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放課後。
私は、駅前で椿達と遭遇した。
みんな、楽器を持っているところから、練習をするのだろう。
「柚葉。部活帰り?」
「柚葉さん、アルバイトぶりですね」
「柚葉さん、久しぶりにお会い出来て嬉しいです」
「…」
椿と桃香、そして桔平が私に話しかける。
柊吾は未だに私を警戒しているようで、静観をしている。蓮央に至っては、白けた目で『仲良くしてるじゃねぇか』とテレパシーを使って、ツッコミを入れてきた。
「なんだ、みんな柚葉と知り合いなの?」
椿が桃香達に向き直ると、みんな一様に頷いた。桃香は私に駆け寄り、私の腕にぎゅっと自分の腕に絡める。
「私は最近、アルバイトで仲良くなったの。ね?柚葉さん」
ふわっと花の香りがする。桃の香りなんて、名前と同じだ。しかも、なんて可愛らしい笑みを浮かべるのだ、この子は。
私はこくこくと頷く。
ふと、桔平と目が合う。
桔平は目が合うと、私ににこりと笑って見せた。
すると、椿の表情が急に怖くなる。
椿は、そっか、と言って、それ以上は口を噤んだ。
「そうだ。俺達、今度ライブハウスを借りて、単独ライブをやるんです。柚葉さんもいかがですか?」
雰囲気が悪くなったのを察したのか、柊吾が慌てて話題を変えた。桃香もそれに賛同する。
「外部生も大歓迎です!ポップミュージックからジャズまで幅広くやるので、柚葉さんの気にいる音楽もきっと見つかりますよ!」
…これは、NOと言えない雰囲気だ。
でも、一犀のあのメッセージ、無視出来ないんだよな。
「急に言われても困るでしょ。来週の土曜日だから、あとでスケジュールを確認してみてから返事ちょうだいよ」
私の心を読んだのか、椿がそう助け舟を出した。私はわかった、と了承した。
夜。
私がうたた寝をしていると、インターホンが鳴る。スコープから見ると、椿が立っていた。
「ごめん、寝てた?」
「ううん、大丈夫…どうしたの?」
「さっき、ライブハウスって言葉を聞いた時に、柚葉怯えていたから…」
ずい、と椿は私に水筒を渡す。
蓋をあけると、ハーブティーの香りが私の鼻腔をくすぐった。
また、心配かけちゃったんだね。
椿の優しさに私の胸がきゅっとなる。
「友達からライブハウスに注意しろって言われたんだ。もうすぐ、ブラッディ・ヒューマンデーだし、少し気になってね」
「そっか…もうそんな時期か。そしたら、辞めた方が良いかもしれないね」
「うん…ごめんね」
私がライブハウスに行くことによって、私への災いが椿達に飛び火しては困る。折角、椿達の晴れ舞台なのに、台無しにしたくはない。
本音を言えば、見たかった。とっても見たかった。でも、ぶち壊すのはもっと嫌だ。
私がジレンマを感じながら、がっくりと項垂れていると、椿が私を抱きしめた。
急な出来事で、私は変な声を上げてしまう。
「つ、つ、椿さん??」
思わず、さん付けをしてしまうほどに、私は動揺をした。
椿は、ハッとなって私から身を離した。椿自身、自分の行動に驚いているようだ。
「…っ、心の中で可愛いこと考えないでよね」
お互い顔を真っ赤にして、玄関でしばらく沈黙が続いた。
なんだこの甘い雰囲気は。
ライバルキャラと攻略対象が何でこんなことになっているんだ。
思わぬ展開に私は現実逃避をしながら、ツッコミをいれるのだった。
しばらく経って、気まずさに耐えかねた椿は自分の家に戻った。
椿が置いて行ったハーブティーを飲みながら、携帯を見ると、桃香からメッセージが来ていた。
そういえば、臨時アルバイトの時に、連絡先を交換したのだった。なんだろう、と見ると、桃香に明日の予定を聞かれた。
放課後なら空いている、と返信をすると、すぐに連絡が来た。駅前で17時に会いましょう、か。なんだろう?ライブハウスのことだろうか…
そんなことを考えながら、私は夜を過ごすのだった。
次の日の放課後。
「柚葉さん!ごめんね、部活のミーティングが長引いちゃって」
たたた、とローファーを鳴らしながら、駆けてくる桃香はヒロインそのものだった。背景に花が見える。
私は今日の目的を尋ねると、桃香は少し恥ずかしそうに俯きながら、答えた。
「今度、ライブでしょう?蓮央くんはドラムで私はボーカル。制服じゃなくて、私服でやるから、普段と違う私を見て欲しくて」
ああ、なんて健気な子なんだろう。
つい、老婆心で干渉したくなる気持ちをぐっと堪えた。
「少し背伸びした格好にしようと思って。蓮央くん、いつも私のこと子供扱いするんだもの」
そう言って、頬を膨らませる桃香はとても愛らしかった。女性目線からも庇護欲を唆るのだから、男からしたら堪らないだろう。
杏一や柊吾の気持ちがよく分かる。蓮央はこんな可愛い子を異性として見れないなんて…
思わず、自分の世界にトリップしそうになって、ハッとなる。そうだ、桃香の為にも蓮央好みの格好を見つけなければ。
自分でも何をこんなにムキになっているのか分からないが、桃香の蓮央への想いを成就させて欲しかった。
桃香に連れてこられたのは、大学生向けのアパレルショップだった。
「あれぇ?杏ちゃんの友達じゃん!」
私達が店内を見始めると、あまり聞き慣れない声が私達を呼び止めた。
振り向くと、そこには杏一の女友達が立っていた。名札を付けているところを見ると、どうやらここの店員のようだ。
「買い物?デートの準備?相変わらず健気だねぇ」
ふふふ、と笑う杏一の女友達。
桃香はやっぱり何かあるんだ、と興味津々に私の方を見つめてくる。
私はそんな2人を上手くかわしながら、桃香のコーディネートを考えてもらうよう、杏一の女友達に頼んだ。
「うん、良い感じじゃない?色気も出てるし、可愛らしさも残して、完璧だと思う」
「わぁ、ありがとうございます。ロングスカートなんて、普段滅多に履かないから…」
「良かったね、桃香さん」
きゃぴきゃぴと、はしゃぐその様子はまさに女子高生だった。
桃香がレジを済ませると、杏一の女友達は私達にポプリを渡してきた。
「お気に入りの服を着る前日に、そのポプリを服の間に忍ばせておくといいよ」
パチン、とウィンクをする杏一の女友達。
このゲームでは見ない、姉御肌な女性だ。
桃香はお礼と同時に名前を尋ねた。
すると、杏一の女友達はニカッと笑う。
「アタシは和歌山さくら。よろしくね、可愛い子ちゃん達」
和歌山さくら…?
そんな子、ゲームにはいなかった。
だけど、名字が都道府県で名前が植物の名前だなんて、何か引っかかる。
でも、モブでも47都道府県もあったら、そういうこともあるかもしれない。
私は少しの引っ掛かりを覚えながら、さくらにお礼を言うのだった。
「今日はありがとう。私、これからも頑張ってみる!」
帰り際、蓮央への想いを諦めずに貫く桃香の姿が輝いて見えた。なんて、純粋で一途なんだろう。
私もこんな風に自分の気持ちに素直になれればいいのに。たらればを繰り返し続ける私と桃香には大きな差があった。
ライバルキャラは結局、ライバルキャラでしかないのだ。
自分の悲劇に酔いしれる滑稽な女。それが、京 柚葉なのだ。
桃香の眩しさに、私は胸でくすぶる気持ちを抑えながら、桃香の後を追うのだった。
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