14父親の話し
「それはまた、ずいぶんとファンタジーな学校に転校してしまったんだな」
ずいぶんと時間が経った頃、ようやく父親が口を開いた。すでに夕食は片付けられ、机の上には温かい緑茶が置かれている。姉と弟はそれぞれ自分の部屋に戻り、リビングには私と両親の三人だけが机を囲んでいた。
「真面目な顔して考えていたと思ったら、開口一番がそのセリフって」
私が言いたかった言葉は、母親が先に口に出していた。そんな言葉が聞きたかったわけではない。ファンタジーだったら、もっと楽しい気分で学校に通えていただろう。いや、ファンタジーだったらむしろ、私は彼女たちにひどい目にあわされていたかもしれない。あのクラスでの私の立ち位置は主人公で、話を盛り上げるためにもっと苛烈な行いが私に降りかかっていた可能性もある。そして、いよいよ私が耐えられないという瞬間に、運命の男とも呼べる相手がさっそうと現れる。その男の行動に心惹かれた私は男に好意を抱き、いつしかその思いは恋心まで発展する。相手も私の気持ちに気付いて互いに惹かれ合う。
「うげ、吐きそう」
「何を想像しているのか知らないけど、自分の親に向かってその言葉は失礼だぞ」
「先に意味不明な言葉を吐いたのはお父さんでしょ」
「そこの位にしなさい。それで、お父さん、他にいうことはないの?」
父親のせいで、嫌な想像をしてしまった。私は別に恋愛漫画の主人公になりたいわけではないので、そのための演出としてのいじめはごめんこうむりたい。じろりと父親を睨みつけると、父親は罰が悪そうに頭をかきながら、別の言葉を口にした。
「お父さんとしては、和子の意志を尊重したい。だから、確認のためにいくつか質問してもいいか」
質問くらいどうってことはない。自分の転校がかかっているのだ。嘘をつく必要はないので正直に答えるつもりで身構える。
「では、最初はこの質問だ」
いったい、どんな質問をされるのだろうか。昨日と今日で私の身に起きた出来事はあらかた話し終えている。
「お前は今の高校の学校案内を読んだか?」
「えっ?」
「そんなもの、渡されましたか?もらった記憶はないけど」
またもや、私の言おうとしていた言葉は母親に先を越されてしまう。それにしても、学校案内があったとして、それと今の私の状況がどう関係しているのか不明だ。
「はああ」
父親が私たちの反応に深いため息を吐く。ため息を吐かれても、知らないものは知らないのだから仕方ない。それに、もしそんなものがあったとして、今のこの状況の役に立つとは思えない。しかし、父親は学校案内なるものの存在を認知していた。
「お父さんはその学校案内を読んだの?ていうか、そんなものがあったのなら、私たちに言えばいいのに」
「確かに和子の言う通りだ。学校案内というものは普通、学校に通う生徒が読むべきものだよな。でも、なぜかそこの校長に口止めされていて……」
そういえば、今さながらに父親の不審な行動を思い出す。転校する前に一度、高校に足を運んだ時のことだ。編入試験を受けて合格が発表された日、私と両親は校長室で高校の理事長と話をしたのだ。
「あれ、よく考えれば、私が今通っている高校って私立高校だよね。学費とか高いんじゃないの?それと、どうしてこの高校に通う羽目になったのかわからないんだけど」
今さながらに、自分が通っている高校が私立だと気づく。ちなみに高校名は「美所学園」である。前通っていたのは、県立高校だった。そして、ついでになぜ、自分がこの高校に行くことになった経緯があいまいだということも思い出す。電車で通っているので、家から近いという距離的理由は当てはまらない。だとしたら、大学の進学率か。いや、それもないだろう。だったら、県立高校でもっと頭のいい学校が電車の通学圏内にある。
「学費とか、和子にこの高校を勧めた理由についても、今から話していこうと思う」
「私立で思い出したんだけど、合格が決まったその日に高校に行ったとき、理事長が私たちに席を外すように言っていたよね。なぜか、お父さんと理事長の二人きりで話したいことがあるって」
「そうだったわね。これから学校に通う生徒となる和子と、その母親を差し置いて、何を二人きりで話しているのか気になってはいたけど……」
二人きりで理事長室にこもって何を話していたかは知らないが、しばらくして父親と理事長は部屋から出てきた。私たちの顔を見て、にっこりとほほ笑まれたことを覚えている。しかし、家に帰宅後の父親は、高校での笑顔は嘘のように憔悴しきった顔をしていた。いきなりの態度の豹変をおかしいとは思っていたのだ。
「うん、あのね。それが今回の和子が転校したいという理由につながると思うんだ。僕も、あの時は理事長の話が衝撃的で、冷静になることができなかったんだ。ごめんよ」
なぜか、父親は私に謝罪してきた。どうやら、父親は私が転校するかもしれないという可能性を私が高校に通う前から分かっていたらしい。
「本当は、あの時に別の高校を考えていればよかったんだが、急に他の学校を探すというのも大変だろう」
「まったく、そんな大事なことを私たち家族に隠していたなんて、このくそ親父をどうしつけておきましょうか」
自分の娘が転校したいと言い出す理由に気付いていたにも関わらず、何もしなかった。母親が話を聞きながら、般若の顔になっていくのを私はただ隣で黙って眺めるしかなかった。止める理由がないし、止める必要性を感じない。とはいえ、まずはしつける前に、父親から話を聞くことが先決だ。
「ワカリマシタ。こうなった以上、洗いざらい話します」
父親は観念したのか、校長との間に会った話を私たちに聞かせてくれた。




