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次の日。
今日は桔平とカフェでお茶をする日だ。
一昨日から連続で攻略対象と2人でお出かけしている現状に頭を抱えてしまう。
乙女ゲームの世界から逃げるために、学校まで離れたのに、何の因果だろうか。
「柚葉さん!」
待ち合わせの駅前で、私を見つけた桔平はこちらに爽やかな笑顔を向けて、駆けてきた。
お待たせしました、とはにかむ桔平は相変わらずの好青年だ。
「駅から少し歩きますが、大丈夫ですか?」
その質問に私がはい、と答えると、桔平は良かったと嬉しそうに笑った。
桔平にそう言われて、連れてこられたのは、海外から初上陸したオシャレなカフェだった。
レジに行って、メニューを見るとドリンクも含め、かなりの豊富なメニューが記載されていた。
「柚葉さん、どれにされますか?」
「ええと、私はピーチスムージーとストロベリードーナッツにします!」
「分かりました。俺はコーヒーとプルコギトーストで」
注文を終え、先にドリンクを受け取った私達は奥側のソファ席に案内された。
私達の席からだと、他の客の様子がよく見える。どうやら、カップルの割合が多めだ。
私がぼうっと周りを眺めていると、桔平があの、と声を上げた。
ハッとして、桔平の方を向くと、桔平はどこかそわそわした様子でこちらを見ている。
「誕生日、おめでとうございます」
そういえば、一昨日、一犀がお祝いしてくれた時に桔平と鉢合わせたのだった。
私はありがとうございます、とお礼を言う。
「その…先日一緒にいらした方は彼氏、ですか?」
桔平に恐る恐る尋ねられ、私は首を大きく振った。一犀とはそんなんじゃない。
私の反応を見た桔平は、ホッとしたように表情を明るくした。そんな反応をされると、私はどうしていいか分からなくなる。
「柚葉さん、彼氏はいらっしゃるんですか?」
恋愛関係の話はこれで終わるかと思いきや、まだ続くらしい。私よりも桃香の方が日常茶飯事のように恋愛イベントがあるから、そっちに聞いてほしいものだ。私はこの質問に関しても首を振った。
「では、好きな人は…?」
その質問に、私の脳裏には椿の姿が浮かび上がった。私は椿の姿を頭から掻き消すべく、首を振った。桔平はそれを否定だと判断して、そうですか、と会得したように頷いた。
「せっかく気になる人が出来たのに、手遅れだったら困りますから」
そう微笑む桔平に私は思わず硬直した。
私が突然の出来事に口をパクパクさせていると、桔平は笑顔で応える。
「俺、柚葉さんのこと気になっているんですよ」
ドッキリ?何かの冗談?
桃香は?何で、ライバルキャラの私に?
多くの疑問符が浮かび上がり、思わず呆気に取られていると、桔平は畳み掛けるように言う。
「だから、今日お誘いしたんです。貴女ともっとお近づきになりたくて」
照れながら、私の目を見て話す桔平に私はたじろいだ。
シナリオ通りにいっていない。
これも私が自分の運命を勝手に変えたからだろうか?
リアル同様、予想不可能な出来事に私の頭は思わず真っ白になるのだった。
「返事はすぐにとは言いません。ゆっくり考えてみてください」
ゲームのスチルから飛び出してきたかのような最高の笑顔を向けられ、私は絶句する。
思わず飛びそうになる私の意識。
何がどうしてこうなったんだ。
結局、思わぬ桔平からの爆弾で、その日の記憶は飛び飛びだ。ピーチスムージーやストロベリードーナッツの味すら覚えていない。
人生初の告白は、なんと攻略対象の1人でした。
数日後。
「柚ちゃーーん!一生のお願い!」
「やだ」
「まだ何も言ってない!」
いつものように、部活をしていると、猫なで声を上げて、杏一が背中に抱きついてきた。
杏一のスキンシップには全然ドキドキしない。椿にこんなことされたら、一日、眠れなくなると思うけれど。
最近、やけに椿のことを考えてしまう。
それは、桔平のこともあったからだろう。
「柚ちゃん、携帯鳴ってるよ?誰からかメッセージ届いたんじゃない?」
「…」
「無視!?」
SNSのメッセージアプリ特有の着信音が鳴る。見なくても分かる、桔平からだろう。
あれから、桔平は私に日を空けずに頻繁に連絡をしてくるようになった。
否が応でも考えてしまう、自分の恋愛について。そして、それを考えるたびに桔平のことだけではなく、椿のことも芋づる式で思い出してしまうのだ。
「それよりお願いだよう!今度の三連休、僕の実家の旅亭で手伝いをしてほしいんだ!」
手伝い?と私は尋ねる。
杏一曰く、従業員の入れ替わりが激しい時期に、急な団体客が複数組入ってしまったらしい。急な出来事に、捌くことが出来ず、単純作業だけでもしてくれるアルバイトを何人か探しているらしい。
「3日間で、3万円で女性限定なんだけど…どうかな?」
これだったら、お金も稼げて、桔平や椿のことも忘れられるかもしれない。
お金には特に困っていないが、私も高校生になったのだし、そろそろ自立しなければ。
それに、杏一からまともなお願いをされたのは初めてだ。
こうして、私は了承し、旅亭の臨時アルバイトを行うことにしたのだった。
当日。
「…ねえ、聞いてないんだけど」
何があ?と惚ける杏一を私はキッと睨みつけた。
「何で、アンタの片想い相手がいるのよ!?」
「いやん、柚ちゃん怖ぁい。桃香ちゃんも誘ったらオッケーしてくれたんだもん。2人とも優しいよねっ!」
そうなのだ。
杏一伝手に雇われた臨時のアルバイトは、私と桃香だった。給料が高額な為、とりあえず2人のみ雇ったらしい。
出来れば、桃香とは関わりたくなかったのに。椿同様、桃香は私が自滅するフラグだから。
仲居姿に着替えた桃香が更衣室から出てきた。桃香と目が合う。桃香は可愛らしい笑顔で私に挨拶をする。
「またお会い出来て嬉しいです。一緒に頑張りましょうね」
「そ、そうですね。頑張りましょう…」
私は渇いた笑いを浮かべながら、桃香の仲居姿を見て、デレデレしている杏一を小突いた。
やっぱり、杏一の頼みはろくなことがない。
慌ただしい時間が終わり、私達は昼休憩に入った。
お疲れ様です、と桃香は自動販売機で買ったペットボトルの緑茶を私に差し出す。
私が戸惑うと、自分のを買うついでですから、と笑顔で応えた。ああ、女神すぎる。
「そういえば、この前、桔平くんとデートしてましたよね?」
ありがたく緑茶をいただこうとして、桃香からそんなことを言われて、思わずむせそうになる。私が狼狽すると、桃香は偶然見ちゃったんです、とクスクスと笑った。
「あんな穏やかな桔平くんの表情、初めて見ました」
桔平は普段、どんな顔をしているのだろうか?ゲームの桔平は、他の攻略対象に比べて、穏やかなイメージがあったのだが。
「私、てっきり椿くんと付き合っているのだと思ってました」
桃香はどこかワクワクとした様子でこちらを見る。柚葉さんと恋バナをしてみたい、と言う桃香はとても無邪気な表情をしている。
恋バナ…私、そんなに期待するほどネタないぞ。
おそらく、ヒロインの桃香の方が絶対ネタを持っているだろう。
「実際、柚葉さんには好きな人とか付き合っている人、いないんですか?」
この話、やっぱりまだ続くのか。
私は椿のことが浮かぶが、首を振り、いないよ、と答えた。そう答えると桃香は残念そうな表情をする。
誰しもがヒロインみたいにモテモテだと思わないでくれ。
「そういう桃香さんにはいないんですか?良い人」
私がそう尋ねると、桃香は頬を染め、恥ずかしそうな表情をする。
これは、もしや…
「いますよ、好きな人」
「だ、だ、誰!?」
私は思わず食い気味で聞いてしまう。
これは、ヒロインがどの攻略対象のルートに入ったのかが分かる。
「私の好きな人はー」
桃香の好きな人を聞いた私は、え、と思わず声を上げてしまった。
それと同時に、お盆のようなものが落ちる音が聞こえた。
音のした方へ振り向くと、そこには呆気に取られた杏一の姿があった。
私も信じられなかった。
桃香が好きな人がまさかあの人だったなんて。
夜。
この3日間は、杏一の実家に泊まることになっていた。とはいえ、杏一の御両親は夜も旅亭の方で下ごしらえをしているので、会うことはなさそうだ。
杏一の実家は一軒家で、庭付き住宅というかなり広い家だった。床も大理石で、意外と良いところに住んでいるのだな、と私は思った。
私が風呂から出ると、桃香は入れ替わりで、浴室へ向かった。
風を感じ、私がそちらの方に行くと、縁側でぼうっと夜景を眺める杏一の姿があった。
「杏一。隣、いい?」
ふと、私の声に気がついた杏一が振り返る。
浴衣姿だからだろうか。なんだか、いつもと雰囲気が違うので、思わずドキッとしてしまう。
でも、それは一瞬で、杏一はいつものように笑顔でいいよ、と右側に私が座れるスペースを作った。
「大丈夫…?」
私が杏一に尋ねると、杏一は苦笑いをして、うん、と答えた。
桃香の好きな人は杏一ではなかった。
だから、落ち込んでいるかと思っていたのだが、意外と冷静だ。
「仕方ないよ。そりゃ、僕が桃香ちゃんの彼氏になれたら良かったけれど、それ以上に僕は桃香ちゃんの幸せを願っているよ」
「…杏一って意外と大人なんだね」
「意外ってなにさ!」
私の言葉に杏一はむくれる。
私の言葉は本心だ。桃香の幸せを願う杏一の横顔はとても大人びていた。
「だから、僕はこれから桃香ちゃんと彼のキューピットになれるように、桃香ちゃんの恋を応援しているよ!」
そう言って、空元気を出す杏一に、私も明るく務めるべく、そうだね、と笑った。
桃香の好きな人が杏一だったら、良かったのに。
杏一だったら、桃香を幸せにしてくれるのに。
そんなことを杏一に言っても、励ましにならない。そう押し黙っていると、私の携帯が鳴った。
「いつもと違う着信音だね」
杏一がそう聞く。
通話だからではない、私はこの人だけ別の着信音にしているんだ。
私は杏一に断りを入れて、着信に出る。
もしもし、と馴染みのある声が携帯から響く。椿だ。
『柚葉、どこにいるの?大丈夫?』
そういえば、椿にこの臨時アルバイトについて何も話してなかったな。
私が臨時アルバイトについて話すと、椿は安心したような声で、そう、と応えた。
もしかして、心配していてくれたのだろうか。
私達、能力者は事件や事故に巻き込まれやすいので、隣があまりにも落ち着いていたので、その可能性を危惧して、連絡してくれたのだろう。
『心配してくれてありがとう』
『別にそんなんじゃないけど…アルバイト頑張ってね』
椿はおやすみ、と言って、電話を切った。
相変わらず素直じゃないな、と私は笑ってしまう。
ふと、視線を感じ、視線の方を向くと、杏一がニヤニヤしていた。
「やっぱり、柚ちゃん、幼なじみくんのこと好きなんじゃないの?」
「だからそんなんじゃないってば」
「ええ、だって柚ちゃん、超ニッコニコしているよ?」
私は思わず、口元を手で隠した。
そんな私を見て、杏一は、ほらね、と面白そうに笑った。
居た堪れなくなって、話題を変えようと、夜空を見上げた。今日は、朧月夜だ。
その景色は、まるで私の今の心を映しているかのようだった。
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