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うさはにのには?

 高科はかつてないほどの好感触を感じていた。

 目の前の少女はこの通り、しばらく考えている。そう、出題問題の難易度が絶妙なのだ。

 七歳の子ども相手に知識で勝利しても仕方ないし、それはフェアではない。

 それが彼の持論である。

 作問者の想定する難易度は解答者の体感する難易度とは相関が無いのか、と仮説を立てて検証中である。

 即答されない程度に簡単すぎず、また、難しすぎず。わかりそうで、わからない。

 これこそがまさに完璧な塩梅である。神の所業として後世に受け継がれるかもしれない。目立つのは好まないが、世界は良いものを完全に排斥できるほど万能ではないのだ。そう、仕方ない。

 声には出さないにしても、内心ではかなりうぬぼれた思考が巡っていた。


「……んー……」


 考え込むさえの姿に、高科はますます浮かれていく。

(まだ考えこんでいる。帰る時間になってもこの子が解答できなければ、この勝負、私の勝ちだ……!

 初白星まであと少し……よしっ、今、たった今五分を切った……!)

 携帯で時間を確認すると、テンションが上昇していく。

 ちなみに、四月にも一度、答え合わせが来週に持ち越された問いはあったが、さえの持っていない知識を使ってしまった問題だったために高科は自分の出題ミスと捉えているため白星としてカウントしていない。


「よし、もうそろそ――」


 高科が携帯の画面を見つめたまま帰宅を提案しようとした、次の瞬間だった。


「あっ……」


 パッと、うつむきがちに考えてこんでいたさえが小さく声を漏らすと勢いよく顔を上げた。

 高科は彼女の心なしか輝いているような瞳に見つめられ、ひどく嫌な予感がした。

 さえはそんな彼の内心にかまわず、宣言するように言った。


「先生っ、わかりました!」


「……答えは?」


 さえは、年相応に元気よく答えた。


「“あすはなにのひ”です!」


 高科はなるべく落胆を悟られないように平静を装って応えた。


「そうだね」


「やったぁ!」


 高科が出題した今日の問題は、

 円周上に七つのひらがな――時計回りに、う、さ、は、に、の、に、は――を並べたものだ。ルーズリーフに描いた問題を見せながら、さえに「これはどのような意味か?」と問いかけた。

 これは、円周に従って母音だけを時計回りに一つずつ動かすと本来の短文が成立するようにしたものだ。

 先日、高科の数少ない友人である久保田が誕生日に弟からもらった虹の画像を自慢してきたときにこの暗号法則をなんとなく、ぱっと思いついた。おそらく、高科は虹で円を連想したのだろう。

 しかし、気がつくまでに時間がかかるかもしれないが、理解されたら一瞬で解かれてしまう、この暗号。

(彼女が右利きだから時計回りにしたが、私は左利きだから反時計回りの回転にすればよかったな。うん、次回に生かそう。)

 彼なりに重要な反省を済ませると、


「それじゃあ、明日が何の日か。わかるかな?」


 と、高科はさらに尋ねた。

 珍しく解くのに時間がかかり、その分の嬉しさをかみしめているさえは首をかしげる。


「え?」


「あすはなにのひ。暗号は、それであってるよ。聞いているのは、それの答えだよ」


「あすは……あっ。え、えぇっと、明日は六月二十二日ですよね? ……先生のお誕生日?」


「いや、違うよ。明日は夏至だ」


「ゲシ……ですか?」


「北半球において、一年で最も陽が長い一日だよ」


 高科は理解できていないさえのために、暗号を書いて渡していたルーズリーフに簡易的な地球の絵(地球に模した円に、地軸と赤道の直線をくわえたもの)を描いた。そこに、地軸の直線がちょうどお辞儀をしているような方向から矢印を向い合せ、すぐ下に太陽光と書き足した。

 それに加え、太陽光の矢印に対して円に垂線を下ろし、矢印から遠い半分に斜線で影を付けた。


「地球は太陽に対して二十三.四度ほど傾いているから、地球の公転周期と自転周期を考慮すると、このように図に表せる。今の季節はなつだから、ちょうどこのあたりが、日本だ」


 私は、自分で描いた地球の北半球の北緯三十五度あたりにペンで大き目の点印をつけた。


「コーテン?」


「地球は太陽の周りをまわっているんだ。ちなみに、地球が一日で地軸を軸に一回転することを自転と言う」


 高科は、さえがなるほど、と相槌を打ちながら納得しているのを確認して説明を付け加えた。


「それによって、一年の中で日照時間に差が生まれる」


 そういいながら、図に赤道の直線と並行となり、なおかつ北緯三十五度を通るような直線を引いた。


「この直線を軸に回転するから、ほら、日本が一日分自転するとき、影がついていないところがついているところよりも長いのが、わかるかい?」


「こっちから、光が来ているってことですか?」


 高科はうなずきながら、太陽光(タイヨウコウ)とフリガナを付けて、少し考えてからすぐ近くに“たいようのひかり”と書き足した。


「じゃあ、こっちが太陽ってことは、影がついていないところがお昼ですか?」


「そう。日本の夏は昼間が長いだろう?」


「うん、夏は遅くまで遊んでいても怒られない! あれっ? だけど、どうしてこの線は傾いてるの?」


 さえは嬉しそうに答えたかと思うと、図の地軸を指さして首を傾げた。


「地球ができたころ、大きな隕石と衝突して傾いたという説が有力視されているが、本当のところはまだ定かではないんだ。ポールシフトという地軸が移動する現象もみられていてね。大人たちは目下、知ろうとしているところだ」


「へーぇ……先生も、そうなんですか?」


「私か? いや、専門外だが……」


「えー!? 先生が、がんばったらすぐにわかりそうなのにーぃ」


「世の中、そんなに甘いものではないよ」


「そっかぁ。んー……?」


 すると、さえは、なんだか不満そうにルーズリーフを見つめだした。

(まだ、何か納得のいかない事でもあるのだろうか。丁寧に解説したつもりだったが、どこか理解を阻害するような言い回しをしてしまっただろうか。)

 不安が膨らんでいく。


「先生……」


「な、何だ?」


「この絵だと、夜が来ないところがあります!」


 そう大真面目に言いながら、さえは円と地軸の直線との交点の一方を指さした。


「あ……ああ、よく気がついたね。

 そうだよ、この地域には夏に夜が無いところがある。白夜といって――」


「いいなぁ! 一日中、ずっと遊んでいられる!」


 珍しくさえは興奮気味に高科の言葉を遮った。安堵がしみ込んだ彼の解説はそっちのけで、そんなにもひどく羨ましいのか、可愛らしい「むー」という声を吐き出しながらテーブルに突っ伏せてしまった。


「いや、サーカディアンリズムは変わらないから夜遅くには眠くなるはずだ」


「えっ? サーカスのおじさん?」


 高科が冷静に訂正しようとしたそのとき、二人が帰る時間の目安としている音楽が鳴り響いた。高科とさえはどちらからともなく荷物を持って公園の出口へ歩き出した。


「サーカディアンリズム。人の一日の体内リズムのことだ。朝、目が覚めたり、夜、眠くなったりするだろう? それのことだよ」


「さーか……さーかじ、さーか……ずぃ……?」


「でぃ。サーカディアンリズム」


 高科は、わざとゆっくり、はっきりと声に出した。


「ざ、じぃ……ずぃ?」


 さえは、高科を見上げながら尋ねるように発音した。


「でぃ。A,B,C,D」


「えー、びー、すぃー、でぃー」


「そう、それ」


 さえは、嬉しそうに、元気に発音する。


「さーかずぃあんりじゅむ!」


「…………」


 そんな会話をしながら、彼らはそれぞれの帰路についた。

 高科はその道中に考えていた。

(残りの鑑定結果はもう少しで出るだろうな……。帰ったら報告書の準備でもするか。

 それにしても……今日の、あの問題。これくらいの……いや、もう少しだけなら難易度を上げていいだろう。うん、難しくしよう。

 …………今日のやつ、そこそこ自信あったんだけどな。即答されてしまうのは改善したいところだったから良いものの、次回はどうなるのだろう……。)

 まあ、良いさ。最善を尽くすだけだ。

 と、開き直り、来週さえに出題する問題の作成をするための思考へと移った。

 来週こそは、白星を獲得するために。


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