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人生はままならない  作者: えいじゅ
1/6

三時間の客

「マリアちゃん、90分ダブルで入った」

「はーい」

事務所の電話が鳴った瞬間、持ち込んだゲームをセーブして、仕事用メイクを直していた。


時間は午後11時少し前。

北の港町にある出張型風俗店の支店事務所。本店は政令指定都市にある。

今、事務所には私しか居ない。

他の娘はフリーと指名の客に入っていた。

私も含めた2人は本店から半月の出張で来ているが、今日は地元(と言っても50キロくらい離れた隣町)の娘もいる。


「どんな要望?」

これから派遣される客の事前情報を聞く。

「若くてスレンダーな娘がいいんだって」


おー!ノー!なんてこったい!

「ワタクシ、若くもなく、スレンダーでもありませぬが?」

電話番のふくよかな女性、神尾さんにちらっとイヤミを言ってみた。

「うん、大丈夫。私より若いし、細いし、まだまだイケる」


…なんだ、その自虐ネタは。

「いやいやいや、そういう問題?」

神尾さんは回転椅子をくるんと回して、右手の人差し指を頰に当て、シナをつくる。


「だってぇ、ウチの店ってぇ、若い子は結構ガタイいいし〜?スレンダーな娘はマリアちゃんと同い年だし〜?」


うーわ、さりげに店の娘をディスってますけど?

私のことも居ない時になんか言われてそう。怖いわー。

まぁ、今から行って、チェンジになっても、誰か戻ってくるし、店としては三時間の客を逃したくないってことか。


「チェンジありきで、とりあえず行きますわ」

支度を終えて、立ち上がる。

さぁて、出陣だ!




ラブホの部屋のドアを開けた客を見て、丁寧に頭を下げる。ゆっくり頭を上げて、目を見て挨拶をする。


「今晩は。アモーレから来ました、マリアです」


要望が合っていない客には、丁寧な対応を心掛けている。

客は目をそらして、困った顔になった。


「…えーと…なんか、ちょっと…」


「ご要望とは違いましたか?大変申し訳ありません。チェンジでよろしいですか?」

営業スマイルは崩さない。そして、ガッチガチの丁寧語にはしない。それが私のポリシー。


店用の携帯を出すと、客は「…いや、やっぱお願いするよ」と困った顔で笑った。

よし、三時間だぜ、ヤッホーい。


私は何故か、チェンジ率が低い。

要望が全然違っても、客の大半は妥協してくれる。理由はよく分からないが、多分ポリシーのお陰だと思う。

だから、店は私が居たらとりあえず行かせてみるらしい。

でも、チェンジされないワケじゃないし、チェンジくらったら、軽く傷付くんだけどね。



部屋に入り、前金を受け取ってから店に連絡した。




客が冷蔵庫からビールを出してきて「飲む?」と聞いてきた。

有り難く受け取って、客の持つビールと乾杯。


客は松岡と名乗り、「飲み屋のお姉ちゃん達には『松っちゃん』と呼ばれてる」と軽く自己紹介してくる。

きっと、そう呼んでくれって意味だろうと理解した。


「俺の話を聞いてくれるかい?」


え?

なんか面倒くさい系の人っぽい?

うわぁ、やだなぁ。


取り敢えず、営業用の満面の笑みで頷いてみた。

ビールまで頂いたしね。


「松っちゃんは何か悩み事でもあるんですか?」

松っちゃんは、ポツリポツリと話し始めた。



数年前、子供が生まれた直後に離婚された。

子供と会ったのは、生まれた時の一度きり。

前妻は里帰り出産で、子供と一緒に実家に帰り、暫くして一方的に離婚を宣言された。


「え〜?なんかヒドイですねー」

ほうほう、なるほど。

よくある不幸系の自慢話ね。


ビールを飲みながら、適度に相槌をうつ。

松っちゃんは、『我が意を得たり』みたいな顔をして、話を続ける。


「養育費も慰謝料も要らないから、二度と会わないで欲しい」と言われた。

最初は意味が分からなかった。

浮気も暴力もない。仕事も責任ある立場になって給料も上がったのに、なんで?と、何度も電話で話すが、最後は前妻が泣いて話し合いにならない。

埒があかないから、三度くらい飛行機を使って前妻の実家も訪ねた。



「彼女は『自分がわがままだから』としか言わなかったんだ」


話し合いは平行線のまま、会いに行っても子供には会わせてくれなかった。

日が経つにつれ、精神を病み、何もかもどうでもよくなった。

結局、言われるがまま、離婚を受け入れた。


「…理由も分からないのに、離婚したんですか?」

離婚したい理由も分からないのに、子供が生まれたばかりで離婚とか、変な人だなぁ。

私なら、相手の浮気を予想するけどね。お人好しなのかな?



松っちゃんは、私の問いには答えず、話を続けた。


離婚騒動のショックは仕事にも影響を与えたらしく、離婚から半年も経たずにクビになった。


再起するまで半年かかったが、なんとか前職の伝手を頼って、共同経営者を見つけて事業を立ち上げた。

いつか子供が会いに来てくれるかもしれない。

憎みあって別れたワケじゃないから、前妻も戻ってくるかもしれない。


「彼女たちがいつ来ても大丈夫なように、生活を整えておこうと思ったんだ」



3年ほど経ったある休日、交通事故に遭った。

頭部損傷で障害が残る可能性があった。

松っちゃんの家族が頼んで、共同経営者だった人物が全てを引き継ぎ個人事業主になった。


意識を取り戻して、家族から会社の顛末を聞き、また全てを失った気がした。


自暴自棄になり、家族にも八つ当たりした。死にたくなった。

「でも、結局死ねなかったんだよ」

松っちゃんは寂しそうに笑った。


取り敢えず、松っちゃんの不幸な自慢話は、やっと終わったらしい。

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