8転校2日目
「おはよう」
「おはよう、平さん。昨日は予定があるのに引き留めてごめんなさい。それで、いつなら放課後あいているかしら?」
「おはよう。抜け駆けはダメよ。平さんと一緒に放課後を一番初めに過ごすのは私よ。ねえ、平さん、髪の毛に潤いがないみたいだけど、私のオススメのシャンプーを使ってみたら?」
「それなら先に毛穴の黒ずみをどうにかするのが先決よ。顔は女性の命ともいうでしょう?私、いい洗顔を知っているの。これに変えたら毛穴の黒ずみ問題とはおさらばよ!」
「そんなことより、女性はスタイルの方が大事だと思う。平さんはどちらかというと、ぽっちゃり体型だから、私のオススメノダイエットサプリを飲むといいわ。すごくよく効くから、モデル体型まであっという間よ」
朝、学校に着くとクラスの女子に囲まれてしまった。私は今日も、彼女たちのオススメ商品を勧められている。
「別に私は今の容姿で満足しているから、オススメ商品を試す必要は感じない。だから、放課後のイメチェン活動に参加するつもりはないし、商品を勧められても使わないよ」
『だって、あなたが昔の私にそっくりでほっとけないの!』
断りの言葉を口にすると、先ほどまでのいがみ合いが嘘のように、声をそろえて私に言葉をぶつけてくる。実は仲がいいらしい。
「おい、平さんが困っているだろう?」
「ゆ、結城くん、おはよう。そんなことないわよ。私たちはただ、平さんのことを気遣って」
「だから、それが困っていると言っている」
うん、これは昨日交わした会話と同じ流れだ。二日も同じ会話につき合っているほど暇ではない。私は結城と呼ばれる男子生徒とクラスメイトの女子たちの合間を縫って教室に急いだ。そもそも、私たちは玄関で話していたのだ。
「ねえ、どうしてメガネをかけているの?」
教室について一安心かと思っていたら、そうでもないらしい。今日も落ち着いて過ごせないだろうとは予想していたが、予想通り過ぎてため息が出る。
「どうしてって、視力が悪いからに決まってる。それ以外にメガネをかけないよ」
「だったら、コンタクトにしたらいいと思うよ。視界もよくなるし、何より、男子からモテるようになるよ」
「結構です。男子にモテるためにコンタクトとかうざすぎ」
まったく、この学校は進学校と聞いていたのに、女子も男子も見た目を気にしすぎだ。
授業は滞りなく行われた。今日は寝ないぞと意気込んで受けた授業だが、高校生にとって授業時間は睡眠時間と呼んでいいかもしれない。今日もまた眠気との戦いに明け暮れる時間となった。とはいえ、今の私にとってこの苦痛とも呼べる時間が、ある意味、楽な時間かもしれないと思い始めていた。
休み時間になるたびに、あきらめの悪い彼女たちからオススメ商品を宣伝される。まるで広告動画のように強引に、こちらの都合に関係なく勧めてくるのでいい加減嫌になってきた。一度試したらもう、私に興味を失くしてしまうのではないかと思うほどだ。
「ねえ、これ見てくれる?昔の私なの」
ようやく昼休みが来たと思えば、昨日と同様に弁当箱を広げても箸を進めることができない。今日は趣向を変えて昔の私自慢をする日となったらしい。一人の美少女が私にスマホの画面を押し付けてきた。見ないわけにもいかないので、細目で画面を確認すると、そこに映っていたのは。
「うん、想像通りだね」
目の前の彼女と似ても似つかない不細工な女が映っていた。いや、そんなことはないかもしれない。顔の輪郭や骨格は変わらないので、不細工ではない。彼女のコンプレックスは肌の荒れ具合だ。顔のいたるところにニキビができており、鼻のあたりは毛穴の黒ずみで真っ黒になっていた。
「不細工でしょう?あの頃の私は肌荒れに悩んでいて、人前でマスクを取ることができなかったの。でもね、これに出会って人生が変わったの!」
スマホを机に置いて、彼女は自分の席にあるカバンからあるものを取り出した。どうして、学校にそんなものを持ち込んでいるのか気になるが、突っ込んではいけない。手に持っていたのは、ポンプ式の入れ物だった。おそらく洗顔料か何かだろう。
「平さんも肌荒れに悩んでいるみたいだから、ぜひ、使ってみて!肌がきれいだと自信がついて、明るくなれるわ」
キラキラと輝く笑顔で言われたが、本当にそれだけで変わるものだろうか。
「私の昔の写真も見てくれる?」
私が疑問に思っている間に、次の写真が目の前に突きつけられる。今度の女性はやけに髪の毛の傷み具合が気になる写真だった。とはいえ、こちらもそれだけに目を向ければ不細工と言えるかもしれないが、全体的には悪くない容姿だ。
「肌荒れを直すのも大事だけど、髪も人の印象を左右する大事な部分なんだよ。私も髪なんて気にしたことがなかったんだけど、彼氏に髪の毛のことを指摘されて、シャンプーを変えてみたの。これ、マジでオススメだよ。ちょうど一本予備があるから、平さんに特別にあげる。私の髪質に合わせてあるけど、美容成分たっぷりだから効果はあると思うよ。よかったら髪質診断をして、自分専用のシャンプーを作ってもらうといいよ」
そのシャンプーのせいで香害に苦しんでいる人がいることを少しは知った方がいい。いくら髪に良いからと言って、匂いを気にしないようでは女性失格だと思うのだが、どうだろうか。どちらかというと、私は無臭派だ。
私というか、家族が無臭派なのだ。香り付きの洗剤も柔軟剤も使用しないし、シャンプーもボディソープも匂い控えめの物を使用している。だから、基本的に私たち家族からは人工的なにおいはしていない。そんな環境で育ってきた私にとって、香りの強いシャンプーは毒でしかない。
「髪も大切だけど、やっぱり一番男子が気にするのは女性のムダ毛だと思うわよ。これ、私が使っている除毛クリームだけど、今日貸してあげるから使ってみなよ。髪が短いからうなじが見えているけど、産毛がすごいわよ」
次の女もまた、私に昔の写真を見せつける。そこにはうなじの毛の濃さを見せるつける写真が写っていた。なるほど、これを除毛クリームで対処したのか。
そうしているうちに、いつの間にか自分の過去の黒歴史とも呼べる写真を準備して、自分のオススメノ商品を使わせようとする女子生徒に私は囲まれてしまった。
「すいません!急にお腹の調子が悪くなってしまって。お手洗いに行ってきます!」
これ以上彼女たちにつき合っていたら、昼休みが終わり、最悪お弁当を食べられなくなる。それはごめんこうむりたい。
これまた昨日の帰りと同様に、彼女たちの返事を聞かずに猛ダッシュで教室を出て廊下を駆け抜ける。目指すはお手洗いではなく、一階にある購買だ。母親には申し訳ないが、お弁当はあきらめて、購買で総菜パンでも買って食べようという魂胆である。