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第五話

恐怖のお話

 ファーザーの声がいつにもまして機械のようで、聞きながら身震いした。


「こっちに」


 警報音が鳴り響く中で彼女は迷いなく進んで行く。壁の辺りに透明な壁で囲まれた部屋が出て来ていて、どうやらそこが目的地らしかった。存外分厚い壁と、異様に厳重な扉とがある場所で、何も知らない僕にでも特別な場所だと理解出来た。


「ここなら安全だから、外でも眺めていよう」

「外を?」

「壊れる様を」


 天蓋の数か所で爆発が起こって、あちらこちらで大小の破片が落ち始めた。壁には亀裂が走り、床も割れ、どこもかしこもボロボロと崩れていく。剥がれ落ちたタイルは砕けて刺さり、そこから新たなヒビを生み出す。僕らがいる部屋の天井にも瓦礫は落ちてきているようで、刺さりはしないものの断続的な振動が襲ってきた。

 僕は小さく震えながら、取り返しのつかないことをしてしまったと後悔を繰り返した。ファーザーは確かに嘘をついていたけど、これまで生かしてくれたことは間違いない。いつか死ぬための生を保証し続けてくれていた。僕はただ、ファーザーを裏切っただけなのではないか。

 考えれば考えるほど負の感情が沸き起こる。お前は恩知らずの愚か者だと僕自身が僕をあざ笑う。あるいはこの感情が僕への罰だろうか。ガラガラと崩れる音はいつまで経っても鳴りやまず、お前のせいだと苛むように響き続けている。


「怖い?」


 反射的に頷いた。でも、怖いわけじゃない。恐ろしいんだ、慄いているんだ。この選択は間違いだったのではないかと、叶うなら選択する前に戻ってしっかり考えたいと、どうにもならないことを願ってしまっているだけなんだ。言おうと口を開きかけて、彼女の笑顔に止まってしまう。この光景を目の当たりにして笑っている彼女に、僕の気持ちは分かってもらえないかもしれない。その可能性こそが僕は怖かった。

 けれど、しばらくしてそれは塗り替えられる。ごしゃごしゃに崩れた瓦礫の間からたらりと赤いものが見え、上に瓦礫が重なり、さらにその間から赤い液体が流れ出る。何が流れているのか分からないほど僕も頭が悪いわけじゃない。それとも、頭が良ければ自分を騙すことも出来ただろうか。

 僕はこの街を壊しただけじゃない。人を殺したのだ。会釈するだけだったとしても、ここに同じように住んでいた人々を。頭の奥がぴりぴりと痺れ、お腹がぎゅうぎゅうに窄まり、胸の真ん中あたりが凍り付きそうなほど冷え付いた。

 そのまま、どれほど経ったのだろう。振動が収まり、天井が開かれた。小さく爆発しながら開いたのは瓦礫を中に入れないためか、部屋自体も壊すためか、どちらかは分からないけど、ともかく一枚屋根は派手に吹っ飛んだ。


「おしまい。さ、出よう? いい雨だよ」


 崩れ去った上に、しとしとと雨が降り注ぐ。大量の瓦礫と鉄骨はてらてらと光り、まるで透明な絵具を塗り付けたようだった。


「雨は良いでしょ。この星が生きてることを教えてくれる。ほら、ざあ、ざあ」


 ステップを踏む様は美しく、雅に、はたまた妖しく。知る限りの言葉全てで表そうとしたけど、どうやら不可能らしいと理解する。確かなことがあるとすれば、流されて薄赤く広がる液体を前に踊る彼女が、これまで通りの存在に見えないことだけだ。鈍色の、チタニウムの外郭に覆われたその機械は、やはりその見た目通りの機械であって、内面に垣間見た人間ではなかった。


「ねえ、私の名前、あめ、って意味なのよ?」


 その言葉はまるで自白のように僕に届く。僕には名前がない。でも彼女にはあるらしい。名前があるということは、ファーザーと同じように機械だからなんじゃないか。


「踊りましょう? 捕まえてみて? この雨が止む前に」


 足元の瓦礫は薄赤く染まりつつある。これは僕の選択で、僕の犯した人殺しの証拠だけど、同時に彼女が人の死を何とも思っていないことの証明にもなる。少なくとも同じ天蓋の下にいた人たちはどうでも良いと考えていることの示唆でもある。

 考えれば考えるほどに、彼女が伸ばす手を掴むことが出来なくなっていった。この手を伸ばしてはいけないと思った。伸ばさなければいけない気もしたけど、無理矢理に押し込めた。


「さあ、さあ!」


 ぐ、と突き出された手を、僕は掴まない。じりじりと後退って、手の届かない距離まで来るや踵を返し走った。逃げたのだ。

 この時間違いなく、僕は、彼女を。


「不思議。まだ、いやなの?」


 何より恐ろしいと思ったのだ。

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