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6安心する空間

「た、ただいまあ」


「おかえり。どうしたの、そんなに息せき切って。不審者にでも追いかけられた?」


 私の疲れた声に反応してくれたのは、母親だった。玄関での私の言葉に気付いて駆け寄ってくる。


「たぶん、不審者、では、ないと、思う、けど」


「汗もすごいじゃない!夕飯前に風呂にでも入る?今から沸かすから少し待っていなさい」


 私は首を縦に振って返事する。あまりにも疲れ果てて、声を出す気にもなれなかった。何とか靴を脱いで玄関に上がり、廊下を歩いてリビングに入り、ソファに沈み込む。



「おかえり。何をそんなに疲れ果てているの?」


「お、お姉ちゃん。帰ってきていたの?」


「帰ってきちゃ悪いわけ?」


 私の姉は大学1年生で、県外の大学に通っている。さすがに家からでは大学に通うことはできないので、大学の近くに下宿していた。GWは終わっているのに、なぜ家に居るのだろうか。


「何、そんなにじろじろ見て。私の顔に何かついている?」


 つい、今日一日のこともあり、自分の姉の全身を観察してしまう。


「お姉ちゃんはクローンじゃなさそうだね」


「いきなり何を言い出すかと思えば。学校で何があったの?」


「かず姉がおかしいのは前からだろ」



睦樹むつき。帰っていたの?」


「転校初日から部活なんてやっていられないだろ。かず姉もそうだから、早く帰ってきたんじゃないのか。それにしても、ひでえ顔だな」


 リビングには弟もいた。私は3人兄妹で大学生の姉と中学生の弟がいる。弟の全身を怪しまれない程度に観察するが、こちらもクローンではなさそうだ。


 姉も弟も、私とよく似ていて、癖のある黒髪に瞳は奥二重。肌の色は浅黒くて、日焼けをすると真っ黒になってしまう。ニキビはできにくい体質だが、全くないわけではない。体毛は普通くらいで、姉は脱毛しているかもしれないが、弟はしていない。



「ねえ、睦樹の学校の女子って、キラキラサラサラの美少女軍団だった?」


「はあ?何言ってんの、脳みそいかれたか?」


「正直に答えて!」


 つい、きつい口調で問い詰めてしまう。私の圧に負けたのか、弟はしぶしぶ質問に答える。


「別に前の学校と変わらねえよ。可愛い奴もいるし、不細工な奴もいる。好みは別れるかもしれないが、まあまあのクラスだと思う」


「不細工が存在するクラス……」


「いやいや、それは普通でしょ。人間、みんながみんな美少女ばかりじゃ、逆に気味悪いから。ここは現実で、アニメの世界じゃないのよ」


 私の考え込むような仕草に慌てて姉が弁解する。私の頭がおかしくなったと思っているようだ。しかし、頭はおかしくなっていないはずだ。今日の教室での出来事が異常で頭の理解が追い付いていないだけ。


「あの、バカにしないで聞いてほしいんだけど……」



 とりあえず、頭の中だけでは整理できないので、姉と弟に今日、学校で会った出来事を正直に話すことにした。


「あの、今日、転校初日だったわけでしょ。それで、転校生が珍しかったみたいで、いろいろ質問されたの」


「まあ、それは転校生にはよくあることだろ」


「睦樹、少し黙って。それは私も別に気にならなかったんだけど、問題は口にされた内容とクラスメイトの容姿が衝撃的で……」


 思い返しただけでも息が詰まる空間だった。同じようにサラサラの髪から漂う、もはや悪臭に近い匂いには、文字通り息が詰まった。単体では良い香りかもしれないが、全員が漂わせていたら香害と分からないだろう。もしかしたら、彼女たちは嗅覚がマヒしているのかもしれない。


「いや、髪からだけじゃなく、全身から漂っている可能性もある」


 シャンプーだけではなく、除毛クリームなどのにおいも混ざっていたのだろう。


「途中で話を止めないでくれる?なんか独り言になってるし。クラスメイトの容姿が衝撃って、全員レベルがものすごく高かった?それとも、全員がやばかった?」


 私の途中の独り言はスルーしてくれたらしい。姉の静音しずねが話を促してくる。思い出すだけでは、相手に今日のことは伝わらない。意を決し、話を再開させる。


「どちらかというと、前者かな。全員が美少女レベルで、しかも、全員が世間一般の美少女の定義をすべてクリアしているから、驚いて。しかもそうなると、クラスで私だけが異様に浮いた存在になってしまって、クラスメイトに興味を持たれてしまったというか……」


 うん、それだ。全員が同じレベルの美少女だから、お世辞にも美少女とは言えない、私が目立ってしまったのだ。私だって、世間から見たら、別に不細工とは呼べないレベルのはずなのに。




「具体的には、髪型が男子からモテると言われる黒髪ストレートに、茶髪のゆるふわパーマに、ショートカットボブの3種類。とはいえ、全員が頭に天使のリングを輝かせていて、枝毛も痛みも知らない髪。思わず触ってみたくなる髪質だった」


「う、うん。とりあえず、話を続けて」


「それから、全員が二重のぱっちりで、どこを見渡しても、一重の女子生徒はいないし、目つきの悪い三白眼もいない。キラキラウルウルの大きな瞳」


「そこまでくると、いっそ気味悪いな」


「それから、顔の白さも際立っていたかも。みな、日焼けを知らない美白で、ニキビ一つ見当たらない。シミはもちろんないし、毛穴の黒ずみも皆無。びっくりしたわ。ツルツルもちもち、触りたくな」


「うん、わかったわかった。後の内容も想像がついたわ」


 息せき切って話していたら、途中で姉に止められてしまう。弟もこれ以上は聞きたくないと耳をふさいでいた。


「どうせ、次は腕もツルツルで毛がない、足もスラリと細くてモデル体型で」


「あとは、胸がやたらとでかい感じ?」


「ど、どうしてわかるの?」


『いや、想像できるだろ(でしょ)』


 口をそろえて反論されてしまった。だからと言って、その場にいなかった二人にあの気味の悪い感じは、本当に伝わっているだろうか。


「それで、その気味悪い空間で一日肩身の狭い思いで過ごしたわけだけど、もう一つ、嫌なことがあって、それが」


「和子、風呂が沸いたわよ。さっさと入っちゃいなさい、汗が冷えて風邪ひく前に」



 私が今日の本題、彼女たちに『昔の私を見ているようで~』とか『このオススメの商品は~』などの話をする前に、風呂が沸いてしまった。母親がせっかく準備してくれたのだから、ありがたくいただくことにした。



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