19彼女たちに流されてみよう
次の日、私は朝目覚めると決意した。
「他人に流されてみてもいいのではないか」
きっと、今日もまた、女子たちのオススメ商品口撃を受けることは間違いない。だったら、その話題に乗っかり、一つ一つ試してみればいい。別に自分で買わなくても、彼女たちが試供品よろしく、商品の一回分を私に提供してくれる。それを一度試してみればいいのだ。そして、効果が出ればそれで彼女たちの興味は私から離れていくだろう。もし効果が出なかったら、それはまた考えればいいだけの話だ。教室にいるクラスメイトの数は40人。そのうちの三分の二が女性で占められている。女性の割合が多いので、商品の種類も結構あるだろう。いろいろ試して、あうものがあれば使っていけばいい。
「おはよう!」
学校での自分の行動方針が決まると、急に気が楽になる。今までは、女子からの口撃を交わすことに全力を挙げていたが、それを今後受け止めるのだ。それくらいなら、私にだってできそうだ。
「おはよう。なんか、急に元気になったみたいだけど、昨日の今日で何があったの?」
「お母さん、私決めたの。あんな美少女クローンに負けたくはないから、もう少しこの学校で頑張ることにした」
決して、彼女たちに屈しておすすめ商品を使うのではない。私の気迫に負けたのか、母親は、はあとあいまいに頷いていた。私が良ければ特に文句はないらしい。
「そうか。頑張ってみることにしたか。学校が嫌になったら、すぐに僕に言うこと」
父親が新聞を読みながら口を開く。どうやら、父親も私のことを心配してくれているらしい。結局昨日は、転校についての話を父親にすることはなかった。私が転校したいことを父親は知らない。母親も私から言い出さなければ、父親には言わないのだろう。とはいえ、なんとなく私が暗い顔をしていたのは気づいていたのだろう。
「かず姉のことだから、心配しなくても大丈夫だと思うけどな」
「お前はもう少し、姉の心配をしなさい!」
弟は特に私の心配をしていなさそうだが、それでも家族は私の気を遣ってくれている。それだけで学校での理不尽も耐えられる気がした。
「おはよう。平さん。昨日は大変だったみたいだけど、大丈夫だった?」
「お、おはようございます」
高校の玄関で靴を履き替えていると、さっそくクラスメイトの女子に声をかけられた。声をかけられることは想定していたが、なぜか返事が敬語になってしまった。
「ふふふ。面白いね、平さんって。ねえ、昨日の私の話、覚えてる?」
私の敬語の挨拶は笑われるほど面白いものだろうか。それにしても、昨日の話とはいったい。横目で声をかけてきた彼女の容姿を観察する。
彼女もまた、この学校に通う生徒らしく、美のクローンと化した容姿をしていた。黒髪ストレートのつやつやの髪を肩下まで伸ばしていた。その髪が風もないのに、サラサラと流れる様子が目に浮かぶ。さぞかし触り心地が良いのだろう。目は当然、ぱっちり二重で肌も白くてニキビ一つ見当たらないツルツル肌。唇もプルプルだし、顔以外の肌ももちもちのツルツル。顔もうなじも腕も足も、ムダ毛が一本も生えていなさそうに見えた。
しかし、彼女の容姿で一番目を引くのは髪の毛だった。真っ黒とはこういうことを言うのだろう。カラスの濡れ羽色のサラサラヘアーはとても特徴的だった。ということは。
「ああ、オススメのシャンプーの話し?」
「そうそう、平さんの髪が紫外線とか乾燥で傷んでいるように見えたから、私の使っているシャンプーを使ってみたらどうかと思って」
靴を上履きに履き替えた私たちは、廊下を歩きながら話を続ける。私の勘は当たっていたようで、相手に不審がられずにすんでほっとした。転校三日目ではまだ、クラスメイトの名前は覚えきれていない。
「自分の髪がなんとなく痛んでいるのは知っていたけど、それを改善するシャンプーなんてある?あったとしても、高いよね。高校生の私に買えるかな」
「いいから、私のシャンプー使ってみて。ちょうど一本余っているのがあるから、平さんに特別にプレゼントするよ」
教室は三階にあるが、話しているうちに到着した。教室に入り、自分の席に着くと、カバンから彼女があるものを取り出した。私はシャンプーを欲しいなんて一言も言っていない。ただ話を振られて思ったことを口にしただけだ。
「ええと、そこまでしてもらわなくても」
「いいの!私があげたくてあげるんだから。さっそく今晩から使ってみて。すぐに効果を実感するから」
カバンになぜシャンプーが入っているのか。いつもシャンプーの容器を持ち歩いているのか。他人の意見を聞かないのはただの押し付けではないか。効果をすぐに実感するというのは、なかなかに強力な成分が入っていて、髪に悪影響を及ぼさないのか。そのシャンプーの香りはすでにボトルの外にも漏れ出ていて、匂いがきつくて、私にとって悪臭である。
いろいろなことが頭に浮かんだが、私が受け取らない限り、てこでもその場を動かなさそうな彼女に、私は結局押し負けてしまった。彼女からシャンプーの容器を受け取ると、自分のカバンにしまい込む。きっと、家に帰ってカバンを開けたら大変なことになっているだろう。
「これで、平さんも男子からモテるはずだよ。知ってる?髪って、人の印象を位置づけるうえでかなり重要な部分なんだよ。髪がきれいなだけで、全然印象が違って見えるんだよ。これ見てよ。すごい違うでしょ」
「はあ」
「男の人なんか、髪がきれいな人がいいっていう人が9割以上なんだって」
もらったシャンプーをカバンにしまうのを見届けた彼女は、次にスマホを私に見せつけてきた。そこには親の顔よりも見た、いやそこまでは見ていないが、最近目にするある画像が目に入った。画面には2枚の写真が表示されていた。
髪につやのないぼさぼさとした印象の女性の後姿の写真と、手入れされたつやつやの髪をした後姿の女性が左右に並べられていた。シャンプーの宣伝でよく見る比較写真である。
「私って、左側の人みたいに髪につやがないですかね」
「ううん。それに近い状態って言うのはあるかもね。ねえ、一つ疑問があるんだけど、いいかな?」
どうしてそんなに髪を短くしているの?
私の変な言葉遣いは特に気にしていないらしく、彼女はずけずけと辛辣なことを言う。地味に傷つくが、それよりも疑問に答える方が先決だ。
「楽、だからですかね。私って、あまり器用でないから、髪を伸ばしてもかわいくアレンジできないし」
「ふうん。じゃあさ、髪をきれいにするついでに伸ばしたらどう?私が髪のアレンジ方法教えてあげるよ。きっと髪がきれいになったら、人生変わると思うよ!」
勝手に髪を伸ばすことを約束させられてしまうのは避けたい。何とかうまい言い訳を考えて髪を伸ばす約束はなしにしたい。
「それと、シャンプーの値段だけどね。このシャンプー、実はオーダーメイドシャンプーで、質問に答えると自分好みのシャンプーが出来上がるんだ。だから、値段は普通のシャンプーより割高になるんだけど、今だけ動画を見た人限定で半額以下で購入できるの。お得でしょう?だから、ぜひ試して自分に合うシャンプーを買ってみて」
こいつらは、将来、社会に出てきちんと働くことができるのだろうか。いや、もしかしたら、働かずに男のひもにでもなるのかもしれない。そのための美への投資を今からしているのだ。
「おはよう。何を話しているの?もしかして、津谷、平さんを独占しようと」
「だって、早い者勝ちでしょ。ちょうど、玄関で平さんとあったから、先に私のオススメシャンプー勧めようかと思って」
「ずるいずるい。それだったら、次は私の番だよね。津谷がシャンプー勧めたなら、次に必要なのは、このサプリだよね」
「いいや、髪が終わったのなら、次は顔のシミとかニキビとか、鼻の黒ずみを失くす洗顔料が先でしょ」
「そんなことない。体型はもっと重要だよ」
「いや、それだったら、ムダ毛の処理の方が最優先事項だよ!」
朝から騒がしいクラスメイト達である。少し早めに登校した私たちだが、いつの間にか他の生徒たちが登校する時間となっていたようだ。彼女たちは教室に入ってくるとすぐに私のもとに集まってきた。そして口々に自分たちのオススメ商品を私にアピールする。そもそも、私は彼女たちの商品を試すなど言っていない。それなのに、私が試す前提で話を進めないでほしい。とはいえ、すでに決意は固まっているので、最終的に彼女たちのおすすめ商品を試すのだが。
「あの、みんなの好意はうれしいんだけど、一度にいろいろ試すのはちょっと抵抗が……。だから、まずは津谷さんの薦めてくれたシャンプーから試してみることにするよ」
教室の壁にかけられた時計を見ると、もうすぐ予冷がなる時刻となっていた。そろそろ席に着かないと、担任が来てしまう。私の声に皆も予冷がなる時刻だと気づいたのだろう。そのままおとなしく席についてくれた。どうやら、早い者勝ちというのは、彼女たちの中で納得のいくものだったらしい。
「おはようございます。今日も頑張って一日を過ごしましょう」
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。相変わらず、生徒たち同様に美のクローンである容姿をしていた。まあ、この担任は男性だが、男性も女性もみな、キラキラと容姿が無駄に輝いていた。




