一言で終わっちゃう程度の軽い不幸
松っちゃんは一通り不幸話を終えると、私が何で風俗をやっているのか、いつからやってるのかを聞いてきた。
「私の風俗歴ですかぁ?ん〜、トータルで6年くらいですかね。始めは19歳から2年ちょいやって、なんとか足を洗って、5年くらい普通の仕事してましたが、ちょっと金銭トラブルに巻き込まれて、また風俗に出戻ったんですよー」
自嘲気味に話をする。
「私の話なんて、きっとつまらないですよ。ほんと、大したことないんで」
て言うか、話したくないくらい、ヤバい自覚はある。
松っちゃんとは質が違う不幸なんで。
「でも、一回は足洗ったんでしょ?」
「まぁ…そうですね。でも、また出戻った時点で、ダメダメなんですよー、私」
松っちゃんが立ち上がって、ビールを二本持ってきた。
「えっと、マリアちゃん…だっけ?もう一本飲む?」
「あ、どうもありがとうございます」
やべ、流れで貰ってしまった。
そろそろシャワー浴びたいのだが…
「じゃあ、風俗を始めたきっかけは?」
え!?それ聞いちゃう!?風俗嬢の4割は驚愕の不幸を背負ってこの業界に来るんだぜ!?
「え〜、どこから話せばいいかな〜?」
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元々、親の道楽で借金が増え、高卒で就職した私には支払い切れない額になった時、水商売で働くように親に言われ、素直に従った。
親の言い分は「今まで育てたんだから、目に見える形で恩を返せ」だった。
1年半後に親が倒れ、保護者が居ない未成年の私は、義理の兄弟たちに襲われた。
文字通り、物理的な暴力と性的な暴力。
義兄弟たちは、私を支配した。
実の姉妹は何も助けてくれなかった。
というか、助けを求める手段を奪われた。
少しでも反抗したら、ペナルティとして、どちらかの暴力に晒された。
笑いながら刃物で切られた時があった。
木製のハンガーが折れるまで殴られたこともあった。
意外な事に、物理的な暴力では私の反抗心は消えないことを知った。
だが、友人とかいう連中を連れてきて、一晩中嬲り者にされた時、私の反抗心は萎えた。
刃物を突き付けられ、押さえ付けられ、殴られ、蹴られ、私の体を蹂躙し続ける人の皮を被ったケダモノたち。
苦痛は麻痺したが、心に刻まれた恐怖は消えない。
『これ以上逆らったら殺される』
義理の兄弟たちは私と言う駒を手に入れた。
すぐに知り合いがいるというソープランドに連れて行かれた。
面接と言う名の顔見せの後、講習を受けた。
翌日から働くように言われた。
2年間、親の借金返済と、義兄弟たちの為に働いた。
外面のいい義兄弟たちは、自分たちで会社をつくったと、妻や知人に吹聴していたらしい。
萎えたはずの反抗心が復活し始めたのは、2年と少し経った頃、彼氏ができたからだ。
世間は狭く、彼氏は義兄弟が以前勤めていた職場の取引先で働いていた。
3ヶ月くらい経った頃、私の勤務時間や勤務日数がなんか変だと問い詰められた。
当時は昼12時から12時間勤務で、3勤1休だった。
嘘をつくのは苦手だし、上手く誤魔化せそうになかった。と言うのは建前で、義兄弟たちに復讐してやりたくなった。のが本音だ。
少し悩んだ振りをして、ソープで働かされていて、稼ぎの半分は義兄弟に取られていることを話した。
泣きもせず、ただ事実をありのままに。
私の告白は、普通に生活してきた彼には信じられないことだったようで、
「あんな立派なご兄弟を貶めるような嘘をつくなんて!」とか言われて、思わず鼻で笑った。
「その立派なご兄弟とやらは、既婚者のくせに、私の家に気に入った相手を連れ込んで、ホテルがわりに利用してるけど?信じられないなら、明日アパートの近くで見張ってればいいと思うよ?」
翌日、彼は、自分の同僚が、私が留守にしている部屋に『立派なご兄弟』の一人と腕を組んで入っていくのを見たそうだ。
それを聞いて、私は更なる復讐を考えた。
あいつらが築き上げた信用を叩き落として、化けの皮を剥がしてやろう、と。
私が再び反抗的になってきたのを、彼のせいだと考えた義兄弟たちは、別れるように言ってきた。
それを断ると、顔を殴られた。
ちょうど、仕事に行けない時期だったから多少痣になっても平気だったけど、ヤツらは忘れてる。
私に物理的な暴力は、効果がないことを。
むしろ、反抗心を増幅させるだけだということを。
彼を呼び出し、泣きながら別れを告げた。
「あなたの言う『立派なご兄弟』から別れるように言われました。嫌だと言ったら殴られました。殴られるくらいなら、別れます。ごめんなさい」
不自然な痣を付けた私の顔を見て、彼はやっと義兄弟たちの理不尽さを理解したようだ。
理解はしたが、対処が出来ない。
悩んだ挙句、自分の親と上司に相談したらしい。
別れ話から2日くらいして、彼から連絡があり、彼の実家でご両親と上司に会った。
上司は彼と別れることを条件に、知人に頼んで、夜逃げ屋の手配をしてくれた。
とにかく、速やかに姿を消すように言われた。
私という金蔓が消えた直後、義兄弟たちはこれまでの外面など忘れたかの様に、彼の職場や実家に押し掛けて、相当な迷惑をかけたと聞いた。
そして、実の姉妹も半狂乱になり、私を探し始めたという話も聞いた。
今更?薄々気づいてくせに。
あ、違うな。多分、姉妹も同じ理由で探しているんだ。
金を生む鵞鳥が居なくなったから。
はっ!ザマァ!
こうして私の細やかな復讐は成功した。
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「親に言われて水商売やってたんですけど、親が倒れた後、兄弟間でお金のことで揉めてね…なんか風俗で働くことになったんですよー、アハハ」
私の不幸なんて、一言で終わっちゃう程度の軽いもんにしとかないと、仕事する気が失せるんだよ。