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入学して1ヶ月も経たないうちに、椿は友人達を自宅に連れ込み、養成学校で入部した軽音楽部のバンドの練習をしているらしい。
たまに漏れる音で、やはり原作通りに進んでいるところもちゃんとあるんだな、とこの世界が乙女ゲームの世界であることを改めて実感させられた。
バンドメンバーは全員ゲームの登場人物なので、いつメンバーに会うか気が気じゃない。
そういう時は、いつも豆苗とお話をしている。早くこのひもじい私の胃を満たしてくれ、と現実逃避をするのだ。
とりあえず、ゲームが本格的に始まる前にこの原作のおさらいをしなければならない。
私は昔纏めたノートを開き、復習を始めた。
乙女ゲーム「Flowers」
ヒロイン、攻略対象、ライバルキャラ、全てマイノリティ(能力者)の世界。
ヒロインの名前は「石川 桃香」
おっとりしていて、可愛らしい女性。
椿達と同じクラス。椿のバンドでボーカルを担当している。
超能力は残留思念感応。物に触れることで、持ち主のかつての記憶を読み取るのだ。
ヒロインはこの能力を活かして、攻略対象の傷を癒していく。
ゲームの攻略対象その1「宮崎 椿」
可愛らしい見た目と素っ気ない態度のギャップから歳上の女性に人気がある。ヒロインと同じバンドでギターを担当している。
超能力は読心。半径100m以内の人物の思考を読み取ることが出来る。昔は中性的な顔立ちから虐められており、ライバルキャラを超能力者だと見抜いてしまったことから、事態は悪化。ヒロインと出会うまで、肩身の狭い思いをしていた。
ゲームの攻略対象その2「長野 柊吾」
椿同様、ヒロインのクラスメイトであり、バンドのベースを担当している。
女ったらしで軟派な性格だが、根底はかなり用心深い。超能力は透視で、昔、この能力で両親が自分を捨てたのを知ってしまった。
愛情に飢え、本当の愛を知らない為、裏表のなく慈愛に満ちたヒロインに出会い、惹かれていく。
ゲームの攻略対象その3 「徳島 一犀」
椿の隣人で苦学生。学費が高く、養成学校に通えない為、公立高校に通っている。
元徳島財閥の御曹司。プライドが高く、高圧的。甘い物に目がない。
超能力は未来予知。幼い頃に財閥が潰れてしまうことを予知し、それを父に伝えたら絶縁されてしまった。人を信じることを恐れ、警戒心の強い一犀の心を少しずつ解していく。
ゲームの攻略対象その4「千葉 杏一」
明るくて、陽気なキャラクターで他校生。
実家は料理亭で将来は家業を継ぐ予定。
超能力は瞬間移動。自分が浮かべた場所に自分もしくは他者を移動させることができる。超能力者の息子を持つ家として、好奇な目で見られるのを嫌い、外部の学校に通っている。子供の頃のように自分の夢を語り合えるヒロインに惹かれていく。
ゲームの攻略対象その5「岡山 桔平」
真面目で少し古風な考えを持つヒロイン達のクラスメイト。ヒロインのバンド仲間でキーボードを担当している。掛け持ちで家庭科部にも所属している。超能力は念動力。視界に入る全ての人や物を重力関係なく操れる。視野を広げてくれるヒロインに惹かれていく。
ゲームの攻略対象その6「北海 蓮央」
粗暴な見た目に反して、意外と几帳面でみんなのまとめ役。ヒロインのバンド仲間でドラムを担当している。ヒロインとは別クラス。超能力はテレパシー。半径100m以内であれば、自由自在にコミュニケーションが取れる。具体的なイメージを共有したい場合は、伝えたい相手と額をくっつけることで、共有することが出来る。ヒロインの健気な姿に惹かれていく。
ライバルキャラ「京 柚葉」
能力者だという現実を認めたくなく、高飛車な態度を取り、自分を誇張して見せようとする。椿の幼なじみだが、仲は最悪。超能力は他者の超能力の無効化。ヒロインや攻略対象の恋路の邪魔だけでなく、執拗な嫌がらせを送る。多くのエンドで、養成学校を去ったライバルキャラは本人が最も嫌だと思っていた対能力者の軍隊に所属し、兵器として扱われることになる。
乙女ゲームの期間はヒロインが入学してから、1年間。その後のエピソードは、ファンディスクで発売される。
私は簡潔に纏めたノートを読み終えると、机に突っ伏した。
椿に絆されていた私は乙女ゲームの舞台から逃げることが出来なかった。
その所為で、千葉 杏一と同校になり、部活も同じになってしまった。
それだけではない。私は徳島 一犀のクラスメイト及び隣人にもなってしまった。甘い匂いにつられたのか、お菓子を作ると必ず私の家を訪問するようになっている。
虐めないから兵器にだけはなりたくない…!
私がそんなことを思っていると、チャイムが鳴った。
「一犀さん?今日はお菓子作ってないですよ…」
「一犀って誰?」
一犀がお菓子をたかりに来たのかと思い、開けるとそこには椿の姿があった。
「何だ、椿か。どうしたの?」
「何だって…それより質問に答えてよ」
椿の姿にホッとしていると、椿はむくれてそう返した。
ええと、確か質問は『一犀って誰?』だっけ。
私がお隣さんの人だと答えると、椿は納得してないような不服そうな表情で、ふうんと答えた。
私の家の右隣が椿で左隣が一犀だ。
隣の隣の人は椿も流石に分からないのだろう。原作でも一犀と椿の絡みはそんなになかったはずだ。
それより椿の要件は何だろう。私は疑問に思い、椿に質問をした。
すると、椿はバツの悪そうな表情をする。
「珍しく柚葉の心の声が聞こえたから…その、心配になって」
私は一瞬で顔から血の気が引いた。
思わず、私は椿の手を取り、能力を使う。
まさか、ノートのことがバレたのだろうか。
椿の能力は相手の深層心理まで読み解くことができる。私が意図せずとも、先程までいたノートの内容も私が心の中で思い浮かべていたら、読み解けてしまうのではないだろうか。
会っているはずのない椿の友人のことを知っていたら、椿も驚くだろう。
今更、手を握っても意味がないかもしれない。
そう思って、私が恐る恐る手を離そうとすると、椿は手に力を込めて、それを拒んだ。
「…何かあったの」
え、と私は短い声をあげた。
神妙な面持ちをしているから、てっきりこの原作ノートがバレたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「さっき、柚葉の悲痛な声が聞こえた。『虐めないから兵器にだけはなりたくない…!』って、どういうこと?」
椿はそこだけハッキリ聞こえたらしく、心配になって、訪問しにきてくれたらしい。
相変わらず、ぶっきらぼうに見えて優しい。
「私の能力って能力の無効化じゃない?だから、将来私は能力を持つ犯罪者を捕まえる兵器にしかなれないかなって思って…」
私はそう返した。
実際、原作の柚葉の未来はそれしかない。
ありふれた日常は京 柚葉には存在しないのだ。
私の言葉に椿は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「…そんなこと、ない。柚葉にはもっと色んな未来があるよ。そんな風には僕がさせない」
何かを決心したような、まるで自分に言い聞かせるように呟くその言葉。
もしかして、まだ椿は責任を感じているのだろうか。
「どうなるかは私次第って言ったじゃない。ちょっとブルーになっちゃっただけなの。心配してくれてありがとう」
私が明るく振る舞うと、椿は何故か傷ついたような表情をした。
私の言葉に椿はそう、とだけ言って、自分の家に戻った。
今の私の返答は何がいけなかったのだろうか。
心が読めない私には椿の気持ちがわからなかった。
だからだろうか。パタリと閉ざされた扉の音がやけに響いた気がした。
〜椿 side〜
「お、帰ってきた」
「おかえり。愛しの幼なじみちゃんはどうだった?」
部屋に戻るや否や、僕のバンドメンバーはそう言って揶揄ってきた。
僕はメンバーの質問を無視しながら、冷蔵庫に入っていた麦茶を取る。
よく、バンドメンバー達は僕と柚葉の関係を邪推する。別に僕達は幼なじみなだけで、それ以上の関係でもないのに。
たとえ、僕がそれ以上の関係になることを願っても、柚葉はそれを望んでいない。
僕は諦めが悪いから、柚葉が距離を置くことを拒んでしまったけれど、これ以上の関係は望んでいない。否、望んではいけない。
だから、そんな風に面白がられても不快なだけだ。バンドメンバーに悪気はないから、責めることは出来ないけれど…
僕達の関係をそっとしておいてくれるのは、桃香だけだ。
今も桃香は少し困ったような表情をして、他のメンバーを宥めている。
他のメンバーは柚葉を紹介して欲しいと言うけれど、絶対に紹介しない。柚葉に変な虫がついては困る。
特に蓮央はしょっちゅう柚葉に会いたいと言ってくる。
いくら仲の良く信頼しているメンバーとはいえ、柚葉とメンバーを関わらせたくない。
僕の能力を忌み嫌わなかった心優しいメンバーだとしても、柚葉を取られたくない。
柚葉を守りたいという純粋な気持ちはいつしか歪な独占欲に変わってしまっていた。
さっきも僕の訪問を別の男と勘違いされただけで嫉妬に狂いそうになった。
でも、僕には嫉妬する資格もない。
僕は好きな人に想いを告げる勇気すら持ち合わせていないのだ。
その勇気がなかったせいか、僕と柚葉の関係はどんどん離れていっている。
僕が何気なく柚葉に志望校を聞いた時、柚葉は僕に心を読ませないようにした。
柚葉はバレていないと思っていたみたいだけれど、僕にはわかった。
そもそも、心を読ませないように遮断すること自体、疾しいことや隠したいことがあるってことだよね。
蓋を開けてみたら、案の定、柚葉の進学先は僕と違う普通の高校だった。
あの出会いから僕は柚葉にどんどん惹かれていったけれど、柚葉はそうじゃなかったって分かって落ち込んだことを今でも覚えている。
それでも、この縁を切りたくなくて、僕は一人暮らしの家を柚葉の隣にしてしまった。
重いかな、迷惑かな、と思ったけれど、柚葉は案外嬉しそうな表情をしていた気がする。
この数年間で、僕は人の心を読まないようにすることを覚えた。強い想いや念はどうしてもまだ聞こえてしまうけれど、極力、柚葉をはじめ、周りの人のプライベートを守るために聞かないようにしていた。
『虐めないから兵器にだけはなりたくない…!』
先程、不意に聞こえた悲痛な柚葉の心の叫びに、考えるよりも行動していた。
気がつけば、僕は柚葉の家のチャイムを鳴らしていた。
他者の能力の無効化を能力とする柚葉は犯罪を摘発するのに有効な能力とされている。
柚葉にそんな未来の道を作ってしまったのは、能力を見抜いた僕のせい。
でも、柚葉はそんな僕を責めずにずっと側にいてくれていた。
本当は自分の能力や未来に怯えていたのに。
なんて慰めればいい?
僕の能力なんて、人の心を読むだけで、守ることなんて出来るのか?
そんなことを考えながら、僕は柚葉の様子を伺った。
でも、柚葉は僕の力を必要としなかった。
いつものように、大丈夫、と泣きそうな笑顔で返事をするのだ。
僕はそれが歯がゆくて仕方がなかった。
僕は無力だ。
大切な人、1人も守れないー。
「椿くん。大丈夫?」
行き場のないフラストレーションを持て余していると、桃香が心配そうにこちらを伺った。
桃香も柚葉と同じく裏表のない人だ。
柚葉に出会ってなければ、桃香に惹かれていたかもしれない。そんなことを思ってしまうほど、桃香は慈愛に満ちた優しい人だった。
「柚葉さんとすれ違っちゃったんだね」
桃香は残留思念感応の能力を持っているけれど、普段はその能力を使わない。でも、能力を使わなくても、桃香は鋭い感性を持っている。
桃香は何も言わなくても、僕の気持ちを汲んでくれる。
僕の沈黙を肯定と受け止めたのだろう。桃香はフォローをしてくれた。
ふと、桃香はこの前柚葉がお裾分けしてくれた料理が入っていたタッパーを手にした。
そういえば、さっき返しそびれてしまった。
桃香は少し目を閉じた後、優しく笑った。
「…うん。やっぱり、柚葉さんはちゃんと椿くんのことを大切に想っているよ。今はすれ違っていても、話し合えばきっと分かり合えるよ」
そうだろうか。
そんなことを思いながら、僕は桃香にありがとう、と答えた。
桃香は少し寂しそうに笑うのだった。
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