城下町へ!
「・・・ん」
ぴちょん、ぴちょんという水音が聞こえ、ふと目を覚ました。
私は・・・どうして・・・・・
寝ぼけ眼をこすりながら周りを見渡してみると、謙信が布団に横になっている。
そうだ。謙信の看病をしていたらだんだん眠くなってきて、壁に寄りかかったまま寝たんだった。
「熱は大丈夫なのかな」
謙信の額の手拭いをどかし、額に手を当ててみると熱は下がっている。それに昨日飲ませた薬が効いたようで顔色も良くなっている。
良かった。でも念のためにもう少し濡らした手拭いを額に置いておこうかな。
私は水を張った桶に手拭いを浸し、謙信の額にそっと置く。
・・・そういえば、さっきから雨の音が聞こえないなあ。
外を確認すると先ほどまでのひどい大雨はすっかり止んでいて、太陽が真上に位置している。
「もうこんな時間か・・・」
そろそろ移動しないと今日中に安土城に着けない。でもまだ謙信は寝ているし・・・
よし!雨は止んだし、謙信の熱も治ったから移動しよう!
手拭いはまだ何枚か持っているから置いていっても大丈夫!
謙信を小屋に残していくのは少し心配だけど、そのうち家来が探しに来るよね。
私は謙信を残し、安土城へ移動することを決心した。
「早速荷物を纏めよう」
とは言っても、あまり中身は出していないんだけどね。
「・・・結・・衣」
私が安土城へ向かうために荷物を纏めていると、後ろから声が聞こえた。
「え?」
慌てて後ろを振り返るが、謙信は目を閉じている。寝言だったのかな。
不思議に思いながらも纏めた荷物を背中に背負うがふと、謙信が目に入る。
「急に私がいなくなったら謙信が驚くかもしれないなあ」
少し不安になったので荷物から和紙と筆を取り出し、和紙に『おにぎりをありがとうございました』と書く。
お礼を書いて怒るような人はいないしね!
それから飛ばないよう和紙の上に置く小石を拾いに外へ出ると、小屋の側で健気に咲いている小さな白い花を見つけた。
小石だけじゃつまらないし、この花も一緒に添えようかな。
私はしゃがみこんで白い花を一本だけ摘み、そこら辺に転がっていた小石を拾って和紙の上に添える。
「これで良いかな?」
まだ不安が残っているけど、そろそろ移動しないといけない。
「お邪魔しましたー」
小声で囁き、出来るだけ物音を立てないように外へ出る。
そして、静かに安土城へ向かって木伝うのだった。
◇◇◇◇◇◇
日が沈み始め、辺りがだんだん暗くなってきた頃、私はようやく安土城の城下町へとたどり着いた。
「やっと着いたー!」
いつもよりも長く木伝っていたせいで足が少し震えているが、早く旅籠屋を見つけないと野宿をするはめになる。
「どこにあるかな・・・」
「うわーー!!」
私が旅籠屋を探しに城下町へ足を運んでいると、突然近くの森から子ども達の叫び声が聞こえた。
何かあったのかな?
不思議に思って叫び声が聞こえた方へと急ぎ、足を進める。
「やめろーー!!」
だんだん声が大きくなってきたので、様子を見るために気配を消して静かに近づく。
「兄ちゃーん!」
「逃げろっ!花!」
「そんな簡単に逃がすわけねぇだろ。さっさとそれを寄越しな」
すると、そこには刀を抜いた三人の男がいて、その男達の目の前には子どもが二人。
どうやら盗賊に襲われているようだ。
しかもお兄ちゃんと呼ばれていた男の子は背中をばっさりと斬られていて、早く治療しないと命が危ない。
「さっさと寄越せって言ってんだろうが!」
私が状況を整理している間に男がキレて子ども達に斬りかかろうとしている。
危ない!!
私は背負っていた荷物を投げ捨て、隠れていた草木から飛び出し、今まさに子どもに斬りかかろうとしていた男の顔面に蹴りを食らわせる。
「ぐぁっ!!」
蹴られた男は吹っ飛んで木にぶつかり、もたれかかったままズルズルと崩れ落ちる。
「何だ!」
「誰だ!お前!!」
突然現れた私に男達は動揺する。
今だっ!
私は男達が動揺している間に一人の男の背後に回って首裏に手刀を落とし、意識を刈り取る。
「この野郎ーー!」
すると残りの一人が私に斬りかかってきたので、後ろに飛び去ると同時に太股から一本のクナイを取り出し、男の腕に向かって投げる。
「っ!!」
クナイは狙い通りに男の右腕に命中し、男は刀を取り落とした。
「よっ」
私はその機を逃さず、一瞬で男の懐に忍び込み、忍刀の柄頭を男の腹に叩き込む。
「がはっ」
「ふぅー」
男達が全員気絶したのを確認してから投げ捨てた荷物を拾い、子ども達の側へと駆け寄る。
あっ!もちろんクナイも回収したよ!クナイは意外と重くてあまり持ってこれなかったからね。大切に使わないと。
「大丈夫!すぐにその傷を治してあげるからね」
倒れている男の子から離れない女の子を安心させるように優しく囁く。
「お兄ちゃんの傷、治してくれるの!」
女の子が泣きながら私の袴に縋り付いてきた。
「もちろん!お兄ちゃんの傷は絶対に治してあげるから安心して」
女の子の手を取ると先ほどの恐怖で震えていた。
こんなに震えて・・・もっと早く助けるべきだった。
私は少しでも女の子が落ち着くようにその手をギュッと握り締める。
「うん」
女の子の手はまだ少し震えているが、先ほどよりもしっかりとした口調で返事をする。
「偉いね」
それから女の子の頭を軽く撫でると、倒れている男の子に視線を向ける。
男の子の背中の傷からは血がどんどん溢れていて、じわじわと着物に染み込んでいく。
こんなに出血しているのは初めて見る。って、気後れしている場合じゃない!早く治してあげないと!
「着物を脱がすよ」
「ぅう」
容態を確認するために着物を脱がすと男の子が呻き声をもらした。
「ごめんね。少しだけ我慢して」
私は男の子に謝り、傷の具合を診る。
斬られている範囲は広いけど、傷は浅いし出血も見た目ほど酷くない。これなら大丈夫かも。
急いで懐から竹筒を取り出し、男の子に優しく声をかける。
「今から傷口を水で洗うから少しピリッと痛むけど我慢してね」
「・・・うん」
背中に傷を負っている男の子は震える声で返事をする。
やっぱり恐いのかな。
「いくよ」
私は男の子に声をかけてからゆっくりと傷口に水をかける。
「うぁぁぁー!」
そして水が傷口に触れた瞬間、男の子は叫び声をあげた。
水がしみて痛いけど我慢してほしい。
「大丈夫だよ。落ち着いて」
傷口の周りを手拭いで軽く拭いながら男の子を落ち着かせる。
「お兄ちゃん!!」
女の子はしっかりとお兄ちゃんの手を握って励ましている。
確か刀傷の薬は・・・これだ!
私は急いで荷物から薬を取り出し、また男の子に声をかける。
「今から薬を塗るけど、凄く痛いからこれを噛んでおいた方がいいよ」
そう言って懐から新しい手拭いを取り出し、男の子の口にくわえさせる。
「いくよ」
「んん」
男の子は手拭いを口にくわえて返事をする。
大丈夫かな?
私は不安に思いながらも丁寧に傷口に薬を塗りはじめる。
「うぅぅ」
すると、男の子は痛みに耐えながらくぐもった声をもらす。
「お兄ちゃん、頑張って!」
女の子が男の子の手を力いっぱい握って応援する。
「ん、ぅぅ」
男の子も女の子の手を握り返し、痛みに耐えている。
いい兄妹だね。
「・・・終わり!後は包帯を巻くだけだよ」
「うぅ」
男の子は目をぎゅっと瞑りながら応える。それほど薬が傷口に沁みて痛いんだろうけど、あと少しだから頑張って!
私は荷物の中から包帯を取り出し、男の子の体に巻きつける。あまりきつく巻きすぎると苦しいから少し緩く、でもしっかりと巻きつける。
「ふぅーー」
包帯を巻き終え、溜めていた息を一気に吐き出す。
「もう本当に終わったよ。おつかれ」
男の子に声をかけるが、まだ目を瞑っている。
「おーい」
男の子の頭を軽く叩き、声をかける。
「も・・・終わった・・の」
すると男の子が恐る恐る目を開き、私を見上げる。
まだ傷が痛むのか、少し顔が歪んでいる。
「お兄ちゃーん」
「ちょっ!!」
女の子が泣きながら男の子に抱き付こうとしたので、慌てて女の子を引き止める。
「お兄ちゃんはまだ傷が痛むから、あまり傷口に触れないように気をつけてね」
「はい!」
私が女の子に注意をすると、女の子は広げていた手を下ろし、男の子の側に座り込んで手を握る。
危ない危ない。傷口が開くところだった。
いくら浅い傷でも、大人しくしておかないとなかなか治らないからね。
「お兄さん」
「ん?」
突然男の子に声をかけられた。
男の子は女の子に支えられ、上体を起こしている。って、ああ!そんなに動くと傷口が!!
「助けてくれて、ありがとうございました」
私が傷口を心配していると、男の子と女の子が頭を下げてお礼を言う。
「いやいやいや。お礼はいいから早く横になって!ほら、顔を歪めているじゃん!傷が痛いんでしょ!」
「いえ、大丈・・・っ!!」
「お兄ちゃん!」
男の子が言葉の途中で顔を歪めると女の子が心配そうに男の子の顔を覗き込む。
「はあー」
早く二人を家に帰らせて大人しくさせないと。
「二人のお家はどこ。送ってあげるよ」
男の子は体を動かせないから私が運んであげないといけないし。
「えっと、城下町に入って右の・・・」
女の子が必死に説明するが、よく分からない。
城下町の場所は分かるけど、その先がね・・・
だってまだ城下町の中に入ったことがないんだもん!
「え~と、私がお兄ちゃんを背負うから、君に道案内をお願い出来ないかな」
「うん!」
私が問いかけると女の子は元気に頷く。
「ありがとう」
私は女の子の頭を優しく撫でてから荷物を拾う。
男の子を背負うから荷物はどうしよう。女の子にはちょっと重いし、荷物の中には大切な忍器や薬がたくさんあるから置いていくわけには・・・
そうか!風呂敷の前後を逆にして背負えばいいんだ!
私は先ず普通に風呂敷を背負い、その背負った風呂敷の結び目を後ろに回す。すると結び目が後ろになり、荷物の入っている部分が前になる。
これなら男の子を背負えるかな。
「おいで」
男の子に背を向け、声をかける。
「は・・い・・・」
男の子は顔を歪めながらも、ゆっくりと私の背に掴まる。
出来るだけ揺れないように立ち上がらないと。
私は男の子を背中に背負い、ゆっくりと立ち上がる。
「こっちです!」
私が立ち上がる頃には、女の子が前を歩き出していた。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
それに日は完全に沈んで辺りは真っ暗だ。木々の間から漏れている月明かりがあってどうにか進めるけど、足もとはよく見えない。
「大丈夫!ちゃんと見えてるから」
本当に大丈夫かな・・・。