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「なるほど、柊吾か…アイツ、拗らせてそうだもんな」
椿の家で練習をする約束をしていたのだろう。マンションの前で、私は蓮央と鉢合わせをしたので、ついでに近況報告をした。
「確か、柊吾は初めての恋心に戸惑って、ヒロインを突き放すんですよね」
「ああ…周りの人間としては、面倒なこと、この上ない」
蓮央は面倒くさそうに溜息を吐いた。
私はそれを苦笑いで返す。
柊吾ルートは、2人の恋愛を応援する役として、蓮央と桔平が頻繁に出てくる。
そういえば、攻略対象の中で、桔平とは会っていない。桔平だけが、唯一の会っていないキャラクターとは、相変わらず、私は乙女ゲームの世界から逃れられないようだ。
養成学校に通ってすらいないのに、このエンカウント率の高さは一体何なのだろうか。
「ちょっと、人のマンションのエントランスで何を長話しているのさ?」
声のした方を振り向くと、ムッとした表情をした椿が私と蓮央の間に入る。
「相変わらず分かりやすい嫉妬だな、椿。いつまでたっても、そんな中学生みたいな恋愛の仕方してると、失恋するぞ」
「なっ…変な言いがかりはやめてよね」
前から思っていたが、椿と蓮央は折り合いが悪い。原作では、あまり描写がなかったが、犬猿の仲と言っていいほど、顔を合わせるたびに口喧嘩をしている気がする。
これも隠し設定なのだろうか?
そんなことを考えながら、椿は半ば強引に蓮央をエレベーターに乗り込ませた。
「…蓮央に変なことされてない?」
蓮央とのやり取りを見られたのが、恥ずかしかったのか、椿は気まずそうに尋ねる。
私は大丈夫、と笑顔で頷く。
蓮央に対しては、そんなに今は怒ってないのだろう。この前の柊吾の怯えっぷりを見ると、椿が本気で怒ったら、きっとこんなレベルでは済まない。
椿は私に関すること、特に私の能力に関することには、かなり敏感だ。沸点も他に比べて低く感じる。
椿のそんな振る舞いを見て、私は思わず自分が特別扱いされていると感じてしまう。
私はそんな自惚れた自分の考えに首を振り、椿に別れを告げて、エントランスを出ようとする。
どこか行くの、と椿が珍しく私の行き先を尋ねた。
「友達とスイーツビュッフェに行くの」
そう告げると、椿は何故かホッとした表情を見せた。
「あんまり、食い意地張らないようにね」
椿の軽口に余計なお世話、とあっかんべをして、エントランスから出た。
最近、こういう軽いやりとりができて、なんだか昔に戻れたようで、嬉しくなる。
私は口元を緩ませたまま、今日の集合場所へと向かうのだった。
「遅いぞ!」
集合時間より15分早く着いたのに、着いた瞬間、一犀に怒られてしまった。
隣人なのに、わざわざ駅で待ち合わせしたのは、一犀は先程までアルバイトをしていたからだ。
今日は、一犀とスイーツビュッフェに行く。
杏一も誘ったが、予定があると言われて、断られてしまった。
甘いものに目がない一犀は、この日のために、いつもよりシフトを多く入って、給料を多めにもらったらしい。
だいぶ待っていたみたいだし、どれだけ楽しみにしてたんだ、この人。
行くぞ、という一犀は心なしかいつもよりウキウキしている気がする。
スイーツビュッフェが行われているレストランに着くと、一犀は一層ソワソワしだした。
これ、全部食べていいんだよな、と確認する一犀はなんだか遊園地に連れてこられた子供のようにキラキラしている。
「さあ、食べ始めるか」
「…いきなり、全種類持ってきたの?」
一犀の目の前にはケーキが山盛りになっている皿が3皿もある。
私の質問に対して、一犀はさも当然かのように頷いた。逆に何を当然のことを、みたいな顔をされてしまった。
流石、元財閥の御曹司。
食べる所作はとても美しかった。
…食べるスピード、物凄く早いけれど。
私の好奇的な視線に気がついたのか、一犀は訝しげな表情をして、何だ、と尋ねた。
「いや、一犀とこうやって出掛けるの初めてだなって」
「そうだな」
食べるのに夢中なのか、一犀は短く答えて、ショートケーキを頬張った。
普段、苦学生の一犀は朝も夜もバイトをしている。一犀のお母さんがそんな一犀を哀れんで、学費は払ってくれているみたいだけど、一犀は出世払いだ、と言っていた気がする。
一犀は自分の能力に対して、どんな風に考えているのだろうか。
「さっきから、神妙な面持ちをして、全然進んでいないじゃないか、ほら」
そう言って、一犀は私の口元にイチゴのタルトを一口差し出す。
私は少し迷って、口に含む。すると、イチゴの甘酸っぱい味と爽やかな香りが口に広がる。
「美味しい」
私がそう言うと、だろ?と得意げに一犀は微笑んだ。
お互い能力で苦しんでいることもあるけれど、能力者だって、こうやって平穏な日常も過ごすことが出来るんだ。
この何気ない平穏がどれほど幸せか。
原作の柚葉はこんな日常を味わえないまま、能力者という殻に閉じこもって、息の詰まる人生を歩んでいたのだろう。
私が幸せに口元を緩めていると、一犀は今度は何だ、と尋ねてくる。
「こうやって、一犀と過ごせて幸せだなぁって」
「…っ!そ、そうか…」
一犀は、私の言葉に顔を真っ赤にさせて、足早におかわりを取りに行った。
私、そんなに変なことを言っただろうか。
というか、まだ食べるんだ。
私はそんな一犀の後ろ姿を見送り、自分の取り分けたケーキを食べ始めるのだった。
「そういえば、昨日、杏一に偶然会ったんだが、何か様子がおかしかったんだ」
ケーキのおかわりを取りに戻ってきた一犀は、不意にそんなことを言い出した。
おかしいとは具体的にどんな状態なのか聞くと、ぼうっとしていることが多く、返事も空返事なことが多いらしい。でも、体調は悪くなさそうに見えるという。
私は直感的に恋煩いではないか、と思った。
…杏一が恋煩いをしたなら、相手はヒロインだろうか。つい、この前はヒロインに会った素振りも見せていなかったのに。
柊吾ルートが確実だろうと思っていたが、どうやら杏一ルートもあり得るらしい。
私はゲームと違って、読めない未来に苦笑いを浮かべるのだった。
一犀と別れ、私が家の最寄りの駅に着くと、見知った人が書類を落として、慌てて掻き集めていた。
それは、まだエンカウントしていなかった唯一の攻略対象、岡山 桔平だった。
風に煽られ、私の足元に一枚のプリントが落ちた。
…拾わないわけにもいかないよな。
「あの、これ…落ちてましたよ」
ついでに、私は他のプリントも拾い、集めたものを桔平に渡した。
ありがとうございます、と桔平は恐縮して、そのプリントを受け取る。
ばら撒いたプリントは、楽譜のコピーだった。
そういえば、桔平は家庭科部だけでなく、バンドにも所属して、キーボードを担当しているのだった。
「助かりました。風に煽られて、改札の向こうにも楽譜が飛んでいってしまったので」
桔平の能力は念動力だが、流石にこんな人前では能力を使わないらしい。
養成学校に通っている生徒の多くは能力を日常でもいとも簡単に使うのだが、桔平はそうでないようだ。
念動力なら、すぐに散らばったプリントなんて容易に集められるだろう。
私は、いえ、と言ってその場を立ち去ろうとすると、桔平が引き留めた。
「これ、良かったらどうぞ。俺のバイト先のクーポン券です」
桔平がバイトをしていることは、原作では描写がなかった。これも隠し設定なのか、それとも私が設定を歪ませたせいなのか。
クーポンを見ると、それは駅の近くにある喫茶店のクーポンだった。養成学校の人がアルバイトをしているのは珍しい。養成学校の人達は良くも悪くもアルバイトやボランティアなどといった社会的活動をしようとしない。
私はありがとうございます、とそのクーポンを受け取る。
「俺、岡山 桔平って言います」
桔平は丁寧にお辞儀をする。
こんな硬派な高校生も世の中いるのか…って思わずオバさんみたいなことを考えてしまう。
「京 柚葉です。こちらこそ、丁寧にどうも」
私が慌てて自己紹介すると、一瞬私の名前にピクリと反応した。
やっぱり、桔平も椿から私の話を聞いているのだろうか。変な奴だと思われてないといいけれど。
そんなことを考えていると、桔平はハッとなって苦笑いをした。
「すまない、同姓同名の人を知っててな。思わず驚いてしまった」
多分、それ私のことです。
そう思ったけれど、何か言う前に、桔平は別れの言葉を告げて、足早に去ってしまった。
乙女ゲームの主要登場人物に全てエンカウントしてしまいました。
ああ、私の平穏ライフはどこにあるのだろうか。
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