思いませんでしたね。」


クロームの発言を聞いた伯爵は下げていた顔をあげてフッと苦笑する。


「本当に想定外すぎる。

単身で、男爵とはいえ貴族の屋敷を落としたのだ。

おそらく元Aランク冒険者のシゼレコもやつに殺されたのだろう。」


「ミャスパーが言っていたことが確かならばその可能性は高いですね。この時点であの獣の強さはは最低でも元Aランク冒険者以上。

それにミャスパーの屋敷への襲撃は突発的なものに思えました。

仮に何の計画も立てずに貴族の屋敷を襲撃だなんて大それたことをしているとしたら、実力に加えてその精神が一番厄介ですね。」


「確かにあの力と予測できない行動性は危険だ。

だが、今回の件は完全に狐人に非があるわけではないという点が非常に厄介だ。

男爵の屋敷からは想定以上の地下牢から多くの拉致被害者が発見された。

狐人以上にこの件が他国、いや国内でも話が広まるのはまずい。

<ゲヴァルト>所属のミャスパーがしでかしたというよりもベニート領に住まう貴族が犯した愚行として話は広がるはずだ。そうなれば<アインハイミッシュ>の立場は今以上に悪くなる。ミャスパーを抱えていた<ゲヴァルト>の勢いも多少は割けるはずだが、そうなると<ズーザメン>の動きにも注意しないといけなくなる。

本当に面倒だ。」


「その辺りの調整は私の手には追えません。

むしろ私はこの街を守る兵士としてあの獣の処遇をどうするかが一番の問題です。」


領主としては狐人という個人よりも、竜人が多くの他種族を奴隷にしていた事実が広がることの方がまずい。

しかしクロームの言うように、兵士からすれば命に関わらない噂よりもちょっとしたことで貴族襲撃なんてことを簡単にする危険人物が街にいる方が問題だった。


ニーベルンは頭を抱える。


ニーベルン個人としては、あれだけの力を保持する狐人。たとえ獣人だとしても囲い込みたい。しかし出会ってから日が浅いどころか、今日が初対面のため趣味嗜好がわからず何を餌にすれば釣れるのかがわからない。

また短い時間だが、話した様子からあれを御せる自信がニーベルンにはなかった。

うまくあの狐人を使うことが出来ればベニート領だけでなく<アインハイミッシュ>を時流に載せることすら出来るとニーベルンは思っていた。

またそれだけの力があるが故に扱いを誤れば<ゲヴァルト>や獣神教と真っ向から武力を持って対立することになりかねない。


ニーベルンからすればあの狐人は劇薬以外の何ものでもなかった。


となれば、扱う自信がないのなら外に放り出してしまえばいい。


そのように考えるベニートだったが、しかしそれは世間が許さない。

貴族襲撃という大罪を犯した者を何のお咎めもなしにすることはできない。


「ならば、クローム。

お前ならばあの狐人をどうする?」


ニーベルンに問われたクロームは、ふむと一瞬思案顔になる。


「正直、あれこれ理由をつけてミャスパーともども殺すことが一番早いと考えていました。

しかし地下牢で行使した魔法を見たかぎり、死刑に反発し、武力で反抗された場合の被害が想定できません。父上は何か良い方法を思いついていないのでしょうか?」


「正直私も非常に困っている。

ただ一番波風立たない方法ならば表向きは処断したことにして、我々個人間で狐人と繋がりを作ることが一番簡単だ。

しかしそれには狐人の性格を把握しなければならない。

何に対して怒り、何に対して悲しむのか。

それによってうまく付き合っていくしかないだろうな。」


父の意見を聞いたクロームは眉間に皺を寄せて難しい表情になる。

「あの獣に出会う前ならば私は声を荒げていたでしょう。

一体どうして平民の、獣風情にそこまでお心を砕かれるのかと。

しかしあの実力を見てしまった現在、その方法が一番安全だということも理解できます。

話し合いの席には私を護衛として参加させていただけませんか?

他の兵士ではどうしても反感が強く出てしまいそうです。」


「それはありがたい。

護衛はお前とソリタリー、それに事情を説明してゲイリーにも協力してもらうしかないか。」



帰りの人数の減った馬車内は減った人数分以上の静寂に包まれるのであった。





一方、アルシアとナンシアに挨拶をすることなく流れで地下牢を後にしてしまったことをレイは悔やみながら帰宅していた。夜だが、当然街に人はいるためペスだった存在を見たものは皆一様に驚き、逃げる。しかしそんなことはレイの知ったことではない。

ペスだった存在に運ばれながら、レイは『テイル』上に記載されている『マーク』でミューの居場所を確認する。


オセアニア評議国の国土はサメが大口を開けたような形をしている。

東に都市国家連合国、北西にノマダ共和国が隣接しており、レイが今滞在しているベニートはほぼ都市国家連合国のある東側に位置している。

そんなベニートを遠く離れ、ミュー・ミドガルの反応は今、カテナ西国側にあった。

レイはてっきり、ハーフエルフのためノマダ共和国、もしくはエルフの森に向かうと思っていた。

自分の目算が外れたことは対して気にせず、そのままミューの動向を観察しながら頭の中で復讐プランを計画する。

レイは転移などする手段を持っていないため今すぐミューを追いかけることはできない。

そのため、あの時殺してしまう可能性があったとしても、追うべきだったのかも知れない。

ただシゼレコは元Aランク冒険者だったが、想像以上にあっさりと殺せてしまった。

パノマイトからイーリは10年前にSランク冒険者だったことを教えてもらったため同ランク帯でも実力に隔たりがあっても驚きはないが、それにしてもイーリとシゼレコを比べると差がありすぎると思った。

他の高位冒険者とも戦わないことにはシゼレコが弱すぎるのか、イーリが強すぎるのか判断つけられない。

そう考えたレイは致し方なくミュー見逃すことにしたのだ。


十全に殺すためにはもう少し時間が必要だった。


そんなことを考えながらペスだった存在に揺られているとあっという間に借りている宿に到着した。

ペスだった存在から降りて、頭を撫でながら礼を告げる。

そこでペスだった存在の扱いをどうしようかという問題に気がつく。

レイが借りている宿は決してランクの高い宿とは言えない。

獣のための小屋などあるはずもなく、またペスだった存在は以前よりも1.5倍ほど体を大きくしている。

そのため宿の扉から愛想の悪いぼったくり店主は恐る恐るといった様子でこちらを見ている。

そんな視線を気持ち悪いと思いながら、レイはペスだった存在に問いかける。


「宿が小さすぎて入れそうにないんだ。どうする?」


ペスだった存在は意味がわからないと言った様子で二つある頭を同方向に傾げている。

答えてくれるとは期待していないレイはそのまましばらく黙考してから魔法を発動させる。


「ここに入ってくれないか?明日になったら必ずリオちゃんに会わせることを約束するから。それまではここで大人しくしていて欲しい。」


そう言ってレイは黒魔法『黒沼』を発動する。

地面に突如発生した楕円形の沼。

黒一色でそこの見えない一度足を踏み入れれば2度と脱出することは不可能に思える沼だが、ペスだった存在はレイの思いが伝わったのか無警戒にその沼に足を踏み入れる。

そしてペスだった存在はゆっくりと沼にハマっていくように地面に姿を消していった。


その後レイは怯える竜人の店主を無視してそのまま自分の部屋に戻る。

扉を開けるとルノが待ってくれており、レイと目が会う前に恭しく挨拶をしてくれる。


「おかえりなさいませ。」


「ただいま」

レイはルノに挨拶を返す。

この街に来てからたった2日ほど会っていなかっただけなのに随分長い間会っていなかった不思議な感覚を覚える。


「リオちゃんは大丈夫そう?」


「保護したのちは一度も目覚めておりません。

HPに関しては何も問題はないので、時期に目を覚ますとは思います。」


ルノの報告に安堵したレイは自分が試験を受けに行った日のあらましを『天降り』で伝えたことも含めて再度ざっと説明する。ルノとギルドで別れたのち、復讐対象であるハーフエルフのミューミドガルに遭遇したこと。一時的な手段とはいえイクタノーラの殺意を鎮める手段があったこと。試験は筒がなく終了し、無事Cランクになったこと。迷宮で出会った訳ありのエルフとリオを痛めつけた貴族を殺しに行ったこと。それによってこの街の領主に3日後呼び出されたことを伝える。


するとルノはひどく申し訳ない表情を浮かべながら謝罪する。

「申し訳ありません。針珠蟲と黒糸天蓋でこの街を調べておきながら有用な事柄については今ひとつ手に入れることが出来ていません。」


「気にしないで。あんなゴミにわざわざ注目しないし、そもそももっと上手な使い方があったのに変な使い方をさせた俺の責任だから。」


レイはそう言ってルノの罪悪感を意識させないように言葉をかける。

しかしそれがルノに配下としての力不足を実感させてしまったようで、さらに表情は暗くなる。

実際、レイの指示の仕方が悪かったのは事実だ。


黒糸天蓋の能力の変化。


それに気が付かなかったレイの責任である。

ダイイングフィールドで『黒糸天蓋』は終末戦争の時に何度も使用した。

中には『黒糸天蓋』から得た相手の情報だけで終末戦争に勝利することも多々あった。

それだけにレイは『黒糸天蓋』という特殊技術を過信していた。

ダイイングフィールドで『黒糸天蓋』は指定範囲内の会話や行動、あらゆるログを参照することができた。

しかしゾユガルズに来てその力は変化していた。

能力発動時の手順などは全て同じだったが、得られる情報が現在進行形の物だけになっていたのだ。

ルノを諜報活動に優れた人材だったこともあり、真っ先にゾユガルズに召喚した。

勘違いしやすいことかもしれないが「諜報の能力」と「情報収集能力」は必ずしも同じであるとは言えない。

レイは確かに復讐対象の動向を探り、復讐計画を練るためにルノを呼んだ。

ただゾユガルズにおいてルノが得意とする諜報は現在進行形の情報を集めることであり、過去の情報を1から集めることではなかった。

そのため復讐対象の所在が不明の状態で無理に情報収集をさせてしまったのにはレイに問題がある。

『黒糸天蓋』は欲しい情報を吐いている場所に対して発動することが、最も有効的で正しい使い方だった。それを街全体の情報から欲しい情報を見つけ出すためだけに使用するのは非常に効率が悪い。

純粋に無理をさせてしまっていたのだとレイは反省する。


この世界に来たことでルノの、NPC配下としての能力は変化した。

『天降り』の時も感じたことだが、『黒糸天蓋』の運用法を誤ったことでそのことを強く実感させられた。


「ひとまず、ルノの方からも何かあるなら教えて。」


ルノはまだ申し訳ない表情を浮かべていたが、報告が先だと考えたのか一つの紙束をレイに差し出す。

「まずは受付嬢アルアについての報告書です。

『黒糸天蓋』の使用結果もその報告書の束に含まれていますが、大した情報は得られていません。」


レイは礼を告げてから気になっていたことをルノに尋ねる。

「そういえばルノ、襲われなかった?」


レイの問いかけた内容が想定外だったのかルノは目をパチリと瞬かせる。

「ご存知だったんですか?」


「今日殺そうとしてきた男爵の家にいた冒険者がそんなことを言ってたから何かあったんじゃないかって心配だったんだ。」


「あ、ありがとうございます。」

申し訳なさそうにしていたルノの表情は一変し、レイが自分の身を案じていたと知った途端に、嬉しこそばゆそうな顔になる。


そしてそのまま互いに互いの行動を伝え合い、最後に再度、リオに命に別状がないことを確認するとレイはそのままリオの隣で眠りに落ちた。レイの宿泊している宿にはベッドは一つしかない。

ルノはレイが戻ってくるまでリオをそのベッドに寝かせて看病していたが、レイが戻ってきたら当然どかすつもりだった。しかし幼子を無理やり起こし、ベットの外で寝かし、自分はベッドで寝るなんて王様な行動当然レイは出来ない。リオを起こそうとするルノを慌てて止め、どうにか説得し、その結果リオを真ん中に、一つのベッドで川の字を描いて眠ることになった。そんな眠り方ひとつで、ルノはレイとの子供に思いを馳せた結果朝まで一睡もすることもなく、ただ1人幸せな夢想時間を過ごした。


ありがとうございました。

年内に後、1話、2話上げるつもりですので、よろしくお願いします。

当然ですが、2章は終わりませんでした。メリークリスマス。

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