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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
105/198

105.領主の責務

よろしくお願いします。

ガルノー男爵の私兵が襲われた。


その報告にベニート伯爵だけでなく、衛兵がノックなしに部屋に入ってきたことに対して怒っていた執事のゲイリーですら呆気に取られ言葉を失ってしまう。

たった今、邪魔だと話していた相手が襲われたという。そんな相手のためにこれから自分がどう対応すれば良いのかすぐに判断を出せなかった。


ガルノー男爵の私兵は普段から素行が悪いことで街の竜人たちから煙たがられていた。

しかし貴族お抱えの私兵だということで、裏ではともかく表立って批判を受けることはなかった。


その代わりベニート伯爵のもとにはその私兵の横暴に対してどうにかしてほしいという要望が街の兵士、自分の騎士たちを通じて届いていた。しかしいくら自領の民が大切であっても要望者が平民であることには変わりない。

平民を1人2人、簡単に殺すくらいの貴族はざらにいる。

それに貴族間の派閥問題もある。

自分の属する<アインハイミッシュ>が時流に乗っていたら多少無理やりにでもガルノー男爵を消すことは出来たかもしれない。


そんな時にタイミングよくガルノー男爵の私兵が何者かに襲われたという。

その勢いに乗じて男爵の私兵、そして男爵自身を取り締まることはできるのか。

それともこの襲撃は予定調和であり、我々の動きを見る<ゲヴァルト>の策なのか。

ベニート領は<アインハイミッシュ>の中でもかなり発言力のある領地だ。

それだけに迂闊に動いて立場を悪くすることは出来ない。


「襲撃について詳しく報告を。」


考えを巡らせた伯爵は今後の方針を定めるために兵士の話をひとまず聞くことにした。

ぜいぜいと息を切らせていた衛兵はベニートが呆気に取られている間に息を整えたのか、ポツポツと自分の把握していることを語り始める。


「それは、また、難しいな。」


話を聞き終わったベニートは言葉通り難しい表情を浮かべる。

詳しい情報は分からないが、ガルノー男爵の私兵が集団で街中を歩いており、そこを襲われたという。

ガルノー男爵の私兵を襲った人数は一人でおそらく冒険者。

冒険者の場合、そのものを裁くことが難しくなる。

冒険者ギルドはそれなりの規模の街には基本的存在する。

領主の治める街に存在するため、領主が権限を握っていると考えられており、その考えは大体正しい。しかしその冒険者が他の街に移った場合はその冒険者の席がその街に移る。

低級の冒険者ならば貴族領主に睨まれることを恐れ、すんなり身柄を差し出すだろう。

しかしその冒険者がC級以上の実力者ならばギルドは組織の益のために冒険者を守る可能性が出てくる。

おそらく冒険者という曖昧な報告にもベニートは眉を顰めたが、それ以上に襲撃者の種が獣人だということにベニートは表情を取り繕う余裕を忘れ苦い顔になってしまう。


近年<アインハイミッシュ>の勢力が弱まってきているのには獣人との諍いが大きく関わっている。

獣神教が聖教の他宗排斥の勢いに乗っかり、竜神教を襲うようになったのだ。

元からあまりよくない獣人たちとの関係に溝がさらに深まり、<ゲヴァルト>はオセアニア評議国の総力をあげてクティス獣王国に攻め入る姿勢をとっている。

一方、<ズーザメン>と<アインハイミッシュ>は宗教を理由にした他国への侵攻をいろいろな理由をから制止している。

しかし国内で獣人が竜神教会を襲う事件が多発しており、民意は開戦に傾きつつある。

そんな中で、<アインハイミッシュ>であるベニートは聖国との関係を悪化させず、維持するために、国内に聖教会を建てた。

その聖教とのつながりを理由に<ゲヴァルト>からはミャスパー男爵を送り込まれているため、ベニート伯爵の動きは後々のオセアニア評議国の動きに大きく関わってくる。


「ミャスパー男爵の私兵が襲撃されたという報告が入ったのだ。

動かないわけにはいかない。

ミャスパー男爵を排するか、助けて<ゲヴァルト>に恩を売るかは私が襲撃者を直接確認してから決めよう。相手が獣人である以上、手を出しても出さなくても厄介なことになりそうだ。」


兵士に襲撃のあった場所を聞きながら、伯爵は防具などを支度し始める。


「ゲイリー馬車の準備を。

それと相手を刺激しないために護衛は最小限でいく。

クロームとソリタリーに至急、装備を整えて正門に来るように伝えろ。」


「お待ちください!流石にそれだけでは護衛が少なすぎます。

最低あと5名はおつけください。」


「よほどのことがなければクローム1人でもミャスパー男爵の私兵は全員まとめて殺せる。

問題ない。それに私は相手を刺激しないための少数だと言ったはずだ。」


「・・・畏まりました。」

不祥不承といった感じではあるもののゲイリーはベニートの考えに納得し了承した。

それからゲイリーは伯爵に指示された内容を他の護衛や側使えに伝える。

完全に息を整えた兵士は報告に対してベニートから一言ねぎらいのあった後に所定の位置に戻るように命令されて戻っていった。


ベニート伯爵が軽武装を整え、正門に向かうと一台の馬車に、完全武装した騎士が2人直立不動の状態で主の到着を待っていた。

ベニートの姿を確認すると2人は尻尾を一度地面に叩きつけた後に右手で左胸を勢いよく叩く。

竜人特有の敬礼を見せた2人は命令通りに完全武装し、馬車の準備も整っていることを伝える。


「たった今、ガルノー男爵の私兵が何者かに襲撃されたと報告があった。

情報が少ないため直接確認しにいかねばならない。そのため私の護衛としてクロームとソリタリーには同行してもらう。」


伯爵の言葉にソリタリーは一も二もなく了承したが、クロームはガルノー男爵・・・と苦い嫌悪の籠った声で呟く。


「父上、ミャスパーからの報告を待つのではないのですか?

伯爵自ら赴くほどのことなのでしょうか?」


クロームはニーベルン・ベニートの第二息子だ。

現在は長子が次代の伯爵になるためにニーベルンの執務の手伝いをしており、弟であるクロームは兄を支えるためベニート領内の騎士団長の座についている。

騎士団長を務めるクロームは当然ミャスパー男爵の日頃の行いについて含むことが多く、今回の招集理由についても否定的な意見を持っていた。


「襲撃者の数は1人だが、獣人だという報告が入っている。

昨今の情勢を考えると出来るだけ早急に対処しておきたい。

後々にミャスパー男爵から変な疑いをかけられるのは面倒だ。今の我々に<ゲヴァルト>を退ける余裕はない。

それに今回の襲撃者の思惑がわからない以上、まだミャスパー男爵に協力すると決まった訳ではない。

膿は出来るだけ早く出しておきたいからな。

残りの話は馬車でする。

ついてこい。」


一通りの説明を受け納得したクロームは、先ほどのソリタリー同様に了承した。



馬車内で話をするといったニーベルンだったが、本当につい先ほど起きた襲撃のようで細かい情報は得ていない。

そのため、一通りの考えをクロームに伝えたあとは逆にその獣人について心当たりがないか確認していた。


「私には思い当たる人物はいません。

ですが、話を聞く限りでは獣神教の者とも思えません。」


「それならお前は襲撃者の目的はなんだというのだ?」


「ガルノー男爵個人に何かしら私怨のある獣人である可能性が高いのではないでしょうか?ベニート領内で獣人が暴れて獣神教から襲撃があったと騒ぎたいのなら、<ゲヴァルト>であるミャスパー男爵の兵士が攻撃を受ける意味は何でしょう?

それよりも我々の戦力を削るためにも襲撃は直接我々に行い、その対処の仕方次第で<ゲヴァルト>は<アインハイミッシュ>を責めるというのが最も考えやすいです。

ですので、私は今回の襲撃者は純粋にミャスパー男爵を害したいと考えているものの行動ではありませんか?単独犯のようですし。」


「なるほど。」


ニーベルンはクロームの発言に軽く目を見張る。

確かに襲撃者が獣人だからと言って、そいつが獣神教徒だとは限らない。

昨今の情勢の関係により、指摘されるまでニーベルンは襲撃者が獣神教徒、もしくは<ゲヴァルト>の何かしらの罠だと検討をつけていた。

しかし角度の違う意見をもらいハッとさせられた。


「それに、」


クロームの意見について思考を巡らせていたニーベルンだったが、クロームの推測にはまだ続きがあるようで、話を続けようとしている。


「それに?」


「私の元にもガルノー男爵の私兵が襲われたという報告は軽く届いているのですが、その数にも疑問はあります。

ミャスパー男爵の私兵は元々、昼間から酒を煽るというあまり手本にならない生活を行っていました。

ですので、普段は適度な武装をしているだけのはずです。

しかし報告には全員がしっかりと防具をつけ、主武器を装備していたと聞いています。

それは日頃から怠けている男爵の私兵だとは考えられません。

事前に何か事件があって、その追跡者を探して街を集団で動いていたところを襲われたのではないでしょうか?」


「確かにそう言われるとそちらの方が考えやすい。

私はどうも<ゲヴァルト>の動きを疑りすぎていたのかもしれない。

仮にミャスパー男爵に私怨のあるものだった場合獣神教などとも何も取引せず、話を終わらすことができそうで、そちらの方がありがたいな。」


そんな話をしていると馬車が停車し、外から到着したと声がかかる。

馬車内で一言も言葉を発しなかったソリタリーが安全確認のため先に馬車から降り、合図をした後クロームも降りる。

再度安全が確かめられた状態でニーベルンは馬車を降りる。


自分の領内、街中に漂う死臭にニーベルンは顔を顰めずにはいられなかった。


「父上、もし気分を悪くされるようでしたら、我々が確認して参りますがどういたしますか?」


ニーベルンの表情を見ていたクロームが話しかける。

そんな息子の気配りを手を振り、無用だと退け、その場に待機していた兵士に声をかける。


「状況の報告を。」


「はっ。正確な時刻は不明ですが、19〜20時の間に冒険者ギルド付近に武装したものたちが暴れているためどうにかして欲しいと街の民から要請があり、対応するために問題が起きている冒険者ギルド前の大通りに駆けつけました。

到着したところ、騒ぎどころか人1人話している様子はないほどに静まり返っていました。

しかしその静寂の中、今以上の血生臭い匂いがここら一帯を覆っており、我々は状況を確認するために、辺りにいる人、手当たり次第に声をかけ状況を教えてもらいました。

皆、きっかけはわからないそうですが、粗暴な兵士たちの高笑いが突然悲鳴になったことで視線を向けたそうです。

中には粗暴な兵士たちは人種の子供を痛めつけて高笑いしていたという報告も入っていますが真偽は不明です。

そして悲鳴が上がってから5分、10分、それ以上と時間は定かではありませんが、粗暴な兵士の生き残りは1人となりました。

その兵士は冒険者ギルドの前まで引き摺られた後、何か会話した後に襲撃者である狐人に連れられて男爵様の屋敷の方に去っていきました。

あまりの出来事に皆、硬直しておりその者を捕らえるか、捕らえようとしたところで捉えられるのかわからず、ただ立ち尽くしてしまいました。

また狐人は冒険者ギルドの前で人種と話をしており、共に男爵様の屋敷に向かって行きました。我々は後を追うか、この場から固まった状態の人たちを助け出すか悩み、兵士1人を尾行につけ、残りの兵士でこの場を保存することになりました。報告は以上になります。」


ニーベルンは報告を聞きながら騒ぎのあった大通りが通行止めになっていることを確認する。報告の内容に重々しく頷くと、軽く現場を確認した後に再度兵士に声をかける。


「我々はこれから、襲撃犯が向かったとされるミャスパー男爵の屋敷に向かう。

現場は改めて確認したいことができるかもしれないため、このまま保存するように。」


「かしこまりました。」


ありがとうございました。

進捗状況や更新を伝えるためのTwitter始めました。

よかったら見てください。

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