プロローグ
閲覧いただき、ありがとうございます。
この世界には2つの人間がいる。
超能力を使える者とそうでない者。
2割の人間が超能力が使える世界。
多数派が正しいとされるこの世界では、少数派の超能力者は忌み嫌われている。
超能力者として生まれた者達には、2つの道がある。
一生、超能力者だということを隠して、普通の人間として生きること。
自分の能力を受け入れ、養成学校に通い、国を守る為の歯車になること。
只今、京 柚葉は能力者であることに気がつくと同時に能力を隠し続けることを誓った。
数分前。
少しずつ自我が芽生え始め、社会に染まり始めた小学生。
マイノリティを排除しようとする行動は、この小学校でも始まっていた。
さらに、先日起こってしまった社会に不満を持つ超能力者達によるテロにより、超能力者達はさらに冷遇を強いられることとなった。
人気の少ない体育館裏。
私は宿題を忘れた罰として、草むしりをしていた。
すると、近くから声が聞こえて、私は陰からその様子を覗いたのだ。
そこには、ボロボロになった1人の男の子と男の子を囲むように何人かの男の子がいた。
私は瞬時にそれがいじめだと分かった。
「男女!性別不明!しかも超能力者とか気持ち悪いんだよ、お前」
「人の心読めるんだろ?勝手に人のプライベート覗いてるんじゃねえよ!」
声変わりのしていない甲高い声で、男の子達は怒鳴る。
怒鳴られている男の子はそれを黙って聞いていた。
遠くからだから分からないけれど、読心の能力がある生徒といったら1人しかいない。
宮崎 椿。
最近、この小学校から越してきた男子生徒だ。そして、私のクラスメイトであり、隣に住んでいる。
まるで、絵本から出てきたような端正な顔立ちをした美少年は、先日、給食袋を盗んだ犯人を見事に見抜き、超能力者だということを露呈させてしまった。
別に悪いことをしていないのに、少しでも普通とは違う言動をしてしまうと、排除をしようとするこの世界は理不尽極まりない。
私は陰に隠れたまま、大きな声を上げる。
「先生、こっちです!あそこで喧嘩してるみたいです」
男の子達は驚いた様子で、声とは別の方向に慌てて走り去った。
置き去りにされた椿は地面に座ったまま、ぼうっとしていた。
私は先程の男の子達が戻ってこないのを確認すると、椿の元へ向かった。
「椿くんだよね、大丈夫?」
「…」
反応がない。
もしかして、よっぽど怒鳴られてしまったショックで放心しているのだろうか。
「そういうわけじゃないけど。君がアドリブで撒いてくれたんでしょう?ありがとう」
そういえば、椿は人の心が読めるんだった。
だいぶ、素っ気ない返答が返ってきた。
私は初めての能力者との遭遇に思わず興味が湧いてしまう。
「くだらないことを考えているみたいだけど、君も僕の能力に興味があるわけ?」
「ないわけではないけど。探られるのが嫌ならやめる」
私がそう返すと、椿は今まで無表情だった顔を少し歪めた。
「…君は言ってることと考えていることが一緒なんだね」
それってどういうこと、と尋ねると、椿は馬鹿にしたように笑った。
「さっき、向こうの陰で隠れていた時から君の声は丸聞こえだった。さっきから君の声を不本意ながら聞いていたけど、君は単細胞だね」
別に見返りを求めて助けたわけじゃないけれど、何でこんなに批判的に言われなきゃならないのだ。
私はムッとして、椿の頬を抓った。
すると、椿は驚いたような表情をした。
「…君、今何考えているの?」
「何って、恩知らずのクラスメイトに怒ってるだけ」
急に深刻そうな表情をしたので、私は思わず椿の頬を抓っていた手を離した。
手を離すと、椿は不思議そうな表情をする。
「…戻った。近くの声もいつも通り聞こえる」
椿は何かを呟くと、私の腕を掴んだ。
椿は確信を持ったように頷いた。
「やっぱり、君に触れると僕の能力が使えなくなる」
椿の瞳は不安そうな私を射抜いた。
「…こんなこと初めて。君も能力者なの?」
そして、私は親に連れて行かれた能力検査で、能力者だということを診断された。
『他の能力者の能力を無効化する』
それが私の能力だった。
診断された紙を見た瞬間、私は1つの想いが浮かんだ。
『アイツが私の能力に気がつかなければ、私は普通の人間として平穏に暮らせたのに!』
椿への不当な怒りを感じると同時に、私の全身に衝撃が走る。
この怒りを椿にぶつけては駄目。
悲劇のヒロインを演じては駄目。
誰かが私に囁いた。誰か、ではない。これは、自分自身の声だ。
京 柚葉は能力者だ。
小学校の頃、同じく能力者である宮崎 椿に能力者だということを見抜かれてから、柚葉の人生は真っ暗だった。
自分の運命を呪い、限られた人生の中で籠の鳥のように生きていく自分をまるで悲劇のヒロインのように扱う少女。
そして、能力者、非能力者問わず周りに辛く当たるようになった。
柚葉はそういった人間になるのだ。
それがキャラクター設定として固定されているから。
京 柚葉は能力者だけでなく、乙女ゲーム「Flowers」でヒロインや攻略対象を虐めるライバルキャラクターである。
それを私は知っている。
何故なら、私はそのゲームをプレイしていたから。
どうやら、私はライバルキャラクター、京 柚葉として生きていかなければならないようだ。
自分が能力者であり、転生者だと分かって、私は数日間寝込んだ。
今まで、テストの成績は悪く、宿題をしょっちゅう忘れる私だったが、友達と遊ぶことが大好きだった為、5年連続皆勤賞を獲得していたのに。
まさか、最終学年で皆勤賞を逃すとは。
ご褒美の紅白饅頭、今年は食べれないのか…
熱に魘されながら、ベッドで横になっていると、母が扉をノックした。
「柚葉、お隣の椿くんがお見舞いに来てくれたわよ」
椿が?
私は疑問に思いながら、椿を部屋に入るよう促した。
今まで、椿はクラスメイトで家も近いが、接点は全くなかった。
正直、まともに椿と話したのは、この前椿が虐められていたのを助けた時が初めてだった。
「何で僕がここに来てるのとか思ってるでしょう」
心を読んだのか。
でも、熱にうなされている今は話す手間が省けて丁度良い。
「何を丁度良いとか思ってるのさ…君は自分が超能力者だって気がついてなかったんだね」
椿は私の額に触れる。
熱があるからだろうか、椿の手は冷たく、とても気持ちが良かった。
他者の能力を無効化するなんて能力、能力者と関わりがないと気がつかない。
それに、その能力者が無効化されているのに気がつかなければ、永遠に分からないことだ。
地味で目立たない能力だが、大人達は犯罪に手を染めた能力者達を制圧する時に使えると喜んでいたのを陰で聞いてしまった。
もし、私が能力を隠さずにいたら、私の将来は、決まったようなものだ。命懸けで能力を駆使して犯罪者と戦う未来。
今まで、何不自由ない平穏な暮らしをしていた少女にとって、その未来はあまりにも残酷だった。
原作の柚葉は、この悲劇を全て椿の所為だと責めて、椿を奴隷のように扱うのだ。
そして、ヒロインはそんな椿を救い、柚葉との悪縁を断ち切るのだ。
いつまでも、腐っていたら、良い未来なんて描けない。
原作を知り、精神年齢は今の実年齢以上の私は椿を責めることはしなかった。
それに、私の額に触れている椿は苦虫を噛み潰したような辛そうな表情をしている。
椿がこれ以上、苦しむことはないのだ。
この運命を良いものにするか、悪いものにするかは私次第なのだ。
「知らなかったよ。でも、それで椿くんが自分を責める必要はどこにもないよ」
「…別に、そんなこと思ってないけど」
ぶっきらぼうに答える椿の顔は歪んだままだ。心を読む能力がなくても、椿は分かりやすい。
「そっか。これも私の運命だから仕方ないよ。熱が出たのは偶然だし、すぐ治るよ」
椿は何も言わずに押し黙ってしまった。
私はそんな椿に苦笑いしてしまう。
「大丈夫だよ」
私が力無い手で、椿の頭を撫でると、椿は泣きそうな表情になる。
椿は私から身を離すと、扉の方に向かった。
「…本当に、怒ってないんだ」
椿の呟いた声は聞こえなかったが、私の心を読んだのだろう。扉の近くに置いてあった鏡に映った椿の顔は穏やかなものだった。
「椿くん、お見舞いに来てくれてありがとう」
あの様子だと私を心配してくれていたみたいだし、私は椿が足早に去ってしまう前にお礼を言った。
「…椿でいいよ。数少ない能力者だし、クラスメイトなんだから、これからも何かと付き合いあるでしょ」
バツの悪そうな表情をした椿はそう言うと、扉を開けて去ろうとした。
「分かった、私も柚葉でいいよ。改めてよろしくね、椿」
そう言うと、椿はお大事に、と言って去ってしまった。
これが私と椿の関係が始まった時。
シナリオ通りの選択肢を選ばなかった最初の時だった。
椿との出会いから数年が経ち、私達は中学3年生になった。そして、来年は高校生。
乙女ゲームの舞台の時期であり、能力者としての人生を歩むか否かを決める大事な時期に差し掛かっていた。
「柚葉は養成学校に行くの?」
3年生になり、最終進路を家族や担任に報告する時期。ある日の放課後、私はいつものように椿と帰り道を歩いていると、そんな話を振られた。
「…そうだね」
「じゃあもっと勉強しなきゃね。今の柚葉の学力じゃ、いくら能力者でも受かんないよ」
いつも通りの皮肉にも、私は渇いた笑いを浮かべながら、罪悪感に苛まれた。
もう椿と知り合って4年。
椿に心を読ませない為にするスキルも上がってきた。今では、こうして簡単に椿に嘘をつけるようになってしまった。
私は養成学校には行かない。
何故なら、その養成学校こそが乙女ゲームの舞台だから。
でも、椿は私と同じ学校に行きたいらしい。
椿と一緒に乙女ゲームの世界から外れてしまえばいいとも考えた。でも、椿と私はただの幼なじみだ。いつまでもこうしていられるとは限らない。
あの出会いから私と椿は親友のような関係になったけれど、いつ原作の補正が入るかわからない。私と椿ほど脆い関係は無いのだ。
それに、この世界では、椿がヒロインにとって運命の人かもしれない。私が椿を唆して、椿をゲームから退場させれば、何かの因果が働いて、私の破滅ルートが用意されてしまうかもしれない。
要するに、私は乙女ゲームが本格的に始まる前に、主要人物達と完全に縁を切った方が良いということだ。
「もし、柚葉が命懸けで能力者と闘うことになったら、幼なじみのよしみでその時は僕が助けてあげる。感謝しなよね」
そんなことを言う椿に大袈裟に感謝の意を述べて、いつものように振る舞う。
椿とこうやって過ごすのもあと1年を切ってしまった。
原作のシナリオから外れた私の未来はどうなってしまうのだろうか。
…そんなことを考えていた時期もありました。
私は晴れて公立の高校に入学し、椿は養成学校に入学することになった。
2つの学校は歩いて行けるほどの近さだけど、もう時間割も違うし、会うことはないだろうと思っていた。
結論から言うと、学校は違ったが、一人暮らしをした今でも私は椿のお隣さんのままだったのだ。
「つ、椿…何でここに」
「高校からは一人暮らしすることになったから、偶然だね?」
不敵な笑みを浮かべる椿。
…絶対、意図的にやったことだ。
家族とも口裏を合わせたのに、どうしてバレたんだろう。
「柚葉のお母さんは心の声丸聞こえだし、柚葉も油断すると心の声だだ漏れだからね。養成学校に入学したくないこと…僕と同じ学校に行きたくないことも知ってたよ」
最後の言葉は、小さすぎて何を言っているか分からなかった。
ただ、椿の傷ついた表情を見て、私が間違った選択をしてしまったかもしれないことを痛感させられた。
「でも僕は学校が違っても、柚葉との仲を断つことはしないからね。これからもよろしくね、お隣さん」
椿の言葉に私は思わず嬉しくなる。
乙女ゲームの世界には干渉したくないが、椿との縁を切ることもしたくなかった。
数年、椿とずっと一緒に居て、築いた関係はそんなに簡単に切れるものではなかった。
これは、願ってもいない幸福なシチュエーションなのではないだろうか。
私が思わず口元を緩めてしまうと、椿は何をニヤニヤしているの、と顔を歪めるのだった。
こうして、私は完全に乙女ゲームの要素を断ち切れないまま、ゲーム開始の時期を迎えてしまったのだった。
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