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閲覧いただき、ありがとうございます。

放課後。

今日は部活がなかった為、私は暇を持て余していた。


杏一の想い人について、尋ねようと思ったのに、杏一は捕まえることが出来なかった。


ふと、私は財布に入っていたクーポン券を見つけた。


そういえば、この前桔平から貰ったんだった。


私は少し考えてから、そのクーポン券を使うべく、駅の近くにあるカフェに足を運んだ。


チェーン店のその店は、リコッタチーズのパンケーキとコーヒーが美味しくて有名な店だった。前から気になっていたけれど、なかなか入る機会のなかったカフェだ。


学生の身としては、割引とドリンクが無料になるのはありがたい。


私はドキドキしながら、カフェに入った。

何しろ、柚葉の身体で1人でカフェに入ったりする機会がなくて、久しぶりなのだ。

前世はおひとりさまに慣れていたのに。


「いらっしゃいませ…あ、柚葉さん」


店に入ると、ウェイター姿の桔平がふわりと笑って、こちらに向かった。


クーポン券を貰って、早速使うなんてがめつい女だと思われるだろうか。私は少し笑みを浮かべて、来ちゃいました、と言った。


桔平はそんな私に来てくれて嬉しいです、と笑った。なんで、登場人物はみんなイケメンな上に性格が良いのだろう。ああ、乙女ゲームってそういうものか。


こちらにどうぞ、と促され、窓際のソファ席に案内される。1人なのにこんな良い席を使っても良いのだろうか。私が不安そうに桔平の方を向くと、桔平は優しい表情を浮かべて、特別なお客様なので、と言った。


他意はなくても、そんなことを言われるとドキッとしてしまう。桔平ってこんなキャラクターだっただろうか。硬派でこんな歯の浮くようなセリフを言うような人じゃなかった気がする。


私はそんな自分の気持ちを隠して、慌ててメニューから注文する品を選ぼうとする。

しかし、品揃えが豊富でどれにするか迷ってしまう。


「おすすめは苺のパンケーキです。コーヒーでしたらグアテマラコーヒー、紅茶でしたらアールグレイが合いますよ」


「ええと、じゃあ苺のパンケーキもグアテマラコーヒーを…」


かしこまりました、と桔平はキッチンに向かう。相変わらず、所作が綺麗だ。


椿以外の養成学校の攻略対象とは、何故かギクシャクしているので、こういう風に攻略対象と仲良くするのは不思議な感じがする。


しばらく待つと、桔平がトレーにパンケーキとコーヒーを載せて、運んできた。


お待たせしました、と桔平が皿を置くと、ふわりと甘い香りとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


パンケーキを一口食べると、ふわふわの食感と甘酸っぱい苺と丁度いい甘みのクリームが口の中で広がる。


美味しい。

流石は巷で話題になっているだけある。

コーヒーも程よい酸味と苦味でクセがない。


クラシック調のBGMも相まって、高校生がこんな贅沢をしていいのか、と思うほど、優雅なひとときを過ごした。


食べ終わった後、あまりの美味しさに私は伝票の裏にお店宛にメッセージを書いた。

椿がふとした時に一言メッセージを送ってくれるのが嬉しくて、私も始めたのだ。


ふとした瞬間に、相手に感謝の気持ちを伝える。書いた人も送った人もささやかな嬉しさを感じさせることができる素敵なアイデアだ。


このカフェは1人の客に1人の店員が受け持つらしく、会計も桔平が担当していた。


桔平は慣れた所作で会計を済ませる。


…そういえば、伝票の裏にボールペンで書いても、裏を見なければ気づかないか。


私は思わぬ盲点に苦笑いしながら、店を出た。


店の前の信号を待っていると、店の扉についているベルが鳴った。


「あの!」


私が振り向くと、そこには桔平の姿があった。


「喜んでもらえて良かったです。これ、次回の期間限定メニューの告知です。良かったら、またいらしてください」


そう言って、私の手に紙を握らせると、桔平は慌ただしく店に戻った。


私は貰った紙を見る。

余白のスペースに、桔平の走り書きがあった。


『次はさくらんぼがテーマです。またのご来店をお待ちしております。xxx-xxx-xxx 桔平」


これは、もしかして私に春が来たのだろうか?


そう思って、首を振る。

何を浮かれているんだ。


私が恋愛に現を抜かしたら、ろくなことが起こらない。原作の乙女ゲームで、嫌というほど学んだではないか。


京 柚葉は平穏ライフを過ごすために、恋愛をすべきではない、というのが私の見解だ。

乙女ゲームの隠し設定で、柚葉は椿のことが好きだということがあったから、柚葉は椿に執着し、執拗に虐めたのだ。


だから、私は人を好きになると歯止めが効かないタイプなのだろう。


変に異性の厚意を捉えるべきではない。

好意ではなく、厚意なのだから。


前世の年齢+現年齢を足したら、良い歳なのに、こんなことで悶々とするなんて。


蓮央の時は、あっさり電話が出来たのに、変に意識してしまったせいで、失礼だということは分かっていたが、桔平に電話をすることを先延ばしにすることにした。


煮え切らない自分の感情に翻弄されながら、私は帰路に着いた。


風呂に入った後、珍しく椿からメッセージが来た。いつもは直接会いに来てくれるのに。


『柚葉、来週の土曜日空いてる?』


私は浴室から出て、部屋の壁に掛けられたカレンダーを見る。

来週の土曜日は、私の誕生日だ。


今の今まで、もうすぐ自分の誕生日だということを忘れていた。私は今までイベント事に頓着しないタイプだったので、仕方がないのかもしれない。


私は空いてるよ、と返信をした。

すると、椿からすぐ返信が来た。


『じゃあ、どこか行こうよ。行きたいところある?』


久しぶりに椿とのお出かけか。楽しそうだ。

私は少し考えて、返信を打つ。

送信すると、すぐに返事は返ってきて、じゃあ11時に迎えに行くよ、と言って会話は終わった。


椿とのお出かけだ。

何を着て行こう。

私は明日も学校があるというのに、深夜までクローゼットを漁り、コーディネートを考えるのだった。


「柚ちゃん、寝不足?夜更かしはお肌に悪いぞ!」


部活が始まるや否や、杏一がそう言って私に絡んでくる。


「そういう杏一だって、ぼうっとして、ずっと上の空じゃない。まるで恋煩いしている思春期男子みたいだよ」


そう言うと、杏一はドキィと隠す様子もないリアクションを取った。

これは、詳細を聞けるチャンスかもしれない。


私が詳細を聞くと、聞いちゃう聞いちゃう?と嬉しそうに私を煽った。

正直、人の惚気なんて聞きたくなかったが、乙女ゲームの世界との整合性を確認したかった為、不承不承で話を聞き始めた。


結論から言うと、杏一の好きな人はやはりヒロインの桃香だった。


詳細を聞きたいとは言ったが、まさか調理中の2時間をみっちり惚気られると思わず、こっちはクタクタだ。


単発のバイトで、桃香と知り合ったらしい。

容姿が自分のドストライクだっただけでなく、努力家で優しく、真面目な性格の桃香に惹かれたらしい。確かに杏一の気持ちは分かる。私も男子だったら、桃香にときめくだろう。


単発のバイトでの出会いなんて、杏一ルートにはなかった。そもそも、単発のバイトなんてしている設定は無かったし、やはり少し原作とはズレている。


「そういう柚ちゃんはどうなのさ?犀くんとこの前デートしたでしょう?」


私が考えていると、杏一は不意にそんなことを尋ねた。


「デートって…たまたま2人になっただけでしょう?」


杏一も誘ったが、行けなかった。それだけだ。甘いのはケーキだけで、そんな甘い雰囲気はなかった。


すると、杏一は残念そうに、ええ、と不満の声を漏らした。


「立派なデートだよう。それに犀くんは柚ちゃんと出掛けるの、とても楽しみにしていたみたいだよ?」


杏一の言葉に私は思わず、えっ、と声を上げてしまった。

杏一は意地悪そうな表情で揶揄うように腕をつついた。


「柚ちゃんって想像以上に鈍感なんだねえ」


「いやいやいや…変なこと言わないでよね」


一犀が私を異性として見ていることは絶対にないと思う。一犀と私はただの友達だろう。


私は単純だから、そんなことを言われると、意識してしまう。桔平の時といい、私はこんなに気の多い人間なのか。


前世は、恋愛に関して麻痺しているのではないかというくらい感情が湧いてこなかったのに。


これは、もしかして柚葉固有のものなのだろうか。攻略対象に対する執着心。ヒロインに対する敵意。これが柚葉のデフォルトだとしたら。


…私はヒロインの桃香とは極力関わらない方が良いのかもしれない。


あんなに良い子を傷つけるなんて、いくらデフォルトがあるからといって、前世の記憶を持つ私が許さない。


私がそんなことを考えていると、杏一はなんかズレてること考えてそうだなあ、と苦笑いをしていた。


ズレている?

歪んでいるのは乙女ゲームの世界だろうか?それとも、私自身だろうか?


何が正解で不正解か分からない。

蓮央だったら、分かるのだろうか。製作者ならこのバグも直せるのだろうか。


私は転生者ならではの悩みに頭を抱えながら、その日の部活を終えた。


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