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9購買での出来事

「これ、下さい」


 改めて、三階の教室であることに殺意が湧く。しかし、背に腹は代えられない。何とか一階にある購買にたどりつくと、すでに昼休みが半分ほど過ぎているためか、客である生徒の姿は私以外にいなかった。


 私が選んだのはメロンパンだった。やはり、焼きそばパンやコロッケパンなどの総菜パンの類は売り切れとなり、並べられているラックには見当たらない。かろうじて残っていたのがメロンパンだった。


「はい、150円になります」


 高校生にとって150円と言え、痛い出費である。ここは進学校であり、バイトは基本的に禁止となっている。まったく、彼女たちのせいでしなくていい出費がかさみそうだ。これは、いじめとして先生に訴えていいだろうか。


「いや、もしかしたら、先生も彼女たちと同じで、『これを使えばいじめもなくなる』とか言ってきそう……」


 学校関係者に相談するのはやめた方がよさそうだ。昨日と今日で教科担任の先生方を見ているが、大抵の先生はキラキラと輝いていたので、彼女たちと同様の美少女クローンの一種とみて間違いないだろう。


 それ以外の先生と言えば、年よりの定年退職を迎えたと思われる男性教師か、美人の味方になりそうな、明らかに加害者側に着くだろう40代後半に見える女性教諭しかいない。



「ねえ、あなた、どうしてこの学校に転校してきたの?あなたみたいな普通の人は、この学校は辛いでしょう?」


 お金を払ってもその場に立ち尽くす私を心配してか、購買で働いている年配の女性が私に声をかけてきた。


「この学校って、進学校以外の特徴があるのですか?」


「あら、知らずにこの学校に通っているの?それはお気の毒に。この学校はいわゆる実験校で、何を実験しているかというと」


「ねえ、おばさん。このパン頂戴」


 せっかく重要な話が聞けそうだというのに、それを邪魔する生徒が現れた。ちっと舌打ちしたくなるが、さすがに女子高生が人前で舌打ちはまずいと思い、心の中だけに留めた。いったいどんな奴だと視線を声のした方に向けると、そこにはまたもや、イケメン男子がいた。


「はいはい、いつもありがとうございます。買ってくれるのはありがたいけど、もう少し、栄養がつくものを食べたらどうだい?育ち盛りの男子高生なんだから」


「別にお前はオレの母親じゃないだろ。余計なことを口にするな」


「ワカリマシタ」


 どうやらこのイケメン男子生徒は購買の常連客のようだ。それにしても、年上の女性に対しての言葉遣いがなっていない。私だって高校生だが、年上の人には敬語を使った方がいいのは知っているし、実際に使っている。


「150円になります」


「はい」


 お金を渡して、私と同じメロンパンを手にした男子生徒は、ここでようやく私の存在に気付いたようだ。


「何お前。もしかして転校生?」


「どうして皆さん、私が転校生だと思うのですか?」


 男子高生はこれまたサラサラの金に近い茶髪を肩くらいまで伸ばし、肌は女子顔負けの白さで、もちろんツルツルもちもち肌だ。前髪が多少長いようだが、そこから見えるのは形の良いアーモンド形の二重の瞳だ。身長はあまり背は高くないようだ。私の身長は163cmなので、170を超えたくらいだろう。クラスのイケメンたちは全員180越えの大柄な細身のイケメンが多かったので、意外である。


「人のことじろじろ見るなよ。それで、お前は何から始めるんだ?」


「なにからと言われても……」


「まさか、何も試さないでここでの学校生活を送ろうとしているのか。それは自殺行為だな。お前の一番のコンプレックスを治せそうなやつがいいと思うぞ」


「まったく、毎回、初対面の人に対してその言葉遣いはどうかと思うよ、礼斗らいと君。たぶん、そこのお嬢さんは二年生だから、礼斗君の先輩じゃないかい?」


「ふん、たかだか一年二年の差で後輩とか先輩とかそういうの、マジうぜえ」


「そんなこと言っても、高校ではそれがルールなんだから仕方ないでしょ。入学当初はそこまでじゃなかったんだけどねえ」


 この二人は結構親しい仲のようだ。ただの購買のおばさんと生徒の関係よりも深そうだ。しかし、そんなことを考えている暇はないことを思い出す。



「すいません。メロンパン、ありがとうございました」


 辺りを見渡すと、運のいいことに彼ら以外に人の姿はない。行儀が悪いが、その場で食べ始めることにした。


「人前で急にメロンパンを食べる奴、初めて見た。ためらいというのがないのか、お前」


「ひゃって、ふぉなかひぇったんだもん」


 とりあえず、メロンパン一個は腹に納めることができた。本来なら、母親の手作り弁当を残さず食べる予定だったのに、まったくもったいない。


 ごくんと最後の一口を飲み込むと、改めて生意気な口を利く男子生徒を観察する。こいつもまた、イケメンの部類に入る容姿をしているが、何を私に勧めてくるのだろうか。



「別に私は今の容姿に満足しているので、オススメ商品を言われても、使いませんからね。昼食を食べる時間を作ってくれたことは感謝します。では、昼休みももうすぐ終わるかと思いますので、これで失礼します」


 失礼なことを言う男子生徒だったが、特に美容系商品を勧められることも、昔の自分云々の話もしてこなかった。少しはまともな男もこの学校にいることがわかって、ほんの少しだけほっとした。


 教室に戻ろうと彼らに背を向けると、腕を掴まれた。仕方なく振り返ると、真剣な顔をしたイケメンの姿があり、困惑してしまう。


「お前の名前とクラスは?」


「は?」



「いきなり人の名前を聞くのはいけないよ。相手のことが知りたいのなら、先に自分が名乗るのが常識ってもんだよ」


「そういうものか?オレが名乗れば、お前のことを教えてくれるのか?」


「ま、まああなたが先に名乗ってくれるのなら」


 購買のおばさんが余計なことを口にするせいで、私のクラスと名前がばれてしまいそうだ。とはいえ、ここでこの謎の男子生徒の情報を知っておくことは悪いことではないかもしれない。そんなことを考えているうちに、男が自己紹介を始めてしまう。


「オレの名前は鈴木礼斗すずきらいと。一年A組。オレもこの学校に転校してきた口だ」


 オレは名乗ったんだから。お前も名乗れよ。これで話さないとか、ありえないだろ。


 心の声が読めてしまうような鋭い視線に、しぶしぶ私も名前とクラスを口にする。


平和子たいらかずこ。二年B組。これで満足?」


 せっかく自分が聞きたがっていた私の情報が手に入ったのに、嬉しそうな顔をしないとはどういうことか。


「おまえ、マジであいつらの商品を使う気がないのなら、転校を考えた方がいいぞ」


「なんで初対面のあんたにそんなことを言われなくちゃいけないの。しかも、私が転校生だと思っているのなら、転校したての人間にそんなこと言うのは非常識だと思うんだけど」


「この学校が普通じゃないのはお前も知っているだろ。わかっているのなら、なおさらだ」


「普通じゃないのはわかったけど、それって彼女たち全員がテンプレ美少女だということ?たまたま、そんな人間が集まっちゃったとかじゃないの?」


「本当にそう思っているのなら、お前の頭の中はお花畑だな」



 ここで、彼との会話はタイムアップとなった。昼休み終了のチャイムが鳴り始めた。チャイムが鳴った以上、教室に戻らなければならない。


「チャイムが鳴ったね。授業が始まるから教室に戻らないと」


「あ、ああそうだな。二年B組。平和子だな」


「教室に乱入してこないでね。転校したばかりの生徒に後輩がいるはずないでしょう?私の立場も考えてよね」


「善処する」


「あらあら、新たな恋が生まれる瞬間におばさん、立ち合っちゃったかしら?」


『なわけあるか』


 購買のおばさんに生暖かい目で見つめられたが、私たちは声をそろえて否定する。思いがけずハモってしまったが、仲がいいというわけでは断じてない。


 こうして私は礼斗とかいう男子生徒と出会うことになった。



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