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救出決行

 結局、高科は昨夜、久保田の訪問後から帰宅し今に至るまでのいきさつを事細かにすべて話した。脱衣所からランドセルを持ってきて、愛莉の話まで、なにもかも二人に話した。

 沈黙していると大原が封筒の内容を検め、それを久保田に見せたことが原因だ。


「あの子が巻き込まれたのは、私の落ち度でしかない」


 淡白にそう告げるが、感情とは一致していない。


「今はそんなこと考えている暇はない。要求は何だ?」


「鑑定の意味」


 大原が神妙に呟いた。


「鑑定は新人の頃を除いて、基本的に一人で行う。複数の鑑定人の署名が報告書にあったとしても、二人目が再鑑定をして確かめたってことじゃない。担当者を信頼したうえで、自分の名前を貸しているだけ。

 報告書を書くまで、鑑定結果を知っているのは担当した鑑定人だけ。担当者が真実を闇に葬ろうと思えば、誰にも怪しまれずに遂行することができる」


 心得がいった久保田が高科に視線を向ける。


「……いいのかよ」


「何が?」


「わかっ――」


「あの子に何かあったら、どうするつもりだ?」


 久保田と高科の間に沈黙が流れる。やがて、ゆっくりと主張する。


「科学者として、恥ずべき行為だ。しかし、人命がかかっているならば」


「天才科学者が聞いて呆れる」


 遮ったのは大原だった。


「鑑定を偽造するなんて。たとえ、それが人のためでもしてはいけないこと。真実を侮辱している」


「わかっています。ですが」


「高科くんが言う通りにして、本当に娘さんの無事が保証されると思う?」


 口をつぐんだ高科に大原は呆れたような口調で告げた。


「先に鑑定するんじゃなくて、その子を助け出してから鑑定すればいいのよ」


「……」


「そんなこと、出来るんですか? 救出しようにも、この子がいる場所がわからなきゃできないんじゃ」


 隣で俯いていた高科が突然立ち上がったことに驚き、言葉を止めた。「写真」とつぶやき、封筒を手に取った。


「見つけ出せるかもしれない……いや、見つけ出す」


「方法はあるのか?」


「この写真。この三枚の写真から、太陽の高さを割り出す」


「わざわざデジタルカメラで撮影したものを印刷したのは、分析されて座標を割り出されないためじゃないの?」


「撮影された年月日が、裏に刻まれています。三枚とも。この写真から太陽の高さを求め、それぞれの地球上の座標を導き出せるはず」


「どれくらい時間がかかるの?」


「すぐに」


「本当に言ってる?」


 高科は手短にあった紙とペンで計算を始めた。


「本当にすぐに場所が割り出せるものなんですか? 説明の半分もわからなかったのですが」


「さあ。IT技術としてプログラムが計算することで理論上は小数点二桁まで導き出すので、人力で計算するものじゃありません。ですけど」


 期待に満ちた眼差しを高科から放し、久保田に向き直る。


「すぐに向かえるよう、車の準備、おねがいします」


 数時間後。


「大原さん、地図は?」


 やっと高科は言葉を発した。


「あるわ。座標は?」


 導き出した全一〇桁を五桁ずつよどみなく伝えた。


「久保田くんは?」


「駐車場よ。それから、座標はここ」


「ありがとう。あの、一つ、頼んでもいいですか?」


 大原に簡単に用事を伝えると、駐車場まで走った。久保田が乗っている車両を見つけ、窓を叩いた。

 すぐに助手席側のドアを開けてもらい、乗り込むなり携帯を押し付ける。


「ここだ。早く、早くこの場所へ向かってくれ!」


「わ、わかった」


 普段は滅多に感情の起伏が悟られない高科だったが、今日は隣の久保田に伝わるほど昂っていた。


「大原さんは?」


「用事を頼んだら引き受けてくれた」


「何を頼んだ?」


「井口さんに、貴方の負けだと伝えてほしい、と。それだけだ」


 言葉の意味を理解していない久保田に解説をする。


「彼女は勘違いをしていた。あの子が僕の娘だと。否定する余裕が無かった僕が悪いのだが、一言もそんなことは述べていない。まあ、彼女は創造力豊かな人だ。明らかとなっている事実から自力でそう推測したのだろう。

 ここ数年、僕が毎週金曜日に外であの子と会っていること。先ほど話した脅迫のこと」


「少なくとも、お前はあの子を除いて、他人の子相手にそこまでするような人間じゃないよな。それに、お前ん家で説明していたときはさえちゃん、あの子って表現で苗字を言ってなかった。唯野と一度でもいえば大原さんも勘違いしなかったろうな、PCを検査してもらうときに少しくらい事件について触れだろうから。

 それで、大原さんの知る事実だけで一番自然に考えるとすると、あの子が高科の実の娘だから。そうならば、定期的に会いたかったり名前を呼んだりするのはもちろん、脅迫は効く。と、結論が出てくるってことか」


「そのとおり。それから、僕は一部の他人を除いて個人情報を漏らすことはない。今のところ、君、所長を除いて。所長はもちろん、君が僕の職場の人間に僕の情報は漏らさないだろう?」


「お前以外とは事件について話し合うことは無いな。俺も暇じゃない」


「だろう? だから、君か所長があの子が以前の事件に関わっていた赤の他人であることやどの事件に関わっているのかを知っていることは問題ない。職場の同僚に過ぎない大原さんはもちろん、君の初手柄のとき一緒に飲みに行った井口さんも、サエという名前だけでどの事件の関係者か思い当たることはない。自分が鑑定を担当した事件の成り行きをテレビなどで報道されて初めて知るのが我々だからね」


「他には? それだけで井口さんを怪しんでるわけじゃないだろうな?」


「今年の初夏、君と井口さんと僕の三人で飲みに行っただろう? その時のことをずっと考えていたんだ」


「あの日、何かあったのか?」


「そっか。君は酔いつぶれていたね。君がカウンターに突っ伏せている間に井口さんが帰宅したんだ。彼のタクシーを待っている間、僕も外で涼んでいた。そのとき、ちょうど、あの子に遭遇したんだ。こちらに気が付いてくれたあの子は、手を振ろうと右手を高く上げたのだが、少し考え込むとその手を頭の高さにまで下げて、こう……」


「敬礼ポーズか?」


「うん、おそらく。右手をそのポーズにして、代わりに左手で元気に手を振ってくれた」


「それがどうした?」


「君は初対面の相手に手を振ったり敬礼ポーズをしてみせたりするかい?」


「この年でやるのはイタイよ。まあ、子どもなら手を振りはしても敬礼ポーズは初対面ではやってくれないものだよな」


「では、あの子は誰に敬礼ポーズをしたのだろう?」


「は? お前にだろ」


「あの子は僕に対してなら会釈か手を振ってくれるか、の二択だよ。それに、あれ以降あの子が僕に敬礼ポーズをしてみせたことは無い。では誰か。その場にいたのは僕を除いて井口さんただ一人だった。

 警戒心は普通の子供以上にあるから、見知らぬ人間について行く子ではない」


「無理やり連れ去られた可能性もある」


「君は刑事だろう? ほら、見ろ。特に怪我をしてない。朝のうちに施設から学校の間で誘い出され不意に眠らされたんだ」


 運転中の久保田に封筒の写真を見せつけた。


「それは……可能性はあるってだけで断言するほどの証拠は無い」


「では、なぜタイミングよく脅迫の手紙が二度も来たんだ? 内部の、それも僕らの動きを知った者の仕業だろう。二度目の脅迫は彼が触れた後のPCから成されている。大原さんが彼の方が精通しているというほどだ。二日も掛けたら僕も大原さんも欺くことは可能だろう。それに、目的地まであと十分も掛からないだろう?」


 久保田はカーナビに視線を向ける。


「ああ。あと五分くらいだ」


「職場が同じなら、奇人でない限り住む場所も自然と近いものだ」


「目的地が井口さんの家ってことか? 嵌められた可能性は」


「僕と彼のシフトは一致している。休んだら怪しまれると思ったらいつも通り出勤するだろう。だから、あの子をとりあえず自宅へ連れて行き、今日の勤務を終えてから離れた土地へ連れて行く計算だったのだろう。僕は脅迫で頭を悩ませているし、場所は特定されないと踏んだのだろう。事実、君と大原さんが今日、訪れてくれていなければそのようになっただろうね。助かったよ、ありがとう」


 思わず高科の顔をまじまじと見た。


「運転中だろう、前を向いてくれ」


「お、おう」


「そういえば、殺害された施設長の男についてなのだが、暴力団とも関係があるような男が児童養護施設の施設長を名乗れた?」


「え? あ、ああ。ゆかりの家か。地上げの延長で前施設長、門瀬綾音を追い出し、その座についたんだよ」


「そっか」


 以降、車内の会話はなくなった。






 到着した座標の近くには、マンションが建っていた。


「部屋はわかるか?」


「知らない」


「一部屋ずつ探すつもりか?」


「各階で一人に話を聞けばどうにかなるだろう。同階数に住む住人ならば、なんとなく知っている可能性は高い。僕ですら隣人と会話したことがある」


「あるのか」


「あるよ。上から頼む、体力には自信がない」


「了解」


 久保田が階段を駆け上がるのについて行くようにして二階へ到着した。階段から最短距離のインターホンを押した。が、誰も出てこなかった。階段から最も近い部屋の住人ならば他階の住人について詳しい可能性が高いため、二階の部屋をローラーするよりも階段を駆け上がることを選んだ。

 次の部屋では、住人の男性がすぐに顔を出してくれた。


「すみません。お尋ねしたいことがあるのですか」


「どうかされました?」


「このマンションにイグチという人は住んでいるかご存じですか? 彼の自宅から借りものをするために来たのですが部屋番号を知らなくて。電話も通じない状態なんです」


 早口でまくし立てるように言うと、相手は困惑しながらも答える。


「えっと、四階の井口さんのことかな。違ったらすみません。部屋は……表札あるんじゃないですかね」


「ありがとうございます。それでは、急いでるので」


 一礼してから階段へ向かう。と、上から久保田が駆け下りてくる。


「四階だ、四〇七! 鍵を借りてくるから部屋の前で待ってろ!」


 軽くうなずき、駆け上がる。

 四〇七の表札は確かに、井口である。大原にも久保田にも彼が欠勤しているとの言及は無かったし、大原に至っては伝言を頼むと職場に戻るといった。この扉の内側にいるとすれば、少女一人のはずだ。試しに、チャイムを鳴らした。しかし、応答はない。両隣の部屋のチャイムも、同様だった。


「そこにいるのか?」


 もう一度、該当する部屋のチャイムを鳴らしてみる。


「私だ、高科だ。いるなら何か言ってくれ」


 すると、しばしの沈黙の後、


「先生……?」


 消えてしまいそうなか細い声が高科の鼓膜を震わせた。


「いるのか? いるんだね?」


 階下の方から足音が聞こえてくる。


「久保田、早くしてくれ! 確かにいる!」


 思わずそう叫んだ。すぐに四階の廊下に姿を現した管理人に鍵を開けてもらった。

 扉が開けられるなり靴のまま奥へと足を進めた。

 開けた部屋へ行きつくが誰もいない。


「こっちだ」


 久保田の声をたどり、隣室の扉を開け放った。

 少女の手がベッドフレームに手錠で繋がれているのが見えた。


「鍵を探そう」


「必要ない。いつも手帳にクリップつけているだろう? 貸してくれ」


 高科は受け取った針金クリップを変形させ、一部を真っすぐにした。その先を少女の手首側の手錠の鍵穴へ差し込み、何度か操作すると金属音とともに開錠された。


「さえちゃん」


 丁寧に少女の手を取りながら名前を呼んだその声は、驚くほど温かい音だった。


「遅くなって、ごめんね」


 普段から機械だの氷の心だの揶揄される男からのものとは、到底思えない。それに共鳴するかのように、少女の瞳から大粒の雨が降りだす。


「ケガをしたのか? 痛むところは?」


 高科は慣れないながらも、被りを振る少女の涙を拭う。不器用に優しく抱き寄せると、少女は声をあげて泣き出した。

 細く小さな身体で一生懸命泣いている。


 その様子から久保田は「あ」と思わず声を上げた。

 ようやくだ、と。

 タカシナイオリが高科伊織になった。


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