父さんな、お前が物凄く強大な敵に出会って、怯えていればいいと思うんだ。
親愛なる勇者様たる息子へ
お前は、この旅のどこかで途方も無く大きな障害にぶつかって、足踏みをしたことはあったか。どうしようもない理不尽に歯を食いしばったことはあったか。
父さんな、お前が物凄く強大な敵に出会って、怯えていればいいと思うんだ。
怯えて、身を震わせて、どうしてこんな目に合わなければいけないのかと、運命を呪っていて欲しいんだ。
街に出ると、お前の噂をよく聞く。
どこのこの山脈を越えただの、恐ろしい魔物を倒しただの、そういった噂を、よく聞く。
噂をする連中は、いつも笑顔で、口を揃えてこう言う。
「勇者様は、この世界の希望だ」と。
本当にこれでいいのだろうか。
たった十五歳の少年の、お前の、小さな両肩に、当たり前のように、とてつもない重荷を乗せていいのだろうか。
本当はまだ、ほんの些細なことで怒られるような、悪戯に屈託もなく笑えるような、そんな歳ではないのだろうか。
…なんて、父さんもお前が勇者じゃなけりゃ、同じように言っているのにな。
我が家には今、大金がある。お前が送ってきてくれたお金だ。きっと、大きな街に出て、一軒家を構えても、十分暮していけるだろう。
だけど、父さんはこの村にいる。
毎日鍬を握り、畑を耕し、野菜を採り、食べる。
何も変わらない。
父さんは、お前のお金についてなにも言わない。
母さんも、何も言わない。
きっと、そうなんだ。
みんな、自分たちで生きていけるんだ。
この考えは、傲りかもしれない。
お前は何も分かっていないと、非難されるかもしれない。
それでも、どうか父さんだけには、そう思わせてくれ。
お前の手が血に濡れるのは、全てお前以外の全ての責任なんだ。
父さんの、責任なんだ。
恨んでくれ。
頼む
父さんより