看病
「・・・いない」
さっきの場所に戻るが、謙信の姿はどこにもなかった。
いったいどこに・・・
慌てて周りを見渡してみると、少し離れたところで金色の髪がチラッと見えた。
・・・いた。
地面を蹴り、謙信のもとへ駆け寄る。
「あの・・・っ!」
私が声をかけようとすると、謙信が振り向き様に刀を抜いて斬りかかってきたので、後ろに飛び去る。
あっぶな!!もしあのままだったら斬られていたかも。
「お前は・・・」
背中に冷や汗を流していると、謙信が私の顔を見て驚愕の表情を浮かべる。まさか戻ってくるとは思いもしなかったんだろう。私だって本当は戻りたくなかった。
「ちょっと失礼」
謙信が大人しくしている間に、私は謙信の前髪を掻き上げ、額に手を当てて体温を確認する。
「・・・っ!」
すると思っていた通り熱を出していたが、予想以上に高い。
普通こんなに熱を出していたら歩くのも困難なはずなのに。
「離せっ!」
私が謙信の額に手を当てていると、突然謙信が私の手を振り払った。
「何か用か」
よく観察してみると呼吸が少し乱れている。おそらく、無理して歩いたからだろう。
「熱があります。少し休んでください」
これ以上無理をさせてしまったら倒れてしまいそうだ。
「お前には関係ない」
そう言うと、謙信はまた歩き出そうとした。
「駄目です!そんなに熱が出ているのに!」
慌てて謙信の前に回り込み、邪魔をする。
「邪魔立てす・・・っ!」
言葉の途中で突然謙信の体が傾いた。体がもう限界なんだろう。
「危ないっ!」
慌てて謙信の体を支えると、着物越しでもその体温の熱さを感じる。
「離せっ!」
謙信は私の腕を振り払おうとするが、その力は弱々しく、私の腕を振り払えない。
どこかに雨風を凌げる場所はないかな。
周りを見渡して謙信を休ませる場所を探すと、少し離れたところに小屋があるのを見つけた。
少しボロそうだけど、あそこで謙信を休ませよう。
「近くに小屋を見つけたので、そこまで行きましょう」
さすがに謙信を担ぐほどの力はないので、肩を貸し、一緒に歩く。
「俺に命令するな」
謙信は弱々しくも、しっかりとした口調で話す。こんなに元気ならすぐ治りそうだな。
「しっかりと掴まってください」
「五月蝿い。俺に命令するなと言っただろう」
そう言いながらも、謙信は私の肩にしっかりと捕まって歩いている。
何だか少し可愛いかも。
「お邪魔します」
小屋の扉を開け、中を確認するが誰もいない。留守なのかな。
「けん・・・貴方は少しそこで座っていてください」
謙信と言いかけて、慌てて貴方と言い変える。熱で体調が悪いから気付かれなかったと思うけど。
それから謙信を壁にもたれ掛けさせて座らせ、何か使える物がないかと小屋の中を探し回る。すると、布団を見つけた。
少し汚れているけど、外で軽く叩けば大丈夫だろう。
「すいません。布団を叩くために少し外へ出ますね」
「ああ」
一応謙信に断りを入れてから外へ出る。
小屋を出て空を見上げると、黒い雲が広がっている。
「少し雲行きが怪しいな」
もし雨が降ってきたら大変だから暫くはこの小屋で休もう。謙信と一緒っていうのは嫌だけど。
ふと横を見ると、小さな小屋がある。
何かないかな。と思って扉を開けると、中にはたくさんの薪があった。ちょうど火を起こすための薪を探しに行こうと思っていたからこれを使わせてもらおう。
私は叩いた布団と数本の薪を手に、小屋へと戻る。
小屋へ戻るとまず囲炉裏の横に布団を置き、その布団に謙信を横たわらせる。
「火打ち石は・・・あった!」
そして囲炉裏の中に小さな小屋で見つけた薪をくべ、荷物の中から火打ち石を取り出して火を起こす。
火打ち石で火を起こすのは難しいけど、慣れれば早く起こすことが出来る。
でも、やっぱり現代のマッチとかライターの方が簡単で早く火をつけられるもんなぁ。
「ゴホッ、ゴホッ」
私が現代の事を思い浮かべていると、謙信の苦しそうに咳き込む声が聞こえた。
「少し起きれますか。起きれたら水を飲んで下さい」
「・・・・・」
私は謙信の頭を支えて水の入っている竹筒を口に運ぶが、謙信は全く飲む気配がしない。
もしかして毒が入っていると思っているのかな。そんな卑怯な事はしないのに。
「見ていて下さい」
そう言うと、私は竹筒を自分の口に運んで水を飲む。これで毒は入っていないと分かったはずだ。
「毒は入っていません。だから安心して飲んで下さい」
もう一度竹筒を口に運ぶと、謙信は戸惑いの表情を浮かべながらも水を飲んだ。
良かった。飲んでくれた。・・・いや、良くない。よく考えればこれって間接キスじゃん。まさか謙信と間接キスをするなんて!!
自分でやっていて何だが、恥ずかしくなってきた。それに顔がだんだん火照っていくのを感じる。
「小屋の横に井戸があったので、水を汲んできます」
私は少し落ち着こうと、近くにあった桶を持って外へ出る。
「ふぅー」
外へ出ると冷気が火照った肌に触れ、心地よい。
空を見上げると、今にも雨が降りそうな気配がする。急いで水を汲まないと。
「たしかこっちに・・・あった!」
井戸を見つけ、慎重に釣瓶を引っ張る。慌てて引っ張ると水が溢れちゃうからね。
そして持ってきた桶に水を入れ、溢さないようにゆっくりと歩き、小屋へと戻る。
謙信の様子をうかがうと、息が乱れていて、咳もしている。
少し苦しそう。薬を飲ませた方がいいかな。
私は謙信の頭もとに水の張った桶を置き、荷物の中から薬を取り出す。たぶん風邪だから風邪薬で大丈夫だよね。
「口を開けて下さい。薬を飲ませます」
私はまた謙信の頭を支え、薬を見せる。すると謙信は小さく口を開けた。
「少し苦いですが我慢してください」
そう言って薬と水を飲ませると、謙信は微かに顔を歪める。良薬は口に苦しっていうからね。
私も小さい頃に熱を出して薬を飲んだことがある。その時の薬の苦さといったら・・・。今でも忘れられないほどだ。
「ちゃんと飲んで下さいね」
薬を飲んだ事を確認してから謙信の頭を下ろすと、懐から手拭いを取り出し、額に流れている汗を拭うために前髪を掻き上げる。
うわー。近くで見るとまつげ長いし、鼻も・・・て、そうじゃない!
頭を横に振り、思考を切り替えて謙信の額の汗を拭う。
今はそんなことよりも謙信の熱を治すことに集中しないと。
汗を拭い終わると、その手拭いを水の張った桶に浸す。井戸の水は冷えていて、少し冷たい。
濡らした手拭いは軽く絞り、謙信の額に置く。すると謙信が一瞬ビクッと驚いたが、すぐに気持ち良さそうに目を閉じた。息もだいぶ落ち着いている。
「これで大丈夫かな」
私がそう言うと同時に、自分のお腹が鳴った。そういえば、町でご飯を食べようと思って何も食べていなかったんだ。
「腹が減ったのか」
私がお腹を押さえて後悔していると、目を閉じていたはずの謙信が視線だけを動かして私の方を見ていた。
「いえ。全然減っていま・・」
「ふっ」
否定しようとしたが、言葉の途中でまたお腹が鳴り、謙信に笑われてしまった。
笑うんだったら笑え!人間、生きていればお腹が鳴る事だってあるんだ!!
「いるか」
私が不貞腐れていると、謙信が竹の皮で包まれたにぎり飯を二つ渡してきた。でもこれって謙信の弁当なんじゃ。
「俺は腹が減ってなどいない。お前が食え」
私が戸惑っていると、謙信がぐいっと無理やり私の手のひらににぎり飯を一つ手渡す。
「看病してくれた礼だ」
私が食べるのを躊躇していると、謙信が声をかけてきた。看病のお礼なら・・・
私は覚悟を決め、にぎり飯にかぶり付く。
「・・・すっぱい」
すると、にぎり飯の中に梅干しが入っていた。
「梅干しは体にいい。ちゃんと食べろ」
「うっ、分かってます」
私は梅干しのすっぱさで顔をしかめながらも完食する。
「ありがとうございました」
「礼はいい。もう一つ食え」
そう言ってもう一つのにぎり飯をぐっと私に差し出す。
「もういいです。それは貴方が食べてください」
「お前が食え」
「いえ、私はもうお腹いっぱいです」
それに病人の方が体力をつけないと・・・
「・・・そうか」
そう言うと謙信は体を起こし、黙々とにぎり飯を食べ始める。私は謙信がにぎり飯を食べている間、額に置いていた手拭いを水の張った桶に浸し、軽く絞る。
空を見上げると、空一面に黒い雲が広がっている。
まだ雨は降っていないけど、ただのくもり雲なのかな。
そう思った次の瞬間、真っ白い光りが部屋に差し込み、少し遅れてから轟音が鳴り響く。
「・・・っ!!」
雷か・・・。しかもかなり近い。
私が外を確認すると、滝のように雨が降っていた。もしあのまま進んでいたらびしょ濡れになっていたかもしれない。
「暫く小屋の中で休んでいた方がいいですね」
私は謙信の額に濡らした手拭いを置きながら言った。
「・・・何故だ」
「えっ!」
何故?何故っていったいどう言うこと。まさか雨と雷が鳴っているのに小屋の中で休むなってこと。
「何故、お前は俺を助ける」
私が困惑していると、また謙信が問いかけてきた。
ああ、そう言うことか。・・・あれ、そういえば、私はどうして謙信を助けようと思ったんだっけ。たしか謙信が苦しんでいるって思ったらだんだん胸が苦しくなって・・・
「何故って言われても・・・」
自分でもよく分かんない。ただ助けなきゃいけない!て思っただけだから。
「俺は軍神と恐れられている上杉 謙信だ。今ならお前でも俺を殺れるだろう」
そう言うと、謙信は自嘲気味に笑う。でもその笑みはとても儚く、今にも消えてしまいそうに感じた。
「そんな顔っ、しないで」
まるで何もかも諦めたような顔なんて・・・
気付けば、私は謙信を抱き締めていた。どうして抱き締めたのかなんて分からない。ただ、触れないと消えてしまいそうだったから。
「・・・お前は、妙な奴だな」
ぼそりと謙信が私の耳もとで呟く。
「普通ですよ」
ただ前世の記憶を持っている忍者なだけ。それ以上でも、それ以下でもない。
「お前、名は何だ」
「・・・夜桜 結衣です」
教えてもいいのか迷ったが、どうせ謙信ルートで私はモブキャラだからすぐ忘れるだろう。
「結衣か」
「はい」
私が顔を上げると、謙信はまるで壊れ物を扱うかのように私の頬を優しく撫で上げる。どうしたのかな。
「お前は、俺の傍を・・・・・」
謙信は口を開けたが、すぐに閉じた。あれ、どうしたんだろう。
私が謙信の顔を覗き込むと、謙信は穏やかな寝息をたてていた。
「眠ったのか」
熱が高いままあんなに動いていたんだから疲れて当然か。
「ふぁー」
謙信の眠る姿を見ていると私まで眠くなってきた。少しだけ眠ろうかな。
私は壁にもたれ掛かり、目を閉じる。
こうして、私は謙信と深い眠りについたのだった。