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夢で逢えたら

作者: 雲野いちか

 昨晩高校の友達と呑んだからだろうか、久しぶりにあの子の夢を見た。父親に怒鳴られる夢、事故に遭う夢など、私は酔って寝ると悪夢をよく見る。あの子に会う夢は悪夢というジャンルに含まれる。二度と会えないあの子の夢は私にとって悪夢なのだ。


 どこの大学に行ったか位は聞きたい。あの日の事を謝りたい。私が今さらあの子に近付いたとて迷惑なだけなのは重々承知だ。それすらも自意識過剰で、もう完全に忘れ去られているのかもしれない。今あの子が私に対して何を思っているのか全く見当も付かない。


 あの子の夢を見たと言っても、「君が笑う夢をみたよ」「君が泣いてる夢をみたよ」なんて銀杏BOYZの唄みたいなカッコイイ事は言えない。何故なら私はあの子が笑ってる所も泣いてる所もしっかりと見た事がないのだ。正直、声も思い出せない。今日の夢も「廊下の向こうからあの子が歩いてくる」みたいな本当にどうしようもない夢だった。それを悪夢と呼ぶとは、何と情けない男だろうか。


 美化した上で思い出を懺悔しようと思う。あの子というのは高校の一つ下の後輩で、野球部の主将だった私の所謂ファンでいてくれた子の事だ。体調が悪いのではと心配する程白い肌が特徴的な大人しい子だった。野球部がそれなりに名門と呼ばれる所だったので「〇高野球部主将の彼女」という座を狙って近づいてくる女が度々居たのだが、彼女は近付いてくることは決して無かった。それでも人伝に聞いた話では、その学年で私のファンといえばその子、と言われるような子だった。


 今だから言えるが、当時私は主将でいることが本当に辛かった。勿論入学当初から主将に憧れはあったものの、憧れがある分プレッシャーも大きく、自分なんかに務まるのだろうか、という想いを抱え続けてきた。ずっとその自意識と戦い、体罰紛いの指導や悪しき伝統に耐え、その上自分の考える主将になれるように血反吐を吐く努力をして、先生や老害やネット記事とも戦い…肉体も精神も限界で、一時期は「自分が自殺すれば問題提起出来るのではないか」と考える程の地獄の様な日々だった。

 そんな日々の中で、純粋に応援してくれるあの子はいつの間にか勝手に心の支えになっていた。彼女と一度も話した事など無かったが、それでもあの子が応援してくれるから頑張れた。


 全校応援をして貰った夏の引退試合の後、一緒に写真を撮って欲しいという人達が集まってきた。彼女は私を微妙な距離感から見ており、声を掛けるか掛けまいか悩んでいる様子だった。私は声を掛けたくて仕方が無かったが、彼女は私が彼女を認識している事を知らないだろうから(ただ声を掛ける勇気がなかっただけなのだが。)、こちらから声を掛けるのは諦めた。

 帰りのマイクロバスに乗る直前、彼女が走って駆け寄ってきて「すみません写真撮ってください」と言ってくれた。彼女は少し涙目だった。瞬間、私の全てが報われた気がした。「あなたがいてくれたお陰で頑張れました」と伝えたかったが涙が出そうだったので、静かに「いいよ」と言った。何も言葉が出なかったので、そのまま別れてバスに乗った。


 夏休みの間も彼女の事が忘れられなかった。何故あの時何も言葉を掛けられなかったのだろうと後悔し続けた。お礼が言いたい、なんていうのは綺麗事で、本当は引退した同級生達が次々と恋人を作り夏祭りに出掛ける様を見てフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。ともかく、彼女と話す事を決心した。


 結局彼女に話しかけに行ったのは10月の文化祭だった。臆病な自分は他学年の教室に行く事など出来ず、結局あれから3ヶ月も経ってしまった。すっかり髪も伸び、日焼けも消え、4キロ程太ってしまった頃だった。

 お化け屋敷の受付をやっていた彼女に震えた声で「あの」と声を掛けた。「はい?」と怪訝そうに返された。彼女は私の事を認識していない様だった。

 様々な期待を抱いていた分、私はとても絶望的な気持ちになった。彼女が応援してくれた私は、〇高野球部主将で、坊主で硬派で、背番号10のユニフォームを着ている私であり、「私自身」ではない気がしてしまったのだ。

 「最後の野球応援の時、写真を撮りに来てくれましたよね。あの写真、自分の引退前最後の写真で。良かったら貰っても良いですか。」と何度も脳内で反芻した言葉を口にすると、彼女はギョッとした表情をして私に気付いてくれた。その後に話す事も何度も何度もシュミレーションして考えていたのだが、彼女が最初気付いてくれなかった事があまりにもショックで全て忘れてしまい、写真を送ってもらうという名目でLINEを交換した後、私は足早にその場を去ってしまった。


 LINEで彼女と当たり障りの無い会話を数回した後、彼女をデートに誘った。彼女からOKの連絡が来た日は猿のように喜んだ。当日に向けて3キロ程ダイエットをした。

 2日前になって「どうしても外せない予定が入ってしまった」という連絡が来た。恐らく本当に予定が入ってしまったのだろうが、躁の様な状態だった私は一気に落ち込み、自分の行動全てが醜く愚かに見えて、その子に返信すら出来なくなってしまった。この日返信をしなかった事は、私の一生抱える罪になった。


 彼女とはそれ以来何も無い。あの後の私は受験勉強を理由に逃げる様にLINEアカウントを削除し、大学進学を決め上京した。

 あれから3年が経った今も、私は彼女を忘れる事が出来ない。この3年間、何度か女の子とデートしたし、2度告白の様な事をされたが、恋愛をする気になれなかった。あの子に関する私の自意識は、供養されなかったあの日から亡霊になって自分の背中や足をずっしりと引っ張っている。


 あの時、あの子と付き合えていたらどうなっていたんだろうと考えてしまう。付き合って、愛を囁き、何かに幻滅して、別れて、また別の人を等しく愛せたのだろうか。周りの大学生が云う「恋愛」が出来る人間であれたのだろうか。

 この様な思想がグルグルと駆け巡って、自分の気持ち悪さや情けなさを自覚して、過去の後悔を顧みてしまうから、あの子の夢は悪夢なのだ。


 折角懺悔したのだから、見ないと分かっていても彼女へ言葉を書こうと思う。

 一方的に声を掛けた挙句連絡を切った私が悪いのに、勝手に夢に出演させて悪夢扱いして本当に申し訳ありません。卒業の時、生徒会広報に寄稿した文は、全校生徒に向けてと書いていますが貴方に向けて書いています。人生が本当に苦しくて死んでしまいたいと思った時には、その文を読んで欲しいです。貴方は1人の人間の光であった事を知って欲しいです。もし今が幸せなら、私の事なんて忘れて欲しいです。ワガママですみません。どうかお元気で。



 人混みに居る時、無意識にあの子を探している気がする。漫画や小説じゃあるまいし、逢えるわけが無いことは分かっている。もし逢えたところでどんな顔をして良いか分からないから、きっとこれまでの様に情けない顔をしてその場を去ってしまうのだろう。現実で逢えたとしても辛い想いをするだけなのだ。

 だからせめて、夢で逢えたらいいなと願っている。悪夢だとしても。

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