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捜査と事件

 研究所のあるオフィスにて。

 大原は、依頼者に告げる。


「無理です」


 彼女の解析に期待をかけていた二人は呆然とする。


「そこをどいてくれ。私が代わりに」


「嫌ですーっ。高科くん、機械音痴だもの」


「あの、もう少し詳しく結果を教えてもらえますか? この画面じゃ、何が何だか」


 久保田の質問に、大原は興味が無いように適当に答える。


「データが消された痕跡はありました。なかなか巧妙に隠されていましたけどね。ただ、マザーデータは完全に壊されているので、証拠とやらは捏造でもしない限り、もう手には入りませんね。残念でした。まあ、うまくやればごまかせない事も無いですけど」


 三人にそれぞれ理由の異なる沈黙が流れる。


「いや、しませんよ? 私、これでも科学者の端くれなんですから」


「ああ、はい。もちろん。わかってますよ、ご安心ください」


 焦ってフォローをする久保田だが、もう一人の科学者には、大原の主張よりも気になるものがある。


「だが」


「だから無理なのよ、データの復元は! それから、さっき刑事さんに電話来てたの知っているでしょう? 駄々こねて困らせないの」


 幼子をどうにかしてなだめるような言葉に、高科は久保田を見上げる。久保田はきまり悪そうに告げる。


「悪い、捜査本部に徴収された」


「いいよ、しかたないよ。仕事だもの」


「その言葉を使っていいのは絶対にその表情ではない人よ?」


「悪かったって。時間、必ずつくるから、な?」


 久保田は暇を告げた。

 二人きりのオフィス。大原は椅子の背に身体を完全に預けながら高科に視線だけを向ける。


「ねえ、教えてくれる?」


「何をかい?」


 大原は体の向きを反転させ、椅子の上に膝を立てた。


「どうしてこの事件なの? ほら、私にも知る権利はあるでしょ? どうして証拠品を調べたいのかなって。だって、この事件があったのはもう二年前だし。鑑定しなきゃいけない資料がたくさんあるのは、分野が違くても高科くんも同じでしょう?」


「この事件にこだわる理由、か。そう、ですね。時をさかのぼるのですが、私が大学生のとき、いや、学生時代の方が正確か。その頃、私は人と関わろうとしていなかったんです」


「不思議、とても想像できる」


「誰かと親しくなるよりも、勉強や研究をしていたかったので」


「今もね」


「昔の方がその傾向が強かったんです。今は改善されてます。あの人がいなければ、今の私はいません。にも関わらず、私はなぜ彼女が死ななければならなかったのか、理由を知りません」


 高科は何でもないように淡々と述べる。大原は、ようやく違和感の正体が不意に鮮明になったのがわかった。


「もしかして」


「彼女が私を勉強だけしている学生から科学者へと変えてくれたにも関わらず、です」


 一瞬、過去を懐かしむような自嘲的な笑みを浮かべると、まっすぐ虚空を射貫く。


「だから、私は知りたいんです」


 大原は正座になり、自分の語彙から最適解と思えたものを声に出す。


「あの、高科くん。えっと、さっき、もう刑事さん、仕事に行っちゃいましたけど、これからどうするの?」


「久保田くんは僕の友人であって保護者ではない。いいんですよ、これで。もうここからは一人でも再鑑定を進めるつもりです」


 立ち上がった高科に別の言葉をかける。


「手伝えることがあったら言ってね。あ、それと、このパソコンのデータなんだけど、井口さんに頼んだらもっと詳しく解析できると思うから、頼んでおきますね」


「助かります」


 高科は暇を告げ、自身のオフィスへ戻るとまずは事件の資料を検めることにした。

 いつの日か酒に酔った久保田が「事件を調べるには、まず被害者を知ることから」と、何度も繰り返し口走っていたことは覚えている。しかし、彼はそれ以前に当該事件についての知識をほとんど持っていなかった。

 知りたい。

 高科の思考の源は、それだけだった。何を知りたいのか、自身でも具体的にはわかっていないが、とにかく知りたかった。

 鑑定が専門である高科にとって、この事件捜査は初の試みといえる。たびたび突拍子もない行動に出る彼だが、今回は一般科学者らしく慎重な選択肢を探していく。

 現場から採取された決定的な証拠となり得るDNAは誰のものか判明してない。他の証拠品は、データの消されたパソコン、血まみれの用紙、大量の血痕。写真に残されている現場はなかなかショッキングな映像として記憶に残る。

 高科は資料をデスクに放り、目を閉じた。仕事柄、ショッキングな事件に出会うことがある。対処法は心得ていた。

 立ち上がり、オフィス内を徘徊する。

 情報があまりにも足りない。できることも少ない。

 本職として血まみれの用紙に記されている内容を鑑定で判明させるとしても、DNAは該当するサンプルが手に入らなければ比較することはできないし、大原によればパソコンのデータは永遠にわからないといっても差し支えない。井口の方が経験があるといっても、わかる可能性は低いとみて良いだろう。

 久保田から渡された資料からわかるのは、事件後に証拠品であるパソコンのデータが消されたこと、被害者の人物調査によって夫の雅重が裕福な家庭で育ったことや一流大学に現役合格してから順調に教授まで上り詰めたことは判明した。

 比較すると、妻である彩凪についての情報は少ない。大学入学から結婚、出産を経て准教授になった経歴だけしか彼女に関する情報がない。幼少期や少女期について、情報がさっぱり無い。

 現状、あと手に入れることができる証拠は、二種類のみ。

 事件関係者本人から情報を入手するか、自力で別の視点から事件を見直して新しい証拠を見つけるか。

 二年前の事件であることを考慮すると、後者は難航するだろう。

 したがって、高科が取るべき行動が決定された。

 もう一度、資料から名前を探すと連絡先に電話をした。が、その人物はすでにその職場を離れていて、数年前から地方の小さな診療所に勤めていることがわかった。診療所の住所はわかったものの、電話番号はわからず今からその場所へ向かうと即日になってしまうので、後日、彼に会いに行くことにした。

 不意に時計へ目線が向かう。七月に入ったことで日はまだ高い位置にあるが、時間はだいぶ経過していた。それに加え、今日は金曜日である。近くのコンビニエンスストアで昼食を購入しいつもの公園へ到着するころにはちょうど良い時間だと、計算して答えを導き出す。

 軽く準備を済ませ、建物を出ることにした。




 電車に乗り込み、不意に談笑する制服姿の学生の存在が珍しい気がした。朝、出勤するとき以外に彼らを見かけないといっても過言では無い。高科には、その理由が一つも浮かばなかった。

 それでも興味はそれ以上は反応しない。事件捜査の方が、今から向かう場所にいるだろう人物への関心の方が圧倒的に大きい。そのとき、問題を全く考えていないことを思い出した。


(今日はどのような問題を出そうか。)


 目的地へ到着するまで、それだけを考えていた。公園が視界へ入るころには、良問の準備が完了していた。しかし、いつもの場所に少女の姿がない。待っていれば来るだろう、と食事を済ませることにした。ロボットの燃料、もとい、高科の食事はいつも通りのコンビニで購入できる簡易栄養補給食である。

 一向に到着しない少女にやきもきしつつ、時計を確認する。

 何かあったのか、心配が煽られる。何か、の内容は想像がつく。否、つきすぎる。しかし、どうすればよいのか、どう行動するべきなのか、全く思いつかない。

 思考を落ち着かせて理性的なものへ戻すためにチョコレートを口へ含んだとき、携帯がバイブレーションで震えた。着信の相手は、久保田だった。


「はい」


「今、いいか?」


「うん。何?」


「お前が公園で会っている小学生の女の子、養護施設の子だったよな?」


「うん。ああ。その子についてなのだが、まだ来ていないんだ。この時間なら、いると思ったんだけれどさ」


「まあ、世の小学生は夏休みだからな。曜日感覚がおかしくなっているんじゃないか?」


 彼の推測には、曜日の感覚はあっても一年間を通した感覚を持たない高科は頷くしかなかった。球体のチョコレートに歯を当てると、ゆっくりと半分になる。


「ああ、うん。もしそうだとすれば、しかたないよな」


「それより、その子がいる施設の名前ってゆかりの家って言わなかったか?」


「うん、たしかそうだけど」


 電話越しでも久保田が言いにくそうにしているとわかる。「なにがあったんだ?」と、言葉を促す。


「ゆかりの家、そこの施設長の男が死んだ」


「は?」


「ゆかりの家の責任者が殺されたんだ」


 養護施設の責任者が死んだ。つまり、その施設で暮らす子どもたちは後見人代わりの大人を喪ったことと同義である。


「施設の子供たちは?」


「今、確認しているところだ。おそらく、近くにある同様の施設に世話になっているだろう。今朝には児童相談所に連絡が入ったはずだから、もう動いてもらったころだ」


 待っていても少女が来ない理由はここにあるのだろう、と納得して思考は別の物へと移る。

 事件捜査を始めようと決めてから三日目。このタイミングで、あの事件の遺族である少女に関する大人の死は偶然か。

 違う。

 科学者らしからぬ根拠「直感」が、高科に告げている。


「現場を教えてくれるかい? すぐに行く」


 久保田は電話先で困惑か動揺かしながら場所を説明する。

 電話をきると、高科は急いでその場所へ向かった。


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