3夢の中
「ここは」
私は気づくと、白い何もない空間にいた。辺りを見渡すが、誰も見当たらない。
「よく来てくれました。私の可愛い主人公」
「ええと、あなたは」
しばらく、自分の今の状況を考えていたら、突如、目の前に私以外の存在が姿を現した。そして、まるで私のことを前から知っていたかのような口ぶりで、気軽に私に話しかけてくる。こちらは彼女とは初対面のはずであり、自分以外の存在を見つけて安堵した気持ちはすぐに消えてしまう。
「いきなり、自分の書いている物語の主人公にそんな口の利き方したら、警戒されるに決まっているでしょう。まったく、変なところでコミュ力を発揮しないでください」
「だって、自分が作った小説の中の人物に話しかけるわけでしょ。他人じゃないんだから、緊張するはずがない。それに、私がこうやって話しているのも、実際に話しているわけではないからね。今現在、『私』という存在が、パソコンの前で必死に会話を妄想して打ち込んでいるから存在して」
「そこまでにしてください。そうだとしても、この物語の主人公は、そんな作者の事情なんて知らないでしょ。作者のぶっちゃけた話なんて、聞きたくないと思いますよ」
「でもさ、この話なんて、そもそも現実の『女性の価値観』について考えさせられるように作りたかったわけじゃん。だったら、とことん、読者の皆さんに作者である私の言葉を正直に届けるのが、大切だと思わない?」
「いやいや、それだと小説になりませんよね。いろいろ、設定が破綻しますよ」
女性が現れたかと思ったら、今度は男性が白い空間に突如姿を見せた。そして、今の状況を理解できていない私の目の前で、謎の口論を繰り広げ始めた。作者とか小説とか言っているが、いったい何の話をしているのやら。放っておけば、私をそっちのけで延々と話が続きそうだった。
「あ、あの!」
『何?』
最初の私の問いかけは華麗にスルーされたので、今度は少し大きな声で、謎の二人の男女に声をかけてみる。すると、二人は私の存在を思い出したのか、息の合ったハモりを見せて、私に視線をよこした。じっと私を見つめる視線に耐え切れず、視線をそらしてしまったが、今いる現状把握のために勇気を振り絞って質問する。
「あの、まずあなたたちは何者ですか。あと、ここは一体」
「自分の名前は言える?」
質問したのは私だというのに、なぜか相手の女性は私の質問を無視して、私に名前を問いかけてきた。隣の男は呆れたように頭を抱えていたが、女性の言葉に口をはさむことはせず、私の反応をうかがっていた。
「平和子ですけど、それがどうかしましたか?」
「見ず知らずの初対面の人間に名乗る名前などない」と言ってもよかったが、相手はすでに私のことを知っている様子だった。ここで名乗っても名乗らなくても、状況が変わるわけでもないと思ったので、仕方なく名乗ることにした。
「やっぱり、この名前は失敗だったかな。今時、『和子』なんて、古臭い名前にしすぎた感が否めない……」
「名前を付けるときに、もっと考えなくちゃ。どうせ、話の内容的に『平凡な感じの名前がいい』とか思ったんでしょ。でもさ、この子の名前って、確実にいじめにあう名前だと考えなかったの?」
「ああ、それは考えたよ。でもさ、それもありかなって。『平和子』で『へいわこ』なんてね」
自分の名前を名乗らなければよかった。私の名前を聞いた女性が、あたかも私の名付け親とでも言わんばかりに、名前の批評を始めた。しかも、失敗だったかもとか言っている。さすがにそんなことを他人に平気で言われるとは予想してもいなかった。しかも、彼女の言葉を止めるかと思ったのに、男性までもが私の名前について言及していた。
「私の名前を気にしている場合ではないでしょう!」
自分の名前は自分では決めることはできない。子供が親を選ぶことができないように、名前もまた自分の好きに決めることはできないはずだ。突然現れた二人の男女に、自分の名前を馬鹿にされて、悔しくないわけがない。しかし、今はそれよりも解決したいことがある。
「まあ、確かに名前でもめていても仕方ないね」
「とりあえず、平さんに言いたいことがあるから、夢に出てきたという設定でしたよね」
「コウさんって、たまに私より空気読めていないときありますね」
「僕の言葉を考えてくれているのもあなたでしょ。空気を読めた常識人の僕を描いてくれてもいいのに、そうしないのはあなたです」
「そりゃそうだ」
二人だけの会話がまた、再開されてしまった。このまま永遠と私は状況が理解できないまま、この場に居続けるしかないのだろうか。そもそも、ここから私は出られるのかもわからない。目の前の二人が頼りなのに、まったく役に立つ気配がない。明らかに私より年上の男女であるが、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだ。
「あら、そろそろタイムリミットかも。ねえ、この物語の主人公さん?」
「は、はい」
『あなたは私たちがどう見える?』
私の怒りに気付いたのか、女性の方が私に向き直り、真面目なトーンで質問する。先ほどまでの軽いノリの雰囲気から一変して、思わず返事をしてしまうが、どう答えていいのかわからず、言葉が続かない。
「質問を変えるわ。《《私たち》》の関係って何だと思う?」
二人の関係。
目の前の男女をじっくりと観察する。女性の方はどちらかというと、現在の女性の美から少し外れているように感じた。ここに来る前のことを思い出すと、どうしてもそう思えてしまう。
「髪の毛はショートでまるで男の人みたいだし、サラサラとは言い難い。目は二重かもしれないけど、肌はきれいじゃない。ニキビも見えるし、色白でもない。鼻はまあ、ぼちぼちかもしれないけど、毛穴汚れは目立っているし、唇はカサカサ。後は……」
「ストーップ!ストップ、ストップ。もうこれ以上は、口を開かないで!」
まずは女性の方からと思って、観察していくうちについ、彼女の容姿を口にしていたらしい。だからと言って、事実しか言っていないわけだから、悪口でもないはずだ。まあ多少、女性だったら気にしていそうなことは口にしてしまった気がするが。
「正直者だねえ。じゃあ、次は僕の番かな。僕はどう見える?」
今度は男性の方はどうかと声をかけられる。男性の方に視線を向けるが、女性の時より感想は少ない。だって、彼は今朝、高校の教室で嫌と言うほど見た、彼らに似ていたからだ。
「イケメン。以上、終わり」
『ええええええ!』
いい年した大人が二人そろって叫びだす。ただ、正直に思ったことを口にしただけだ。サラサラの黒髪の短髪に、ぱっちりとした二重。肌はニキビなんて見当たらないし、ツルツルの肌で色も白い。あごに余計な肉もついていない。
「ゴホン、本題に戻るわね。コウ君と私はね、実は……」
「ささのはさん。そろそろ時間みたいですよ」
「もう、そんな時間なの。仕方ない。私たちは帰りますか」
突然現れて、突然帰るらしい。二人はそのまま私の前から姿を消してしまった。自分たちの関係を聞いておいて、答えを言わずに去っていった。
「あなたの人生、楽しく描けるように頑張るからね」
去り際に、これだけは言っておきたいとばかりに、私に向き直り口を開く。女性ににっこり微笑まれて、とんでもないことを言われた。