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25自ら話題を振ってみる

「キーンコーン、カーンコーン」


 目が覚める同時に、昼休みを終えるチャイムが図書室に鳴り響く。慌てて辺りを見渡すが、すでに図書室はもぬけのからで、図書室には私一人が取り残されていた。


「あれ、メモが置いてある」


 眠る前は、図書委員が一人いた気がするが、彼女はすでに教室に戻ったのだろうか。薄情な奴であるが、チャイムが鳴る前に戻るとは模範生ともいえる。私も急いで教室に戻らなければならない。


 そこで、机の上に小さな紙切れが置かれているのを見つけた。夢の内容は思い出せないが、何か嫌な予感がした。とはいえ、こんなあからさまに私宛だと言わんばかりに置かれているメモ用紙を読まないわけにはいかない。仕方なく、メモ用紙に書かれた内容に目を通すことにした。


「無防備に他人の前で寝ない方がいいぞ。とりあえず、忠告しておく。この学校の奴らに何をされるかわからないからな。       礼斗」


 どうやら、購買で出会った彼が図書室に来ていたようだ。有り難いお言葉をいただいて恐縮だが、わざわざメモを残して去らずに、私を起こして直接忠告してくれても良かったのではないか。そうしたら、今この場に一人寂しく図書室に取り残されることはなかった。


 とはいえ、彼の忠告はありがたく頭の奥隅に置いておくことにした。そもそも、この学校にいる間は、油断は禁物である。謎の睡魔に負けていてはいけなかった。それくらい、ある意味危険がいっぱいの学校である。


 さて、そんなことを考えている間にも、時間は刻々と進んでいく。先ほどのチャイムは予冷のチャイムなので、そこから5分後には本鈴のチャイムが鳴り、午後の授業が始まってしまう。


 私はメモ切れを制服のポケットに突っ込み、急いで図書室を後にした。




「では、五時間目の授業を始めます」


 図書室から大急ぎで教室に戻った私は、何とか午後の授業に間に合った。昼一番の授業は世界史の授業だった。世界史担当の教師もまた、美のクローンと言っていいほどの美形だった。おそらく、年はまだ20代前半だろう。私たちと10歳も年が変わらない気がする。サラサラの黒髪に、女の私が嫉妬するようなつやつやと輝く肌にプルプルの唇。その他の容姿は以下略。


 イケメンな美形の世界史の教師が、これまたイケボと呼ばれる低いハスキー声でヨーロッパの歴史について語っている。ちらりと周りの生徒の様子を確認すると、彼の容姿にうっとりする生徒が大半で、これはこれで居眠りしているのと同じだろう。居眠りをしていないだけで、授業に集中できていない。


 かくいう私も、授業にはまったく集中できなかった。今日は彼女たちからどんなおすすめ商品を勧められるのか。面倒くささと少しの好奇心で頭はいっぱいだった。


 その後の授業も集中できなかったがが、それでもきちんと時間は進み、ようやく放課後がやってきた。今日もまた、クラスメイトの女子に何かしらの商品を勧められるだろう。そんな彼女たちの奇行にも、だいぶ慣れ始めていた。慣れとは恐ろしい。確実に私はこの学校に順応してきている。



「今日はどんな商品をおススメしてくれますか?」


 予想通り、今日も彼女たちは私のもとに集まってきた。お決まりのセリフを聞かされる前に、私から話しかけてみる。彼女たちは私から話しを振ってきたことに、驚いた顔を見せたものの、瞬時に目をぎらぎらと輝かせて嬉しそうに頬を緩ませる。


「とうとう、自分の容姿みがきに本腰を入れる気になったんだね」


「うれしい。私たちにかかれば、すぐにでも平さんを理想の美しい女性に仕上げることができるよ!」


「そうそう。男たちだってすぐに平さんに夢中になるから、一緒に頑張ろうね」


「ウン。アリガトウ」


 熱意ある言葉に若干引き気味になりつつも、何とか笑顔で対応する。さて、今日は何を勧められるのだろうか。少しだけ、期待もしていた。


「じゃあ、今日はあなたとあなたね」


 彼女たちは統率が取れた軍隊のようにも見える。話が一段落したタイミングでまとめ役の一人が、今日の商品をプレゼンする生徒を私の前に連れ出してくる。二人の女子生徒が私の前に立つ。二人は顔を見合わせ、話す順番を決める。歯の白さが異常に目立つ女子生徒が先に説明を始めた。


「シャンプーと洗顔、化粧水とかは試したみたいだから、今日は口の中ね。人の見た目は歯の白さで決まると言ってもいいの」


 うん。やはり、期待していた少し前の自分を殴りたい。こうなることはわかっていたはずだが、なぜだか脱力してしまう。口の中、特に歯の白さについては普段あまり気にしない部分だったが、さてはて何を勧めてくるのだろうか。


「私の名前は白井刃津木しらいはづき。私からはこのマウスウォッシュをおススメするわ!こんな話を聞いたことはないかしら」


 説明を始めた女子は当然、この学校に通う生徒なので、肌は白いしムダ毛一つないもちもちの肌をしていた。そんな彼女の歯は、白い染料でも使っているのかというくらい、真っ白だった。あまりの白さに人口の歯かと思ってしまうほどのものだ。彼女が口を開くと、かすかにミントの香りがした。


 私が口を開かないのをいいことに、彼女は自分のおすすめ商品について熱を入れて語りだす。


「通常の歯磨きだと口の中の25%しか汚れが取れないんだって。だけどこのマウスウォッシュは残りの75%の汚れもごっそり取ってくれる優れものなの。その汚れの中にある口臭の原因も取り除けて、歯もホワイトニングできるからマジでオススメ!」


 話しているうちに気が高ぶってきたのか、グイグイと私の前に顔を乗り出してくる。うん、確かに近くに来ても、口臭は気にならないし、何なら歯の白さに目がいってしまう。



「歯も大事だけど、私のことも忘れないでよ。確かに歯の白さも見た目に関係あるけど、瞳のことも忘れちゃだめだよ。瞳だって気にしないとダメだよ」


 説明を次に控えた女子生徒が声を上げる。どうやら、各自おすすめ商品のアピール時間は決まっているらしい。次は瞳についてのアイテムのようだ。


「私の名前は目黒愛依めぐろあい。前から気になっていたんだけど、平さんはどうしてメガネをかけているの?もしかして、瞳に自信がないから?それだったら、それも今日で終わり。私のオススメの商品を使って、自信のある瞳を作るといいわ!それから、このコンタクトもつけてちょうだい」


 今度の女子生徒ももちろん、肌は……、以下略。彼女の特徴はなんといっても、キラキラ輝くぱっちり二重である。二重の瞳がこれでもかと私を見つめてくる。二重の瞳をさらに強調していたのはまつげだった。かなりの量のまつげがくるりとカールして瞳を飾っていた。目力が半端ない。何も悪いことをしていなくても謝ってしまいそうだ。彼女のおすすめ商品は二重美容液とまつげ美容液だった。夜寝る前につけて寝ると、自然な二重とまつげ育成ができるそうだ。コンタクトは茶色のカラコンで、黒目を大きく見せるためのものらしい。確かに、彼女の瞳の中の黒目の割合は大きかった。


「こ、効果についてはワカリマシタ。今日は、この二つを試してみれば、いいんですか?」


 このままずっと話を聞き続けていたら、いつまでたっても帰宅できない。とりあえず、熱弁する彼女の言葉を止めるために口を開く。二人目の彼女の説明を途中で止めてしまったが、私には歯の白さについてだけでお腹いっぱいだった。これ以上聞いたら、精神崩壊を起こしそうだ。今までよく壊れなかったものだ。いや、もしかしたらすでに、常識という感覚がマヒしているかもしれない。

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