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翌朝。
結局、昨日は何事もなく無事に終わることが出来た。
私達はマンションの近くにある喫茶店でモーニングをするために、マンションのエントランスで待ち合わせをした。
「おはよう」
「…おはよう」
私が朝の挨拶をすると、椿が心なしかいつもよりテンションが低い気がして、私は思わず首を傾げた。
喫茶店に着くと、ふわっとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。店員に案内されて、私達はメニューを見る。
「何にしましょうか」
そうですね…と私はメニュー越しに椿のことをちらりと覗き見た。
やっぱり、いつもと様子が違う。機嫌が悪いというか、なんというか…椿の身に纏う雰囲気が重く、暗い。
「おい、ぼうっとして、どうした?大丈夫か?」
一犀に小突かれ、私はハッとなった。
慌てて、私は一犀と同じものを頼んだ。
「コーヒー3つ、紅茶2つ、チーズトースト2つ、ピザトースト3つですね。かしこまりました」
店員は注文を聞き終わると、キッチンに戻っていった。
「ねぇ、せっかくなら自己紹介しない?僕達まだお互いのことあんまり知らないし」
しばしの沈黙に耐えかねた杏一がそんなことを提案した。そういえば、私は全員のことを知っているが、杏一と一犀、椿と桔平はそれぞれお互いのことを知らないのだった。
桔平も雰囲気の重さに薄々感づいていたのか、賛同し、自己紹介を進んで始めた。
「岡山 桔平です。養成学校の一年生です…えっと、こっちは宮崎 椿で、俺と同じく一年生です」
椿の反応が悪かった為、桔平は慌てて椿の自己紹介も付け加えた。
「僕は千葉 杏一。隣駅の公立高校に通う一年生だよ!柚ちゃんとは部活が一緒。それで、この子は、徳島 一犀。気難しそうに見えるけれど、良い子だよ」
「…よろしく」
杏一は一犀の背中をバンバンと叩きながら、カラカラと笑って、自己紹介をした。
「桔平くんと椿くんは何で養成学校に入ろうとしたの?能力を使う将来を見据えてるのかな?」
「うーん、俺はもう少し能力を使いこなせるようになりたかっただけで、将来の職種は絞っているつもりはないよ」
「そっかぁ…椿くんは?」
「…」
「つ、椿?どうしたの?」
「え?…ごめん、聞き逃しちゃった」
杏一が椿に話を振るが、椿はぼうっとしていて、何も話を聞いていないようだ。私の呼びかけにハッとして、椿はなに?と聞き返した。杏一がかいつまんで説明すると、椿はお冷やを一杯飲んでから、答えた。
「どんな道に進むにしろ、その人の努力次第でしょ」
「確かにそうだね!うーん、流石養成学校行く人は考えがしっかりしているねえ!」
つっけんどんな椿の返しに対しても、杏一は明るく返した。相手が杏一で本当に助かった。
朝食後。
私と椿はマンションに戻ることとなり、エレベーターの中で、私は椿に問いかけた。
「椿、今日はどうしたの?なんか変だよ」
そう尋ねても、椿は無言のままだ。
もしかして、これは私に怒っているのだろうか。
「何かあった?それとも私が何かした?」
「いや…何もしてないよ。桔平達にも怒っていない」
じゃあ、と私が声を上げると、椿はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「昨日のベランダで桔平と話してたでしょう?」
え、と私は驚いた。まさか、これは、昨日の私の話を聞いていたのでは。
「…聞いてたの?」
恐る恐る尋ねると、椿はうん、と短く返事をした。
「桔平と付き合えば、幸せになれるんじゃない。桔平は僕と違って、紳士的だし」
じゃあ、と言って、椿はパタリと扉を閉めた。
ふら、れた?
まだ、ちゃんと告白すら、していなかったのに。
私がその場に立ち尽くしていると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。呼び出し先は一犀だった。
『柚葉、悪いがお前の家にパスケースを忘れたから、今から取りに行っていいか?」
「…うん、大丈夫だよ」
すると、一犀は少し沈黙した後、真剣な声で私に尋ねる。
「お前、泣いているのか?」
えっ、と私は自分の頬に触れた。
冷たく、濡れた感触。本当だ、私は泣いている。
「すぐ行くから待っていろ。インターホン押したら、出てくれ」
私が何か返事をする前に、通話が切れてしまった。廊下でずっと立ち尽くしているわけにはいかない。それに、泣いているなんて、誰かに見られたら痛い女認定されてしまう。
そう思った私は慌てて部屋に入った。
インターホンはすぐ鳴り、私が出ると、そこには、息を切らした一犀が立っていた。走ってきたのだろうか。
「一犀のパスケースって、これでしょ?机の上に置いて…」
「どうした?」
私がパスケースの話をして、紛らわせようとするのを、一犀は食い気味に止めた。
私だって泣きたくて泣いたわけじゃない。自然に目から零れ落ちてきてしまったのだ。
「椿と何かあったのか?」
別に、とか、なんでもない、と私が言っても、一犀は追及をやめない。
「柚葉、俺はお前が困っているなら力になりたいんだ。お前が悲しいなら、俺がなんとかしてやる」
なんとかしてやるって、どうやってなんとかなるのだ。
「椿にね、桔平さんと付き合えば、幸せになれるんじゃない?って言われたんだ。それ聞いたら、なんか悲しくなっちゃってさ…」
こうやって、改めて事実を口で紡ぐと、現実を突きつけられたような気がして、胸が苦しくなる。
ああ、やっぱり、私は椿のことが好きなんだ。顔に似合わない不器用でツンケンしている性格、でも本当は優しい椿が好き。
自分の気持ちを認めたら、一瞬、引っ込んだ涙がまた溢れてしまった。
「やっぱり、お前は椿が好きなんだな」
一犀は何かをぽつりと呟いた後、私を強く抱き締めた。
「俺なら、お前のことを幸せにしてやれるのに…」
私のささくれ立った心には、一犀の言葉が心に沁みた。
「椿への想いを忘れる為の仮初めの恋人でもいい、俺と付き合わないか?」
私は驚きで目を見開いて、一犀の顔をまじまじと見た。以前、杏一から言われて、薄々そんな気はしていたが、まさか本当にそうだったとは。
「ありがとう。でも、大切な友人をそんな風に利用したくはないの。これは、私自身の問題だから…」
私が身を離すと、一犀の顔が苦痛そうに歪んだ。じゃあ、と一犀が人差し指をあげて、提案した。
「明日、俺に付き合え。遊園地に連れて行ってやる。アルバイト先で割引券を貰ったんだ」
遊園地、という言葉にドキっとする。この周辺の遊園地は、椿と一緒に行ったあの遊園地しかない。チケットを見ると、やはりそこだった。
でも、一犀の気持ちは無碍にできない、と私はありがとう、と明日の約束をしたのだった。
翌日。
「お前、何乗りたいんだ?」
そんな一言でも椿が同じ質問を私にしたことを思い出してしまう。私はそんな記憶を消すように、ジェットコースターを選択した。
椿と行っていない場所なんて、ほとんどない。2回も行ったら、ある程度は制覇してしまう。椿との思い出が薄い場所を私はとにかく選択した。しかし、その努力も虚しく、どうしても椿のことを思い出してしまい、心ここに在らずの状態で私は一犀と遊園地にいる。
ふと、移動の時に、私達は庭園を通った。
結局、椿は何を言ったのだろうか。私は未だに思い出せずにいた。
私が思わず立ち止まり、庭園の出入り口をぼうっと見ていると、1人の少女が目に留まった。
ライブハウスにいた少女だ。
おい、と私が立ち止まったことに気がついた一犀が私を呼びかけた。私は耳打ちで一犀に少女のことを告げた。少女は庭園の中に入り、姿が見えなくなった。慌てた私達は、とっさに少女を追うことにした。
庭園に入ると同時に、悲鳴が聞こえた。
声の方に向かうと、そこには大木が人や物をなぎ倒しながら、私達の方へ向かっていた。
私達は逃げようとする人達に流されて、どんどん出入り口から離れていく。気がつけば、大木と鉢合う寸前になっていた。
一犀が私を庇うように抱きしめ、私も覚悟を決めて、目を瞑った。
その瞬間だった。
「柚ちゃん!犀くん!こっち!」
聞き覚えのある声にハッとすると、私達はぐいっと手を引かれた。
少し離れたところに杏一がワープゲートを作って、こちらに誘導しようとしたのだ。
ワープゲートをくぐると、そこは学校だった。
「ふぅー、一安心だねっ!」
「…なんで、お前がいるんだ」
「ギクゥ!べ、別に犀くんから柚ちゃんと遊園地に行くって知って、付いてきたわけじゃないんだからね!」
どうやら、杏一は面白半分で付いてきたらしい。一犀が睨むと杏一は口笛を吹いて誤魔化した。
「それにしても、さっきの何だったの?」
杏一が話題を変えた。
私は少女の話をすることにした。
今回は見たのだ、彼女が大木に触れた瞬間に大木が暴れ出したのが。
私の話を聞いた2人は、それは本当なの?と真剣な表情で尋ねた。私が頷くと、一犀は一呼吸おいて、私達に宣言した。
「…決まりだな。あいつがライブハウスの騒動と今回の遊園地の騒動の犯人だ」
一犀の言葉に頷く。
やっと、犯人の目星がついた、と思って、私達は油断をしていたのかもしれない。
翌日、椿達が通う養成学校が襲われ、養成学校が休校になるまでに至るなんて、この時の私は思いもしなかったのだ。
原作の乙女ゲームにないハプニング続きに、そのニュース速報をSNSアプリのニュース欄で見た私はしばらく呆気に取られることとなったのだった。
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