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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
102/198

102.昇格と癇癪

よろしくお願いします。

日が落ち、辺りを魔法器の照明が灯る街の中。

レイはCランク昇格の呆気なさから、このまま帰ってもいいのだろうかと疑問を抱いた。

共にいるナンシアとアルシアも同様に試験の終わりを実感出来ていなかった。


「本当にこれで私たちCランクになったのか?」

ギルドから出て真っ先に言葉を発したのはアルシアだった。

ナンシアとレイは当然疑問に答えられない。

今回の試験、ただ魔物を間引くだけ。とてもCランク相当の実力を認められるものではなかった。本来であれば、実力以外にも必要とされる能力はたくさんある。

明からに今回のCランク試験は緩かった。しかし、そのことを話し合うことはなかった。


なぜならレイは既に他のことで頭が侵食されていた。

少し、離れた場所から聞こえる喧騒に目を向けた瞬間、レイの頭は真っ白になった。

何かの見間違いではないか、別人ではないかなどの考えすらなく、レイの体は自然に動いていた。


レイは主に魔法系統の職を収めているため基本的な体のスペックは戦闘系の職を収めているものには劣る。しかしLv200の身体能力を全力で発揮させた移動は街の中の誰の目にも止まらない、圧倒的な速度だった。

汚い笑い声を上げながら、武器を振りかざすトカゲの頭をレイは力任せに腕を振るうことで吹き飛ばす。

そして鎧を身にまとったトカゲたちの間を進み、倒れている少女に近づく。


「リオちゃん・・・」


混乱、それに怒りと悲しみからレイは抱き起こした少女の名前を呼ぶ。

少女の意識は混濁しており、「ウゥゥ、、、、」と声にならない吐息を漏らすことしかできない。

顔を顰めるとともにレイは白魔法の中でも最上級の回復魔法『大天使の血涙』を発動させる。


倒れる少女を見守るように天使が出現する。

天使は下半身が透明で上半身しかないにも関わらず全長2mほどはある。

突然現れたにも関わらずその存在の異様さから誰も言葉を発することはできない。

優しい慈母のような笑顔を浮かべていた天使。

だが、傷だらけの少女が視界の中心に入ると生命を慈しむ微笑みは一変。

ストンと無表情になり、直後涙を流す。

その涙はまるで少女が傷つく前に助けられなかったレイの後悔を表すかのように真っ赤に染まっている。

血涙が少女に2、3滴垂れる。

その瞬間に少女の傷は再生を始め、あっという間に少女の意識は回復した。

そして最後に、天使は少女を傷つけたミャスパーの私兵に対し般若の形相で睨みつけ、姿を消した。


「あれ?・・・お兄さん?」


「もう大丈夫だからね。『昏倒(スリープ)』」

レイは優しく声をかけて、無属性魔法でリオの意識を刈り取った。

これから自分が行うことはリオの精神にあまり良い影響をもたらさないと考えて。


突然同僚の頭が爆散し、思考が止まりかけていたミャスパーの私兵は現れた狐人に対して邪魔をされたと憤慨する。彼らがあり得ないほど困惑してなければ普通、同僚の頭が爆散し、死亡したことにまず注目しただろう。

しかし彼らはその死を軽くみて、邪魔をされたことにムカついた。

恐怖から気持ちを逸らすために憤怒で感情を誤魔化したのかもしれない。

ただ彼らはその狐人に何かをする前に、再び目の前で理解不能なことが発生した。

感情はもう誤魔化すことができず、そして天使からの追い討ちを与えられたことで私兵たちの酔いは完全に醒め、それどころか顔面蒼白になって体を震わせていた。

自分達は殺される。そう悟った瞬間に彼らの思考は生きるために動き出す。

理解不能な出来事を発生させた狐人から逃げる。

狐人に対して言い訳をする。

狐人に対して命乞いをする。

中には攻撃しようとする者もいた。

私兵たちの動きにまとまりはなく、ただ自分の命惜しさに必死に動いていた。


しかし気がつけば狐人は少女ともに姿を消していた。


「へ?」


だからそんな間抜けな声が数人から出たことも致し方ないのだろう。

自分達が逃げ、命乞いをしようとした相手がいなくなっていたのだ。

自分達を殺そうとする存在が消えた。それはつまり彼らの生存につながる。

思考能力が著しく低下した彼らは短絡的に考え、安堵した。


「いや、殺すから」


そんな安心も束の間、集団の後ろから声をかけられる。


レイはリオに血飛沫を浴びせないために再度高速で移動し、ナンシアたちにリオを任せてきたのだ。

そのため私兵たちの目からはレイが消えたようにみえ、助かったと喜んだ。

しかしそのほっとした様子はレイの不興しか買わなかった。

街中に配慮した殺害はレイの頭の中から抜け落ちていた。


それから私兵たちの汚い断末魔と聞くに耐えない命乞いがしばらくの間、街中に響き渡った。リオが助けを求めた際は嫌そうに顔を顰めた町人は、今度は全員顔を青ざめさせ、騒ぎを聞いて駆けつけた衛兵も恐怖から動けない。

冒険者ギルドの職員や、その場にいた等級の高い冒険者も衛兵同様にあまりの出来事に対応できないでいた。


それからレイは私兵の中からリオを率先して害してはいないが、特に助けようともしなかった1人を生かして捕まえる。

リオへの攻撃を見ていたという時点でレイからすれば間接的に関わっており、有罪。

殺しても何も問題ないのだが、色々と聞くべきことがあった。

この武装した奴らの正体を調べないわけにはいかない。

そのため恐怖で体を震わせ、今にも失神しそうな1人を捕まえ、ナンシアたちの元に戻る。


「すみません、リオを見ていてくれてありがとうございます。

ひとまず、問題は片付けたんですけどナンシアさんたちはどうしますか?」


レイがそう問いかけるが、2人は顔を青ざめさせており、反応がない。

レイは少しやりすぎたかなと反省したが、連れてきた1人の意識があるうちに尋問を開始した。


「聞かれたことに、正直に答えてください。」


「た、たったのむ!助けてくれ!、誰かたのむ!助け、グォ、、、。」


「もう一度言います。聞かれたことだけに答えてください。」


レイに話しかけられて正気を戻した、いや、死が近いことを察した私兵は周囲の人に助けを求める。同じ私兵仲間の死体から離れ、ギルド前に移動させられたことで私兵は希望を見出していた。冒険者の誰かしらが助けてくれるのではないかと。

しかしその必死の懇願も顔を掴まれて地面に叩きつけられたことで中断させられる。

痛みと共に周りの人が自分を全く助ける気がないことに気がつき、もうダメだと諦めた。


「どうして女の子を集団で痛めつけていたんですか?」


「め、命令です。」


「命令?痛めつけろと命令されたんですか?」


「い、いえ、連れてこいと、、、、」


私兵はそれからは助けてもらうことを諦めた。

生き残るためにレイの質問に答えるが、都合の悪いことはぼかそうとした。

しかしそんな往生際の悪い責任逃れは、すぐに見抜かれ失敗に終わる。

そこから私兵は素直に全てを白状した。


自分がミャスパー男爵お抱えの私兵であること。

牢屋から奴隷が逃げたから捕まえてこいと命令されたこと。

そして地下牢が破壊されており、そのせいで少女をものすごく強いと勘違いしていたが、実際はただの非力な少女でムカついて痛めつけていたこと。

私兵が話せば話すほど、周囲の人から私兵に対しての同情心が消えていく。

間に入って止める必要性を感じなかったようだ。衛兵は街の治安のために止めなければと動こうとしていたが、レイに対する恐怖は消えていないため他の人たち同様にその場に止まっていた。


「ナンシアさん、すみません。俺はこれから用事ができたのでもう少しリオちゃんの面倒を見ていてもらえませんか?」


「え、ええ」

「いや、私たちも連れて行ってくれ。男爵の屋敷に向かうのだろ?」

突然話を振られたナンシアが青い顔のまま頷きそうになるのを、こちらもやや顔色の悪いアルシアが止める。


「私たちの目的は街に戻る道中で話した通りだ。

その地下牢を確認したい。」


「そうですか、、。わかりました。

ルノ、その子を宿に連れ帰って面倒を見ておいて。」


アルシアの目的を聞いていたレイは了承する。

いつの間にか現れていたルノに2人は驚くが、ルノは淡々とレイの命令に従い、リオをナンシアから受け取るとそのまま姿を消した。


レイはギルドでCランクのギルドカードをもらってから帰宅する旨をルノに伝えていた。昨晩、誤発動したルノの能力『天降り』を今度はレイが意識的に使用してする。

どうやら念じるだけでメイドであるルノに連絡がつくようで、心の中で問いかけるとすぐに反応があった。しかしレイは連絡を取ってからすぐにリオの惨状を目にし、頭に血が上り『天降り』を発動させた状態で戦闘を始めた。その頃にルノはすぐに宿を出てレイの近くまで行き、主人の身に危険が及ばないように気配を消してレイの護衛を務めていた。


ルノの言っていた専属メイド職の特殊技能『天降り』

これは普通、技能の持ち主であるメイドからではなく、その主人の方からしか使用できない。『天降り』には色々と制約があり、メイドとしての心構えが足りない場合は自然と使用出来る技能一覧から消失する。


レイがルノのステタース画面をチラッと見たかぎりでは、忠誠度や主人との肉体的、精神的な距離も大きく関わってくるそうだ。

そんな『天降り』をメイドから発動できる場合はメイドの気分が高まっている時とよほどの緊急事態の時などに限られる。

それを後から情報として知ったレイはあの時の『天降り』は一体何を理由に発動したのかは気になった。しかし

ルノが大丈夫だと言っていたため特に掘り下げる必要はないとも思っていた。


そんな理由で近くに来ることが出来たルノにリオを預けたレイはアルシアとナンシアを連れてミャスパー男爵の屋敷に向かうことになった。

殺したことでミャスパーの私兵たちへの怒りがわずかに弱まり、色々と考える時間ができた。その中でレイはふとルノの行動に違和感を感じた。

ルノから見れば、アルシアとナンシアはとるにたらない有象無象。

つまり、それはレイが単身で敵地に乗り込むことを意味する。

普段のルノならば絶対に待機命令に意を唱えた。

だがルノはレイが迷宮にいっている間に『黒糸天蓋』でこの街の状況を既に把握している。

ルノがレイの命令に素直に従ったのもレイに危害を加えられる可能性のあるものがこの街にはいないということを暗に示していたのか。

それとももっと別の意図があったのか。


レイの思考は話しかけられたことによって中断させられる。


「レイさん、今の人は・・・?」


「俺の仲間です。早速ですけど、いきましょうか。案内してください。」


簡単にルノの紹介を済ませたレイはまだ先ほどの衝撃から本調子に戻ってない2人をよそに私兵の首を掴み道を案内させる。

私兵は悲鳴を上げながらも案内しなければ命はないと思ったのか素直に男爵家までの道を案内し始めた。


ありがとうございました。

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