表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

正体

 鑑定の偽造、または、捏造。

 いずれにしろ、実際に行うのは高科の科学者としての矜持が許さない。

 だからといって、少女を見捨てられるほど、もう高科の心は氷点下ではなかった。

 対策と善後策があまた浮かんでは情と矜持を共に守れるものではないと全てかき消した。やがて、共に守る必要はあるのか、と思考が移る。それからしばらくしても、思考の揺れが収まる気配はない。

 突然、来客を告げる音が響いた。

 ただ、正直、今はそれどころではない。最近は通販を利用していないし、海外で悠々自適に生きている両親が尋ねてくることもない。居留守をすることにした。

 しかし、チャイムは何度もならされる。仕方なく、雑に対応して早々に帰らせることにした。応答する前に、玄関からこの部屋が見えてしまうため目立つランドセルは脱衣所へ隠した。


「はい」


「お。やっぱ、居たか。寝てたのか?」


「おっはよーう」


 玄関を開けると、久保田と大原がいた。


「は?」


「朝だよ。おはよう、高科くん」


「いや、もう昼ですよ」


「いや、ちょっとね。ああ、そうか。職場に連絡していなかったか。体調不良だ。帰ってもらえるかい?」


「おい。学生時代にインフルエンザで三九度近い熱があっても平気で登校した奴の体調不良を信じろって?」


「あ、体調不良なら何か作ってあげようか?」


「いえ、結構です。食材なにもありませんし」


「知ってる。だから、買ってきたの。科学者の予知能力、甘く見ないほうが良いよ?」


 大原はそう言って近くのスーパーマーケットのものらしいビニール袋を掲げてみせた。不意に、小柄でどこか幼さを纏う目の前の女性が、あの妙に大人びたような黒髪の少女と重なる。

 次の瞬間には一組の男女を室内へ招き入れていた。




「キッチンはそちらです。少し片づけるから、久保田くんもそっちで待っていてくれ」


「お前、そういうの気にする奴だったか?」


「それとも、香奈さんに浮気だと告発されたいか?」


「なんっ……わ、わかったよ。つーか、これ、浮気じゃねえからな!」


 久保田の抗議を無視して考察していた部屋へ戻る。

 マンションの防犯システムはそこそこ新しいが、室内は狭い。クローゼットに封筒を隠した。

 キッチンから「いままでどうやって人間の暮らしをしてきたんだろう」と大原がつぶやく声が聞こえてきた。調理器具が小さな鍋くらいしかないことを嘆いているのだろう。


「あいつは普通の人間じゃないから、まぁ問題ない」


「確かに」


「それで、訪問の理由は何?」


「唯野彩凪の正体が分かった」


 高科は久保田を部屋へ案内し、マットレスに腰を下ろしように促した。


「彼女の正体っていうのは何かな?」


「殺された養護施設長、古田元の年が離れた妹だ」


 床に腰を据えると、高科の放心に気づかないふりをして先を続けた。


「本名は古田鈴。両親からの虐待から逃れるために家を出る際、妹を連れて行ったんだ。その後、兄は悪い連中と関わりだして、半グレに。妹もそれに倣った。兄妹ともに、ここらから消息が負えなくなった」


「久保田さんが当時の仲間から借りてきてくださった写真の、この女の子。この子をトリミングして一〇歳ほど年を取ってもらったのがこちらの写真。こっちは、唯野彩凪さんが殺害された前の年に撮影された写真です。そっくりでしょう?」


 キッチンにもここでの話は聞こえていたらしい。狭い室内だ。不思議はない。

 やってきた大原がバッグからファイルを取り出す。高科は受け取った写真を床に伏せて目頭を押さえた。


「待ってくれ。私が大学でゼミに入ったころ、彼女は准教授だった。名前も、鈴ではなく」


「話を最後まで聞け。大学関係者から情報を集めたところ、彼女は、高卒認定試験を経て大学に入学していることが分かった。義務教育をろくに受けていない少女がなぜ勉強を始めたのか。その理由が、彼だ」


 久保田は写真を見せつけた。その写真には高科もよく知る人物が映っている。


「唯野雅重教授が、理由?」


「運よく、当時の半グレ仲間に話を聞くことができた。奴らの話によると、兄の元が半グレの仲間になったころ妹の鈴はまだ幼かった。が、数年もすれば鈴をつかって美人局や援助交際で金を巻き上げるようになっていた。見ての通り、顔立ちは整っているし、頭の回転も速かったから成功率はかなり高かったらしい。

 で、半グレが次のターゲットにしたのが唯野雅重。ちょうど、大学生になったばかりで行動範囲が広がってきたり、夜のアソビの存在を知ったりしてきたころだ。鈴からうまく接触して、準備を進めた。

 だが、順調に金を巻き上げる算段が整ってきたころ、鈴は姿を消した。

 その一年後、黒崎彩凪という学生が大学に入学。学年が違い接点がみあたらないものの、当初から唯野教授とこの黒崎が親しかったとの証言は多い」


「念のため、学生証の写真も確かめてみたよ。ほら。髪の毛が黒く染められていたり、眼鏡をかけていたり。多少の違いはあっても、黒崎彩凪は消えた古田鈴と瓜二つ。ちゃんと科学的にも証明できた」


 次に大原が渡してきたのは、骨格検査から同一人物である可能性が非常に高いという内容の報告書だった。


「虹彩を照合したかったんだけど、そこまで画質良くなくて。まだやってる途中」


「唯野教授は、妻の正体を知っていたのか?」


「可能性はあると思うけど、本人しかわかんないよ」


「久保田くんは何と考えているんだ?」


 わざとらしい咳払いを、一つ。


「鈴は唯野と関わり、逆に、惚れてしまった」


「はい?」


「それで?」


 首をかしげる大原とは異なり、高科は興味無さげに先を促す。


「自分を恥じたとともに彼ともっと一緒にいたいと思った。しかし、このままでは兄やその仲間が唯野から金を巻き上げ次第、鈴は彼から引き離されてしまうだろうと考えた。それは嫌だ。だから、鈴は行動する」


「どんな行動?」


「まず、姿を消す。当時の半グレ仲間からの話からほぼ無一文の状態だったんだと思う。だから、かつての写真と学生証で整形による人相変化が無かったのは、お金がなかったからできなかったんだよ」


「可能性はあるね。それで?」


「姿を消して一年、勉強に励む。高卒認定試験と大学受験のためだ」


「一年で? 義務教育もまともに受けていなかったんだろう?」


「頭の回転は速かったらしいし、努力の理由があったんだ。どうにかなるだろ」


「そっか。遮ってごめんね。はい、続けて」


「無事に黒崎彩凪として大学入学を果たし、唯野と再会できた。仲を深めていき、やがて唯野彩凪になり、生きることに決めた」


「へえ、そっか。すごいね」


 高科の感想に不満を体現したが、無視され、さらに不満をあらわにした。


「聞いたのは高科だろ」


「久保田さん、恋愛ゲームのシナリオライターの才能ありそうですね。はい、体調不良の高科さん。おかゆです」


「どうも」


 いつの間にかキッチンへ戻っていた大原がおわん型の紙皿とプラスチックのスプーンを差し出す。


「これ、どこで?」


「今、そこのコンビニで買ってきた。調理器具がないことは予想していたけど、お皿とか食器とかまでも無いとは思わなくて」


「あ、すみません。わざわざありがとうございます」


 思考するには栄養が必要だが、最後の補給からゆうに一日が経過している。

 それに、簡易栄養食品かスナック菓子のみ胃に送り込んできた高科にとって数十年ぶりの温かな食事らしい食事だったことに加え、前日の昼から何も口にしていなかったため、素直に手を伸ばした。一口、頬張ると温かさと甘みが広がっていく。


「まあ、高科くんらしいと言えば高科くんらしいか。部屋の中も、クローゼットにマットレスくらいしかないし」


「混同できるほどのプライベートがないよな。服も、出勤するときに着るやつくらいだろ」


 ぼやきながらクローゼットの持ち手に手を伸ばすのを、とっさに遮った。が、それがむしろまずかった。彼は刑事である。否、大原でさえも違和感を感じ取っている。

 久保田は大原に目配せする。大原が頷くと、高科に尋ねる。


「何を隠している?」


「何も」


 大原がクローゼットに手を伸ばす。

 それを止めようとしたが、久保田に妨害され、とうとう隠し物が引っ張り出された。


「その封筒」


「前に君が」


 見つけた手紙だ、と思いついた嘘を続けようとしたが


「開封の仕方が俺じゃない。だが、あのときの封筒とは同じ種類だな」


 と遮られた。


「もう一度聞く。何を隠している?」


 刑事の、何もかもを見透かしているような鋭い視線。

 第二の脅迫状の二文目。他人には知らせるな。

 話してしまおうか、何も言わずにいようか。

 揺れる思考で最善を探した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ