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正しい選択

 先日、少女の救出から数時間後、出頭者が訪れた。彼の話から二つの事件が解決され、今こうして送検された。

 刑事としての仕事はひとまずここで終わりだ。何とも言えない、いずい感覚がある。彼が多くを語らないまま署を去ったからということもあるが、以前から高科を通じて親しくしていた人間だったからということが大きい。本一件にて、この職についてそれなりに人を見る能力は養われていたと奢っていたことに気づかされた。


「何ため息ついてんですか? 次の場所、行きますよ」


 帆澄に促され、車で移動する。その途中、公園で気になる人物を視界に捉えた。


「止めろ、降りる」


「はい? 何言ってんですか?」


「頼む」


 久保田を一瞥して納得とともに速度を緩める。


「ああ。トイレならそう言ってくださいよ」


 理由を否定せず下車して、ゆっくり歩みを進めた。不意に少女がこちらに気が付き足を止めた。


「誰かを待っているのかい?」


「ううん、違う。もう少しお外にいたいだけ」


「本当にそれだけかい?」


 少女は久保田から目を逸らした。久保田が更に尋ねようとしたとき


「あー、ごめんね。このおじさん怖い顔しているけど、ちゃんと刑事さん……お巡りさんだから、大丈夫だよー」


(大丈夫、だと? 俺はそんなに怖い顔をしていたのか。)


 久保田は両手で無理に口角を上げた。


「無駄ですよ」


「うるさい」


「あの……」


 高くて細い声をたどり、少女に視線が集まる。不安そうな目をしていた。


「高科のおじさん、もう来てくれないんですか?」


「高科の?」


「あいつは仕事で忙しくしている。今度、会ったときに確かめる。君はもう帰ったらどうだろう。必要以上に心配は掛けないほうが良い」


「……はい」


「来週の金曜日、もう少し早い時間にここへ来てごらん」


「うん、ありがとうございます」


 少女に別れを告げ、車内に戻った。


「先輩。さっきの子って、知り合いの子ですか?」


 さっそく好奇心旺盛な面が顔を出した。その他にも様々な質問が飛んできたが、生返事で対応した。後輩の好奇心を満たすよりも大切なことを考えていた。


「もしかして、外で」


 これは肘打ちで否定した。


「ちょっと、運転中です。危ないじゃないですか」


「だったら運転に集中しろ」


 これをきっかけに、高科の今後の意向を知ろうと話に行った。職場を訪れたものの、席を外していた。大原さんや所長から、もともと変なあいつの様子がおかしいと聞いた。何がおかしいのか尋ねると、二人とも細かく分析してくれた。要するに、これまで通りミスはないものの非常に殺伐としていて昔の高科にもどったようだ、という内容だったと思う。間もなく高科を見つけた。所長らが話すような冷たい雰囲気は纏っていなかったが、どこか疲れている表情をしていた。

 それから数日後のことだった。


「本当に来てくれるとは思っていなかった」


「行くと言ったはずだ」


「いや、そうだけど……もういい。気にするな。こっちだ」


 菓子折りとともに家まで来たときは驚いた。早朝「話したいことがある」とメールが送られてきた、当日にやってきた。


「話したいことっていうのは?」


「決めたことがある。ただ、正しい選択かわからなくなった」


 飲み物を渡しに来た香奈には下がってもらい、話すように促した。


「君と話した数日後、あの子と遭遇してしまったんだ。金曜日ではなかったから油断していてね」






「何してるの、先生?」


 声に反射的に振り返った。普通に立っているということは、くじいた足はもう良くなったらしい。ランドセルを背負っているということは、下校中だろうか。


「別に。君が気にすることではない」


「先週、来てくれなかった」


「君が来ないだろうと思ったからね」


「それ、偏見です」


「根拠はある」


「それなら、推論です。事実ではありませんから」


 そう反論すると、年相応の笑顔を浮かべてみせた。仮面の修理は完了しているらしい。


「それは悪かったね。では、私は予定があるから」


「じゃあ、どうしてここへ来たんですか?」


 数年間も暮らしてきた施設の建物を横目に問いかけられ、言葉が詰まった。特に考えず、理由もなく足を運んだだけで、遭遇する可能性を考慮していなかった。


「君こそ、なぜここに」


「忘れ物を取りに来たの」


 忘れ物について尋ねようとした、そのときだった。


「高科さん?」


 声の方に視線をやると、トートバッグを肩にかけている私服姿の愛莉が目を丸くしていた。






 久保田は首を傾げた。


「つまり、どういうことだ?」


「愛莉さんが気を効かせて提案して、書類を書いて、あの子が私の家へ来た。あれだよ、お試しの日というわけだ」






 なぜだろう。確かに設計図、否、レシピの通りに作ったはずである。

 では、目の前にあるこれは一体、何物か。


「先生?」


「出かけよう」


「どこにですか?」


「夕食だ」


「はい? スーパーで色々買っていたのに?」


「それは幻だ」


「なるほどです」






「できないことはやるべきでは無い」


「わかっているならするなよ」


 高科は無視して話をつづけた。






 帰宅し、睡眠前の準備を済ませた。


「お友達と仲良くしようと頑張るためにも、名前は覚えた方がいいよ」


「はーい……」


 アドバイスを求められ、大人のように答えてはみたものの、なぜか自身にもそう言い聞かせている気はした。が、意識の外に追い出した。


「フィードバックするんだ。何度も。そうすれば、嫌なこと、わからないことは減っていく」


「へーぇ」


 興味無さそうに返答する少女の視線の先に目を向けた。棚の上に大学ノートが乱雑に重ねられている。


「日記だ。数年前から書いてる」


「わたしも書いてます!」


 嬉しそうに「先生はどんなこと書いてるの?」と続けて問われた。


「僕かい? そうだね……。おいで」


 高科は数冊から適当に一冊を取ると少女を不器用に抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。さえは、開かれているページを読もうとした。


「……」


「ああ、ごめん。漢字が多かったね」


 そう言うと、数分前に書いたばかりの文章を読み聞かせた。


 ”今日の夕食はオムライスと意気込んだ。彩重が喜ぶと思い、わざわざ本を買ってから挑戦した。

 が、失敗してしまった。

 レシピの通りに作ったはずだったのだが。

 料理は科学とよく聞く。 それならば、レシピは実験手順である。

 その手順の通りに実験を行った誰もが同じ結果にならなければならない。

 僕は本に記載された手順の通りに事を進めたはずだったのだが、一体、何が原因でうまく行かなかったのだろう?

 まったく、不思議だ。


 仕方なく、今日の夕食は近くのファミレスで済ませた。

 久保田が知れば栄養が偏っていると文句しか言わないだろうが、彼女はおいしそうにオムライスを食べていたから別にそこまで気にする必要は無いと思う。


 とりあえず、僕は、一刻も早く一部料理を失敗してしまう原因を突き止めなければならない。”


「あー……あれは、オムライスでしたか」


 高科の朗読を聞き終えた彼女の一言目がそれだった。高科は苦笑しながらつぶやいた。


「バレていたのか」


「変なにおいがしていましたからね」


「なぜ、出来なかったのか。どんなに考えても、原因がわからないんだよなあ」


「わからない……楽しそうな響きですね!」


 すると、少女はかみしめるようにゆっくり、そして、嬉しそうに高科に同意を求めた。

 高科は優しく微笑み、そうだね。と、彼女の頭を優しくなでた。


「ああ、その通りだよ」


 少女が眠り、諸々を済ませ一人でベランダに出た。

 数えるほどの星が視界に入る。

 人工的な光が強く、日が落ちても何光年も離れた場所からの光はかき消されてしまう。

 ため息が零れ、それ以上は思考することはやめた。

 不意に、友人の名前が久保田で合っているのか気になり電話をかける。


「はい、久保田です」


「本当に君は久保田くん?」


「は? えっと、高科だよな。何言ってんだ?」


「君の名前、何だったか気になったものでね」


「今まで俺のこと久保田って呼んでたくせに?」


「そういえば、いつから久保田くんだったか。どうして久保田くんとよんでいるのか、わからなくて。まず確認だが、本当に久保田くんで合っているんだね?」






「あれはその電話だったのかよ」


「うん」


 悪気などないことは掛かってきたときからわかっていたが、それでも釈然としない。


「それでね、考えたんだ。僕はどうするべきなのか。正しいか、確認してくれるかい?」


「俺に聞くのか?」


「では他に誰に聞けばいい?」


「正しいかどうかよりも、自分の進みたい方向から行動を決めろよ。これまで通りでいいんだよ。所長さんにも何とか対象ですーっつって公園で会うことを止めなかったのは、お前がそうしたかっただろ?」


 しばらく沈黙すると、久保田に問いかける。


「これでいいか、わからない。しかし、確かにあの子には最善だと思った」


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