16転校することになりました
「転校生を紹介します」
「平和子です。よろしくお願いします」
私は親の仕事の都合で引っ越しをすることが多い。高校2年生の6月初め、新しい学校での生活が始まった。小学校のころから繰り返されてきた教壇前での自己紹介にも、すっかり慣れてしまった。
「では、真ん中の一番後ろの席が空いていますので、そこに座ってください」
担任は定年を直前に控えた男性教師だった。職員室で会った時に、自分の年齢を話していたので間違いはない。年相応のしわが目立つ、白髪交じりの優しそうな男性教師だった。
6月になり、衣替えの季節となった。生徒たちは白い半そで姿の制服で、私のことをじっと見つめている。そんな視線にはすでに慣れ切っているので、私は堂々と自分の席まで生徒の机の間を歩いて自分の席につく。机の間を通るが、あの時のような強烈な臭気はなく、ほっとした。
「ねえ、こんな中途半端な時に転校してくるなんて、珍しいね」
「前の学校はどうだった?」
「うちの学校って、進学校だからって真面目な人が多いけど、私は違うからね」
休み時間になると、転校生が珍しいのか、クラスメイトが次々に私に話しかけてくる。もちろん、『昔の自分を思い出す』だの、『これなんかがオススメだよ』なんていう、よくわからない内容で話しかけてくる生徒はいない。みんな、純粋に私に興味を持っているのが視線から伝わってくる。
「転校は親の都合かな。前の学校は、まあここより先進的だったかもしれないけど、この学校の方が私は好きになれそう。真面目な生徒でもいいよ。自分の意見を押し付ける人でなければね」
私は彼らの質問に丁寧に返答していく。こうしてみると、一カ月弱しか通っていなかったあの学校が、いかに不自然だったかが明白になってくる。つくづく、転校してよかったと心から思えてくる。
「ところで、私の容姿ってどう思う?昔の自分を思い出したりするかな?」
前の理不尽な高校での出来事を思い返していたら、自然と口から言葉がこぼれてしまった。こんな質問をしても、クラスメイトに怪しまれるだけだ。慌てて口を閉じるが、ばっちりと私の言葉はクラスメイトに届いてしまった。
「何それ、平さんって面白いね。もしかして、美容系広告動画の見過ぎとか?」
「ああ、あれ。せっかく楽しく動画見てたのに、いきなり出てくる奴だよね。うざいよねえ。別にこっちはそんなの見たくないっての」
「わかるわかる。あんなので美少女になって男にモテたら苦労しないっての」
意外なことに、私の言葉は怪しまれることなく、クラスメイトの女子たちに受け入れられていた。驚いて固まっていると、不思議そうに首を傾げられる。
「もしかして、容姿に関していじめられていたとか?それなら、うちの学校に来て正解だったかもね。うちの学校ってほら、進学校だけど、どちらかというと中堅に部類するから、みんな真面目なんだよね。おしゃれに気を遣うより、勉強だ!っていう人が多いから、心配しなくてもいいと思うよ」
「何を話しているんだか。お前ら、目とか、肌とか、髪とかの話題で、毎日騒いでいるくせによく言うよ」
「あんたたちだって、勝手に私たちのことランキングしてるの、知ってんだから。ていうか、お前らの顔面なんてイケメンから程遠いから、私たちのことどうこう言える立場じゃねえんだよ。やるなら自分たちの顔でやれ」
私の言葉は予想とは違うところで炎上してしまった。私たちの会話を聞いていた男子生徒が突っかかってくる。その言葉に女子が反論してクラス中に話題が飛び火する。とはいえ、その光景にどこか安心している自分がいた。
怒ってくれているのは、クラスでも目立つ容姿の女子だった。とはいえ、理想の美を極めたあのクラスの女子とは違い、個性が出ていた。校則で髪を染めることは禁じられているので、髪は黒い。黒い髪はクラス全員に言えることで、教室は頭の黒い生徒しかいなかった。しかし、彼女は髪の癖が強いのか、サラサラとは言い難い髪質のようだ。パーマをかけているのかと思うようなチリチリの髪を一つにまとめていた。縛っていてもわかるほどに髪がチリチリに縮れていた。顔にはそばかすがあり、お世辞にもきれいな肌とは言い難いが、それでも私の中での好感度は高かった。
「アハハハハ!」
知らず知らずのうちに、笑いがこみ上げてきてつい、笑い声をあげてしまう。私の声が大きかったのか、一瞬で教室は静まり返る。
「ええと、ごめんね。見苦しいところを見せて……」
「まったく、結賀が男子に突っかかるから」
「だって」
「男子なんてどうせ、お子様だから気にすることないよ」
チリチリパーマの女子生徒は結賀というらしい。その子が私に謝罪すると、それをとがめるように二人の女性が声をかけている。黒髪なのは同じだが、こちらはボブにしていてきれいにまとめられている。目は垂れ気味で一重だが、別に小さいというわけではない。そのままでも充分に可愛らしい容姿だった。
もう一人は黒髪ストレートを肩に流したキリッとした吊り上がったアーモンド形の二重の女子だったが、浅黒い肌をしていた。こちらもかっこいい系で、個性が出ていた。
身長も体型もバラバラだった。結賀さんは平均的身長で体型も標準体型。ボブの女子は身長が低めで少しぽっちゃりとしていた。最後の女性は平均身長より高く、私よりも身長が高かった。すらっとしているスレンダー体型だ。
「どうせ、男子なんて、美容系広告動画のあのこてこての美の女性が好みらしいから、そんな奴は放っておくに限るよ。平さんも、覚えておくといいよ。男子なんて、くそな奴ばっかでろくな奴がいないから」
「調子に乗るなよ。オレ達だって、容姿だけで女子は選ばねえよ!」
さっきから突っかかってくる男子を観察する。彼も個性的だった。身長は高めで髪型は短めで、爽やかに見える。顔は外の部活でもしているのか、健康的に焼けている。三白眼できつい目つきだが、別にそれはそれでアリだと思う。
こうして、私は平穏な生活を手に入れることできた。皆、容姿に個性を持ちながら日々、楽しく生活を送っている。
私も自分の容姿に負い目を感じることなく、リラックスした高校生活を送ることができて、転校できて心から良かったと思うのだった。
この学校には美少女もイケメンもいるが、私のような凡庸な容姿の人も大勢いる。個性というのは大事だなと、あのイケメン美女のクローン軍団の教室にいて、しみじみと感じたことだ。
「かず姉、最近、ずいぶん楽しそうだね」
「今の学校があっているみたいね」
「それは良かったよ」
家族にそう言われて、私は明るく返事する。
「うん、美しいだけが女性じゃないんだなって思ったよ」
今でも、動画を見ていると、美容系広告動画が流れることがある。そういう時は、飛ばせるときはすぐに飛ばしている。昔は興味本位で見ることもあったが、今は完全に飛ばすようにしている。
転校前のあの高校に行って良かったことが一つだけある。それは、『美を追求しすぎて没個性になってしまうのは、結局のところ本末転倒なのではないか』ということだ。それを学べただけでも、通った価値があったのかもしれない。