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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
100/198

100.悩みの種

本日2話目です。

よろしくお願いします。

基本的にゾユガルズの治安は良くない。

魔物を狩ることを仕事にする冒険者と言う存在がいる以上、抜刀はまだしも町でも帯刀は基本的に仕方ない。しかしその地を収める領主以外の私兵が集団で武装して街を闊歩することは普通に考えて容認できるものではない。

領主の衛兵を信用していないことや、最悪反逆を疑われかねない。

普通であれば、領主に対して何かしらの申請が必要だ。

それなのにミャスパー・ガルノーの私兵たちはここがベニート伯の領地だとわかっていながら、好き勝手に武装し集団でベニートの街を我が物顔で闊歩していた。


ミャスパー・ガルノーは領地を持たない木端貴族だ。

そんなミャスパーはベニート伯の領地に土地を借りて住まわしてもらっている。

言ってしまえば、住み込みで働くアルバイトみたいな存在だ。

ひどい言い方をしたが、そんなんでもミャスパーが貴族であることには代わりない。

当然私兵を抱えている。

そんな私兵をなぜ、自分よりも上位の、それも土地を貸し与えて貰っているベニート伯の領地で好き勝手させているのか。


ミャスパーが自分の領分を知らない愚か者だからか。

否だ。

その場合、すぐにでもこの地の領主ニーベルン・ベニートによって土地を剥奪されてしまう。

それならば、私兵がミャスパーの言葉を無視しているのか。

それも否だ。

結局ミャスパーの管理能力を疑われるため、ミャスパー自身が許すはずがない。

そうなれば私兵を持つことなど許されるはずがない。

ではなぜミャスパーの私兵は好き勝手出来るのか。


それはミャスパー・ガルノーにはニーベルン・ベニートよりも強力な後ろ盾があるからだった。そのためベニート伯は問題も特に起こしていないのにミャスパーに手を出すことはできない。武装している私兵が街中を闊歩していることを理由に退去を求めても、ベニートよりも発言力のある貴族が何かしら言い訳をし、何も変わらない。

何か実際に大きな被害が出れば手段を講じることはできるだろう。

しかし書類報告上、ミャスパーの私兵はあくまでベニートの街を我が物顔で歩いているだけなのだ。これだけでは自分よりも巨大な後ろ盾のあるミャスパーに手を出すことはできない。


だから今日も現領主であるニーベルン・ベニートは執務机でブレスを吐き出さないよう注意をしながらため息をつく。


「旦那様、ひと休みされた方が良いのではないですか?」


うつむけた顔をあげ、声のする方に視線を向ける。

ベニートの視線の先には彼が領主についてから10年以上支えてくれている老執事のゲイリーが無表情ながら、心配そうな声音を乗せて尋ねてくる。


「・・・はぁ・・・それもそうだな。

紅茶でも淹れてくれ。」


同じ空間にいて、ベニートの仕事を見ているゲイリーはベニートにそんな余裕がないことは重々承知している。

しかしそれをベニートがゲイリーにあたったところでもどうしようもない。

不満や愚痴をぶつけられると思っていたゲイリーは自分の提案を受け入れた主人にやや面くらいながら飲み物の支度をする。

その際も主人が鬱憤を溜め込まないように悩みの種をそれとなく聞き出す。

ベニートはその意図を察したのか、それとも悩みの種の大きさからなのか再度大きくため息をつく。


「お前もわかっているだろう。

ミャスパー男爵の件だ。」


そう言ったきりベニートは黙り込む。

鬱憤を外に吐き出させようとするゲイリーであったが、同じ鬱憤をほぼ毎日抱えている主人がその内容を吐き出すことで逆にストレスが溜まることを恐れ口をつぐむ。


「・・・・あのバカ貴族、どうにかならないものか。」


ゲイリーが言葉を発しなかったが、ベニートは再び口を開く。


「いくら<ゲヴァルト>サイドのボーモス侯爵の後ろ盾があるからといってあの愚行を容認されると思っているなど、私を舐めているのか?」


「しかし旦那様はお止めになられないではないですか?」


「そこは私も仕方なくだ。

本来なら今すぐにでもあのバカはこの土地から追放してしまいたい。

しかし<アインハイミッシュ>のチェーバル侯爵が国での立場が悪いのもまた事実。

下手に私が動いてチェーバル侯爵の立場を危うくすることは私の望むところではない。」


元々ミャスパー男爵なんていうベニートの派閥でない貴族を自領に抱えた、抱えざるをえなかったのにはいくつかの理由があった。

まずオセアニア評議国の政治形態が関わってくる。

基本的に貴族制を取り入れているが、竜人国には王がいない。

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5階級で貴族は分類され、公爵家と侯爵家が主に政治を執り行っている。そしてその公爵と侯爵は<アインハイミッシュ>、<ズーザメン>、<ゲヴァルト>の3分野、それぞれ派閥が存在する。細かく見ると同じ派閥同士でも小さな小競り合いなどは存在するが、今は置いておく。

ベニートは<アインハイミッシュ>のチェーバル侯爵の派閥に属している。

<アインハイミッシュ>は基本的に穏健派であり、基本的に武力による侵略を是としない。

しかし<ズーザメン>と<ゲヴァルト>はそれぞれ異なる。

<ズーザメン>は明らかに勝てる戦争であるならば行うべきだと考え、<ゲヴァルト>は例え負ける可能性があろうと戦に臨むべきだと訴える。

そんな<ゲヴァルト>のボーモス侯爵の派閥に属するミャスパー男爵がベニートに来たのは監視のためである。

ベニートには元々竜神教の教会しかなかった。

しかし数年前に、<ズーザメン>の外交の結果として聖教を竜人国でも受け入れる動きがあった。その際、聖教は唯一神しか認めない過激な宗教であり、竜神教が廃れる可能性があると猛反発を<ゲヴァルト>はした。しかし力をつけつつあった聖国の発言を無視できず、宗教よりも国の繋がりを優先したかった<ズーザメン>は<アインハイミッシュ>に意見を求めた。

その際に<アインハイミッシュ>では実験的に聖教の教会を建てる案をだした。

そしてその場所に選ばれたのがニーベルン・ベニートの領地だった。

<ゲヴァルト>はそれでも納得できず、何かあった時のための監視としてミャスパー男爵を送り込んできたのだ。


「チェーバル侯爵様のためにもそれならば致し方ないことなのでは?」

全てを把握している老執事のゲイリーはそう言うことしか出来ない。


「ああ。そうなのだがな。

あのミャスパー男爵が自分の意志でボーモス侯爵のためを思って私の領地で、あのようなことをするのなら気概のある男だと認識を改めよう。

しかしあの男の行動は全てボーモス侯爵の言いなりだ。

その行動が自分にどんな利益不利益をもたらすのか考えず、ただ、目先の利益に飛びついているだけ。目の前の餌に我慢できないただの豚だ。そんな豚に悩まされることが耐えられん。」


ボーモス侯爵によって監視の名目でベニート領に送り込まれたミャスパー、実際はただの爆弾要員だった。バカ貴族を派遣し問題にならないが貴族としての疑問の残る行動をさせる。そしてそれにベニートが耐えきれなくなり、ミャスパーに手を出した場合、<アインハイミッシュ>が聖教と何かしら深いつながりを持ち、それを知られたくないがために監視要因のミャスパーを追い出したとボーモス侯爵は騒ぎ立てることだろう。

そうなれば中央にいるチェーバル侯爵の立場がさらに悪くなる。

全てを理解しているベニートはそうさせないためにただ耐えるしかなかった。


そう勢いよく言葉を発したベニートはふぅと一呼吸置く。

<アインハイミッシュ>の立場があまりよくない状態ではあるが、ゲイリーは主人が冷静さを取り戻せたこと、不満を溜め込まずに吐き出してくれたことに安堵していた。


そんな怒りが鎮火しつつある中、ベニートの執務室に衛兵が慌てて駆け込んでくる。


ゲイリーは流麗な動きで主人を守るべく、衛兵の間に立ち塞がる。


「領主様のお部屋にノックもなしに、一体どのようなご用件でしょうか?」


ゲイリーの態度は一見非常に丁寧に見える。

しかし要件を問われた衛兵はゲイリーの静かだが、凄みのある態度に尻込みする。

理由を納得してもらうため、そして対応を求めるために衛兵は慌てて先ほど起きた出来事を伝える。


「ミャ、ミャスパー男爵の私兵が何者かに襲われたと報告がありました。

至急指示を仰ぎたく、突然失礼いたしました。」


その兵士の発した内容に二人はしばらく固まってしまった。


ありがとうございました。

初投稿が1月の終わり。

1年は過ぎていないけれど、半年はとっくに過ぎていて、時間の流れを感じます。

これからも投稿を続けるのでよろしくお願いします。

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