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17また夢を見る

「あの学校から転校できた気分はどう?」


「また、あなたたちですか……」


 あのクソみたいな高校を転校してから一カ月ほどたったころ。季節は夏休み目前の7月上旬。私は彼女たちと三度目の邂逅を果たした。すでに見慣れた白い空間に、二人の男女が立っていた。


「だって、せっかくルート①「転校」を書き終えたんだもん。その感想を主人公のあなたに聞かなくてどうするの?」


「だから、普通はそんなこと聞かないって。そもそも、主人公のセリフや心情を考えているのは、ささのはさんでしょう?自問自答して何がしたいの?」


 目の前に現れたかと思ったら、いつも通りに変なことを言い始めた。すでにこの夢も三度目になるので、私の対応も慣れたものだ。とりあえず、転校できたことに対しての感謝の言葉を述べることにした。


「ブジニアノコウコウヲテンコウデキテヨカッタデス。アリガトウゴザイマシタ」


「なんで片言なの?あの高校を転校できてうれしかったんじゃないの?」


「いや、転校はできましたけど、なんていうか、あの高校での出来事があまりにも衝撃的過ぎて、その後の人生に大きな影響を与えたというか……」


「それって、普通の高校に戻ったら刺激が少なくて、退屈ってこと?なら、またあの高校に戻してあげることもで」


「遠慮します!」


 とんでもないことを言いだした女性に、慌てて否定の言葉を口にする。彼女のことだ。私が素直に肯定すれば、速やかにあの高校に戻しそうで恐ろしい。いや、そんなことができるはずはない。そんな芸当ができるのは神のみだ。いや、私はうすうすこの女性の正体に気付いている。気付いているが、認めたくない。だって、認めてしまったら。




「ねえ、彼女、ずいぶんと深刻な顔で悩み始めてしまったよ。ささのはさんのせいだと思うよ。今度はいったい、彼女に何をさせようとしているの?」


「私が彼女をどうこうしようと、私の勝手でしょ。だって、私がこの作品の創造主なんだか」


「そこまで」


「むぐぐぐ」


 男の方が女の言葉を遮るように口をふさいだ。手で口をふさがれた女が暴れているが、男女の体格差と力の差に屈し、最終的におとなしくなる。二人の行動が目に入り、いったん嫌な思考を頭の隅に追いやった。


「あの、それで、今回はどのような用件で私の夢に現れたのですか?」


私の夢に出てきた理由を二人に問いただす。何か理由があって、私の夢に出てきたのだ。どうせろくなことではないだろうが、一応、聞いておくことにした。すると、おとなしくしていた女が男の腕の間から這い出て、目を輝かせて理由を語りだす。


「その質問を待ってました!あんたが転校したことで、転校ルートは無事に結末を迎えることができました。このままあんたは普通の人生を歩んでいくことになる。とはいえ、これで終わりだと、私のこの小説に込めた思いのすべては伝わらない」


「はあ」


 唾を吐き散らして力説する女にドン引きで、一歩後ろに下がって彼女から離れると、それと同じように一歩、彼女が距離を縮めてくる。どんどん後退していくが、どうやらこの白い空間には果てがないらしい。いつまでも後退ができて、壁に追い詰められることがない。永遠と私と女の攻防が続くかと思われた。


「その辺でやめておきなよ。彼女が困っているだろう?あと、興奮しすぎて顔が大変なことになっているよ。そんな顔で迫られたら、誰だって話を聞かずに後退しちゃうから」




 しかし、そうはならなかった。止めてくれたのは、もちろん、彼女の旦那である。男は私たちの間に割り込んで、興奮した女を落ち着かせようとしてくれた。女を私から引き離した後、目を合わせて優しい声音で話しかけている。その様子はまるで、興奮した子供を落ち着かせる父親みたいに見えた。間違っても夫婦に見える行動ではない。


「だって……」


「だってじゃないでしょう?ささのはさんは、いい年した大人の女性なんだから、だってとか言い訳しない!」


「はあい」


 今度は何を見せられているのだろうか。女は素直に男の言葉を聞いて返事する。そして、驚いたことに私に謝罪を始めた。


「ごめんなさい、つい、興奮してしまって。ええと、そう、私たちがあなたの夢に出てきた理由でしたよね。今から詳しくご説明します」


「ああ、はい」


 さらには、言葉遣いが急に丁寧になっていた。先ほどまでの態度の違いに困惑してしまう。そんな私の様子に気付いていないのか、彼女は説明を開始する。



「二度目の夢の時にお話ししたと思いますが、コウさんが言っていた、いろいろなルート、つまりいろいろな結末を作ろうということになりまして……」


「あの、その話し方、やめてもらっていいですか?今まで通りの普通の話し方で結構です。私の方が年下なので」


 説明を始めてもまだ、言葉遣いが丁寧口調だったので、もとに戻してもらうことにした。女はちらりと自分の夫の方に視線を向けると、彼は頷いた。すると、ほっとしたため息を吐いて、元通りの口調で話を再開させる。


「ゴホン。ということで、私はあなたの転校ルートを書き終えた。次に私が書こうと思っているのは『実際におすすめ商品使ってみた』ルートなの」


「実際におすすめ商品を使う……」


「そう。あそこまで執拗に商品を勧めた彼女たちの出番があれだけだと、せっかく書いたのに物足りないでしょ。どうせなら、実際にあなたがその商品を試してもらって、異性からモテる美少女になれるかどうか検証を」


「お断りします」


 話の途中であるにも関わらず、否定の言葉が口からこぼれだす。今の話だと、私は転校せずに、あの学校に居続けることになる。ようやく転校先で普通の高校の生活に慣れてきたのに、それはないだろう。私の人生に介入してくるのはこの際目をつむるとして、あの学校に戻すことはやめてほしい。


「あちゃあ、そんなすぐに否定しなくても」


「いや、今の学校に居たくなくて転校したんだから当然だよね?ささのはさんだって、彼女と同じ立場なら、否定したでしょう?」


「ううん、どうだろ。私って、こう見えて、平穏を愛している人を書くのは好きだけど、実際のところ……」


「全く、あなたという人は……」


 私が否定すれば、おすすめ商品お試しルートは回避されるのだろうか。とりあえず、女の言葉を否定してしまったが、本当にそれでよかったのだろうか。この女のことだから、私が否定したところで、私は転校できなかった結末を送ることになりそうだ。


 頭の中でぐるぐると自分の発言について考えていると、女が私を指さして理不尽な要求を突きつける。


「あんたの意見も聞いてあげたいけど、やっぱり、お試しルートは決定!頑張って、いろいろな商品を試して『美少女』になりなさないな」


 やはり、私の言うことは聞いてもらえないようだ。



「その、この夢の記憶はどうなるのですか?夢を覚えたまま、私は転校しないであの学校に戻るということですか?そのまま彼女たちのオススメ商品を試す未来を送るのですか?ていうか、転校したのに、またあの学校に戻るという愚行を犯さなくてはいけないのですか?」


 すでにこの女が私の生殺与奪を握っているのは理解した。何を言っても私の意見が通らないこともわかっている。だとしたら、私ができることは、この女から私の未来の情報をできるだけ多く聞き出すことだ。


「そうねえ。転校ルートはそのまま完結で、転校2日目以降から分岐する未来ということにしようかな。コウさんはどう思う?」


「僕に聞かないでよ。でもまあ、それが妥当な分岐点なんじゃないの?」


「分岐点……」


「だから、安心して頂戴。ええと、パラレルワールドって知ってる?並行世界ってやつになるから。あと、夢は起きたら忘れているから大丈夫。前回二回も覚えていなかったでしょう?この夢は話の幕間みたいなものだから」


「はあ」


 パラレルワールドは聞いたことがあるが、私がそれを経験することになるとは思わなかった。夢も覚えていないようだし、問題はなさそうだ。


 頑張れ、パラレルワールドの別の私。


 別の世界の私にエールを送っていたら、急に視界がぐらぐらと揺れ出した。どうやら、今回の夢はここまでのようだ。私は目を閉じて意識を手放した。



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