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閲覧いただき、ありがとうございます。

あれから、ケーキに入れたラム酒に酔った一犀を介抱しながら、私は高鳴る鼓動を抑えながら、帰路に着いた。


ベッドに飛び乗り、ちらりとハンガーにかかっているパステルカラーのワンピースを見た。


明日は椿とのお出かけだ。そして、私の16歳の誕生日である。


お風呂に入らなきゃ、そう思っているのに、私の身体はベッドから離れられない。

私はそのまま目を閉じてしまった。


携帯のアラーム音で目が覚めると、時刻は10時を差していた。風呂も入っていないのに、椿が迎えに来てくれるまで1時間しかない。


私はベッドから飛び起き、シャワーだけ浴びる。今日は椿との久しぶりのお出かけだから、ゆっくり身支度を整えたかったのに。


自業自得なシチュエーションに自責の念に駆られる。


案の定、椿がインターホンを鳴らした時が私の最低限の身支度が終わった時だった。


私が慌てて扉を開けるとジト目でこちらを見る表情をした椿がいた。


「朝からドタバタし過ぎ。寝坊したでしょう?」


図星を突かれ、私はぐうの音も出なくなる。

同時にいつも通りの椿の姿にホッとする。


「どうせ、朝食もまだなんでしょう?近くに良いカフェがあるから、そこに行って、ブランチでもしようか」


まさか、また桔平のバイト先じゃないだろうな。

私が恐る恐る尋ねると、違うけど、と椿は訝しげな表情をして言った。


椿が連れてきてくれたところは昔ながらの喫茶店だった。


「ここのクロックムッシュが美味しいんだ」


席に着くなり、椿がメニューを見せてくる。

折角なら、と私はクロックムッシュを頼んだ。


ドリンクは久しぶりにクリームソーダだ。

なんだか、純喫茶っぽいところにはクリームソーダが似合いそうという雰囲気でチョイスしてしまった。椿もそれに倣い、クリームソーダを頼んだ。外見だけで言えば、椿とクリームソーダの組み合わせはとてもよく似合う。


ふと、卓にあるドーム型のルーレットを目にする。私がしげしげと見ていると、椿は100円を取り出して、穴に入れた。


「ルーレット式おみくじ器だよ。こうやって…ほら」


椿は丸まった紙を広げて、見せる。

そこには『大吉』と書かれたおみくじがあった。こういうのもあるんだ。私は財布を取り出して、一回やることにした。何だかカプセルトイみたいでワクワクしてしまう。童心に帰ったような気分だ。


広げると、そこには『末吉』の文字。

『今週の運勢は末吉。思わぬところでアクシデントがあるかもしれません。友人からのニュースが届きそうです。誠実な友人ほど素晴らしいものはありません。友人が多ければ、多いほど、あなたは幸せになります』


椿は私の引いたおみくじを覗き込み、苦笑いをする。


「まあ、おみくじなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うし。それに末吉って末広がりの末って捉え方もあるみたいだし、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?」


そんなに落ち込んでいたのだろうか。珍しく、椿が丁寧なフォローをした。

思わぬアクシデントと友人からのニュースか。私は頭の片隅に置いて、そのおみくじをカバンにしまった。


初老のウェイターが運んでくれたのは、長細いグラスに入った緑色のメロンソーダと丸区なったバニラアイス。そして、出来立ての芳ばしい香りのするクロックムッシュだった。


しゅわしゅわと口の中で弾けるソーダと甘いアイスクリーム。サクサクとした食感とチーズがたまらないクロックムッシュ。

人気の少ない落ち着いた雰囲気に、窓から差し込む日差し。目の前には大好きな幼なじみ。


…なんて、幸せな休日だろうか。


「今日は午後から使えるチケットで遊園地行くんでしょう?何に乗りたいとかあるの?」


私が何気ない日常の幸せを噛み締めていると、椿が尋ねる。


「うーん、その場でぱぱっと決めようと思ってた」


私がそう言うと、椿は柚葉らしいと笑った。

あ、馬鹿にしてる。


私が遊園地を選んだのは、イルミネーションが綺麗だとかアトラクションが楽しいからではない。小学校卒業の記念に椿と私の両親が私達を遊園地に連れて行ってくれたのだ。それが、私と椿が初めて、学校と近所の公園以外で出かけた場所なのだ。


数年経って、久しぶりに椿と行ってみたいと思ったのだ。

椿も昔を思い出したのか、柔らかい表情をした。


「懐かしいね。昔、卒業記念に行ったよね」


私は頷く。椿もちゃんと覚えていてくれたことに、私は嬉しくなる。


私達は、ブランチを終えると、数駅先にある遊園地に向かった。


数年ぶりに辿り着いた遊園地は、見たこともない新しいエリアが出来ており、懐かしさを感じるよりも、新鮮さを感じることとなった。


私は羽目を外しすぎて、途中で乗り物酔いをしてしまい、ベンチで椿に膝枕をされることになった。


「はぁ…柚葉は高校生にもなって、相変わらず後先考えないんだから」


「うう…面目無い」


椿は近くの店で売っていたスポーツドリンクと携帯型の扇風機で私を仰いだ。

返す言葉もない。16歳最初の日は、また新たな黒歴史を更新する羽目になってしまった。


少し落ち着くと、周りを見渡す余裕が生まれてきた。ヒソヒソと話しながら私達を好奇的な目線で見る人々。そういえば、私は遊園地のベンチで椿に膝枕をされているのだった。


私は慌てて起き上がり、立ちくらみを起こして、椿の胸に飛び込んでしまった。

ああ、これでは逆効果だ。


ふわっと、石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。

あ、この香りなんだか落ち着く。


私は自分の考えにハッとして椿から身を離す。

もう大丈夫だから、と私が告げると、椿はそう、と言って、私の手を引き、庭園の方へ案内した。


庭園には季節の花々が咲き誇っていた。

そういえば、前来た時も椿とここに来たんだった。


互いの両親とはぐれて、私と椿が迷子になった時。


私を励まそうと、椿が庭園近くにあるミニゲームで私が欲しがっていたおもちゃの指輪をゲットして、庭園にある噴水のところで私の指にはめてくれたんだった。


「覚えている?」


椿は噴水を指差して、私に尋ねる。

変に意識をしすぎた私は思わず赤くなりながら、頷いた。

そんな私を見て、椿はクスクスと笑いながら、手をとる。


「あの時言ったこと、嘘じゃないから。今でもずっと…」


あの時言ったこと…

確か、椿はあの時、指輪を私の指にはめながら何かを言っていた。


何だったかな。凄く大切なことだったのに、上手く思い出せない。


私のキョトンとした表情を見て、椿は、ちゃんと覚えてないじゃない、と呆れたように溜息をつく。


「まぁ、いいよ。僕の気持ちは変わりないし」


椿はパッと手を離すと私の髪に触れた。

急に顔が近づき、思わずドキッとしてしまう。


パチンと耳元の近くで何かが留められる。

…これは、バレッタ?


私が椿の方を向くと、ふっと、私を馬鹿にしたように笑う椿がいた。


「もう高校生なんだから、食い意地ばっかり張ってないで、少しくらい女の子らしくしたら?」


もう少し言い方を何とか出来ないのか。

でも、これは誕生日プレゼントだろう。

私は感謝の言葉も反論も返すことが出来ずにいると、私の腹からぐううっと可愛げのない音が鳴り響いた。


「腹ぺこのバースデーガールには、綺麗な景色よりも美味しいレストランかな」


そう言って、椿は踵を返して、庭園の出入り口に向かう。私は椿の背を見つめながら、心の中で願うのだった。


どうか、このまま椿と一緒にいられますように。


特別な関係にならなくていい。

ただ、原作の乙女ゲームのように、椿とは険悪な関係になりたくない。


どうかこの想いが自滅に繋がりませんように。


その淡い願いの言葉は風に消えた。


マンションに着くと、私は椿に向かって一礼し、感謝の意を述べた。


「今日はありがとう。楽しかったよ」


素直にそう言うと、椿は珍しく素直だね、と笑う。憎まれ口しか叩けないのか、こいつは。


「…僕も柚葉とずっと一緒にいられることを願っているよ」


私は椿にバレていたことに驚くと、椿はバツの悪そうな表情をする。


「油断してたんだよ。僕の能力は気を抜くとすぐに発揮しちゃうから」


そういえば、椿の能力は読心能力だった。

一緒に居る時に、椿はその能力をあまり使わないので、つい私も油断してしまっていた。


自分の恥ずかしい想いがバレて、赤くなっていると、椿が私の髪を撫でる。

椿は心なしか、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。そんな椿の穏やかな表情に思わずキュンとしてしまう。


「別に恥ずかしがることはないんじゃない?僕も今日は楽しかったよ。お誕生日おめでとう。素敵な一年を」


そう言って、椿は自分の家に帰っていった。

穏やかで幸せな1日を噛み締めながら、私は玄関に蹲る。


ドキドキしては駄目だ。

これ以上、自分の感情について考えたら、私はー。


フラッシュバックのように、原作の乙女ゲームスチルが脳裏に浮かぶ。


兵器として、あらゆる事件に赴く柚葉。

時には、戦場に赴いて、能力を無効化することもある。


それもこれも、全て柚葉が椿を好きになり、椿やヒロインである桃香に固執したから。


今は、乙女ゲームと完全一致した世界ではないが、いつどこで、乙女ゲームと整合性がとれるか分からない。


だから、私はこの気持ちに気づいてはいけないのだ。


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