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「というわけで悩んでるんですよ」
「いきなりなんだ。せめて部屋に入れろ」
私は家に着くと、蓮央がちょうど椿の部屋から出てきたところだったので、蓮央を壁ドンして捕まえた。
確かに、こんな廊下では他の攻略対象、特に椿と一犀にエンカウントする確率は高いだろう。そう思った私は蓮央を部屋に上げた。
部屋に上げるなり、事情を説明すると、蓮央はとてもげんなりした。
「岡山 桔平と徳島 一犀にときめいたぁ?京 柚葉特性の攻略対象への執着心だぁ?そんな訳ないだろ。京 柚葉が固執していたのは、宮崎 椿と石川 桃香だよ。他の攻略対象にときめくのは、単にお前が惚れっぽいだけだろ」
うっ、と私は声を上げる。
桔平は前世の人生含め、今までされたことない特別扱いをしてくれた。(まあ、ただの親切心なだけだろうけど)
一犀は杏一曰く私のことを特別に想っているらしい。(本人から聞いてないから、分からないけれど)
「というか、お前は宮崎 椿が好きなんじゃないのか?」
私は椿のことが好き?
今まで考えたことがなかった、いや考えようとしなかった。
椿への想いを考え始めたら、柚葉はどんどん椿への執着心を増して、自滅すると思ったから。
私が黙っていると、蓮央はお前が話したくないならいいけど、とそれ以上の追求をしなかった。
私は話題を変えて、最近の桃香について尋ねた。一回エレベーターでエンカウントしてから、顔すら見ていない。私としては、精神衛生上とても良いことだ。あんな可愛い子を私の毒牙にかけたくない。
「桃香からは特に何も聞いてないな」
ということは、桃香としては特に大きな感情の機微は見られないということだろうか。
私は杏一のことを話す。私がたっぷり惚気られた1時間を要点だけ伝える。
「柊吾の次は杏一か。柊吾と桃香はよく一緒に帰っているから、柊吾ルートに入ってると思ったが、杏一も手玉に取ったか。流石、俺が作ったヒロインだな」
まるで、父親が娘を自慢に思うような感じで評価をしないでほしい。外見は蓮央なのだから、違和感ありまくりだ。
「でもイベントが始まる時期もズレているし、内容も若干の違いがあるみたいだし…」
「まあ、それは完全に原作通りにはいかないってことだろ。お前だって養成学校に通っていないし、虐めてもないだろ。俺だって桃香を異性として見ることは出来ないし」
あんな可愛い子を異性として見られない?
私は思わず驚いて、蓮央の表情をまじまじと見る。蓮央は私の心境を察し、説明をする。
「俺にはアイツらは自分が手がけて作った架空の存在だからな。お前みたいに現実世界だと思えないんだよ」
そう答えた蓮央はどこか寂しそうだった。
転生者の予備知識を持ってしても、為す術なし。むしろ、変な予備知識があるせいで、翻弄されている。
「というか、お前桔平からアドレス貰ったんだろ?今後、役に立つかもしれないから連絡取っておけよ」
蓮央は私がコルクボードに貼ってあった、桔平からのチラシを指差して、私に促す。
私が躊躇っていると、蓮央は痺れを切らし、机に置いてあった私の携帯を取って、私に差し出す。
相変わらず、蓮央は凄みがある。
私は否応なく桔平に連絡することになった。
蓮央は黙ってこちらを見つめている。おそらく、桔平は同じくバンドメンバーだから、声でバレるかもと思っているのだろう。
コール音は3回ほどで終わり、もしもし、と桔平の落ち着いた声が聞こえる。
私が慌てて、自己紹介をすると、桔平は嬉しそうな声で、ああ、と言った。
『柚葉さん。電話してくれて嬉しいです』
相変わらず、桔平はストレートに自分の感情を伝えてくる。男に免疫のない私はドギマギしてしまう。私は連絡遅くなってごめんなさい、と伝えると、桔平は、いえ、と答えた。
『今度良ければカフェでお茶しませんか?美味しい店を知っているんですよ』
カフェで働く従業員が別の店を紹介するなんて、営業妨害かもしれませんね、と冗談めかす桔平に私は笑う。是非、と答えると、桔平はいくつか日程を提示してくれる。
「来週の日曜日、空いてます」
『では、来週の日曜日に駅の改札口で12時にお会いしましょう』
こうして、私は誕生日の翌日に桔平と会うことになった。
通話を終えると、蓮央が意地悪な表情を浮かべて、モテ期だな、と笑った。
蓮央は話は終わったから、と腰を上げて、部屋を出ようとする。私は慌てて蓮央に続いた。扉を開けて、廊下に出た瞬間、蓮央はやべ、と短く声を上げた。
私が蓮央の肩越しから廊下を覗くと、そこには椿の姿があった。
椿の表情はみるみる強張っていく。
何しているの、と椿は低い声で尋ねる。
蓮央はコイツに呼ばれた、と全責任と説明を私に丸投げした。
私がなんて説明すればいいか迷っていると、椿は仲良くなったんだ、とぽつりと呟いた。
それだけ言って、椿は自分の家に入った。
パタリと扉の閉まる音がやけに響いた。
何だか、突き放されたような気分になるのは何故だろう。
どこからか来る風もやけに冷たく感じる。
蓮央がボソリと何かを呟いたが、呆然としていた私の耳に届くことはなかった。
「やっぱりお互い好き合ってるじゃねぇか。何でこんなに拗れてるんだ?このバカップル」
数日後。
いよいよ、明日は椿と出掛ける日だ。
正直、憂鬱でしかない。あの冷めた目。
何だか、椿に見放された気がして。
原作の柚葉もこんな想いだったのだろうか。
せっかく、今日の部活は椿が好きなラム酒漬けのパウンドケーキを焼く日なのに。
明日、持って行こうと早いうちからラッピング用品を用意していたのに。
「柚ちゃん、またブルー入ってるの?僕の幸せオーラを分けてあげる!」
相変わらずテンションの高い杏一を尻目に私は黙々とパウンドケーキを作る。
片想いなのに、どうしてそんなに幸せになれるんだ。私は…何だろう?
柚葉、と廊下に繋がる窓から声がし、私は振り向く。そこには、一犀の姿があった。私は以前、杏一が言った余計な一言のせいで、思わず動揺して、上ずった声を上げてしまった。
一犀は少し訝しげな表情を浮かべたが、気にせず用件を伝えた。
「今日の放課後空いているか?」
「犀くんからのお誘い珍しい!僕は空いてるよ」
「お前に聞いていない」
ガビーン、と杏一は北欧の絵画のようにショックを受けた表情をする。いつもの軽快なやりとりに少しホッとする。
私が空いているよ、と答えると、一犀はそうか、と呟く。
「部活終わったら、放課後付き合え。ラウンジで待っている」
相変わらず、どこか上から目線な一犀に私は否応なく予定を入れられてしまう。私は断る理由も見つからず、了承の意を込めて頷いた。
一犀は、私の了承を受けると、颯爽とその場を後にした。いつもはお裾分けを強請りに来るのに、今日はないのか。いつもと違う一犀に首を傾げていると、杏一はわざとらしく口笛を吹いた。
「柚ちゃん、モッテモテだね。幼なじみくんに犀くん!犀くんもイケメンだし、根は優しいし、優良物件だよう」
きゃいきゃい、と恋バナ好きの女子のように杏一は、はしゃいだ。
私はそんな杏一を軽くあしらい、妙に浮き足立つ気持ちに蓋をして、作業に集中するのだった。
パウンドケーキを作り終わった私は、少し考えて、椿と一犀の分を作り、ラッピングをした。
杏一はそんな私を終始ニヤニヤして見ていたが、無視した。反抗期かしら、と嘆いていたが知らんぷりだ。
「ほら、柚ちゃん!これからデートなのにそんなしかめっ面しちゃダメでしょう!んもう、お兄さんが魔法をかけて、あ、げ、る!」
いくら無視しても、強靭なハートを持つ杏一には効き目がないらしく、片付け終わった杏一は私を向かいの教室に連れて行った。
教室にいた杏一の女友達から、コテとメイク道具を借りると、私を席に座らせる。
一犀が待っているんだけれど、と言うと、杏一は指を動かしながら、チッチッチ、と言って、鼻歌を歌いながら、私の髪と顔面を触り始めた。
「ちょっと男の子を待たせる方が良い女の子なんだよ?レッツマジック!」
慣れた手つきで、杏一は私にヘアメイクを施す。
何で慣れているんだ、この人。
「杏ちゃん、この子デートなのう?」
先程、コテやメイク道具を借りた杏一の女友達は興味深げに机から私を覗き込み、間延びした声で杏一に尋ねた。私の否定の言葉を遮って、杏一は肯定の言葉を返す。
「そう!青春だよねえ。お兄さん嬉しい!」
ヘアメイクを終えた杏一はミュージカルのワンシーンのように優雅な手つきで私の顔にブラシで粉をつける。普段、メイクなんてあまりしないから、粉っぽくて、鼻がムズムズしてしまう。
20分くらい経った頃だろうか。
杏一は出来た、と声を上げて、私に鏡を渡す。ナチュラルメイクだけれど、普段すっぴんの私は華やかな雰囲気になっていた。
髪も巻いており、原作の時の柚葉そのものだった。そういえば、原作の柚葉は美意識が高かった。今の私は、食欲の方が上回って、美容に充てるお金なんてないのだけれど。
杏一の女友達は、楽しんできてね、と私に香水を振りかけて、送り出した。柚の香り、さっぱりして結構好きな香りだ。
ラウンジにいた一犀を見つけ、私はお待たせ、と言って駆け寄る。私の姿を見るなり、一犀は驚いたようにまじまじと見つめる。
「…化けたな」
一犀が開口一番に告げた台詞。もう少しオブラートに包めないのか。
私はそんな不満をひた隠しにしながら、一犀の後をついて行った。
向かった先は映画館。
一犀は、私が前から観たかった映画のチケットを購入すると、ポップコーンや飲み物を購入し、行くぞ、と上映スクリーンに向かうよう促した。
私がチケット代やポップコーン代を払おうとすると、一犀は無視してスタスタと歩いてしまった。
一犀もこの映画観たかったのかな?これ、ロマンス映画だけれど…
この映画は記憶喪失になった主人公と記憶喪失前に付き合っていた彼氏、そして記憶喪失後に再会した元彼の三角関係のお話だ。
ふと、キスシーンの時に私と一犀のポップコーンへ手を伸ばすタイミングが重なり、手が触れる。一犀は高速で手を引っ込める。
暗がりであまり見えないが、一犀は照れている気がした。
「元彼良い人だったから、そことくっついて欲しかったなあ」
上映後、私は率直な感想を述べる。
一犀は眉を顰める。
「そもそも、元彼がちゃんと想いを伝えていれば、こんなに拗れることはなかったんじゃないか?何で好き合ってるのに、好きって言わないんだ?」
「好きだからこそ、嫌われたくないんじゃないかな?」
私がそう言うと、一犀は私の顔をまじまじと見つめる。
「…何だか体験したようなことを言うんだな」
「いや、一般論だよ。大体、私今まで彼氏居たことないし」
いつもと違う表情と声色に私は思わず冗談めかして返す。一犀はそうか、と言って映画館の出口に向かう。この感じ、特にこの映画に興味があったわけではなさそうだ。もしかして、私が観たいって言っていたから、付き合ってくれたのだろうか。
「一犀、付き合ってくれてありがとう。私が観たいって言ってたの覚えていてくれていたんでしょう?」
「…別に。気が向いたからな」
素っ気ない一犀の態度に思わず苦笑いをしてしまう。しばらく歩いていると、私は私達の住むマンションの方ではなく、駅の方に向かっていたことに気がついた。
どこに行くの、と私が尋ねると、一犀は行けばわかる、と曖昧な返事をした。
ここだ、と辿り着いたのは、桔平が働くカフェだった。
「…お前、ここ行きたがっていただろう」
もう行ってしまったことは言うべきなのか、隠すべきなのか。判断がつかなかった私はとりあえず頷いた。
店に入ると、一犀は予約していたらしく、名前を告げて、奥の個室のような場所に連れていかれた。
「こんな個室あったんだ」
「予約は個室しか出来なかったんだ。好きなもの選んでいいぞ」
「え、私も払うよ。ここ、学生の私達にしては価格設定が高い方でしょう。それにさっきの映画も…」
「いいから、さっさと決めろ」
一犀に促され、私は慌ててメニューを見る。
あ、これは、この前桔平がくれたチラシに載っていたさくらんぼ味のパンケーキだ。
私はとりあえずそれを頼むことにした。
一犀は店員を呼び、さくらんぼ味のパンケーキとコーヒーを2つ頼んだ。
何だか、いつもと様子が違う一犀に私は会話に詰まってしまう。
「明日は何するんだ?」
私は不意に一犀からそんなことを尋ねられ、椿との予定を思い出す。同時に椿の冷めた表情を思い出し、胸がちくりと痛んだ。
「…幼なじみと遊びに行くよ」
すると、一犀は窓の方を見て、そうか、と呟いた。話題が終了し、しばらく沈黙が続く。
すると、店員がコーヒーを持ってくる。
今日はケニアコーヒーだ。さっぱりしていて、アイスコーヒーでも合いそうな爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
ふと、一犀の方を見ると、大量の砂糖とミルクを入れていた。スプーンで混ぜると、ザリザリと音を立てた。溶けきれてないほどの砂糖が入っているのだろう。これでは、砂糖とミルク入りのコーヒーではなく、コーヒーがかかった砂糖だ。
一犀は表情を変えることなく、そのコーヒー入り砂糖を飲み干す。不味くないのだろうか、それ。
「柚葉さん!お誕生日おめでとうございます」
私が一犀のコーヒー(?)を飲む姿を凝視していると、個室の扉が開き、先程の店員とその他に2人の店員が入ってきて、花火が刺さったパンケーキを持ってきた。
私はそのサプライズよりも、右隣にいた桔平の姿にびっくりしてしまった。桔平もこちらを見て驚いているようだった。
机にパンケーキが置かれる。
そこにはチョコレートのペンで、『Happy Birthday Yuzuha 』と書かれていた。
ふと、一犀を見ると、普段見ない優しい表情をしていた。私の誕生日、覚えていてくれたのか。
桔平をはじめ、3人の店員は手拍子をしながら、バースデーソングを歌う。
バースデーソングを歌い終わると、店員は個室を出た。
「誕生日おめでとう、柚葉」
「ありがとう…びっくりした」
いつもと違う一犀の優しい声に私はドギマギする。私は記念にパンケーキの写真を撮る。
「記念に一犀とも写真撮っていい?」
一犀は一瞬嫌そうな表情をしたが、頷いた。誕生日特権で、承諾したのだろう。
片手でプレートを持ち、もう片方で携帯を持つ。上手く入らず、苦戦していると、一犀が貸してみろ、と私の携帯を取った。
一犀は空いたもう片方の手で私の肩を持った。思わず、声を上げそうになってしまう。
男性とこんなに密着する機会がない私は顔が強張ってしまう。
もっと笑え、と言われ、私はぎこちない笑顔を浮かべる。パシャリと撮られた自撮り写真は2人してぎこちない表情をして、何だか笑えてしまった。
写真を撮り終わり、私が一犀の分を取り分けようとすると、一犀はいらない、と言った。
「お前の誕生日ケーキなんだ。お前が食え」
私はそう促され、パンケーキを取り分けるのをやめて、パンケーキを一切れ口に含む。
苺とはまた違う、さっぱりした味わいが口に広がる。これも美味しい。
私はもう一切れナイフで切ると、フォークで刺し、一犀の口元に運ぶ。スイーツビュッフェの時は、一犀が私の口元に運んだけれど、今度は私だ。
「ほら、美味しいから一犀も食べて」
「い、いや…俺は」
「さくらんぼ、嫌い?」
「嫌いじゃないが…」
赤面する一犀に私はハッとする。
これはもしかして、あーんというやつか。
お互いが意識してしまうと、なんとも居た堪れない気分になってしまう。
私が思わずフォークを持つ手を引っ込めようとすると、一犀はその手を掴み、自分の口へ持っていく。
「ん、美味いな。ご馳走さま」
「で、でしょう!ここのパンケーキ美味しいよね!」
私は一犀の顔が見れず、食べ終わるまで、終始パンケーキの載っている皿を見続けた。
食べ終わり、一犀が会計をするのを私は申し訳なさそうに後ろで見守った。
ふと、店内を見渡すと、桔平の姿がなかった。休み時間か上がり時間だったのだろうか。
ありがとうございました、という店員の言葉にハッとする。どうやら、会計が終わったようだ。
店からマンションに着くまで、私達は言葉少なで、ただ歩く音だけが響いた。
ふと、私は鞄に入っていた一犀用のパウンドケーキの存在を思い出す。
私は一犀を呼び止める。
一犀は私の声に振り向く。
私がパウンドケーキを差し出すと、一犀は何も言わず、その場で食べはじめた。
いつものように、二口ほどで食べ終わる。
しかし、一犀は無言のままだ。いつもは美味しいとか言ってくれるのに、もしかして口に合わなかったのだろうか。
「い、一犀?どうしたの?」
私が尋ねると、一犀は私の肩に額を乗せた。
ひゃっ、と思わず変な声を上げてしまう。
「これ、酒入りか…」
いつもより熱のある声が耳元で囁かれ、全身に熱が走る。
もしかして、一犀はお酒に弱いのだろうか。
一犀が私からゆっくり身を離す。髪から覗く一犀の顔は蒸気しており、色っぽい。
「い、一犀…ごめん、お酒弱いの知らなくて…歩ける?」
私は顔を背けて、尋ねると、少し休ませて、と再び、私に体を預けた。
この体勢は、いくらなんでも…!
それから、数分間私は心臓が破裂しそうな時間を過ごしたのだった。
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