106.投げたい責任
よろしくお願いします。
ニーベルンは馬車に乗り込むと、重々しく見えるため息、疲労の濃いため息を吐く。
騒ぎのあった現場は想像以上に惨憺たる状態で、現場を保存したため同族の亡骸がいくつも転がっているままだった。いくら粗暴な奴らだったとはいえ、流石にこんな最後には同情せざるを得ない。
そんな気分でいるとクロームが話しかけてくる。
「やはり、今回の一件に獣神教徒は関係なさそうですね。
どちらかといえば、最近話に上がるようになってきた人攫いの件ではないでしょうか?」
「人攫い・・・・人攫いか。
確かに竜人が被害にあっていないため、そこまで本腰を入れて調査していなかったが、男爵が怪しいという知らせはあったな。
人種がいたというなら確かにその確率は高くなるか?」
「はい。人種と共に動いているのなら獣神教は関係ないでしょう。
また、男爵の私兵たちが痛めつけていた人種の子供というのも気になります。
狐人とは関係が不明ですが、その状況に激昂して私兵に手を出していたとしたら非常に対処が面倒ですね。」
確かにクロームの言う通りだとニーベルンは思った。
狐人が獣神教徒だという考えはほぼ消え去った。
ただしそうなると狐人がどうして襲撃事件など起こしたのかが問題の肝になる。
そして目撃証言があったように、粗暴な私兵に乱暴にされた子供に心を砕き、私兵に手を出したかもしれない。
むしろ、その状況で感情を抑えきれずに手を出していないとしたら、なぜ公衆の面前で荒事を起こしたのか相手の意図が読めない。
それよりは非常に人間味のある襲撃者だと考えた方が気楽だ。
しかしその場合、どう処理するか非常に悩む。
心情的には自分の政敵派閥の奴らを処理してくれた心優しき狐人を諸手を挙げて賞賛したい。しかしそうすると<ゲヴァルト>の非難や民の不満につながる可能性がある。
そのためクロームは難しい顔をしている。
ニーベルンはクロームの考えを肯定しつつも訂正する。
「確かにクロームの言うように、その者が子供を助けるためにあの騒ぎを起こしたのなら対応は非常に難しい。
しかしそれ以上に、何か思惑があってあの場で襲撃を行っていた場合、対処はより慎重にならざるを得ない。」
今度はニーベルンの意見にクロームが意表を突かれた表情になる。
思案顔を浮かべて、どうしようか考えていると再び外から到着したと声がかかる。
冒険者ギルドの通りから男爵屋敷は比較的近い距離にあるため、数言、言葉を交わす間に到着していた。
先ほど同様に、ソリタリー、クローム、ニーベルンといった順で馬車を降りる。
先ほどは顔を顰めたニーベルンだったが、今度は顰める前に顔から表情が抜け落ちた。
人種からしたら分かりにくい竜人の表情だが、今の感情の抜けきった茫然自失の表情は他種族でもわかるくらいはっきりとしていた。
先に降りた護衛たちがやけに長い間安全確認をしていると思ったが、これは確かにひどい。
そうニーベルンが納得していると、クロームが話しかけてくる。
「流石にこんな状況の中に伯爵である父上をお連れすることはできません。
ソリタリーと共に馬車でお待ちいただけないでしょうか?」
クロームはニーベルンに言葉を伝えた後、後ろの屋敷に目を向ける。
ミャスパー男爵の、男爵には不釣り合いに豪華な邸宅は跡形もなく消え去っている。
門兵たちはどこかに消え、鉄柵の門はあり得ない方向に捻じ曲がっている。
門の奥の建物からは時折、石材の崩れる音が聞こえる。
しかし逆にいえばそれしか聞こえない。
これだけの惨事、普通もっと人の声が聞こえるものではないのか。
そんな思考に囚われているところに息子から非常に心配された声をかけたれたニーベルンは思わず頷きそうになってしまう。
しかしベニート領の伯爵としてそれはできない。
そのためニーベルンはクロームの申し出を却下し、非常に慎重に男爵家に進んでいった。
「父上、屋敷内に人の気配は感じられません。」
無理やりこじ開けられていた鉄柵のある正門から堂々と男爵家に足を踏み入れたニーベルンたちはそのまま鍵のかかっていない屋敷の正面玄関から生存者の捜索を開始する。
可能ならば襲撃者に対面する前に生きているものから状況を詳しく聞きたいと思ったニーベルンは誰もいない一階に早々に見切りをつけ、階を上がろうと指示を出す。
「細かく調べるには時間がない。
とりあえず、この状況を把握しているであろうこの屋敷の人間を探す。
一階には気配を感じられないならいい。
二階に上がるぞ。」
そう声をかけてニーベルンはまだ足場のしっかりしている階段に向かおうと歩を進める。
「誰だ!!?」
しかしその歩みを遮り、先ほどまで全く言葉を発していなかったソリタリーが誰もいない空間に向かって声を荒げる。
「な、なんだ?」
動揺したのはニーベルンだけで、詳しく状況を把握していないまでもソリタリーの発言を信じてクロームもソリタリーのいる方向に向けて武器を構える。
誰もいない空間としばらく睨み合っていると、壁が横にスライドする。
ソリタリーは何者かの気配に気がつき警戒したがまさか壁が動くとは思っていなかったようで一瞬体をびくりと硬直させる。
しかしすぐに動揺を押し殺し、ニーベルンと壁との間に自分が挟まるように移動する。
壁が完全にスライドしソリタリーが感じていた気配、2人の人種の女性が現れた。
2人も警戒はしているが、ソリタリーとクロームとは異なり戦闘体制には入っていない。
ソリタリーも護衛対象であるニーベルンを放置して相手に襲い掛かるわけにはいかないため、互いの出方を探って沈黙が流れる。
「私はベニート領の領主、ニーベルン・ベニートだ。
貴様らはここで何をしていた?」
先に領主である伯爵自らが名乗るなど普通はあり得ないが、状況が状況のため、最初に自分以外言葉を発すことのできるものはいないと考えたニーベルンは名乗りをあげて、相手の正体を探る。
ニーベルンが名乗りを挙げたため、人種の2人は警戒心をそのままに言葉を発する。
「私はアルシアと言う。隣にいるのはナンシア。私の仲間だ。
私たちはミャスパー男爵が私たちの同族や、それ以外の種族を無理やり拉致して奴隷にしているというほぼ確証に近い証言を聞いたため、この屋敷を調べにきた。」
アルシアという女性は相手がこの街の領主でも怯まずに自分達の行動目的を告げる。
その無礼とも取れる態度にクロームは眉を顰めたが、一方でソリタリーは狙いが自分達でないと理解したために多少警戒を緩める。
ニーベルンは相手の発言をじっくり吟味し、口を開く。
「我々は男爵の私兵が街の大通りで襲われていると報告を受け、調査している。
敵対の意思がないのなら今は無駄な争いは避けたいと思っているが、どうだ?」
「確かに私たちはその襲撃の現場にいた。
その私兵から地下牢のことも聞いた。
違法に売買した奴隷たちへの保障をしてもらえるなら私たちが領主に何かをするつもりはない。」
「き、貴様!」
クロームは流石に伯爵に対する言動に我慢できなかったのか、声を荒げて怒鳴りつけよとした。しかしその言葉をニーベルンが直接遮る。
「クローム。今は状況の確認が優先だ。黙れ。」
「、、失礼いたしました。」
ニーベルンの諫言に苦い顔をしたクロームだったが即座に謝罪し、黙る。
「我々は男爵が違法な奴隷売買をしていた証拠を掴んでいないが、不当に拉致されたものがいるならば必ず、対処すると約束しよう。
だが、その前に襲撃の主犯である狐人と色々と前科がありそうなミャスパー男爵を拘束しなければならない。」
「ミャスパー男爵を確保しなければならないことには私たちも賛成する。
レイの居場所は私たちも知らない。私たちは奴隷解放のために地下牢を探しに来たが、レイは犯人を殺すためにここに来ているはずだ。それに私たちはレイと敵対する理由もなければ、敵対したくもない。」
アルシアはレイの戦闘姿を見て、声を震わせる。
「それは、。急がないといけないな。
私は今からミャスパー男爵の私室に向かう。
男爵がまだ生きていた場合、狐人が男爵を殺そうとするのを止めるように説得してもらえないか。男爵を殺してしまった場合、我々は狐人も捕らえないといけなくなる。
こちらとしても無闇に争うことにはなりたくない。」
「そちらが、男爵を適切に処罰し、拉致されている者たちに補償をすると確約をくれるならば私たちは協力する。」
再度アルシアは無理やり奴隷にされた人たちに対しての保障を要求する。
「そうか。ならばそちらの条件は領主、ニーベルン・ベニートの名において約束しよう。
男爵を捕らえた暁には必ず、君達の条件を受け入れよう。」
ニーベルンはこの場に主犯である狐人がこの場にいない以上話す余裕ははないと考えアルシアの意見に同意する。
口約束だとしても領主直々の約束に、ただの冒険者であるアルシアたちはこれ以上何か言うことはできない。
戦闘になることも考慮して対等な交渉相手として毅然とした態度をとっていたが、約束までしてもらったため、2人は忠誠とまではいかないがそれなりの礼儀を持って伯爵に接するようになった。
そのまま5人はミャスパー男爵の私室のある3階に向かう。
扉は開いており、中からはなぜか新鮮な冷たい風が流れてくる。
初めに護衛であるソリタリーが中に入り、一応の安全を確かめた上で4人は中に入る。
ミャスパー男爵の私室の一角の壁には綺麗に穴が開いており、そこから冷たい風が流れてきている。
そしてそのすぐそばに謎の黒い粘体物質によって体の自由を奪われているミャスパー男爵がいた。
「伯爵様!」
扉に足を踏み入れた面々は状況を整理するために沈黙していたが、この状況に慣れ切ったミャスパーはいち早く部屋に入ってきた5人を視認した。
そして普段なら勝手に部屋に入ってきた相手を怒鳴りつける男爵だが、今はそんな余裕などない。必死に伯爵に助けを求める。
伯爵はクロームたち護衛を前にしてゆっくりミャスパー男爵に近づいていく。
「これはどういう状態だ?」
「た、たすけてください!愚かな獣が、突然我が家に押し入ってきたのです。
おい、貴様!この気持ちの悪い拘束を早く解け!!!」
ミャスパー男爵は憐憫を誘うような声音で伯爵に助けを求めたのちに、手前にいた護衛騎士に対してひどく高圧的な物言いで自分の拘束を解くように命令する。
「私の質問に答えろ。ミャスパー男爵。
どうして狐人は貴様の屋敷に押し入ってきた?」
「そ、それは・・・
し、知りません!あの獣の目的は私ではなく、シゼレコでした!
冒険者同士のいざこざに私は巻き込まれただけなのです!」
「嘘つかないで!あんたの屋敷の地下にいる鎖に繋がれた他種族たちは一体なんなの?!あれ全てシゼレコ1人の仕業なわけないでしょ!?
ミャスパー男爵は潔いくらいにシゼレコに罪をなすりつけようとする。
しかし伯爵の後ろに立っていたアルシアの糾弾によって言葉に詰まる。
「う、うるさい!誰だ?!貴様。部外者は黙っていろ」
ミャスパー男爵の子供のような反論に対して言葉を返したものはいない。
拘束されているミャスパー男爵は自分の言葉が見ず知らずの人種に効いたのだと考え、それ以上に高圧的な態度で拘束を外すように命令する。
しかしミャスパー男爵は言葉を投げれば投げるほど、5人の視線が自分に向いていないことに気が付く。
一体どこを見ているのだと考えた男爵は皆の視線の先を追う。
かろうじて動く首をゆっくりと動かして後ろを振り返るとそこにはシゼレコと戦っていたはずの狐人がいた。
「なっ!!!!」
男爵は驚きのあまり言葉を出すことができず硬直してしまう。
そして必死に状況を飲み込むために頭の中で思考する。
ここは3階だ。
壁をシゼレコごとぶち抜いて飛び降りることができるとしてもどうやって戻ってきたのか?壁をよじのぼってきたのか?
もしそうなら皆の視線が同時に向くだろうか?
何か物音がして自分も気づくのではないか?
物音?
そういえばいつからこの獣は後ろにいた?
全く気が付かなかった。
いや、そもそもシゼレコはどうした?
まだ30分も経ってないはず。
これほど早くに戻ってくるか?
しかも無傷?!
意味がわからない。
男爵は必死に思考を巡らせたが、結局何もわからず、ただ困惑を深めるだけに終わるのだった。
当然、男爵が硬直している間に他の者たちの時間は進んでいた。
ありがとうございました。
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