24途中で眠くなる、そして……
教室を出ることに何とか成功した私は、彼女たちに言った通りにお手洗いに向かうことはなかった。そもそも、漏れるというのは嘘であり教室を出る口実だ。
「はあ、あんなこと言うんじゃなかった。でも、言わなかったらあのままずっとダイエット談議だったし……」
頭の痛いことである。とりあえず、今日もまた自然と足は購買に向かっていた。向かっていたのだが。
「な、なんか急に眠たくなってきた……」
なぜか廊下を歩いていると、急に眠気が襲ってきた。このままでは廊下の真ん中で倒れて眠ってしまいそうだ。それでは、すでに目立っている私の存在が更に目立つことになる。それはさすがに避けたい事態である。なんとか、眠くて動きが鈍い身体を動かして、ちょうど近くにあった図書室に入ることにした。
「と、図書室なら、寝ていても別にいいよね」
図書室に入ると、そこには図書係らしき女子が一人、受付で静かに読書しているだけで、静まり返っていた。ありがたいことに他に先客はいなかった。これなら、その子が私に声をかけてこなければ、少しここで休憩ができる。私は図書室に置かれた机に倒れこむように駆け寄る。そして、椅子に座って机にうつぶせる。
そしてそのまま、意識を失った。
「ここは……」
目が覚めると、見覚えのある場所にいた。何もない白い空間に私は立っていた。
「ごめんね。変な時に呼びだしてしまって」
「またあなたですか」
「僕は反対したんですよ。このタイミングで僕たちが出てくるのはおかしいって」
私に声をかける男女が現れた。すでに何度か会っているので驚くことはない。今度は一体、私に何の用事だというのだろうか。
「あのね、本当はこのままあなたの行動を書いて、いや、見守っていこうと思ったんだけど、どうしても説明しなくちゃいけないことが出てきて」
「説明?」
この理不尽な状況を説明してくれるというのか。とはいえ、説明してくれたところで何も変わらないと思うが。
「そうそう。まあ、彼女たちの商品を試すまでは良かったんだけど、その後だよね。昼食辺りからちょっと私情が混ざってきて、つい筆が乗ってしまったというか……」
「やっぱり、私情だったんだ。おかしいと思ったよね。だって、広告に出てくる美容系動画に明らかに出てこない昼食取っている子がいたからね」
「それにはちゃんと理由があるの」
何やら、私にはよくわからない会話を始めた二人。このままでは彼女たちの話しがわからないまま、この夢が終わってしまうかもしれない。それでは、何のために私がこの夢に呼び出されたのかわからない。
「あ、あの私にもわかるように説明を」
「ゴホン。では説明していきたいと思います。最近、仕事で休憩時間が同じになる二人の女性社員がいてね……」
私の言葉を聞いたのか聞いていないのか、一応、説明はしてくれるらしい。咳ばらいをして、女は語り始めた。しかし、この女もまた、彼女たちと同様に人の話を聞かないタイプの人間のようだ。しかも、いきなり仕事の話を始めている。男の方はすでに彼女の変人ぶりを理解しているのか、黙って話を聞いていた。仕方なく、私も彼女の話に耳を傾ける。
彼女の話によると、最近、仕事場の休憩時間が同じになった女性社員とお昼を食べることがあったそうだ。そこで、彼女は二人の弁当事情に衝撃を受けた。
「一人は冬に腹を壊して以来、ずっと昼食はカロリーメイトオンリーなの。そして、もう一人は糖尿病が発覚して、それ以来ずっと持参の弁当なんだけど、白米抜きのおかずオンリーなの!」
その二人の昼食の状況を周りに知らせたくて知らせたくて仕方なくなり、今回、私のクラスの女子にそれを真似させたという。
「でもさ、その昼食って健康にいいの?いや、この場合、健康じゃなくて美容にいいのかどうかが問題になってくるけど」
そもそもの問題は、なぜ、彼女が書きたいと思ったものが、私のクラスの女子に反映されるのかということだ。とはいえ、すでに何度も夢に見た私は、彼女が私の創造主であることにうすうす気づいている。だから、あえて突っ込むことはしなかった。男の方もそこには突っ込まず、別のことを質問する。
「問題はそこなのよね」
ネットで調べてみると、どちらもあまり、健康によくなさそうなことが分かった。しかし、どうしても彼女たちの昼食事情を周りに知らせたかった。そこで、彼女は思いついた。
「よく考えたら、この話はフィクションなわけじゃない?だから、その辺の健康とか美容とかは一切気にしないことにしたの!」
「そこは気にした方がいいんじゃないの?この話はもともと、美容系広告動画の話から発展したわけだから、多少は考慮した方が」
「あまい!」
『何が!』
思わず、男と一緒にハモってしまった。私たちの見事なはもりに、彼女は得意気に自分の主張を述べ始める。
「そんなことをいちいち気にしていたら、小説などは書けないということ!他も同じようなものよ。だって、美容系広告動画だって、考えてもみたら、髪をただサラサラツヤツヤにしたくらいで、周りの男がわんさか寄ってくるわけないけど、それを売りに商品宣伝しているわけよ。それと同じことを私はしているわけ。だから、健康とか美容とか関係なしに、書きたいことを書くわけよ。だから」
「ストップ!ストップ!」
男が途中で彼女の言葉を遮った。確かにこのまま話し続けさせたら、非常にまずい気がした。女はせっかくいいところを止められてふてくされている。いったい、この女性は何歳なのだろうか。精神年齢はかなり下だと思うが、実年齢は不明だ。
「あのねえ、この小説を読んでくれる人がいるでしょ。その人たちはささのはさんが書くものを面白いと思ったり、共感したりする人が読み進めるのはわかっているよね?」
「当たり前でしょ。そうじゃなかったら、一文読んでブラウザバックですけど」
こいつは何を言っているのかというあきれの視線を男に向けるが、それで男がひるむことはない。そのまま話を続ける。
「だから、ある程度の信ぴょう性を保つべきだというんだよ。例えば、彼女たちがその怪しげな昼食方法で美と健康が保たれていると信じて、それを実際に試す人がいたら?ささのはさんは試した人の美や健康を保証できるの?」
男の質問に女は顎に手を当てて思考している。私も、男の言葉の意味をよく考えてみる。
しばらく無言の時間が続いた。沈黙を破ったのは女だった。
「コウさんの言うことにも一理ある。わかった。その辺を踏まえて、ルート修正をすることにしました!だから、平和子!あなたは私の言う通りに動くこと!」
「ええと、それはつまり……」
「物語の主人公らしく、私の筋書き通りに動くということよ!今までに何回、あなたの夢に入り込んだと思っているの。それくらい察しなさい!」
沈黙を破ったのはいいが、女の発言は私に衝撃を与えた。今まで認めたくなかったことをズバリ指摘されて、私は言葉を失ってしまう。そんな私に気を遣ってくれたのは男の方だった。女の夫だというこの男は、多少は常識があるらしい。とはいえ、女の夫になるくらいなので、フォローの仕方がずれている。
「あのねえ、その言い方はヒドイでしょ。そもそも、ルート修正はささのはさんが読者や登場人物に気付かれないようにこっそりとやるものだよ。それを堂々と話してしまうのはどうかと思うけど」
「あ、あの一つ、質問いいですか」
ここで、私はあることに気付いた。素朴な疑問であり、別にこれを聞いたところで、何もいいことはないのだが、聞いてみたくなった。もう、私が彼女の小説の中の主人公だということは認めることにした。女は私が何を聞くのかわかっているのか、急に顔をしかめ始めたが、男のいる手前、無碍に断ることができず、私が質問することを拒否しなかった。
「どうして、小説にプライベートなことを書かれたんですか?もし、そんなに誰かに言いたいのなら、友達とか家族とか知り合いに話せばいいの、で」
「ふふふふふふ」
顔をしかめたかと思えば、突然笑い始めた。男は頭を抱えて私に首を振ってその質問はNGだったと伝えてくる。
「あのね、ささのはさんは」
「ま、まあ、私ほどの作家なら、話す人は、それはそれはたくさんいるの!だから、そんな人づてに話をしていたら、キリがないの。ということで、今日の夢はこれくらいにしましょう。じゃあ、頑張って学校生活送るのよ!」
笑ったかと思えば、早口で理由を語りだした。さらには、強制的に夢を負わされる始末。
薄れゆく意識の中で、やっぱり彼女たちは女の書いたキャラクターだなと場違いなことを思いながら、私は現実に戻されるのだった。




