第6話 念願の水
チーン
水が完成しました。
お店で店員を呼ぶときに鳴らすベルのような音が鳴り視界に水の完成を知らせる文字が浮かび上がる。
待ちに待った時が来たのだ。
釜を見るとすでに火は消えており湯気や煙すら出さず静かに据え置かれている。
自動で火が付き自動で消える。煙も出さず匂いもない。
魔法のような性能にただただ感心する。
海の上だ。火は使えないと思っていたがそこはゲーム、気にする必要はなかった。
鍋の蓋を開けてみた。
すでに熱はなく、中の海水はなくなっており代わりにペットボトルに水が溜まっていた。
量で言うとコップ一杯にも満たない水だが海水を入れれば5分で真水ができると考えれば十分な量だろう。
ペットボトルの水を眺める。
太陽の光が反射しキラキラと宝石のように輝いているように見える。
これを手に入れるために命までかけたんだ。
もちろん見ているだけでは我慢できず輝く水を口につける。
そのまま一気に喉の奥に流し込んだ。
体の隅々にいきわたるような、染み入るような、何とも言えない感覚。
足先まで生気が渡っていくのを感じる。
「ぐぅぅぅ、、うめぇぇぇええええ!!!!」
さすがにプハーと行くほどの量がなかったがそれでも切れかけていた命の線は繋がったように感じた。
「いけないいけない。すぐに次の水も準備しないと。」
すぐにペットボトルに海水をいれ、また鍋に移し替え蓋をする。
すぐさま釜に炎がつき鍋の上に完成までの時間が表示された。
しばらく俺は水ができては飲み干し、新たに水を作るという行動を繰り返した。
ーーーーーー
釜の火がゴウゴウと燃えている。イカダが燃えないのか心配になるが、そこはゲームなんだから気にしても仕方ない。
太陽も真上を通り過ぎ、すでに西の方へ傾きだしていた。
とりあえず何度か海水を鍋に入れては水を飲むという行動を繰り返し、腹いっぱい水を飲んだ俺は一種の満足感に満たされ体の疲労感からひどい眠気に襲われた。
もちろん腹は減っていたがまだそこまで危険な感じはしない。
今は落ちた体力を少しでも回復させたい。
と、言い訳してみるがただただ疲れて眠たくなったのでなるだけなのだが。
ーーーーーーー
また夢を見た。
小さい頃の俺と成瀬の夢。
ハルナの家はけして裕福な家庭ではなかった。
うちの団地は特に家賃が安く訳アリの事情を持った人しか住み着いてこない。
成瀬の家もそんな感じだった。
詳しくは知らない。
小さい頃の成瀬は遅くになっても家に戻らず成瀬の母親が成瀬が帰ってこないと騒ぎ立てているのをよく見ていた。
この団地の人たちは酷く他人に冷たい。
誰も成瀬を探すのを協力する者なんかいなかった。
いつも成瀬を見つけるのは俺だった気がする。
あいつ単純だからどこに隠れてるかすぐわかるんだよな。
成瀬の母親はとてもやさしそうで成瀬をすごく愛していたように思える。
だけど成瀬が家の話をしているところを聞いたことがない。
あの団地に住んでいるんだ。何かあるのは間違いないんだけど。
それでも成瀬の明るい性格にはずいぶん救われていたんだと今となっては思う。
大人になるにつれてなんか目を合わせるのも恥ずかしくなってそのうちまともに話せなくなったんだけど。
あいつは美人過ぎるんだ。
あいつが悪い。
そういえばあいつここに来る前、何か俺に言いたげだったような。
何を伝えたかったんだろう?
成瀬は無事なんだろうか?
俺が急にいなくなって大騒ぎしてるかもな。
あいつ泣き虫だし、今頃泣いてないといいけど。
もう会えないかもしれないから。最後にもっと素直に話しておけばよかった。
どうせなら幸せになってほしい。どうせなら......
ーーーーーーー
ピコーン
頭がボーとする。
飯を食ってないせいで血糖値が下がっているのだろうか?
俺はそこらへんあんまり詳しくないけどおそらくそういうのが理由なんだろうなってのはわかる。
どのくらい寝てたんだろう。
夢を見てた気がするけどあんまり覚えてない。
そんな事よりも喉の渇きがいえたことによって、今は強烈な空腹に襲われている。
ピコーン
空腹を知らせるアラームが俺の頭に鳴り響く。
同時に視界の端には”お腹を補充してください。”という謎の言葉。
いや、意味は解ってるよ。
でもいちいちこういうの腹が立つ。腹違いだな。
こんな海のど真ん中喰えるものと言ったら多くはない。
「魚か.....。」
こういったサバイバルで最も重要なのがライフライン。
そして俺は今人間にとって一番重要なものは手に入れている。
それは水だ。
今俺は水を永久に不足することなく手に入れることができる。
それはこの世界において一つの重要な課題をクリアしたことになる。
そして今二つ目の課題をクリアするため俺は生きるための生命線となるこの”ロープフック(木製)”手にしている。
「このロープフック(木製)で魚が釣れたりはしないだろうか?」
俺は、まぁ無理だとはわかっているのだがロープフックを海に投げ入れひたすら手繰り寄せる行動を繰り返した。
この世界はかなりお粗末に作られていることは明白だ。
フックへの当たり判定がかなり広く、運よく魚がフックのあたりに来てくれればそのまま吊り上げることも可能なのではないかと思ったわけだ。
そうして俺は2時間ひたすらロープフック(木製)を海に投げ入れる行動を繰り返した。
どんよりした雰囲気をまといドスッと疲れてイカダに腰を下ろす。
煮沸機から水を取り出し一気に飲み干す。
そして海水を入れまた鍋に蓋をした。
「やっぱりこういう所はいたってゲームだ。こういうズルはできないって事なんだな。」
2時間永遠とロープフックを投げていたのだが、やはり明確に魚を釣る道具というものを作成しないと魚は手に入れることができないらしい。
代わりと言っては何だがなかなかの量のアイテムは回収できた。
釣り竿代わりに投げていたロープフック(木製)をアイテムボックスにしまい、魚は釣れなかったがその時回収できたアイテムを確認する。
木の板 ×23
ロープ ×6
プラスチック ×27
海藻 ×8
そう俺はなんと海藻という食料を手に入れていたのだ
何度も海にロープフック(木製)を投げて入れてる時、見慣れない黒っぽい布がフックに引っかかっていることに気づいた。
新しいアイテムかと思い触れてみるとそれはすぐに手から消えアイテムボックスに収納された。
そして視界に
海藻を手に入れました。
と表示される。
「海藻? 海藻......海藻!!!!」
俺はその場飛び上がるように跳ね飛びながらアイテムボックスを開いてみる。
確かに海藻という文字が記載されている。
「うぉぉぉぉぉ!!!!! ここに来て初めての食料じゃないか!! しかも海藻って栄養豊富なんだよな!! これは助かった。もしこの海藻がいくつも海を漂流してるんだったら飢えで苦しむ心配はもうないぞ!!」
安心感と喜びで一時期イカダの上を飛び回りはしゃぐ俺。
常に死の恐怖が隣にいた俺にとってこの海藻は贅沢すぎる海の産物なのである。
すぐにアイテムボックスから海藻を出し手に取る。
ヌメッとした感触と思ったより分厚い手触りが何とも食欲をそそらない。
「うぅぅ、食べると思ったら気持ち悪い。海藻ってこんなんだったのか。」
普段、海鮮サラダなどに乗っている海藻はもちろん人間が食べやすいように加工してあるものだ。
現品そのままの海藻を目の前にし俺はあらん限りのたじろぎを見せる。
「仕方ないよな。喰わなきゃ死んじゃうし。あとはこの海藻が本当に食べれるのかどうかだな。」
というのも、俺は一度このイカダを漕ぐためのオールを海で拾った木の板で代用したことがある。
しかしどういうわけか、というかゲームみたいな世界だからだろうけどその木の板はすぐに壊れ消えてしまった。
ようは作成したもの以外はこの世界で使用することはできないのではないかということだ。
しかし俺はある確信の元、この海藻は必ず食べれるはずだと思っていた。
俺は海を泳いでいるとき確かに海水が海に入りしょっぱいという感覚があった。
だから食べ物や飲み物は大丈夫なのだ......
なんて薄い確信......俺この先やっていけるかな。
そんな確信の元、海藻を小さく口を開き少しだけほおばってみた。
こういう時にガバッと口に放り込めない小心者の俺。
「うぅぅ、」
グニュグニュと噛み切れないような感触が続き特有の海の生臭さが口いっぱいに広がった。
「うぅぅぅ......まずい......。」
そう、不味すぎる。
海藻の生.....こんなもの普通に食べれたものではない。
「うえぇぇぇ.....。」
吐き出そうとする衝動をとっさに抑え口を手で押さえる。
そのまま上を向き無理やり口の中の海藻を飲み込むと涙目の顔をよそに次の一口をまた小さく頬張った。
吐きそうになるのを抑え必死で海藻を体に流し込んでいく。
涙があふれてきた。悲しいからじゃない。気持ち悪いからだ。