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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
109/199

109.物怪の幸い

よろしくお願いします。

「リダイオさん!マーナさん!」

駆け寄った人物のもとで膝をついてそっと頭を抱える。

リダイオもマーナも血まみれで非常に冷たくなっている。

死んでから数分なんて時間ではない。

それこそ1日、2日はこの状態で放置されているのではないかと思えるほど彼らは冷たかった。


「ベムとペスも・・・。」

2人をそっと地面に下ろしたレイは倒れている獣の方にも近づく。

血や土で汚れてしまっている毛を撫でようとしたが硬くなっており、手がつかえてしまう。

毛が血や汚れで硬くなっているのに加えて死後硬直による体の硬さも感じ、本当に死んでしまったのだと強く実感する。

この人たちを殺したのもおそらくシゼレコとミャスパー。

そう思った瞬間、この場でミャスパーを殺したい欲求に駆られそうになる。

イクタノーラの関係のない、純粋なレイの殺意。

その殺意を今、発露させることは領主がいる手前、流石にまずい。

そう思ったレイは慌て聖属性魔法『白癒』を発動させようとした。

しかしレイは殺意に飲まれることはなかった。一体どうしてなのか。

言葉に表しにくい違和感を感じながらレイはミャスパーに視線を向ける。

殺意は出ていないまでもレイの視線は戦闘力皆無のミャスパーからすると非常に恐ろしいものだったようで、ヒィッと短く悲鳴を漏らす。

いつでも殺すことの出来そうな男爵。

それに加えてリダイオやマーナが自分の配下やラールといった心を許した相手ではないことが、殺意が溢れ出さなかった理由なのだろうか。

自分の割り切り具合に少しバツの悪さを感じながら、2人の遺体から視線を逸らす。


レイは逸らした視線を眼下のベスに移し、優しくペスを撫でる。

そして殺意とは別の違和感を覚えた。

ペスにはベムを撫でた時の硬さがなかったのだ。

血や汚れによってガビガビになった毛は硬かったが、肉体はまだ完全に硬くなっていなかった。

違和感の正体を掴むためレイは再度ベムに視線を向ける。

口を開き、舌は垂れている。そして目は空いたまま倒れている。

間違いなくベムは息絶えていた。

しかしペスは目を閉じている。

そっと顔を近づけると非常に浅いが呼吸をしていた。

レイはその瞬間ミャスパーなんかへの憎しみよりも、ペスを助けなければならないと気持ちが切り替わる。


レイは聖属性魔法『エクストラガオナル』を発動する。

ペスの周りに淡い光が降り注ぐ。

3回ほどレイは『エクストラガオナル』を発動する。

周りの驚きなどガン無視してレイは全力でペスを助けるために魔法を行使する。


しばらくするとペスの呼吸は離れても聞こえるほどはっきりとしたものになる。

ペスの瞼は完全に開いてレイを捉える。

ペスはのっそりとした動きで体を起こすとレイに体を擦り付ける。

そして徐に立ち上がるとベムの死体に近づく。


死んだと思われていたペスが動き出したことにレイ以外の面々はギョッとして警戒体制をとる。しかしペスはこの場にいる面々を歯牙にも掛けず重たい足取りでベムに近づく。

そしてゆっくりと倒れているベムを見下ろす。

周りからは、同族が、家族が死んでいることを悼んでいるようにしか見えなかった。

それゆえにベムの体を捕食し始めた時は、ペスが動き出した時に与えた驚き以上の驚愕をもたらす。

流石のレイもペスがベムを食べるとは思っていなかったため、驚いて体が硬直する。

しかしその感情を整理する前に更なる驚きをペスは運んでくる。

ベムの体を綺麗に食べ終えたペスの体が変化を始めたのだ。

骨格は無理やり改造されているようだ。

骨がミシミシと軋み始めたと思えば、ついには完全にバキッと骨が折れる音がした。

中心にあったペスの顔は骨がミキミキと動くにつれて右にずれていき、左にポッカリと空間が生まれる。

その空間を埋めるために骨は毛皮を突き破り新しい部位を生成し始める。

突き出た骨は外気に触れながら頭のような形を作っていく。頭蓋骨が完成すると血の流れる首先からはどんどん血管が伸びていき頭蓋骨の内側に血の糸玉を形成していく。

この場にいるものは例外なく、生命の誕生という神秘的とも言える光景に目を奪われていた。

頭蓋骨の内側でどんどん血の膿が形作られていくが、その過程を隠すように頭蓋の外側に肉がつき、皮膚が形成されていく。最終的にペスの左側にはしっかりもう一つの頭が形成されていた。

生命の誕生という光景に目を奪われたためか、前後の記憶がうまく繋がらず、突然二つの頭部が現れたかにすら感じられる。


二つの頭はまるでベムとペスが一体化したような姿だったが、全体的に細かい変化も見られる。体は以前よりも1.5倍ほど大きくなり、左右上下から伸びている長い八重歯は鋭さが増した代わりに短くなっている。感じられる強さも以前とは比べ物にならない。

その結果、領主の護衛であるクロームは冷や汗を流しながら領主の前にたち武器を構えていた。

そんな周りの警戒心などお構いなしにペスだった存在はゆっくりとレイに近づいていく。

領主やクロームは何かあればすぐ逃げられるように準備をし、アルシアとナンシアはハッとした様子でレイに危ないと声をかける。

しかし、レイは近づいてくるペスだった存在からの敵意など全く感じられなかった。

そのためただゆっくりと近づいてくるのを待つ。


レイはこの場に来てから感じたわずかな喪失感はすぐにペスだったものが元気になってくれたことに対する喜びに変わる。

意識を奪われるほどの殺意に呑まれることはなかったが、それでもレイはミャスパーという男を殺したかった。しかし領主の手前そんなことはできない。

だからレイはペスだったもの一点に視線を固定する。


ペスだったものはレイの眼前まで歩み寄ると自分から足を折り曲げ、レイに視線を合わせる。そして自分から頭を下げてすり寄せる。

レイはペスとベム二頭とふれあっているように感じて更に心の充足感が高まる。


「リオちゃんなら大丈夫だから。体を張って守ってくれてありがとう。」


二頭の頭部を擦り寄られているレイはここが戦場跡とは思えないほど穏やかな声音でリオの無事を告げる。

その声は二頭だけでなく、リオを守るために命まで張ったリダイオとマーナに向けても発せられていた。


ひとしきり二頭と触れ合ったのち、レイはペスだった存在を連れて地下牢を後にしようとする。当然リダイオとマーナの遺体はアイテムボックスから布を取り出し、2人を包んでから黒魔法『黒沼』に沈める。

遺体を突然消し去る魔法にも驚いたのか、この場にいるものたちは誰もレイが階段を上がろうとしても動こうとはしなかった。しかしその後に続いたペスの巨躯に領主であるニーベルンが慌てて反応する。


「お、おい。待て。どこに行くつもりだ?」


レイは声をかけられたことで進んでいた歩を止める。

立ち止まって、しばらく思案したのち、振り返り、「帰ります。」

そう一言言ってその場を後にした。

当然、誰もレイの行動を止めるものはいなかった。


ありがとうございました。

もうすぐ今年も終わりますね、、、。2章終わるかな。。。

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