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そして、いよいよ今日は椿達のライブ当日だ。
「柚ちゃんは行かないの?」
昨日の部活帰りに杏一から尋ねられた言葉。
私は、うん、と答えた。
そして、私は今、一犀と一緒に家でDVDを見ている。今日の一犀はやけに神経質で、否が応でも私を1人にさせたくないらしい。
心なしか密着度も高い。
そんなにしなくても、私は逃げないのに。
「一犀は何を見たの?」
「…」
「この映画、面白いね」
「…そうだな」
ずっとこの調子だ。
どこか上の空で、未来予知については何も教えてくれない。
物理的にライブハウスから距離を置いていれば、何事も起こらずに済むのだろうか?
「一犀…何か隠してない?」
「隠してるというと?」
一犀は私の顔を見ずに、テレビのスクリーンをずっと眺めている。
「…未来予知の内容。具体的に教えてよ」
「断る」
このきっぱりとした言い方。もしかして、一犀の過去のエピソードが関わっているのだろうか?
「私は一犀のこと、能力で嫌いになったりしないよ?」
「…っ!」
一犀は面食らった表情をする。
一犀はかつて、この能力のせいで、父親から絶縁をされてしまったのだ。そのせいで、苦学生として、日々大変な生活を送っている。
一犀はぽつりぽつりと話し始めた。
「…照明や椅子が動き始めて、観客やバンドマンを襲い始めたんだ」
「それじゃあ…!」
念動力に似たようなものだろうか?まさか…いや、そんなはずは。
私だけじゃなくて、椿達も危ないってこと?
私は慌てて立ち上がる。
「行こう!今日は幼なじみ達のライブがあるの。杏一も行っているはずだわ」
「俺達が行っても二次災害に巻き込まれるだけだろう!俺は未来予知、お前は能力の無効化。その事故に干渉しても、改善できることがない!」
一犀が私の手を掴み、それを阻止する。
それはそうかもしれないけれど、事故が起こるかもしれない可能性が高いのに、見過ごすわけにはいかない。
「お前がそんな危ない目に遭うなんて嫌なんだよ!」
痺れを切らした一犀が私を抱きしめた。
一犀はきっと私を心配してくれているから、そういうことを言ってくれるんだ。でも、私は椿達を救いたい。
私はゆっくりと一犀から身を離した。
「一犀…ありがとう。そして、ごめんなさい。私、やっぱり行かなきゃ」
そういうと、一犀は苦虫を噛み潰したような苦い顔をして、俺も行く、と言った。
「お前だけじゃ、何しでかすか分からないからな」
「…ありがとう、一犀」
こうして、私は一犀と共に、ライブハウスに向かうのだった。
「あれぇ?柚ちゃんと犀くんも来たんだ!ひとりぼっちだったから寂しかったよお」
ライブハウス会場に着くと、こちらに気づいた杏一が向かってきた。
どうやら、10分間の休憩時間にかち合ったらしい。
「何か起きてない?」
「何かって…何もないけど。そんなに深刻そうな顔して、もしかして、何かあったの?」
私達の真剣な表情に杏一も思わず不安そうな表情になり、尋ねた。私達はヒソヒソと一犀の未来視について、杏一に伝えた。
杏一はなるほど、と言って、私達と行動することを決めた。
「桃香さん達は?」
「桃香ちゃん達はまだ裏にいるよ。あと5分ぐらいで後半が始まるはずだと思う!」
私は言うか躊躇った。音楽は神経や集中力を使うと言うし、変なことを言って、ライブを失敗させたら…
『椿から伝言だ。来ないって言ってたのに、来てくれたんだ。何かあったの?だとよ。俺は伝書鳩でもなんでもねぇんだけどな…』
そんなことを考えていたら、私の脳内に蓮央の声が響いた。どうやら、私の心の声を椿が聞き取り、蓮央にテレパシーを使わせたらしい。
『聞こえる?』
私は蓮央にはテレパシーで、椿には読心で私の意志が聞こえるように、意識を集中させた。蓮央から、ああ、聞こえるぞ、と聞こえ、私は事情を説明した。
『なるほどな…それは、気をつけた方がいいかもしれない。楽器の設置も変えて、客の配置も変えることにする。お前らも気をつけろ』
『分かった…ねぇ、桔平さんはそこにいる?』
『いるが…何だ?』
『考え過ぎかもしれないけれど、一犀が予知したビジョンからすると、物を操れる能力を持つ人が関与しているかもしれないの。だから…』
私はそこまで言って、踏み止まった。
桔平が一枚噛んでいるとは思いたくもない。
蓮央は私の考えを察したのか、分かったと言って、テレパシーを断ち切った。
一犀はどうだ?と尋ねてくる。
私は、椿達に伝わったことを伝えると、杏一は安心したように胸を撫で下ろしていた。
気をつけていれば、きっと大丈夫。
その祈りは叶わなかった。
事件はすぐに起こった。
後半で一曲終えた後、ガシャンと大きな音がした。見ると、照明のワイヤーが切れ、大きなライトが桃香目掛けて、落ちてきたのだ。
すぐに、柊吾が駆け寄り、桃香を抱き締め、桃香は無事だった。
ざわめく会場。やばい、これは…
次の瞬間、壁に掛けてあったパイプ椅子が動き出す。まるで、意志があるように動いている。パイプ椅子は観客席に飛んで行った。
スタッフは慌てて、避難誘導を始める。
「やっぱり…現実になってしまうのか」
絶望したように呟く一犀。
私達も急いでその場から離れた。
ちらり、と私は舞台の方を見る。
そこには、ヒロインを心配する攻略対象達の姿があった。大丈夫、ちゃんと桔平もいる。
私は会場から出る前に、1人の少女が舞台裏からその様子を覗いているのを見つけた。
あの子はスタッフ…ではないよな。あの子は一体、何をしているのだろうか。
「柚ちゃん早く!」
私は少女の存在が気になりながらも、杏一に促され、その場を後にしたのだった。
「柚葉!大丈夫!?」
ライブハウスから少し離れた公園で、ライブハウスの様子を伺っていると、椿がこちらに向かって来た。
杏一は、おお、これが噂の幼なじみくんか、なんて言っているし、一犀に至っては、睨みをきかせている。
「怪我は、してない?」
椿は、私の頬に触れ、じっとこちらを覗いた。私が首を振ると、ほっとしたような表情をした。
ふと、椿の肩越しに桔平と目が合った。どうやら、桔平は椿を追って、私達の方に来たようだ。
桔平はどこか寂しそうな表情をして、笑った。
…なんだろう。どうして、そんな表情をしているのだろう。
「…柚葉さん、無事で良かったです」
「桔平さんも椿も無事で良かった…」
私がそう言うと、椿は困ったような表情をした。
「でも、よく分かったね。友達から警告されたって言ってたけど、占いかなんか?それとも…」
「俺の能力だ」
私がどう説明するか迷うよりも先に、一犀がそう言って、私と椿の間に入った。
そんな一犀に椿は目を細めて、そうなんだ、と言った。
「…貴方のおかげで、助かりました。ありがとうございます」
「別にお前のためじゃないから、気にしないでくれ」
明らかに険悪なムードになると、杏一が慌てて明るい声を上げる。
「ごめんねぇ。この子、素直じゃなくて!犀くんはツンデレがテンプレートだから、気にしないでもらえると嬉しいな」
「誰がツンデレだ」
桔平はそんな椿達の様子を見て、苦笑いをしながら、私に尋ねる。
「柚葉さんは怪しい人とか見てない?」
そう尋ねられ、ドキッとしてしまう。
一瞬でも、私は桔平を疑ってしまっていたから…
「そういえば、さっき私達と同い年くらいか少し下の女の子を舞台裏で見かけましたが、誰かのお知り合いですか?」
桔平と椿は心当たりがないようで、首を振る。観客の1人が混乱に乗じて、舞台裏に来たのだろうか?
私は桔平に詳細を尋ねられ、記憶を辿って、詳細を説明する。
セミロングのウェーブがかった茶髪に、ゴシックロリータのような服を身に纏い、ヘッドドレスもつけていた。そして、手にはくまのぬいぐるみを大切そうに持っていた。
「…やっぱり知らないな。その子が能力を使っているところは?」
私は見ていません、と首を振った。
桔平は、私が言った特徴をメモしながら、頷いた。
とりあえず、今日のところは、集団で行動し、不審者に気をつけるように、ということで話が終わった。
…のだが。
どうして、こうなったのだろう。
私の部屋には今、一犀と杏一が泊まりに来ている正直、一人暮らしの女の部屋に男2人が来るのは、どうかと思うが、仕方がないのだ。
初めは、一犀だった。
一犀が今日は私の家に泊まって、ガードマンになると言ったのだ。
それに異論を唱えたのは、椿だ。
椿は、女と男が2人きりだなんて、かえって危ないと否定した。
じゃあ3人なら、と今度は杏一も泊まることになり、この状況を面白がった杏一が椿と桔平を巻き込み、桔平は椿の部屋に泊まることになったのだ。
「なんだか、修学旅行みたいだね!ワクワクしちゃう」
「よく、あんなことがあって、そんなテンションでいられるな、お前」
「犀くんの冷めた目…ブリザード!」
杏一のリアクションに一犀は呆れたように呟く。だが、私には分かる。杏一は場を暗くしないように、わざと明るく務めているのだ。
私は普段学校でしか見ない2人のやりとりを脇目で眺めながら、おつまみを簡単に作った。とはいえ、未成年なので、飲み物は炭酸なのだが。
先ほど、一犀と見ていたDVDを見ながら、ふと窓を眺めると、洗濯物を取り込むのを忘れていたことに気がついた。
私は洗濯物を取ってくるね、と2人に言って、ベランダに出ると、柚葉さん?と桔平の声がした。
「桔平さん?どうしたんですか?」
「ちょっと物思いに耽りたくて、夜空を眺めていたんだ。椿も風呂に入ってるからね」
そうなんですか、と私はそれ以上の追求をするのをやめて、洗濯物を取り込み始めた。
1人になりたいこともあるだろう、と気を遣ったのだが、桔平は私に話しかけ始めた。
「柚葉さん、俺のことどう思ってますか?」
えっ、と私は声を上げる。
そういえば、私は桔平に告白されたのだった。私がしどろもどろになっていると、桔平はクスクスと笑った。
「困らせちゃいましたね。いいんです、もう俺、分かってますから…」
どういうことだろう、と私は洗濯物を取り込むのをやめて、思わず椿の部屋の方を向く。
そこには、仕切りがあるため、桔平の表情は分からないままだ。
「柚葉さんは、やっぱり椿のことが好きなんですね。さっき、2人のやりとりを見て、直感したんです。俺の入る隙はないんだなって」
確信めいたように、桔平はそう言う。
私は戸惑い、俯く。
「俺にだけ言ってください。柚葉さんは椿のことが好きなんですよね?」
私は言い淀んだ。
でも、ここで話を逸らしたり、紛らわせたりするのは流石に失礼に値するだろう。
「…好き、ですよ」
そう言うと、桔平が大きな息を吐いたのが分かった。そうですよね、とまるで何か吹っ切れたような明るい声を上げる。
「ありがとうございます。俺、やっぱり柚葉さんのことを好きになって良かったです」
ふわっと、一輪の花が私の目の前に飛んできた。桔梗の花、桔平のイメージの花だ。
どうやら、桔平が能力を使って、飛ばしたらしい。
確か、花言葉は『永遠の愛』。
私は、飛んできた桔梗の花を受け取り、その香りを嗅いだ。落ち着く香りが私の鼻腔をくすぐる。
「…桔平さん、こんな私を好きになってくれて、ありがとうございます」
そう言うと、桔平はこちらこそ、と言って、部屋に戻った音がした。
初めて、自分の想いに素直になった。
心なしか私の心は軽くなった気がしたのだった。
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