107.ベニート、胃痛との邂逅
よろしくお願いします。
当然、男爵が硬直している間に他の者たちの時間は進んでいた。
レイはシゼレコを殺したのち、逃げ出したミューを追うかどうか逡巡したが、今は諦めるしかなかった。遠くに逃げてしまったイクタノーラの復讐相手よりも先に、近場にいる男爵を殺す方が優先だったためだ。シゼレコの死体をよそに自分の開けた穴がある3階まで飛び上がる。そこには男爵に加え、見知らぬ竜人3人に加えアルシアとナンシアがいた。
レイを見て固まっている男爵を放っておき、レイはここまで一緒に来た2人に声をかける。
「アルシアさん、ナンシアさん、牢屋に連れられていた人たちの保護は出来ましたか?
何かできることがあるなら手伝いましょうか?」
「え、あ、はい。大丈夫だと思います。」
突然穴の空いた3階の壁から部屋に現れたレイに対して驚いていたが、ナンシアは話しかけられたことで辿々しくも問題ないと返事を返す。
「それなら良かったです。
ところでそこの偉そうな人は誰ですか?男爵の仲間ならすぐに殺しますけど、問題ないですか?」
拉致されていた人たちが無事だと聞いて安心した表情のレイはそのままなんとも物騒なことを口にする。綻んだ表情と話の内容の隔たりに呆気に取られたナンシアだったが、レイの言葉を聞いた途端に領主を守る兵士2人が武器を構えたことで我に返り、慌てて状況の説明をする。
「レイさん、この方はこの街の領主様です。
男爵が起こした問題を対処するためにここまで来てくださいました。
ひとまず話し合いがしたいとのことなので、一旦落ち着いてください!」
「男爵と領主は敵対関係にあるんですか?
そうでない限り、この一件を適当にうやむやにされそうな気がするんですが、大丈夫なんですか?」
レイの疑問を聞いてナンシアは即座に答えられなかった。
確かに領主は不当に拉致された人たちの補償はすると約束してくれた。
しかし男爵やレイの処遇については何も言及されていない。
むしろ事実確認のために両者とも拘束するとまで言っていた。
しっかり話し合った上でレイが不利益を被らないと断言はできない。
なぜならレイは衆人環視の中で貴族の所有物に手を出してしまった。
私兵が胸糞悪い行動をしていたとしてもその私兵に喧嘩を売ることはその貴族に喧嘩を売ることと同じである。
またレイの行動が男爵の罪を暴いて多くの人を救ったものだとしても、街の中で血みどろの事件を起こしたレイを領主としてなんのお咎めもなく解放するとは思えない。
そんなナンシアの逡巡によってレイの警戒が高まる。
しかしその警戒をほぐすため、レイからみて兵士の後ろに立っていた領主自ら声を上げた。
「貴様の行いはこの街を収める領主として見逃すことはできない。
しかし、事の次第によっては情状酌量の余地もあるのではないかと私は考えている。
状況確認のため、今は大人しく私についてきてもらおうか。」
ニーベルンの発言にアルシアとナンシアの2人はあからさまに安堵した。
しかしレイ個人として、自分は何も悪いことをしていないと思っている。
それなのに、罪を軽減することを前提としている話ぶりに、仮面の内側で眉を顰める。
この世界に来てから初めて貴族と平民という身分差を実感したことで、元の世界で受けてきた理不尽な扱いを思い出していた。
生まれた時からゾユガルズの住人であったアルシアとナンシアとはやはり感覚が違うのだろう。釈然としないと思いながらも状況をしっかりと確認したいため、ひとまずレイは了承した。
しかしそんなまとまりかけた空気を男爵はぶった斬る。
「何をおっしゃるのですか?!伯爵!此奴は我々貴族に手を出したのです。
即座に死刑にしなければなりま、ぐゔぉ!」
喚く男爵を煩いと思い、レイは発動させていた暗属性魔法の『闇触』を動かして男爵の口を塞ぐ。男爵は突然動いた自分を拘束していた触手に話を遮られたことに驚き、恐怖したが、即座に左後方のレイを睨む。
レイはその自分を見つめる目がひどく嫌で、さっさと殺してしまおうと『闇触』を動かす。
しかしレイの動かした触手が男爵の首を締め上げる直前にニーベルンが声をかける。
「大人しくついて来いと言ったはずだ。
この場で男爵に危害を加えることは許さん。」
「それで?」
伯爵の毅然とした態度も対人関係歴の浅いレイからすればひどく高圧的に感じた。自分の表面にレイというフィルターを挟まなければ、鈴屋泰斗のままでは諾々従ってしまいそうな雰囲気をしていた。
だからレイは言葉少なく聞き返す。
あくまで自分は泰斗ではなくレイであり、それを示すために。従順ではないと示すために。
しかしそのレイの態度にクロームは気色ばみ、ソリタリーは警戒心を高める。
伯爵もこのままでは本当に男爵を目の前で殺されかねないと考えたのか、別のアプローチの仕方を模索する。
「貴様が男爵をこの場で殺したいのなら、殺しても構わない。
しかしそうなれば貴様は貴族殺しだ。
私は正式に貴様と敵対しなければならない。
それにまだ男爵の罪は裁かれていない。
その状態で事件の問題を有耶無耶にするのも良くないだろう。」
高圧的な物言いは変わらないまでも、領主の言ったことには納得したレイはやや拘束を緩める。男爵は命の無事が保証されたことに安堵したがこれから自分が裁かれるのだと知り焦り始める。しかし口を塞がれた状態で言葉を発することはできない。
「男爵と貴様の身柄はこちらで預からせてもらう。
アルシアとナンシアと言ったか?お前たちは三日後に昼に私の館に来い。」
ニーベルンの有無を言わせぬ態度に2人は大人しく首肯する。
しかしレイはまたしてもニーベルンの意見に意義を唱える。
「俺は三日間拘束されるんですか?」
「そうだ。逃げられでもしたら困るからな。」
「断ります。俺はこれからこいつの私兵たちによって傷つけられた女の子の元に行かないといけません。」
「貴様、先ほどから自分の立場がわかって口を開いているのか?
伯爵様の判断次第で貴様は極刑になるのだぞ!!」
あまりにも淡々とした無礼な態度にクロームが再び声を荒らげる。
しかしレイはクロームを一瞥しただけで、視線を伯爵に向け直す。
伯爵は謎の圧迫感を感じながらも、どう答えるべきか思案する。
普通ならば、無礼な態度、街にもたらした被害などを理由に拘束してしまうのが最も手っ取り早い。しかしニーベルンの長年大都市を収めてきた経験によった勘がレイという得体の知れない獣をむやみに縛り付けるのは良くないと訴えてきていた。
そのためここは無礼な態度でも鷹揚に構えて許可を出すべきではないのかと考えた。
「ふむ。それは出来ぬ。しかし男爵の私兵が手を出して負傷したというのなら責任はこちらにあると考えることもできる。よって、貴様が逃げ出さぬようにソリタリーを監視として同行させる。これが最大限の譲歩だ。それでもダメだというのならばこちらは力ずくでも貴様を拘束させてもらう。」
ニーベルンは無礼な言動の目立つレイに対して上位者として度量のある態度をとって見せる。力ずくで拘束させてもらうと言ったが、それができるかどうか正直怪しいところだとニーベルンは思っているため、レイがどのような対応を見せる無表情の内側で心臓をバクバクさせながら待っていた。
「伯爵様、それは甘すぎます!此奴の態度到底看過できるものではございません。」
そんな伯爵の焦りを鎮めたのは配下であり、息子の言葉だった。
クロームは文武両道で若いながらにベニート領を支える自慢の息子だが、礼儀や格式を思いすぎるきらいがある。
それはクロームの美点であり、欠点でもあると考えていた。もう少し歳を重ね、柔軟性を身につけるまで特に口出しするつもりはなかったが、このまま歳を重ね、より頑固になってしまうのは困る。流石に伝えておいた方がいいかと考えたニーベルンはレイの返答を受ける前に息子の難儀な性格に思いを巡らせたことによって表裏で冷静になることができた。
「私は今、その獣人と話している。黙っていろ。」
そんな考えなど全く表に出すことはなくただ叱責をするニーベルン。
そしてニーベルンはクロームの謝罪を聞く前に再度レイに視線を向ける。
レイは2人のやり取りが終わるのを待っていたようで、ニーベルンと視線が合うと提示された内容を了承した。
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