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窓ぎわの東戸さん~小学生の東戸さん~

作者: 車男

 「あ、東戸さん、こっちだよー」

「ごめんねー、西野さん。服選びに時間かかっちゃって・・・」

「そうだったんだ!・・・東戸さん、すごくかわいい!」

5月の休みの日、私と東戸さんは、約束をして学校近くのカフェに来ていた。かなり悩んだという今日の東戸さんのファッションは、薄桃色のシャツに、ひざ下までのふんわりとした白いスカート、素足に、サンダル。頭には大きくて赤いリボンを乗せている。お人形さんのようにかわいいではないか。中学生だから入れるかどうか心配だったけれど、全国にあるカフェで、店内も明るくて全然大丈夫だった。運よく空いていた窓ぎわの席に座る。ちょうどランチの時間なので、私はドリアとアイスカフェラテ、東戸さんはハンバーグセットとオレンジジュースを頼み、ゆっくりとご飯を食べながらお話をする。東戸さんは座った途端、サンダルのストラップを外すと、素足をソファにのせていた。

「そういえば、東戸さんって小学生の時に好きな男子とかいなかったの??」

「えー、好きな男子・・・うーん、いなかった、わけじゃないかなあ」

「え!どんな子!?」

まさか東戸さんにそんな男子がいたなんて。料理を食べながら、東戸さんはポツリポツリと話し出した。小学校6年生の時のことらしい。


 -「おはよう、小田くん!宿題、できた?」

「あ、おはよ、東戸さん。うん、でも、どうして?」

「難しいのがひとつあってね、教えてもらえないかなあ?」

月曜の朝、机に座って、先週図書室で借りた本を読んでいると、隣の席の東戸さんが聞いてきた。先週末の席替えで、このクラスになって初めて隣になった女の子。髪は肩まで伸ばしていてくくったりはしていない。目は少し眠たげで、顔立ちは整っている。美人さんというより、かわいいという形容詞がぴったり。背丈は高い方ではなく、背の順で並んだら前の方だろう。それまであまり話す機会はなかったけれど、休み時間や発表のときの彼女を見ていると、おっとりとした性格の、大人しめでかわいらしい子だなという印象だった。僕の学校には制服があって、ちょうど衣替えの時期なので、男子は白い半袖シャツか長袖シャツに紺色の半ズボン、女子もどちらのシャツに紺色のスカートを履いている。日に日に気温が上がっていくこの時期、半袖のクラスメイトがだんだんと増えてきていた。ちなみに僕はまだ長袖だ。なんとなく、あまり肌を出したくない。男子より女子の方が長袖人口は多く、まだ3分の2以上が長袖だった。そんな中で、隣の東戸さんは、半袖OKになったその日から、半袖のシャツを着ていた。スカートは膝が見えるくらい。学年が上がるにつれて背も伸びてくるので、6年生になると男子のズボンもだけれど、女子のスカートも丈が短くなっている子が目立ってくる。そして東戸さんの足元は、素足だった。靴下を履かない、素足のままで、上履きを履いていた。

「宿題?うん、いいよ、どのページ?」

先週まではしっかり靴下を履いていたはずなのに、どういうことだろう。来る途中でアクシデントがあって濡れてしまったのだろうか。まさか、靴下を履き忘れたなんてことは…。気になるけれど、はたして聞いていいものなのか、迷ってしまう。

「えっとねー…」

東戸さんは席に着くと、ランドセルから教科書類を机に入れていく。プリントなどはきっちりとファイルに閉じてあって、几帳面さを感じる。けれど、足元は素足…。準備をしながら、東戸さんは机の下で上履きをカポカポと脱ぐと、素足を机の棒に置いた。足の指がくねくねと動いている。そんな様子を見て、なぜだろう。僕は無性にドキドキしてくるのを感じていた。体がなんだかポカポカしてくる。気温が上がっているせいだろうか。長袖の制服を初めて暑いと感じた。

「あ、あった、このページ!」

算数ドリルを開いた東戸さんは、素足を机の棒から離し、上履きではなくそのまま床にペタンとつけてしまった。それから、こちらに体を寄せて、ドリルを見せてくれる。肩まで伸ばした髪がふわっとなって、いい香りが僕を包み込んだ。

「あ、こ、ここね、えっと、割合の出し方が…」

「ふむふむ…」

僕がドリルのページに式を書き込んでいくのを、すぐそばで見ている東戸さん。僕のドキドキはどんどん強くなっていく。考えてみると、女の子に勉強を教えるのは初めてだ。それも、こんなに至近距離で。それまであまり、というかほとんど話したことなかったけれど、東戸さんは僕のことをどんな風に思っているんだろう。

「なるほど!よくよくわかったよー。ありがとね、小田くん!」

「う、ううん、手助けになったなら嬉しいよ」

それから東戸さんは自分のペンケースから鉛筆を取り出し、続きを解いていった。再び素足は机の棒に置かれて、足の指がくねくねと動いている。上半身はそんなに動いていないのに、足元は盛んに動いている。このギャップにまたドキドキしてしまう。

 「算数ドリルをあつめまーす!まだの人、持ってきて!」

ちょうど東戸さんが解き終わった頃、算数係の人が呼びかけた。さて出しに行こうかとした時、

「あ、小田くん、私持っていくよー。教えてくれたお礼!」

「え?あ、ありがとう…」

「いいのいいのー。また、教えてね!」

にっこり笑って、東戸さんは僕のドリルを受け取ると、上履きを机の下に残したまま、驚いたことに裸足でペタペタと教卓の方へ行ってしまった。前の方で係の女の子と話をするのが聞こえる。

「はい、ありがとー。って、東戸さん、なんで裸足?!」

「あー、上履き置いてきちゃった。だって最近暑くてねー」

「あはは、東戸さん、面白い!靴下履いてこなかったの?」

「ううん、靴箱で脱いできたんだー」

「そうなんだ!ちゃんと上履きは履きなよー」

「ほーい」

そんな会話を、耳をすませて聞いていた。特に理由はなくて、暑かったから…?クラスみんなが上履きに何かしらの靴下を履いている中で、ざっと見たところ、裸足なのは東戸さんだけだ。恥ずかしかったりしないのかな?

「どうかした?小田くん?」

帰ってきた東戸さんが、顔をぐいっと覗き込んできた。慌てて目線をそらしてしまう。

「あ、ううん、なんでもないよ!」

「そう?ふうん」

 その後、朝の会があって授業が始まると、お互いに話すことはなく、たまに隣の東戸さんを横目で見ると、眠たげな表情で、ノートには鉛筆の線がくねくねと走っていた。そんな様子を見ていると、たまに彼女がピクッとして、僕もピクッとなる。なんだか調子がくるうな。さっきからずっとドキドキしっぱなしだ。6年生になって席替えは何度かあったけれど、こんなにドキドキする子は初めてだった。


「つぎ、体育だよ!東戸さん!」


「あ、うん、今行くー」


3時間目の授業は体育。1、2時間目は教室での授業だったけれど、東戸さんは机の下に脱いだ上履きをくるくると足先で回したり、上からふんずけたり、ひっくり返したりと、一度もきちんと履き直すことはなかった。体育は隣のクラスと合同で行うため、女子と男子でクラスを分けて着替えることになっている。男子は僕のクラス、女子は隣のクラスだ。東戸さんは机の下に転がった上履きを足で探して素足のまま履くと、体操着入れを持って友人と隣のクラスへ出ていった。

「小田ー、どうかした?早く行こうよ!」

「あ、ごめん今着替える!」

5年生からの友人に声をかけられ、はっと意識を取り戻す。いけない、今日はずっと、東戸さんのことばかり意識してしまう。

 「今日の体育は、陸上競技を行います!いくつか種類があるので、グループを組んでやっていってください!」

担任の先生が台の上で叫んでいる。準備運動を終えると、各自でグループを組むことに。男子女子2人ずつと決められており、僕と先ほどの友人(Kくんと呼ぶことにする)は、さて女子2人はどうしようと迷っていると、不意に肩をたたかれた。

「ねえねえ、小田くんたちまだグループ決まってない感じ?」

「あ、うん、女子2人を探してて…」

「じゃあさ、一緒にやろうよ!男の子2人を探してたんだー」

誘ってくれたのは東戸さんだった。東戸さんの後ろに、大人しそうな女子が隠れるように立っている。確か名前は…。

「この子、名前覚えてる?西岡さんだよー。私の友だち!」

「あ、西岡さん、ね!よろしく」

「よ、よろしく、お願いします…」

西岡さんはかなり人見知りのようで、東戸さんからくっついて離れない。さてまわっていこうかとすると、どの競技もけっこう行列ができている。陸上競技の種類は、50m走、400m走、ハードル走、走り幅跳び、など。時間内で多く回れればいいらしい。僕たちのグループはまず、走り幅跳びの列に並んだ。1人ずつ、ブランコ前の砂場に向かって飛んでいる。晴れて砂が乾いているせいか、着地の時は砂がブワッと舞っている。

「じゃあ次のグループ、お願いしまーす!」

「はーい!」

記録担当の体育委員の合図とともに、まずは東戸さんが挑戦。踏み切りもよく、勢いよく砂場にダイブした。着地が乱れて、ドテっとしりもちをついてしまう。

「あてて…、おしりついちゃった」

「あ、じゃあそこが記録だねー」

「えー、残念…」

記録をとった東戸さんは、砂場から出ると片足立ちになって靴を脱いだ。やはり砂が大量に入っているらしい。すぽっと靴を脱ぐと、なんと靴下を履いていなかった。靴を履いている時も靴下が見えていなかったので、もしかしたらと思っていたが、予想通りだ。素足のまま履いていたらしい。東戸さんの次に難なく飛んだ西岡さんとの話が聞こえてくる。

「西岡さん、フォーム綺麗だったね!私、しりもちついちゃった」

「ありがとう。しっかり踏ん張って着地したら安定するよ」

「そうなんだ!…でもさ、靴に砂がめちゃ入ってくるんだけど!」

そう言って、靴をひっくり返すと、砂がサーっと大量に出てきた。かかとをポンポンと叩いて、追加で砂を落とす。

「砂場に着地するからねー。仕方ないね…」

「足がザラザラするよ…」

すると東戸さんは、靴を脱いでいた方の足を地面にぺたりとつけて、そのままもう片方の靴も脱いでしまった。同じように砂を出すと、裸足のまま、靴を手に持って戻ってきたではないか。

「ねえねえ北野さん、幅跳び、裸足でやってもいーい?」

「え、ハダシ?えっと、東戸さんがいいなら…」

「やったあ、ありがとう!」

走り幅跳び担当の体育委員、北野さんは驚きつつも東戸さんの質問に答えると、次の笛を吹いた。僕の番だったので、前の人同様に、踏み切り線でジャンプ、着地。終わってから東戸さんの方を見ると、もう一度やるようで再び列に並んでいた。脱いだ靴は、記録用紙とともに置いてある。男子でもみんな靴を履いたままで、裸足なのは東戸さんのみ。こんなに裸足になりたがる女の子ってかなりレアではないだろうか。これまであまり意識していなかったけれど、こんな子が同じ学年にいたなんて。同じクラスになれるなんてかなりうれしい。

「じゃあ次、東戸さんね!」

「はーい!」

合図とともに、裸足のままパタパタと走り、砂場にダイブ。今度はしりもちをつくことなく、無事着地成功だ。手を横に伸ばして、着地のポーズをとっている。

「はい記録とりまーす。今度はちゃんと着地できたね」

「ふふー。裸足の効果かな!」

それから。砂場を後にすると、つぎは50m走だ。

「ごめん、先に行ってて!ちょっと靴置いてくるよー」

移動の途中、東戸さんはそう言い残すと、ダーッと裸足のまま靴箱の方へ走っていってしまった。靴を置くと、そのまま戻ってくるではないか。どうやらここから先の競技はすべては裸足で行うらしい。

「おまたせ!」

「東戸さん、裸足でやるの?いたくない?」

西岡さんが驚きつつ尋ねる。東戸さんは、

「大丈夫だよ!裸足の方が、いい記録が出そうなんだー」

そう言って、心配するみんなをよそに、裸足で50m走に挑んで、なかなかの好タイムを出していた。そのままハードル走も走り切り、いよいいよ最後、400m走だ。

 「あれ、東戸さんだったんだ!裸足でやってる子がいるーってびっくりしてたんだけど」

400m走の担当の僕のクラスの体育委員、南田くんが驚いた様子で声をかける。東戸さんはそんな南田くんに砂で茶色くなった足の裏を見せつけつつ、

「ふふー、そうなんだ!50m走とかなかなかいいタイムが出せたよー」

得意げに話す。

「そうなんだ!一応、大きな石はとったけど、気を付けてね!」

「わかった!」

400m走はグループごとにタイムを測るので、僕のグループともうひとグループで一気にスタートする。もちろん、裸足なのは東戸さんだけ。

「よーい、スタート!」

はじめのうちはみんな横一線。だけどやっぱり男子の方が女子と差をつけてくる。東戸さんと西岡さんは並んで走っていた。僕がゴールして、東戸さんたちは30秒ほど遅れてゴール。400mって短いように見えて、走ってみると結構きつい。

「うはあー、きつかったあ」

ゴールした東戸さんは、地面に座って息をつきながら足を伸ばしていた。グラウンドの土で茶色くなった足裏が丸見えだ

「足、いったーい、ヒリヒリ・・・」

「東戸さん、大丈夫??」

「えへへ、大丈夫ー。長距離走の裸足はちょっと無謀だったかなあ」

足の裏を手でさすさすしながら立ち上がると、体育の時間が終わりのようで、一度全員集合することに。集合して先生の話を聞いて、終わり。靴箱に向かうと、先についていた東戸さんは、靴箱横の足洗い場で砂を落としていた。

「あはー、冷たーい」

「もう、東戸さん、はやくー」

西岡さんが困った顔をして、タオルを手に待っている。僕もその場にいたかったが、何の用もなく立ち止まるのは不自然だったのでKと一緒に教室へ戻った。

 体育の時間が終わると、教室で国語の授業があって、給食の時間。僕と東戸さんは当番だったので、エプロンに着替えて各自で給食室へ。偶然なのか奇跡なのか、僕と東戸さんはペアでパンを運ぶ係りになった。

「あれ、小田くん、また一緒だねえ。今日はパンだから、軽くってよかったよ」

体育終わりの東戸さんは、やはり靴下を履いていなかった。素足のままで、上履きを履いている。エプロンの端からそのまま伸びた素足が、なんとも僕をドキドキさせる。おかず係りと違って、パンの係りは配って回るだけなのでいくらか楽である。

 給食を食べ終わると、机を前方に寄せて、昼休み。男子はほとんどがグラウンドに出てサッカーをする。僕も普段は一緒に出るのだが、今日はやはり東戸さんが気になって、教室に残ることにした。

「東戸さん、図書室、いこー」

「あ、うんいいよー」

上履きのかかとを踏んで、教室後方の棚の整理をしていた東戸さんは、西岡さんに誘われて一緒に図書室へ行くらしい。ちょうどよかった。僕も借りていた本を今日中に返さねばならなかったのだ。ブックカバーを付けた本をもって、東戸さんたちの後から図書室へ向かう。つけていると思われないよう、あえて回り道をして向かったのだが、ちょうど図書室の入り口で東戸さんたちと鉢合わせてしまった。上履きを脱いで、素足のままで図書室に入るところだった。

「あれー、小田くんだ!図書室、きたの?」

「うん、本を返そうと思って」

一応本当のことだけれど、ウソのように聞こえていないか心配だ。西岡さんはここでも東戸さんの後ろにまわって、人見知りを発揮していた。

「そうなんだ!最近新刊が入ったらしくてねー、それを読みに来たんだあ」

「新刊かー、僕も見ていこうかな」

というわけで、みんな並んで図書室へ入る。新刊コーナーには、最近刊行された児童書や文庫本が並んでいた。最近の児童書は挿絵がなかなかかわいい。

「あったー、これだ」

東戸さんは目当ての本を手にすると、西岡さんと隣同士で並んでソファに座った。足をソファにあげて女の子座りをする東戸さん。スカートで隠したりしていないので、素足なのが外から見てはっきりわかる。足の指がくねくねと動くのにドキドキしながら、それが見える位置に座って、僕も最近話題の文庫本を読むことにした。結果的に、東戸さんの素足が気になってあまり本には集中できなかった・・・。

 昼休みが終わって、掃除の時間。文庫本を借りて教室に戻る。今日から掃除場所も変わったようで、僕は廊下、東戸さんは女子トイレ担当だった。図書室から帰ってきた東戸さんは、

「えー、トイレかあ」

「あ、東戸さんもトイレ?ウチと一緒やね!」

「あ、そうなの?一緒にいこ―」

同じトイレ担当の東さんと一緒にトイレ掃除へ向かった。東さんはクラスの中でも元気な女子で、クラスの中心みたいな子。栗色の髪をポニーテールにして、東戸さんと同じ、半そでの制服を着ていた。もっとも、東さんはちゃんとスニーカーソックスを履いて上履きを履いているけれど。

「ちょっとはしゃぎすぎちゃったなー。あんなにホースが暴走するなんて・・・」

「ふふー、東さんも楽しそうだったけど?」

「めっちゃ楽しかった!」

掃除の終わりの時間が近づいてきたとき、廊下の向こう側から、2人の元気な声が聞こえてきた。

「あ、小田くーん、おつかれー」

「おつかれ。びしょびしょだね」

見ると、2人とも制服のシャツやスカートに水しぶきがかかり、上履きや靴下を脱いで裸足で歩いていた。濡れた上履きは手に持っている。

「水を撒こうとしたら、ホースが暴走しちゃってさー。ふたりともびしょびしょだよー」

東さんは裸足であることを気にしているのか、上履きと靴下を右手に持ち、つま先立ちで歩いている、対して東戸さんは、そんなことはおかまいなしに、裸足でペタペタと歩いていた。そのまま席に着くと、濡れた上履きは床に置いて、裸足の足をイスの上にあげて、いわゆる『ぺたんこ座り』の姿勢になる。掃除を終えていた僕が隣に座ると、東戸さんの足の裏がすぐ横に。濡れた足で廊下や教室を歩いたからか、少しの距離だったけれど、砂やホコリが付いている。それを隠したりしない東戸さんもかわいく思えた。

 その日の最後の授業は、6時間目、英語だった。英会話の先生が来て、ワークブックを見ながら簡単な英会話を勉強する。

「それでは、今日のフレーズ、”What`s ○○ do you like?”を使って、お互いに話をしてみましょう!ワークシートをもって、Let`s start!」

先生の合図とともに、みんな席を立って歩き回る。初めは隣の人からということで、僕は東戸さんに質問をする。ワークシートを見ようと目線を下げたとき、東戸さんの裸足の足元が目に入った。え、東戸さん、裸足!?驚きつつも、無事に会話を終える。

「サンキュー、オダくん!」

「ユーアーウェルカム。東戸さん、上履きまだ濡れてるの?」

「上履き?うん、まだぐしょぐしょだよー。今日は一日、乾かないかも」

そう言うと、東戸さんは裸足のままペタペタとほかの人のところへ行ってしまった。机の下には、東戸さんの濡れたままの上履きが残り、教室のフローリングを湿らせていた。

 「さようなら!」

「さようなら!また明日!」

帰りの会が終わると、クラスメイトは一人また一人と教室を後にする。教室前方からは、先程の東さんが、素足で上履きを履いて友達と出ていくところだった。東戸さんの上履きを見ていると、東さんのもまだ濡れているはずだけれど、裸足で歩くのは気が引けたらしかった。隣の東戸さんはというと、相変わらず裸足のまま、上履きを手に持って西岡さんとランドセルを背負って帰ろうとしていた。

「東戸さん、上履きまだ乾かない?」

「うん、まだ濡れてるよ。ほら」

そう言って自分の上履きを西岡さんに差し出す。ちょいちょいと人差し指で触る西岡さん。

「ほんとだー。じっとり、冷たい・・・。」

「靴箱に置いとくとあんまり乾かないかなー」

「開けたところがいいかもね」

「んじゃあ、机の上に置いていこうかな。明日には乾くよね!」

「うん、そのほうが乾くかも!明日雨だしねー」

そんな会話の後、東戸さんはランドセルから昔のプリントを取り出すと、机の上に敷いてその上に上履きを並べて置いた。そして裸足のまま、教室を出ていく。

「あ、小田くん、また明日~」

「う、うん、また明日」

女の子に手を振られることは初めてだったのでどぎまぎしながら振り返すと、東戸さんはタンタン、という裸足特有の足音とともに教室から遠ざかっていった。次第に人が少なくなる教室の中、僕は東戸さんの置き去りにされた上履きをのぞき込む。よくある、青色のバレーシューズ。中敷きは白かったはずだけれど、黒っぽく、足の形が付いていた。東戸さんの足の形だ。はっとして、顔を上げる。隣の席の女の子の上履きをのぞき込んで中を観察するなんて、ヘンな人みたいじゃないか。幸い、そんなに長い時間見ていたわけではなかったので、怪しまれることはなく、僕もそそくさと教室を後にした。


翌日、東戸さんのことが気になっていた僕は、少し早めに登校した。その日は天気予報通り雨が降っていた。かなりの土砂降りだったので結構被害を受けた人も多く、教室に着くと、途中で濡れてしまったのか、廊下から一番近い席の女子が、ちょうど靴下を履き替えているところだった。履いていた靴下を脱ぎ、足をタオルで拭いている。気にはなったけれど、ずっと見るのも気が引けて、すぐに自分の席に着く。東戸さんはまだ来ていないのか、机の上には上履きが昨日の状態で並んだままだった。

「あ、小田くん、おはよー」

荷物を片付けて、ランドセルを後ろの棚に置いていると、聞き覚えのある柔らかい声が、タンタンという足音とともに聞こえてきた。まさか・・・と思いながら顔を上げると、まず見えたのは、東戸さんの真っ白できれいな素足。上履きも靴下も、なにも履いていない裸足。それから顔を上げると、雨でぬれたのか、髪からしずくを落とす東戸さんがいた。

「あ、おはよう・・・。なんでそんなに濡れてるの・・・?」

「いやー、風がすごくってさー、傘の意味があんまりなかったよー」

ハンカチをもって、髪や制服の肩を拭く東戸さん。この様子だと、制服もかなり濡れてしまっているらしい。

「そうなんだ・・・。風邪ひきそう。タオル持ってる?」

「持ってるけど・・・ふえ、ふえっくしゅ」

「だ、だいじょうぶ??」

「うー、制服もびしょびしょ・・・へっくしゅ」

「体操服に着替える?もってる?」

顔を赤くして、なおもくしゃみを続ける東戸さん。保護者のような気分になって、ほっとくわけにもいかず、たまたま僕の持っていたタオルで髪を拭いてあげる。ごしごし。

「今日体育ないから、体操服もってない・・・」

「あちゃー、あ、じゃあ・・・」

言いかけて、ちょっと考えた。僕は今日お母さんから、濡れたときのためにと、体操服を持たされていた。僕は無事に濡れずに済んだのでこれを使う機会はなかったけれど、男子の体操服なんて女子に貸してもいいんだろうか。嫌がられたりしないかな・・・。

「んー、なにー?」

なおもタオルでごしごしと頭を拭かれる東戸さん。シャンプーのいい香りがあたりを包み込む。白くて薄い制服からは、東戸さんのアンダーウェアが透けて見えている。あまりにもかわいそうになって、僕は意を決して提案することにした。

「ぼ、僕の体操服、着る・・・?今日持ってきたやつだから、きれいだと思うんだけど・・・」

「え、いいの!?」

タオルの間から、うれしそうな表情を見せる東戸さん。かわいい。

「まってて、えっと・・・」

後の棚から体操服を取り出し、手渡すと、

「ありがとう!着替えてくるね!」

そう言って、裸足のままパタパタと教室を出ていった。朝の会まではもうすぐで、クラスメイトがかなり集まりだしている。みんな雨に濡れたのか、教室中にじっとりした空気が漂っている。女子の中には、素足になっていたり、今まさに靴下を履き替えようとしている人がいたりして、自分の席に座っていても、目のやり場に困ってしまう。

 「おまたせ!小田くんの体操服、ぴったりだったよー」

担任の先生が入ってくるのと同じくらいに、東戸さんが戻ってきた。『小田』の名前が入った体操服に身を包んだ東戸さんを見ると、途端に恥ずかしくなってくる。当の本人は、教室の窓についている、転落防止用(?)の金属棒に丁寧に制服を広げて干すと、自分の席に座り、とてもうれしそうな表情で、

「えへへ・・・、制服濡れてたから、あったかいなあ。ありがとうね、小田くんっ」

「う、ううん、役に立ってよかった」

そんな東戸さんと、恥ずかしくって目線を合わせられなくなり、つい下を向いてしまう。あいかわらず、裸足のままの足元。視線に気が付いたのか、

「あ・・・、靴下、履いてたんだけど、上履きなかったから脱いできたんだ。長靴だったから、靴下は濡れなかったんだけどねー」

頬を染めてそうつぶやく東戸さん。照れているのかな。その後、机の上の上履きは無事乾いていたのか、安心したような残念そうな表情で、それを床に置いた。履くのかなと思ったけれど、朝の会が終わって、1時間目の授業が始まっても、上履きは履くことはなく、素足を机の棒の上に置いたままだった。その日は移動教室も少なく、午前中の授業が終わり、給食の時間。校舎1階の給食室まで、東戸さんとペアになって取りに行く。『小田』の字がプリントされた体操服はエプロンのおかげで隠れるけれど、体操服に裸足なのは相変わらず東戸さんだけだった。自然な感じになっていたけれど、廊下に出てきた東戸さんは、上履きすら履いていなかった。

「あれ、東戸さん、上履きは!?」

あわてて聞くと、

「今日雨だから、上履きはあんまり・・・。裸足のままいくよー」

また少し頬を染めて答えると、そのまま歩き出す東戸さん。雨の日は、東戸さんにとって裸足の日なのだろうか・・・?

 その日の献立はご飯だった。パンより少し重い容器をもって教室へ行き、一人一人の器に入れていく。全員分を配り終わり、エプロンをとっている時、

「ふにゃ!?」

東戸さんが声を上げた。

「どうしたの!?」

「ごはんつぶ、ふんじゃった・・・」

そう言って右足をまげて足裏を見る。朝からずっと裸足で過ごしてきたせいか、東戸さんの足の裏は床についていた部分は砂やホコリで真っ黒。土踏まずなどは元の肌色が残っている。その指の間に、ご飯つぶがいくつか挟まっていた。足の指がもにもにと動くとともに、ごはんつぶももにもに。

「お、小田くん、とって・・・」

「ええ!?」

自分で取ればいいのでは・・・と思ったが、目をつむって何かに耐えている東戸さんを見るとそれも言いづらく、まだクラスがざわざわしているうちに一気にやってしまおうと思って、

「じゃ、じゃあとるよ・・・」

「うん・・・!」

そう断っておいて、人差し指と親指で、東戸さんの足裏にくっついたそれをとる。真っ黒な足の裏が、目の前に。妙にドキドキして、指先が震える。

「ひゃん!」

ごはんつぶをとるときに触れてしまったのか、再び東戸さんが声を上げる。ほかの人に変なことをしているように聞こえてしまわないか心配だ。

「と、とれたよ、東戸さん」

「あ、ありがとう・・・」

ごはんつぶはティッシュに包んでゴミ箱へ。その後は何事もなかったかのように、給食を食べて昼休み。雨が降っているので、グラウンドで遊ぶわけにはいかず、男子は体育館が開いているといううわさを聞きつけ、体育館へ、女子は教室に残って女子トークやトランプをしたりして遊んでいる。僕はというと、返す予定だった本を持って、図書室へ向かっていた。図書室へ着くと、入り口のところに見覚えのある後ろ姿が。体操服姿で裸足の女の子。

「あれ、東戸さん、どうしたの?」

「あ、小田くん・・・。図書室入ろうとしたんだけど、これどうしようかなって思って・・・」

そう言って、右足をまげて足の裏を見せてくれる東戸さん。みると、床についていた土踏まず以外の部分は砂やホコリで真っ黒になっていた。見ているだけなのに、女の子の足裏って妙にドキドキしてしまう。足の裏を見られるのって、東戸さん的にどうなんだろう??

「こんなに汚れちゃってるから、このまま入るのはだめかなあって思って・・・」

「そうだね、・・・ちょっと待ってて!」

そう言って、僕は近くのトイレに入ると、掃除用具入れを探す。偶然、まだ新品の雑巾を見つけて、湿らせて東戸さんのもとへ戻る。

「東戸さん、あったよ、雑巾だけど、まだきれいだったから」

「わあ、ありがとう!」

雑巾を受け取ると、東戸さんは壁に手をついて、右足、左足と雑巾で汚れをふき取っていった。ごしごしと拭いている間は何かに必死で耐えているような表情をしていたけれど、なんでだろう・・・?やがて両足とも拭き終わる。まだ少し灰色っぽさはあるけれど、拭く前と比べるとだいぶんましにはなったかな。

「よし、これで大丈夫かな?ありがとね、小田くん」

「いえいえ!きれいになってよかったよ」

僕は逆に黒っぽくなった雑巾を片付けて、東戸さんと一緒に図書室へ入る。みんなが上履きを脱ぐところを、裸足の東戸さんはそのまま上がる。図書委員に何か言われないかと心配したが、無事に何も言われることなく通過できた。図書室では各自、本を探したり読んだりして時間を過ごし、昼休みが終わるころ、また一緒に図書室を出る。みんなが上履きを履くところを、東戸さんは裸足のまま降りる。そしてそのまま、ペタペタと廊下へ。

「小田くんって、どんな本読んでるの?」

教室への帰り道、渡り廊下を通っているところで東戸さんが聞く。僕は手に持っていた文庫本の表紙を見せる。

「これ、最近よく読んでる作家さんの本なんだ。」

「あ、その人知ってる!ドラマの原作の人だよね」

「うん、そうそう!」

それからドラマの話などしながら、自分たちの教室がある階へ着く。東戸さんはトイレ掃除の担当なので、途中で分かれることに。トイレへ入っていった東戸さんだけれど、すぐにペタペタと出てきてしまった。

「えへへ・・・、やっぱりトイレは裸足のままじゃだめだよね・・・!」

恥ずかしそうにそう言って、東戸さんは教室へ入ると、上履きを素足のまま履いて戻ってきた。

 帰りの会が終わると、クラスメイトたちはそれぞれ教室を後にする。女子の中には、今朝の雨で素足で上履きを履いていた子もいたけれど、多くが帰るまでに靴下を履いたり、履き替えたりしていた。東戸さんはというと、結局最後まで靴下は履かず、上履きもほとんどの時間を脱いで過ごしていた。掃除の時間はちゃんと履いていた上履きも、5時間目の授業が始まるとともに脱ぎ捨ててしまった。

「小田くん、今日は体操服、ありがとうね!明日、洗って返すよー」

「ううん、助けになってよかったよ。制服は乾いた?」

東戸さんは膨らんだ体操服入れを見せる。そこに制服が入っているようだ。

「うん、一日干してたから何とか乾いた!」

「よかった。・・・体操服のまま帰るの?」

「うん、着替えるの面倒だなって思ってねー」

「それ、いいのかなあ」

「うん、先生に聞いたら、今日だけはOKだって!」

「あ、じゃあよかった・・・」

僕的には制服で帰ってほしかった気がする・・・。僕の名前が付いた体操服で東戸さんが帰るのを考えると、かなり恥ずかしい・・・。

「それじゃあ、一緒に、靴箱まで行こうよ!」

ランドセルを背負って、掃除の時間から帰ってきてすぐさま脱いで、それから一度も履かれることもなく、机の下に散らかっていた上履きを素足のまま履くと、東戸さんが言う。西岡さんは用事があるとかで、先に帰ってしまったらしい。

「え、いいけど・・・」

僕も立ち上がって帰ろうとすると、

「いこいこ!」

東戸さんが手をつかむ。僕は恥ずかしくなって、でもどうしようもなくて、そのまま教室から連れられていった。

 手を引かれたまま靴箱について、先にスニーカーに履き替えていると、東戸さんは上履きを脱いで素足になって、靴箱から紺色の、星がちりばめられた長靴を取り出し、素足のまま足を突っ込んだ。素足だと履きづらいのか、靴箱の下に置かれたすのこに座り、手を使ってぐいぐいと足を押し込む。何とか両足ともに履きおわると、

「よし・・・、じゃあ行こうか!」

「えっと、東戸さん、靴下は・・・?」

今朝の話だとここで脱いだということだったけれど・・・?

「あ、・・・靴下、履いてきてないんだ・・・」

「え、どうして?」

純粋に聞くと、東戸さんは頬を赤く染めて、

「長靴は、素足で履くの、気持ちよくって・・・。それで、靴下履かずにいつも履いてるの・・・」

目線を逸らして手をもじもじしながらそう告げる東戸さん。長靴を、素足で・・・?かなり気持ち悪そうだけど、東戸さんにとってはそれが好きなんだ。

「そうなんだ、長靴、好きなんだね」

「変に思ったりしない・・・?引いてない・・・?」

「うん、ぜんぜん、そんなことないと思うよ。引いたリしないよ」

「よかった・・・」

東戸さんはそう言うと、安心した表情で傘を持って、外へ出た。今朝降っていた雨はすっかり上がっていた。

「雨、上がったね!」

かわいらしいピンク色の傘を後ろ手に持ち、笑顔を向ける東戸さん。

「今朝は土砂降りだったのにね」

お日様が顔を出し、まだ雲はあるけれど、その隙間からは青空がのぞいている。

「かえろ、小田くんっ!」

ギュッポ、ギュッポという、長靴特有の音を立てて歩き出す東戸さん。東戸さんの差し出す手を握って、僕も外へ出た。再び体操服に入った僕の名前を見て恥ずかしくなる。しかし、その上にある東戸さんの笑顔を見て、どうでもいいやって思ってしまう。日に日に強くなる日差し。夏が近づいているのを感じていた。


 「東戸さん、すごくいいお話・・・!」

「うん、とても優しい男の子だったんだあ。次の席替えで離れちゃったんだけど、隣にいるときは毎日しゃべってたよー」

東戸さんの話を聞いて、私はキュンキュンしていた。素敵な男の子ではないか。東戸さんの無意識の距離のつめかたもかわいい。

「同じ中学校にはならなかったの?」

「確か、私立の中学校に行ったらしいよ、卒業式の時に聞いた気がする」

「そっかー、なんか残念だね・・・」

かなり長居したらしく、2時間くらい座っていた。さて帰ろうかと席を立つと、

「あ、まってー、西野さんー」

「はいはい、東戸さん、はやくー」

東戸さんはサンダルのストラップを留めるのに手こずっていた。カチャカチャやって何とか両足履きおわると、てててとやってくる。

「いくらだっけ?」

「えっとねー、東戸さんはねー」

「うそー、そんなに食べたっけ?!」

明日からまた学校が始まる。私服の東戸さんもかわいいけれど、制服の東戸さんも大好きだ。また東戸さんに会えるのをとても楽しみに、その日は別れたのだった。


つづく

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