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「はあああ…」
「柚ちゃん、溜息が多いねえ。例の幼なじみくん?」
ホイップクリームを泡だてながら、思わず溜息が出てしまう。そんな私を杏一は揶揄うように尋ねる。
具体的なことを言うことが億劫だった私は、そんなとこ、と短く返す。
「溜息ばっかり吐いてると幸せが逃げてくぞ!もっとハッピーにならなきゃ」
この人は年中この調子だ。毎日、こんなテンションで疲れないのかな、とたまに思う。
私は思わず渇いた笑いを浮かべてしまう。
「それで、今度は何があったの?」
フルーツを切って、ブランデーに漬け終わった杏一はこちらに向き直った。
杏一は優しく私に尋ねる。
同い年なはずなのに、こういう時、お兄さんのように見える。
「なるほどねえ、幼なじみくんとの接し方がわからない…思春期の中学生かな?」
「高校生だよ!なんか、椿の考えていることが時々分からなくて…やっぱり、私の存在って椿を困らせるだけなのかな」
乙女ゲームの世界に干渉したくなくて、変に距離を取ってしまった。
原作通りに椿を虐めなかったせいで、妙に仲良くなってしまった。
2つの矛盾が椿と私の関係を複雑なものにしてしまったのだろう。
結局、エゴイストな私は椿にとっては邪魔な存在にしかならないのかもしれない。
そんな私の言葉に杏一はうーん、と唸る。
「嫌だったら、柚ちゃんの隣に引っ越したりしないと思うんだよね。お互い好きあってるようにしか見えないのに、どうして2人はそんなに拗れてるのか不思議で仕方がないよ」
私が押し黙っていると、廊下に繋がる窓から声がした。
「良い匂いがするな。今日は何だ?」
「お、今日も来たね。犀くん」
それは、お菓子の香りにつられて来た一犀だった。常に金欠の一犀は、お菓子を貰ってはそれを晩御飯に充てる。
私のリアクションでこれ以上深入りして欲しくないと察した杏一は一犀への返しにオーバーなリアクションを取った。
「今日はフルーツタルトだよ」
私も重苦しくなりそうな雰囲気を壊すべく、一犀を交えて会話を始める。
一犀は、そうか、と嬉しそうに教室に入り、パイプ椅子に座る。
部長や先生は、何を言っても無駄だと判断したのか、部員以外立ち入り禁止の家庭科室だが、一犀の立ち入りは特例で許されている。
一犀の高圧的な態度に、殆どの部員が恐れて、まともに会話出来るのが私と杏一だけということで、しょっちゅう一犀は私達にだけ集りに来る。
一犀はフルーツタルトが出来上がると、すぐに皿から1つ手掴みで頬張った。
「柚葉の作ったものはいつも美味いな。将来はパティシエールにでもなったらどうだ?」
「ちょっと、僕も一緒に作ったんだけど?」
一犀と杏一のやりとりに思わず笑ってしまう。
「ねえ、柚ちゃん。今日、家行ってもいい?昨日まで実家に居て、煮物とか作ったからお裾分けしてあげる」
「俺も行く」
杏一の提案に私が否応言う前に、一犀が参加の意を述べた。
確か、今日は椿の帰りは遅かったはず。
一犀と杏一と鉢合わせしたら、面倒なことになるのは今日なら避けれるはず。
杏一の実家は有名な高級旅亭だ。
杏一の料理の腕もかなりのものだから、私は断る理由もなく、頷いた。
放課後。
「柚ちゃんの家、到着!おじゃましまーす」
私が自宅の鍵を開けるや否や、杏一は元気に部屋に入る。
一犀と言えば、家にお邪魔するからと、杏一と一犀で折半して買ったケーキの箱に釘付けだ。相変わらずのマイペースさには苦笑いだ。
「今日は幼なじみくんはいないの?」
貰った煮物を皿に盛り、食卓に持っていくと、杏一がそんなことを尋ねた。
いないよ、と言うと杏一はやっぱりか、と残念そうな表情を浮かべた。
「いつもは家に連れてくの嫌がるのに今日はやけに素直に頷くなと思ったんだよ。今日は幼なじみくんは部活か何かかな?」
核心を突かれて、思わず固まってしまう。
そんな私を見て、杏一は苦笑いをする。
ちなみに、一犀は既に煮物を食べ始めている。会話よりも食べることに集中しているらしい。
「別に僕達は幼なじみくんにいじわるするつもりはないんだけどな?」
「そういうことを懸念してるわけじゃないよ」
椿は私と男友達が仲良くしていることを嫌う。理由は分からないけれど、私の男友達と椿が仲良くしているのを見たことがない。
一犀も杏一も癖はあるが、良い人達だし、椿も口は悪いけど、根は良い子だから、3人がギスギスしているところを見るのは嫌だった。
そう返すと、杏一は興味深そうに目を細めた。
「ふうん?てっきり柚ちゃんは幼なじみくんを独り占めしたいのかと思った」
「なっ…」
杏一の言葉に思わず絶句する。
正確に言えば、杏一の言葉に驚いたというより、それを否定できない自分に驚いてしまった。
「独り占めしてどうするんだ?」
「大切なものは誰にも見せたくないものでしょ?犀くんももっとそういう感情の機微を読み取れるようにならないと」
一犀は煮物を食べ終わり、話を聞き始めていたようだ。私、全然手をつけてなかったんだけどな。
「俺はそうは思わないけどな。後ろめたいことでもあるのか?大切なものなら俺なら見せつけてやりたい」
「犀くんはそういうタイプだよねえ」
一犀は何故か私の方を凝視して、真剣な表情でそう告げた。
諭しているのだろうか。私は思わず苦笑いで返してしまう。
「椿は大切な人だけど独占欲とかそういうんじゃなくて…少し気難しいところがあるから」
「ふむ、幼なじみくんの方が独占欲強いのか」
杏一はどうしても私と椿を恋愛関係にしたがる。私は反論するのを諦め、今日作ったフルーツタルトの余りを冷蔵庫から取り出すことにしたのだった。
杏一と一犀を送った帰り道。
駅に見知った顔を見つけて、私は咄嗟に姿を隠した。
椿と蓮央だ。
幸い2人は私の存在に気がついていない。
しかし、ギターとドラムだけとは珍しい組み合わせだ。周りを見渡してみたが、ヒロインや他の攻略対象の存在は見受けられない。
椿は何かスマートフォンで確認すると、その場を離れた。蓮央は改札に入ることなく、その場の電光掲示板の近くで立ち止まっている。
思わず、攻略対象を目で追ってしまっていたのが悪かったのだろう。
蓮央と目が合ってしまった。
少し距離があったけれど、目が合ったとすぐに判断した。
私は反射的にその場を離れようと駆け出した。
暫くして、私は振り向いた。
…追ってきている!
追いかけられると逃げたくなる心理が働くのはどうやら本当のようで、私は進む足の速度を速めた。
しかし、足のリーチの違いか、その追いかけっこは呆気なく終わった。
駅の近くにあるロータリーのところで捕まり、蓮央は私の腕を掴んで離さなかった。
「あ、あの…」
「京 柚葉だよな?」
ドスの効いた声に私は思わず情けない声を出してしまう。
「いいか、俺の質問に答えろ」
まるで恐喝のようだ。私は首を縦に大きく振った。
ヒロインや攻略対象を虐めていないのに、何で尋問のようなものを受けなければならないんだ。
「俺の声が聞こえるか?」
「耳は普通に使えるので…」
「そうじゃなくて…いや、やはり無効化する能力は使えるんだな」
ぶつぶつと何かを呟いた蓮央は壁に手をつき通せんぼをした。所謂、壁ドンというやつだ。実際やるとこんなに恐ろしいものなのか。
『本当のお前は一体何者なんだ?』
蓮央の声が頭に響く。
蓮央の口は閉じたままなのに、蓮央の声が聞こえるということは、蓮央は今テレパシーを使っているのだ。
本当の私?
もしかして、蓮央は転生者の私のことを尋ねているのだろうか。
『お前は京 柚葉の姿をした他人じゃないのか?』
蓮央の鋭い眼光が私を射抜く。
何て答えようかとしどろもどろになっていると、遠くから椿の声が聞こえた気がした。
その声と同時に蓮央に脇腹あたりを触られ、変な声を上げてしまう。
「ちょっと蓮央!そこで何をやっているのさ!」
どうやら、それは幻聴ではなく、本当に椿の声だったようだ。
無理矢理、私と蓮央の間に入り、私を庇うように立った。
蓮央は今にも舌打ちをしそうな表情をして、別に、と返した。
「2人は知り合いなの?」
椿に尋ねられ、私は首を横に振る。
一方的に知っているが、今世の柚葉と蓮央は初対面だ。
私の返答を受け、椿は蓮央との距離を詰めた。
「前から思っていたけれど、柚葉に何の用があるの?いくら、バンドメンバーだからって柚葉に酷いことしたら…ただじゃおかないよ」
最後の言葉は今まで聞いたことのないような低い声だった。原作のゲームで椿が怒っている時でも聞いたことのない声。
怒りの矛先が私でなくても、思わずぞくっと背筋に冷たいものが走る。
しかし、当の本人の蓮央は至って普通だ。
「酷いことなんてしようと思ってねえよ。ただ、コイツと話したいことがあるだけだ」
「会ったこともない人に話があるの?」
蓮央の言葉に食い気味に突っかかる椿。
面倒だと思っているのか、蓮央の端正な顔が歪む。
「…コイツの性質について興味があったんだ」
能力、とは言わずに敢えて性質というのには、何か理由があるのだろうか。
「柚葉を利用するような真似はさせないよ。心を読ませない時点で後ろめたいことがあるんでしょう?」
その言葉に思わずドキッとしてしまう。
もしかして、椿は私が吐いた進学先の嘘も本当は最初から気づいていたのかもしれない。
「僕の目が黒いうちは柚葉に変な真似をしたら許さないから」
梃子でも動こうとしない椿の態度に痺れを切らしたのだろう。
蓮央は分かったよ、と椿と私を一瞥して駅の方へ戻っていった。
「…大丈夫?全くすぐ目を話すと柚葉は変なことに巻き込まれるんだから」
そんなつもりはないのだが。
蓮央の件に関しては、私も驚きだ。
転生者とはいえ、このハプニングは想像出来なかった。
「怪我は?何か嫌なこと言われたり、されたりしてない?」
「ううん、大丈夫だよ。何もされてないから…ありがとう、椿」
そういうと、椿はホッと安堵したような表情を見せた。
しかし、私のせいで2人の仲が悪くなってしまったら、どうしよう。ライバルキャラはやはり悪影響しか及ぼせないのか。
「…別に蓮央と仲違いすることはしないから、柚葉が気を遣う必要はないよ」
急な出来事で、心の声が隠しきれなかったのだろう。漏れた本音に対して椿は答えた。
少し心配そうな表情。
もしかして、心を読んだことで私が嫌な気分になってないか不安になっているのだろうか。
「そっか、それなら良かった。いつも私の気持ちを尊重してくれて、ありがとう」
私は手を握り、精一杯の笑顔で答えた。
すると、椿はパッと手を離し、あっそ、と素っ気ない返事をして、私達のマンションの方面に向かった。
不意に吹いた風で椿の髪が揺れ、そこから赤くなった耳の存在に気がつき、私は思わず小さく笑ってしまうのだった。
帰宅後。
ふと、上着のポケットに何かが入っているような違和感を覚えた。手を入れると、そこには覚えのないレシート。
『×××-×××-×××』
そこには、裏面に携帯電話の番号が書かれていた。書き手はおそらく蓮央だろう。
椿に知られたら、関わるなと言ってくるだろうが、私はどうしても蓮央の口ぶりが気になってしまった。
…折角、守ってくれたのに、ごめんね。
そんなことを思いながら、私は自分のスマートフォンを手に取り、ダイヤルを入力するのだった。
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