104.襲撃2
よろしくお願いします。
起き上がり咆哮を上げる姿をレイは子供が大人を見上げるような視線でただじっと眺める。
「今、どれくらい体力減りました?攻撃、あと何発受けることができますか?」
咆哮して自分を奮い立たせようとしたシゼレコだったがレイの平然とした態度に竜鱗が泡立つ感覚を覚え、身震いする。
「黙れ!」
眼下のレイを潰すため、そしてレイを視界から外したいという内なる心の思いに駆られてシゼレコは回転して尻尾の薙ぎ払い攻撃を繰り出す。1mはありそうな長い尻尾の攻撃は当たれば致命傷を避けられないことだろう。しかし回転したシゼレコは尻尾が空を切ったように感じた。避けられたということはレイの反撃を意味する。焦ったシゼレコは即座にレイを探す。潜在的な恐怖からあれだけ視界に入れたくないと思っていようと戦闘相手から目を離すことが悪手中の悪手であることは、元Aランク冒険者であるシゼレコは当然理解している。
「だから、あとどれくらい攻撃受けられますか?」
その声にハッとしてシゼレコは自分の尻尾が薙ぎ払った地点に目を向け、さらに困惑を深める。レイは攻撃を受ける前と同様にその場にシゼレコを見上げるようにして立っていた。
どうしてその場に立っているのか、攻撃はどのようにして避けたのかなど色々口に出して叫びたかったが、レイの自分を見つめる視線が戦闘相手ではなく何か別のものを見る視線のような気がして一層寒気がひどくなる。
その視線の正体を探るためにもう一度レイに視線を向けた途端、レイの立っていた地面が深く抉り取られる。レイは後方に飛び退いており、自分との距離が空く。
一体誰がこんな攻撃を仕掛けたのか、第三者、潜在的な自分の敵になり得るのではないかとその攻撃手を探す。
「シゼレコさま、いったい、何事、でしょうか?」
しかし今の攻撃が自分の援軍だと理解し、シゼレコの焦りはすぐに霧散する。
「ミドガル、今まで何をしていた?!遅いぞ!」
「変な竜人に絡まれて、戦っていました。魔力回復のために、ヒッィ,,,,,,,,」
オセアニア評議国で行われている違法奴隷売買はボーモス侯爵の派閥である<ゲヴァルト>が率先して行っていた。
自分達竜人が最も優れており、他国侵略も率先して行おうとする彼らは国内に存在する竜人以外を手っ取り早く追い出すために、奴隷にして無理やりにして売り捌いていた。
その売り金は軍費の足しになり、非戦論派の反論を減らす要因ともなっていた。
ミュー・ミドガルはある顧客に雇われている現役Bランク冒険者で、そのためCランク試験の試験官がシゼレコとミューの2人になるタイミングで奴隷の売買は何度も行われてきた。
シゼレコは自分より多少実力は劣るものの現役のBランク冒険者であるミューがこの場に現れたことで勝機を掴んだと考えた。
しかしその考えは即座に霧散させられる。
ミューは遅くなった言い訳をしている途中に突然悲鳴をあげる。
視線を向けると、防御系の魔法器が発動しミューの体を覆っている。
影響は自分にも広がり、途轍もない殺意に飲み込まれそうになる。
ミューの悲鳴の出所、この殺意の発信源は黒狐だった。
先ほどまで自分を眺めていた無感動な瞳は殺すべき相手を見つけたとして禍々しく輝いている。濁った輝きに今まで自分が適当に相手されていたことを自覚し、恐怖心が一気に体を縛り付ける。
「ミドガル!何を連れて来やがった!?」
先ほどまで戦っていた相手とは全く異なる雰囲気にミューが何かをしたのではないかと考える。しかしシゼレコの言葉にミューは意味がわからないと首を横に振る。
「こいつはお前が来た途端に殺気を無差別にばら撒き出した。
それまでこいつはこんな怒り狂っていない。
何に手を出しやがった!?」
自分の監視対象がレイの怒りを買い、襲撃されたことを棚に上げてシゼレコはミューを怒鳴りつける。
普段のミューならばシゼレコの怒声に体をすくめ、怯えるがそれ以上の恐怖を前にミューの口調もいつもより荒くなる。
「知りません!この間も急にこの威圧を、きゃあああ!!!」
話している最中にレイの殺意が増大する。
指輪の効果で防御を展開したが、殺意という物理的ダメージを伴わない攻撃はミューの体に直接響く。怯えから今度は右手中指にはめている指輪が突然赤く光りレイに向かって攻撃魔法が繰り出す。
シゼレコはそんなミューの様子から黒狐には絶対に勝てないと悟ってしまい、どうすれば自分が生き残れるのか必死に思案する。
そんな最中に突然ミューは攻撃を仕掛けた。
余計なことをするなと叫ぶが攻撃魔法は既に発動し、レイ目がけて向かっている。
シゼレコはこの魔法をレイが避けてミューに気取られている間にどうにか逃げることはできないかとひっそり竜化を解除する。
そんなシゼレコの計画はレイに魔法が直撃したことによって頓挫した。
なんの捻りもない一直線に飛んでくる魔法を避けられないはずがないと考えていたシゼレコはその魔法の着弾点、レイを凝視してしまった。
最後の逃げる機会を捨てて。
2人がレイの殺気に動転している一方、レイもレイで余裕はなかった。
シゼレコとミュー。
1人は知り合いを傷つけた組織に属する実験体。
もう1人はイクタノーラの復讐相手。
どちらも殺すという結果に変わりない。
しかし過程は異なる。
シゼレコは実験した後にさっくりと。
ミューは死にたいと懇願させて生と死の間を何往復かさせてじっくりと。
どちらも殺すことには変わりないが、それぞれ殺すまでの手順がある。
それなのに2人は同じ場所に現れた。
これでは自分の計画が崩れてしまう。
シゼレコで実験しないことにはミューがどれくらいの攻撃に耐えられるかがわからない。
しかしミューのせいでイクタノーラの殺気が溢れ出て手加減などする精神的ゆとりはない。
とにかく一度魔法を行使できるまで落ち着かなくてはならないと必死に自分の殺意を体の中に封じ込める感覚で押し込めていく。内から生じてくる殺意を抑えるために外に気を向ける余裕はない。
だから目の前に敵が2人いる中で、レイは無防備な姿勢を晒してしまっていた。
頭を抱えて下を向き、極力ミューを視界に入れないようにしていたが、その集中が原因でレイは魔法の攻撃を直接食らってしまった。
だがその攻撃はLv200のレイには大したダメージにならなかった。
魔法が直撃し、レイの存在がシゼレコたちから一瞬消える。
それによりシゼレコは今の攻撃で死んでいないかと心のどこかで期待してしまう。
だがその淡い希望は煙がかき消え、変わらず俯いて立っているレイを見て砕け散る。
シゼレコとミューが魔法を喰らっても無傷なレイを見て絶望しているが、レイは別に無傷というわけではなかった。レベル差が大きすぎて大したダメージが入らなかっただけで、かすり傷程度のダメージは入っている。
だが、そのかすり傷がレイの精神にゆとりを与えた。
痛みという感覚を覚えたことでほんのわずかに殺意が弱まる。
そして弱まった一瞬を逃さずに『白癒』を発動させ続けた。
発露し続ける殺意をどうにか精神回復魔法を使い続けることで打ち消した。
ようやくレイに相手の様子を観察する余裕ができた。
そしてレイはまず実験を続行させることは無理だと諦めた。
殺意を封じ込めるためにずっと魔法を発動させていることで、2発目の『闇弾』を打ち
むことが出来ないのだ。
レイも今回初めて知ったが、殺意を封じ込めている間は魔法の枠が埋まるためか自由に魔法を使うことが出来なくなるようだ。
そのためレイは迂闊にミューを攻撃することは出来ない。
威力を誤りうっかり殺してしまっては、きっとこの封じ込めている殺意を解消することが出来ない。
そのためレイはまずミューを無視してシゼレコを殺すことにした。
どちらも殺すことは決定しているためにその判断に躊躇いはない。
アイテムボックスから童子絶切を取り出して斬りかかろうと動く。
だが、アイテムボックスから童子絶切の取り出した瞬間、再び殺意が外部に漏れ出る。
幸い『白癒』によって封じ込めている隙間から殺意が僅かに出てきただけだったので、まだ冷静に思考するゆとりはある。
レイは取り出した童子絶切で急いで自分の足を刺した。
この童子絶切の切れ味よりも自分の体の耐久値の方が高いため、体にはなかなか刺さりにくい。刀に鉤がついているかのようで非常に抜くのにも苦労した。
しかし痛みによって無理やり、殺意以外の精神的な枠を作り出すことにより、魔法をどうにかして発動する。
『白癒』を再び自分にかけながら、レイは思考する。
どうやら魔法だけでなく、殺意を抑え込んでいる間はアイテムボックスを開くことも難しいようだと。
この殺意は本当に扱いにくい。
そう思いながら、再度レイはシゼレコに向かって突進する。
魔法やアイテムボックスが使えなくなるのは不便だ。だが、先ほどから戦っている感じではシゼレコを殺すのにわざわざ魔法は使用する必要がない。
シゼレコはタイムリミットなのか竜化が解除されており、レイの攻撃に反応する様子もない。ただ、眼前にレイの姿を捉えることもできず、当然反撃する間も無く脳天から左右に両断される。
元Aランク冒険者にしてはあっさりすぎる最後にレイは何かの罠ではないかと眉を顰める。
しかし両断された体が再生したり、別々に動き出したりする様子はない。
想像以上に弱かったためミューに対する手加減がどれほどにすれば良いのかわからず、レイは困惑する。
しかしそのレイの困惑を相手は待ってくれなかった。
ミューはどうやらレイがシゼレコに突進した隙に逃げていたようで、周囲に隠れている気配も感じられない。拮抗していた『白癒』の威力がイクタノーラの殺意を上回っているような感じがした。
レイは急いで無属性魔法『テイル』を発動させる。
街中のため生命反応は大量にあり、正直ミューを探し出すことは難しいと思っていた。
しかし『テイル』の範囲から高速で遠ざかる反応を見つけた。
偶然『テイル』の範囲から外れているだけかもしれない。だがレイは直感でこの反応がミュー・ミドガルなのだと悟った。
今から追いかければ間に合うかも知れない。
しかし、追いかけてどう殺せばいいのか。
分からない。
結局レイは無属性魔法『マーク』をその反応につけ、追いかけるのを諦めた。
戦闘が思いのほかあっさり片付いたため、庭先は土が抉り帰ったりした箇所は少なく、死体も一つしかない。レイは軽く助走して『闇触』で捉えていたミャスパーの部屋まで跳躍する。
するとそこにはミャスパーだけではなく、アルシアとナンシア、それに見知らぬ竜人たちがいた。
ありがとうございました。




