医師から今後を予測できないか?と問われたので、感染症について考えてみる。
医師より、「COVID-19が今後拡大していくのか、それとも、収束に向かうのか、なんとか予測できないか。」と問われましたので、あっさり「無理!」と即答しました。それはなぜか?
「防衛大臣に触発されたので、COVID-19による死について考えてみる」で死亡状況を毎週土曜日にアップデートしています(2021/02/20をもって終了しました)。ここ、4週続けて1日あたり10-13名程度の死者で安定しています。交通事故死と同程度ですから、「現状が維持できれば特に気にする必要はない」と考えています。こちらでは、「予測できない」と断言していますが、「防衛大臣」の方では途中から予測を始めました。というのも毎週更新していく中で、日本に住む人の行動がなんとなく見え始めたもので(定量的なものではなく、感覚として)。その点がこちらとの間で矛盾していますが、こちらを発表した当時としては、「わかるわけない」ということで、こちらの改定は行いません。
現在、世界的に流行して問題となっているCOVID-19というウイルス。
真菌、細菌やウイルスは人類誕生以前から存在しており、有史上、古代から現代に至るまで、ヒト社会の生存に大きな影響を与えてきました。
一方、真菌はキノコなどの食料として、また、味噌、日本酒、ビールやパンの発酵に活用されています。同様に細菌は納豆、乳酸飲料等に利用されるだけでなく、一般的に大腸菌とくくられる、様々な菌種はヒトとの共生関係にあります。
真菌、細菌やウイルスがヒトの体に取り付いて、そこで増殖し、その結果ヒトに悪影響を与えた状態が「感染症」です。悪影響を与えなければ「感染症」ではありません。ただ、通常ヒトに悪影響を与えない物であっても、歳を取ったり、他の病気になって免疫力が低下すると、ヒトに悪影響を与えることがあります。これはちょっと区別して「日和見感染症」といいます。
要するに、「感染症」というのはヒトの一方的な立場から見たものであって、菌やウイルスとは関係ないものなのです。なんて、ヒトはわがままなのでしょう...
菌やウイルスの立場からみると、ヒトに迷惑をかける、かけないなどどうでも良いことで、単に増えたいだけなのです。そして、より効率よく増えるということに特化して進化したのが、菌やウイルスです。
ですから、一般的に増殖速度がやたら早い。細菌では30分に一回分裂(1つが2つになる)とすると、24時間で47回2倍ずつ増えていきますので理論上、130兆個になります。ウイルスは1個が24時間で100万個になると言われています。
まあ、それを防ぐためにヒトには免疫があり、血液中にあるタンパク質や細胞が、菌やウイルスを攻撃します。また、発熱するのは免疫系の活性化を促すとされています(理論上、36度の平熱から40度に発熱すれば、1.3倍免疫反応は強くなります)。ただ、こういった機能が働くためにはある程度の時間が必要で、初期の菌やウイルスの増殖を抑えることまではできません。
細菌を殺す(殺菌)、または、増殖を抑制する(静菌)作用を有する薬剤(抗生物質)はあります。ただし最初に開発されたペニシリン、その後に開発された薬剤が効かない菌がすでに誕生しています(耐性菌)。菌やウイルスの特徴として多様性があります。「A」という遺伝子配列をもつ菌やウイルスが増殖していく過程において、遺伝子のコピーミスが多発し、「A'」「''A'」「#A」といった様々な遺伝子配列をもつ物が出現してくるのです。もちろん特性には全く影響を与えないコピーミスもありますが、増殖能力が弱くなったり、感染能力を持たない、毒性が強くなったりする場合もあります。
その当時存在した、全ての抗生物質が全く効かない菌も出現しました(多剤耐性菌)。ただし、こういった菌は増殖能力が比較的弱いので、普通の環境では他の菌との増殖競争に負けてしまいます。しかしながら、病院のように抗生物質が多用されるような場所では、普通の菌より増殖に有利になりますので、相手が病気などで免疫力の落ちた患者さんということもあり、蔓延すれば手がつけられなくなり(院内感染)、社会問題となりました。
この時、今までの抗生物質とは全く作用機序が異なり、多剤耐性菌の増殖を抑制できる新しい抗生物質が開発されました(L剤)。L剤に対しても耐性をもつ菌が出現しては、患者の死を防げないので、L剤は乱用しないようかなり注意深く使用されたのです。ところが複数の地理的に離れた場所から、他の抗生物質にもL剤にも耐性をもつ菌による感染者が、1例ずつ(弧発例)報告されたのです。
各地で分離された菌(耐L菌)の遺伝子が詳しく調べられた結果、すべて、同時に遺伝子の特定の7箇所が、決まった変化をしていたということが解りました(7箇所全てが揃っていることが必須で、一つでも変異が異なると、L剤に対する耐性は取得できない)。この耐L菌はL剤を使っていなければ、他の菌との増殖競争に負けて増えることはできません。ですから、他の患者さんには感染しません。
ということは、この耐L菌はL剤を投与する前か投与直後に、その患者さんの中で発生していたことになります。そして、L剤が投与されたため、他の菌が増殖できなくなった中、唯一増殖可能な耐L菌が増殖して、患者さんの命を脅かすことになったのです。
「菌は一人の患者さんの中で、同時に遺伝子の特定の7箇所が、特定の変化をすることもある。」という事実は感染症を扱うものに大きな衝撃を与えました(私もこの後は感染症に関わっていません)。増殖の過程で様々に変化することによって、多様性を生み出し、特殊な環境であっても増殖できるようにするという菌の戦略に、人類は勝てなかったのです。
このため、抗生物質の投与は必要最小限にとどめ、病院全体である程度の期間で作用機序が異なるものに変更する。このローテーションを繰り返すことで「耐性菌の発生を可能な限り抑える」という対応を行うことが一般的になっています。いまでは、この調整を行う組織として「感染症対策室」といったものが、多くの病院に設置されています。
遺伝子が我々に近い二本鎖DNAをもつ細菌ですら、こんなに変異しやすいのです。コロナウイルスの遺伝子は、さらに不安定な一本鎖のRNAで構成されています。どんな変異が発生してもおかしくないのです。ウイルスに対する対策が細菌より厄介なのはこのためです。
現在COVID-19のいろんな遺伝子のタイプが報告されていますが、それに惑わされる必要はありません。なぜなら意味のない遺伝子の変異が多いからです。コロナ系のウイルスはSARS以前は、あまりヒトに対して影響を及ぼさなかったので、研究はインフルエンザ系に比べて遅れています。遺伝子と重要なタンパク質の機能的変化との関係が明らかになるには時間がかかるでしょう。
こういたこともあって、ウイルスは遺伝子では区別していません。ウイルスの表面にある、感染機能を司るタンパク質などの立体構造の違いで分類します(抗原性)。COVID-19にもある程度のタイプがある可能性はありますが、まだそこまで研究は進んでいません。
そして、インフルエンザ治療薬というのが存在していますが、症状を1日早く抑える程度です。COVID-19に期待されているアビガンは、インフルエンザの症状を半日程度早く抑えるぐらいです(添付文書より)。なぜ、効果が乏しいかというと、菌は生物ですから殺すことができます。薬がうまく効いた時には、最初の注射をしている最中に、熱が下がっていくこともあるぐらいです。一方、ウイルスは生物ではないので殺せません。あくまでも、ウイルスの増殖を抑えることしかできないのです。あとは、ヒトの免疫系に頑張ってもらうしかないのが実情です。
ここまでが、感染者の体の中で菌やウイルスが増殖していく仕組みです。
じゃあ、どうやって菌やウイルスが感染者以外の他人に移って、そこで増殖を始めるかです。移りやすい菌ほど集団の中でより多くの子孫を残せますからね。基本的な戦略は
1. サイレント型:感染を感づかせずに(無毒/弱毒性)、密かに濃厚接触した相手に移してゆく。
2. アクティブ型:感染症を発症させ(強毒性)、咳などにより空間に広くばらまかせることによって、その空間に存在した相手の体内に入り込む。または、物に付着しそれに触れた手などから、粘膜(唇、口腔、鼻腔、眼瞼など)を介し相手の体内に侵入する。
3. 混合型:ペストのように一次宿主(主にネズミなどのげっ歯類)にとってはサイレント型。そしてノミを介して間接的にヒトを襲う(腺ペスト)。腺ペストが悪化して肺ペストになれば、ヒトーヒト感染による完全なアクティブ型となる(致死率100%)。
まあ、うまくやっています(飲み水を介してなど他の経路もありますが)。伊達に進化しているわけではないのです。原始的な生命体、増殖物質ではありますが、あらゆる環境に適合して増殖していくという面においては、他の生命体よりはるかに進んでいるのです。
いずれの戦略をとるにしても、共通していることは、菌やウイルス自体は全く行動していないということです(動けません)。宿主の行動に依存して、宿主以外に広がっていくという形をとります。
すなわち、感染症が拡大するか、収束するかというのは、宿主の行動にかかっているということになります。言い換えると、医師の切実な問いである「今後COVID-19の感染が拡大するか、収束するか予測してくれ?」という疑問に答えるには、「日本に住むヒト/その地域に住むヒトが、どう行動していくかを予測する。」ということです。いや、無理ですから、そんなこと。なにか、「...モデルで」とか「...指数で」と言っているヒトがいるらしいですが、あんなものじゃ無理です(断言!)
もちろん、「罰則を伴う外出禁止令」などが発令されれば、予測は簡単です。「そのあとは、収束に向かいます」と断言できます。でも、それが解除されたら...それも予測は簡単です「拡大に向かいます」。COVID-19を地球上から根絶できない以上、必ずそうなります。まあ、いつから始まるか?その規模は?については答えられませんが...
じゃあ、どうすればいい?
現時点で、かつ、日本ではCOVID-19の致死性は「若年者においては感染者1万人あたり1人が死ぬ程度。高齢者は死にやすいが、年間死亡率とそうは変わらない。」と推定しています(「防衛大臣に触発されたので、COVID-19による死について考えてみる」参照)。多分、インフルエンザよりちょっと危険な程度ぐらいでしょう(注:私の領域では2倍以内は誤差です)。
じゃあ、欧米での死者と日本の死者数が全く違うのは?
麻生大臣が「民度」と発言し一部で問題になりましたが、多分真実に近いです。あと、医療制度の差もあります。各国の医療制度って、法律を調べたぐらいじゃわからないのです。実際にどう運用されているかも確認しないといけない。ヨーロッパでは法律はしっかりしていても、運用がグダグダな国が多いのです(色々な国の医師からグチを聞いたものです)。アメリカは法も運用もグダグダですが...日本は過剰すぎます(それを埋めるため、医師が奴隷として使われている)。
ウイルスは変異しやすいと述べました。
あくまでも可能性ですが、欧米では初動で感染と死者の増加を阻止できませんでした。このため、アクティブ型(強毒性)であっても感染を広げるのに不利にはならないどころか、有利な状況が発生しました。
一方、日本では死者の増加の抑制に6月はじめに成功しています。アクティブ型を叩き潰したので、ウイルスが感染を広げるためには、サイレント型(弱毒性)の方が有利な状況が発生したのです。ただ、サイレント型<->アクティブ型の変化は、一人の患者内でも発生する可能性が高い。高齢者などの死亡率はそれほど変わらないかもしれません。ただ、4月から5月の死亡数を上回ることは、ないんじゃないかな?
今の所、死者数の抑制には成功しています(「防衛大臣に...」で毎週、土曜日にモニタリングしています)。
今後もCOVID-19感染症が、存続し続けることは間違いありません。しかし日本において、COVID-19が拡大するか、収束するかは予測はできません。
ただ、拡大を防ぐ唯一の方法は「自分がCOVID-19のキャリアであると仮定した上で、他人に移さないように行動する。」ことです。