103.襲撃1
祝日で書く時間があったので今日投稿します、よろしくお願いします。
ミャスパー・ガルノーの屋敷は突然の襲撃によって混乱の渦に巻き込まれていた。
地下牢から3階の自室に移動していたミャスパーはシゼレコと共に逃げ出した娘が捕えられて来るのを待っていた。
「おい、なんだ?今の音?」
「わ、私は知らぬ。
おい!そこのお前、確認してこい!」
半日以上経過しても戦闘後の雰囲気が抜けきらないシゼレコを恐れ、ミャスパーは何をするにしてもシゼレコの様子を伺いながら行動していた。
そしてその内心で、娘をなかなか捕まえてこない私兵に腹を立てていた。
捕らえた娘は昨日の戦闘の最中に逃げられていた。
シゼレコもそれについては気が付かなかったためミャスパーを責めていない。
翌朝からBランク冒険者のミュー・ミドガルと自分の私兵たち総勢30名を捜索に当たらせている。しかし、既に日が暮れたにも関わらずなんの報告もない。
そのためシゼレコが機嫌を悪くしてないのかと恐れ、そんな気遣いをどうして自分がしなければいけないのかと憤慨していた。
だからいつも以上にミャスパーは周囲の兵士たちに対し、あたりが強かった。
命令された兵士が部屋を出て行き、報告を待つ。
しかし出ていった兵士とほとんど入れ替わりで他の兵士が報告に来た。
「失礼します!
敵襲です!屋敷内に何者かが侵入してきました!」
その報告を受けた途端、ミャスパーは昨日の娘が領主に何か報告をしたためベニート伯爵お抱えの私兵がなだれ込んで来たのだと顔色を悪くさせる。
一方シゼレコは冷静にその兵士に相手の数と特徴を聞く。
「狐人1人とと人間が2人です。」
その報告にミャスパーは安心し、シゼレコは眉を顰める。
「狐人?毛並みは黒か?」
シゼレコの問いに対して兵士は頷く。
シゼレコは合点がいったという表情で頷き、立ち上がる。
「男爵様、おそらくそいつは昨日とらえた褐色エルフの連れだ。
どうやってかは知らねえけど、あんたがそいつを捕まえたって調べたようだ。
あいつもそれなりに強いはずだから俺が出るぞ。」
「ああ、任せる。」
ミャスパーは褐色肌のエルフのことなど全く知らなかった。
それだけ珍しい奴隷なら、昨晩のごたつきがあったとはいえ、自分の耳に入っていないはずがない。何のことだと思いはしたが、今のシゼレコに何か口出しをして何かされることを恐れたミャスパーは何も言えずに黙り込む。
シゼレコもシゼレコで昨日の激戦のせいで褐色肌のエルフ、ルノのことについて今の今まで忘れていた。そして昨日ケルィナが捕まえに行ったことを思い出し、奪還のために黒狐が現れたと考えた。
ミャスパーから知らないと聞けば違和感を感じたかもしれないが、それは何もかも遅すぎた。
「こんばんは」
シゼレコが敵襲に対応しようと立ち上がったタイミングで扉の方から先ほどの兵士とは別の声が聞こえてきた。
騒然とした屋敷内に圧倒的に不釣り合いに穏やかな声音。
だが、その声音の穏やかさはシゼレコたちの心を泡立たせる。
ただ自分の存在を認識させるためだけに発したような、それでいて途轍もない怒気を孕んだ声。
そんな声に苛立ちながらミャスパーとシゼレコは声の方に視線を向けた。
しかしその視線の先には報告に来た兵士しかいない。
だが次の瞬間、その兵士の頭がゴトリと床に転げ落ちた。
兵士は自分の頭が床に落ちてなお、自分の現状に理解が及ばないのか頭の乗っかっていない体を凝視している。
「どこの世界でもトカゲは生命力旺盛なんですね。」
ミャスパーもシゼレコも同様で、その声がするまで兵士の頭と体を交互に見ていた。
しかしその兵士の体の後ろ側から声が聞こえたことで自分達以外の存在を目視した。
「だ、誰だ貴様!」
ミャスパーが恐怖から興奮して怒鳴り散らすのと、兵士の体が切られたことを自覚して血を撒き散らして床に倒れたのはほとんど同じタイミングだった。
ミャスパー男爵の私室は貴族の部屋なだけあって、高そうな絨毯が広げられていた。
そのため兵士の体が倒れても大きな音を立てることはなくミャスパーの怒鳴り声はしっかりレイに届いた。
「そいつが俺らが攫った褐色エルフの連れだ。」
男爵の問いに答えたのはレイではなくシゼレコだった。
レイはシゼレコの発言の意図がわからず、小首を傾げながらシゼレコに視線を送る。
見覚えある気がしたが、はっきりと見分けられる竜人がザーロとアルアだけのレイは誰だったかと記憶を遡りつつ、言葉の意味も考えていた。
その一方で男爵に答えたシゼレコはレイの疑問を持った態度など全く気にならないほどに焦っていた。
シゼレコは声をかけられるまでレイの存在に気がつくことが出来なかった上に、兵士が殺される瞬間も捉えられなかった。相手の力量がどれほどのものか判別つかない。
流石に本気を出せば倒せるだろうが、昨日の今日で現役から引退した身を酷使することは負担が大きすぎて躊躇われた。
だからシゼレコは一時的にその場をやり過ごすために交渉を持ちかける。
「おい、お前の目的はあのエルフの救出だろ。
それなら俺が後で連れて行く。だから大人しく帰れ。」
「はい?何の話ですか?」
本気で何をいっているのだろうという様子の黒狐に困惑するシゼレコ。
だが、シゼレコはレイがこちらにより良い条件を提示させようとしていると考え、さらに条件を上乗せする。
「ここで大人しく帰るならこの襲撃はなかったことにする。
それと希望に沿った金も払おう。」
その言葉に男爵は目を丸くするがシゼレコは気にしない。
どうにか戦闘を行わずにやり過ごしたシゼレコは男爵を無視して話を続ける。
「いや、無かったことになるのは襲撃ではなくて、この家ですよ。
お金は要らなくはないですけど、話がズレるので断ります。
それより、さっきからエルフエルフって言ってますけど、ルノのことですか?それが何です?」
意味のわからないことに加え、状況を把握していなそうな黒狐に対してシゼレコも意味が分からなくなる。
「家がなくなるとはどういうことだ?
それにお前は仲間のエルフを助けに来たんだろう?」
「よく知りませんけど、ルノにも手を出そうとしたんですね。
あ、思い出した。昨日の試験監の方でしたっけ?
でもルノなら無事ですよ。さっき会いましたし。」
「ならばなぜ襲撃を仕掛けた!?」
相手が誰だかわかって痞えが取れ、晴れ晴れした声音で話すレイに対して、シゼレコの表情はさらに苦くなる。なぜならシゼレコは相手の口調からケルィナが仕事を失敗したのだと理解したためだ。
しかしそれならどうしてここに乗り込んできたのか。
訳がわからず、思わず叫ぶ。
「だって俺の知り合いに手を出したじゃないですか?
あんな小さな女の子に手を出すなんて信じられないですよ、ほんと。
だから男爵関係者は皆、殺します。」
「女の子・・・?あの人種のガキか?!
たったそれだけのことで貴族殺しになるつもりか?!」
シゼレコはエルフとは別で、昨日いつの間にか逃げられていた娘とも関係があったのだと理解した。しかし仲間ではない、ただの知り合いというだけの関係で貴族に殴り込みに来るなんて考えられなかった。普段の酒で赤らんだ顔ではなく、気色ばんだためにシゼレコの表情は朱色に染まっていく。
だがこの怒りはレイからすれば当然のものだった。
いや、当然になりつつあるものだった。
泰斗だった頃は自分に力がなく、周りには仲間はおろか味方もいなかった。
理不尽は全て受け入れなければならなかった。
それはイクタノーラの記憶を受けた、ゾユガルズに来た当初も同じだと思っていた。
しかしラール、サーシャと自分を受け入れてくれる人、それにルノという大切な配下が自分の周りにはいるということでレイは徐々に、過去の理不尽に対して抗えるようになっていた。
そしてリオという知り合って間もない少女が理不尽に痛めつけられていた光景は過去の自分を、そしてこの体に蓄積されたイクタノーラの記憶に触れる部分があった。
だからレイは力を使うことに躊躇うことはない。
それが例え、貴族殺しであるとしても。
「ええ、何か問題ありますか?」
淡々と答えるレイにこれ以上問答をしても無駄だと考えたシゼレコは戦闘体制に入る。
「『竜化』」
シゼレコの体がメキバキと音をたてながら、変形を始める。
元々全身鱗で覆われていた体のため大きな変化は少ない。
しかし体が1.5倍ほどに大きくなったり、生えていた角がエリマキトカゲの襟のように広がったり、でっぷり肥えていた腹の鱗が剥がれたりしていた。
レイからすればサイズ変化以外はむしろ弱体化したのではないかと思うくらいダサい変化だったが、ミャスパー男爵は違った感想を抱いたようで、突然現れた襲撃者に対する恐れは消え、シゼレコの竜化に感動している。
「おお、これが竜人の中でも限られた者しか会得できない竜化・・・・なんと美しい。」
竜人の中でも限られた人だけが使える種族固有スキル『竜化』を前にミャスパー男爵は感動している。しかしそんな竜人事情など知らないレイは絶対この男爵とは美的感覚が合わないと思った。
竜化したシゼレコが勢いよく顔を上に上げる。
一体何をするのだろうとレイがシゼレコの様子を見ているとシゼレコは空気を腹一杯に吸い込み、レイ目がけて勢いよく吐き出す。
吐き出した息はただの空気ではなく、炎に変化してレイを襲う。
レイは魔法を使った様子のない攻撃に、首を傾げながら横に飛び退く。
レイの立っていた床は吹き飛び階下が見える状態になってしまう。
その攻撃跡をぼんやり眺めていると、竜化により声帯が太くなったのか、野太いシゼレコの嘲笑が聞こえる。
「ガガガガガがが。
お前が訳のわからないことを言わずに大人しく帰っていれば死なずに済んだものを。
身の程をわき。。。。。。グホッ」
シゼレコは話の途中で攻撃をくらい吹き飛んだ。
竜の巨体に耐えきれなかった壁が崩れ、そのまま外に放り出されるシゼレコ。
相手の話に付き合わず、レイは即座に暗属性魔法『闇弾』を打ち込んだ。
先ほどの会話からシゼレコが元Aランク冒険者だったことを思い出し、昼間の実験の続きを行うことを思いついた。Bランクのヘルハンツ迷宮の30層ボスは『闇弾』4発で死んだ。だから同じBランクという意味でミューも『闇弾』4発は耐えられるはずだとレイは考えた。しかしミューは人であり、魔法職系統だ。
そのため魔物や戦闘系職業の人よりもH Pは少ないかもしれない。
だから人でも実験をしたいと思っていた。
あっという間に視界から消えたシゼレコに対し、腰を抜かしたミャスパー男爵を暗属性魔法『闇触』で捕らえる。
そしてレイは砕け散った壁にゆっくり歩み寄り、落下したシゼレコに目を向ける。
突き破った壁の先は丁度庭に続いているようで、シゼレコは今も膨らんだ腹を抑えて蹲っている。
レイはその様子を確認したあと、滑り落ちるように3階から飛び降りる。
重力を無視したような軽やかな着地をして、シゼレコの横に降り立つ。
「どのくらい体力減りましたか?」
レイはシゼレコに対してイクタノーラの殺意が発露するようなことはなかった。
それはミャスパー男爵に対しても同じだったが、男爵にはレイ自身がキレていた。
だが、シゼレコが一体何をしたのか正確に理解していないレイは攻撃をくらい疼くまるシゼレコに対して何の感情も抱くことはなかった。
ただミャスパー男爵を殺すのには邪魔な障害程度にしか考えておらず、元Aランク冒険者であることを思い出した今はミューを嬲り殺す手加減を覚えるための実験体としか考えられなかった。
そんなレイの視線を理解したわけではないだろうが、シゼレコは強烈な一撃による苦痛から意識を逸らすために咆哮を上げた。
ありがとうございました。




