お別れの方法
数年前の生活に戻ったような無感情な日々が続いた。
仕事やプライベートにミスは無い。喜びも無い。
しかし、この日は違った。
「高科さん」
職場を出ると、制服姿の少女に呼び止められた。なんとなく用件に予想が付いた。
「あなたには言ったはずだ。あの子ともう会うつもりはない、と」
「彩重は高科さんが思うよりも賢いです。ちゃんとわかっていました。貴方がもう公園で会ってくれないだろうことくらい、言われなくてもあの子はわかっていました。だから、白石家の養子の話もようやく受け入れたんです」
「何が問題なんだ。今更、私があの子にかけられ言葉は無い」
「あります! ちゃんと終わらせてあげてください。自分勝手に消えようとしないでください」
詰め寄り抗議する彼女の言葉を無視するほど、高科の心はもう低温ではなかった。聞きたくない話であると分かっていながらも足を止め、向き直ってしまった。
「知ってますよね? あの子がどうやって実の両親と別れたのか。あの子のお別れをこれ以上悲しいものにしないで上げてください。ちゃんと、さようならを言ってあげてください」
結局、愛莉に連れられ場所を移した。初めて少女に興味を抱いた公園だった。愛莉は一礼するとその場を去ってしまった。
取り残された高科は、休憩スペースの木の椅子に座る影に声をかけてみた。
「彩重ちゃん」
少女は肩を震わせると、こちらに視線を向けた。視界に高科を捉えると勢いよく駆けてきた。高科は不器用に小さな体を受け止める。
「さよならだ」
少女は小さくかぶりを振った。
「どうして?」
「だって……」
優しく頬に手を当てて顔を上げさせた。
今にも泣きだしてしまいそうな、それでも涙を必死にこらえようとしている表情を見ればわかる。いままで少女のこの感情を隠し続けていたものは、少女が家族を大切にしたいという想いを貫くための仮面は、すでに役目を終えていた。
「まだ、堅い理屈で本当の感情を隠さなくていい。そんなの、大人になったら好きなだけやっていられるからね。
大人っていうのは面倒だよ。栄誉が全てで他人には、自分を良く見せたがる」
自嘲気味に笑うと、言葉をつづけた。
「君は、これから多くの人に出会う。本当に君を愛してくれる大人、君が君だから笑顔になる友人、君が一緒にいたいと思える人……。
いつどこで出会うかもわからない人たちだ。
ほら、わからないっていうのはどんな響きだったか?」
「……楽し、そ……う……です」
「そう……。心配はいらない」
目の前にいる少女は、笑顔と呼ぶにはあまりにも粗末な表情をしている。もう己を偽るための仮面をつけていないのだ。
ならば、どうするべきか。
頭で唱えた。
伝えるべき言葉がある。
晒せ、本心を。
「君は、幸せになれる」
公園を出ると、少女は待たせていた車に乗り込んだ。
高科は、その車の進行方向とは反対へと進む。
(もうこの先、歩む道が交わることはないだろう。
そうだ。
私のことなど、忘れてしまえば良い。)
そっと幹に手を触れる。
先日の育花雨に濡れた花の表面で水分が重力に従う。花びらを流れる水滴が、感情と共鳴している気がした。




