20今日も購買に逃げる
授業中に睡魔と戦ったり、休み時間に彼女たちの口撃を受けたりしているうちに昼休みとなった。待ちに待った昼休みである。空腹で気がおかしくなりそうだった。腹の音が鳴ることは避けられたが、空腹は限界を迎えている。午前中だけでもかなりのエネルギーを消費した気がする。こんな毎日がまだまだずっと続くかと思うと嫌になる。
とはいえ、昨日のことを思い出す。今日もまた昼休みに教室に居たら、弁当にありつけないのは目に見えている。しかし、教室を出て購買に向かったら、クラスの女子たちの目を気にせずに昼ご飯にありつけた。今日もまた、あの男は購買にいるだろうか。
「ねえねえ、平さん。今日は教室から飛び出していかないで、私たちともっと男性にモテる方法を考えましょう?」
「もしかして、平さん、もう意中の男性を見つけたとかないよね」
「いやいや、それはないでしょ。でも、保健室に行きたいと言っていたし、あり得るかも……」
考え込んでいる時間はない。すでに私の周りにはクラスメイトの女子たちが集まり始めている。さっさと行動に移さないと、昨日と同じ悲劇が起きてしまう。
「ご、ごめんね。あの、私、この後、用事があるんだ。その用事を終わらすついでにお弁当も一緒に食べてくるから。だから、ごめんなさいいいいいいいい!」
今日は昨日の反省を生かして、お弁当を持って教室を出た。私の大声の逃亡手段は今日も有効だった。
「め、メロンパンを一つ……」
「おや、今日も来たみたいだね。150円だよ」
一階の購買にたどりつくころには、息が切れてへとへとになってしまった。それにしてもと、辺りを見渡して首をかしげる。今日はまだ、昼休みが始まったばかりの時間帯に購買に到着することができた。予想では、購買には人が殺到していて大変な賑わいだと思っていた。
「ああ、ここの購買は基本予約制で、あまりその場で選んで買う子はいないんだよ。早い子は昼休み前の休み時間に取りに来る子もいるから、昼は案外すいているんだ」
「はあ」
お金を小銭入れから取り出して購買のおばさんに手渡すと、私の心を読んだかのように疑問に答えてくれる。ちなみにポケットに小銭入れは常に携帯している。
「またお前か。懲りない奴だな」
「うげ、やっぱり現れた」
昨日の男が購買に姿を見せた。思わず、変な声が漏れたが、相手の言葉も容赦ない。懲りない奴とはどういうことか。
「まったく、礼斗ったら。ええと和子ちゃん、だったよね。この男はね、和子ちゃんのこと、心配しているんだよ。天邪鬼な性格だから、素直にそれを伝えられないだけ」
「心配なんてしてない。ただ」
『ただ?』
「あんたがこの学校の生徒と同じようになるかと思うと、なんとなく微妙な気分になる」
「それって……」
これは、いわゆるツンデレ男子という奴だろうか。私のこの容姿が目立っていて、気になってしまい、それが好意に変わるという類かもしれない。
「お断りします」
『何が!』
告白されてもいないのに、つい妄想が広がり口から言葉が出てしまう。そして、昨日も思ったが、購買のおばさんとこの男は仲がいいらしい。私の言葉に息のぴったりな反応を返してくる。
「まあ、後は若いお二人さんで話したいこともあるでしょうから、そこの空き教室でも使いな。大丈夫。誰か来ないように、おばさんが見張っていてあげるか」
「わかった。ちゃんと見張れよ。それとオレにもメロンパンを一つ」
何と頼もしい購買のおばさんだろうか。こんな訳の分からない高校の購買のおばさんをやっているのがもったいないくらいに気が利く。お腹も減っているし、この男にはいろいろ聞きたいことがある。
男も同じ気持ちだったのか、メロンパンを受け取り、おばさんの言葉を途中で遮って私の手を掴み、彼女の言っていた空き教室まで私を誘導する。私たちは空き教室でお昼を食べながら話すことになった。
「それで、何から始めることにしたんだ」
「始めること前提で話すんだね」
「だって、そうでもしないとこの学校でやっていけないだろ?そもそも、何もせずにこの高校に入ること自体、おかしなことだ。おまえ、いったいどうやってこの高校に入ったんだ?」
購買の近くにちょうどあった空き教室は、使われていない資料室のようだった。地球儀やら、大きな地図などが教室の隅に置かれていた。社会の授業で使うものをここに置いているのかもしれない。教室には机が置いてあったので、使わせてもらうことにした。購買の近くということもあり、目の前の男が定期的に使っているのか、机には埃はなく、安心して弁当とメロンパンを置くことができて、すぐに食事を始めた。
「ひょれは、親が勝手に決めて……」
「おまえ、どんだけ自由なんだよ」
男にあきれた眼でにらまれるが、知ったことではない。私は空腹が限界で今は昼休み。食事をするのは当然のことであり、とがめられる筋合いはない。
それにしても、どうやって入ったとはどういうことだろう。それに前も言っていたが、彼女たちのおすすめ商品を使わないとここでの生活はやっていけないとは、いったい。
「まあ別に、お前がこの高校に来た理由なんてどうでもいい。ただ、転校せずにこのままこの高校に居続けたいのなら」
ごくりと男の言葉を真剣に聞くために、一度食べたものをすべて飲み込んで口の中を空にする。
彼女たちと同じ容姿になることだ。
「ああ、うん」
どんな大層な言葉が出てくるのかと身構えていたのに拍子抜けである。彼女たちと同じ容姿ということは、私も美のクローンなれということだろう。私の微妙な反応に男は不審そうに私を見てくるが、どうしようもない。だって、あまりにもつまらない回答だったからだ。
「ところで、あんたはずいぶんと他の生徒たちと違うようだけど、何者なの?私の容姿を昔のオレみたい~だとか、お前は宝石の原石だ。オレがお前を変えてやる!とか言わないけど」
「オレはこの高校に入りたくて入ったわけじゃない」
「ふうん、だとしたら、この高校の理事長の息子とか?それか、高校に知り合いとか親戚がいて、無理やりこの高校に入れられたとか?」
なんとなく、よくありそうな訳あり生徒の事情を口にしてみる。案外、そうかもしれない。高校の異常性にも気付いているし、この高校が嫌だとも言っている。
「オレは」
「ごめん。答えなくていい」
面倒臭いことに巻き込まれてはかなわない。とりあえず、目の前の弁当とメロンパンを完食することが先決だ。私は男の視線に気づきつつも、黙々と昼食をとるのだった。しかし、昨日同様に邪魔することはなく、今日は弁当もメロンパンも完食して、空腹感を失くすことができて、それだけでも購買に来た意味があった。
「ごちそうさまでした」
空き教室には時計が設置されていなかった。そのため、スマホを教室に置いてきてしまった私は、時刻がわからない。わからないが、無事に昼食を終えたので、教室に戻ることにした。男も私が食べている間にメロンパンを完食していた。
しかし、高校生の男子がメロンパン一個の昼食で足りるのだろうか。まあ、他人のことを気にしても仕方ない。
「お前」
「お前じゃなく、平先輩、でしょ」
「平、今日の放課後時間はあるか?話したいことがある」
「ううん、どうだろ」
私が教室を出ようとしたら、男も一緒に教室を出るようだ。一緒に席を立って購買のおばさんのもとに向かう。ぺこりと頭を下げると、何も言わずに手だけ振ってくれた。生温かい視線が気になるが、無視することにした。それよりも、男の言葉の方が気になる。放課後に何を話すというのだろう。
「この高校の秘密を知りたくはないか、オレはこの高校の秘密を知っている」
ここでちょうど予冷のチャイムが廊下に鳴り響く。とても重要な話を聞く前に昼休みは終わってしまった。
「明日もまたここに来るから、その時にまた話をしよう」
「わかった」
また明日も、ここで昼食を食べることになってしまった。とはいえ、しっかりと食べることができるので良しとしよう。私は腹が満たされ、多少のことは目をつむることの余裕が生まれていた。帰りの教室に戻る足取りは軽かった。