表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

私の今世は悪役忍者らしい


「この方がこれから我々がお仕えする(あるじ)だ」


「・・・・・っ!!」


突然紹介された主という男を見た瞬間、私の頭はまるで分厚い辞書に殴られたようにガンガン痛みだした。


「結衣、大丈夫か?」


私が痛みを堪えるために頭を押さえていると隣から声を掛けられたが、今の私にはそれに応えられる余裕がなかった。




たくさんの記憶が頭の中に流れ込んでくる。


私の前世の東條(とうじょう) (ゆき)だった頃の記憶が・・・




私の前世は日本人であり、乙女ゲームが好きなごく普通の女子高生だった。あの日も新しいゲームをしていて、朝までずっと起きていたが、下から母の声が聞こえて、今日が学校だった事を思い出した。時計を見ると、もう遅刻しそうな時間帯だ。


「お母さん!もっと早く呼んでよ!」


急いで階段を駆け下りる。


「何度呼んでもあんたはゲームに夢中だったでしょ」


「うっ!!」


図星だったから反論出来ない。ってああ!!もうこんな時間!!

私は慌てて制服を着ると、朝ごはんを食べる時間も惜しかったから口にクロワッサンを含めるだけ頬張る。妹から「ハムスターみたい!!」って笑われたけど、無視して自転車にまたがってどんどんスピードを上げていった。


でも運悪く、最初の信号で引っ掛かってしまう。ここの信号は長いんだよね・・・はぁ。


私は歩行者の信号が青になったらいつでも自転車を漕げるように準備する。信号を待っている間に口に頬張っていたクロワッサンを少しずつ食べる。口に頬張りすぎてちょっとほっぺが痛い。


そしてとうとう信号が青になり、私が自転車を漕ぎ始めると何故か左から大きな物体が私の方に向かってくる。それに、悲鳴まで聞こえてきた。えっ!!と驚いてそっちに顔を向けようとしたが、その前に私は意識を失ってしまった。


薄れゆく意識の中、私はただ『まだまだやってないゲームが残ってるのに・・・』と思っていた。


幸い死ぬ時の痛みや苦しみは感じなかったが、本当に最悪な最期だった。自分でもそう思う。左からトラックが来るのに気付かなくてぶつかって死んだなんて・・・小学生でも信号を渡るときにはしっかりと右左を確認するのに。


今度は痛みではなく、自己嫌悪で頭を抱えていると、ふと目の前の人物と目が合った。


あれ、そういえば今目の前にいる人はどこかで見た事があるような・・・。


実際に会ったとか写真を見たというわけじゃなくて・・・もっと身近なもので・・・・・あっ!!乙女ゲームだ!!


そうそう!乙女ゲームの『時をかける恋~戦国ver』の攻略対象の一人だよ!!って、ここは乙女ゲームの世界なの!!じゃあ、これからヒロインと攻略対象との恋愛を間近で眺められる!!やったー!!と思っていたが、何かを忘れている気がする。


何か大事な事を忘れているような・・・


何かが頭に引っ掛かっていると、ふと今の自分の名前を思い出した。『結衣』それはその乙女ゲームの悪役キャラであり、忍者であって、ヒロインとの恋愛を邪魔する存在。いわば、当て馬だ。って、嘘!私悪役キャラなの!!



そこまで思い出すと、私の意識はぷつりと途絶えた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



気がつくと、私は自分の部屋の布団で横になっていた。どうやら意識を失った私を誰かが部屋まで運んでくれたようだ。


「はぁー」


頭痛はすっかり(おさ)まったが、今度は別のことで頭が痛い。


少し頭の中を整理してみよう。


『時をかける恋~戦国ver』とは名前のとおり主人公がタイムスリップして戦国の武将達を攻略するゲームだ。


そしてその攻略対象のなかには忍もいて、その忍ルートの悪役キャラが夜桜(よざくら) 結衣(ゆい)ーーつまり私だ。


結衣は背中までの艶やかな黒髪を一つに結び、色白で少しつり目の大きな黒い瞳をしている美少女だが、その小柄な身体を活かして俊敏に動くことで忍の里ではトップ十に入る程の腕前だ。

ちなみに攻略対象の一人の忍の部下でもある。


そして攻略対象の忍ーー結衣からすれば(あるじ)に絶体絶命の状況で助けられ、恋をしてしまう。(禁断の恋)


結衣はこの想いを胸に秘めることにしたが、突然現れた主人公に主がどんどん惹かれていくのに()えきれず主人公を殺そうとした。

しかし主人公を殺そうとしたところに主が現れ、逆に結衣が殺されてしまう。

結衣を殺して二人の間を邪魔する者は誰も居なくなり、二人は幸せに過ごしていく、おしまい。


「じゃないよ!そんなの絶対嫌だ、私は殺されたくない!!」


そもそも悪役忍者ってなに?!普通そこは悪役令嬢とか戦国時代だったら悪役姫?みたいな感じでしょ!!何でよりによってそこで悪役忍者に転生しちゃったのよ~~~!!(実際にこの世界で悪役キャラの姫はいるよ)


しかも最後は主の手によって殺されるって・・・本当に最悪だ。


・・・はっ!つい叫んじゃったけど大丈夫だよね。

こんなひとり言聞かれてたら私が変人って思われちゃうよ。


私は急いで周囲の()()をうかがう。




「・・・ふー、誰もこの屋敷には居ないね。まだ皆は外なのかな」


実は結衣に転生してからというもの私の五感は研ぎ澄まされ、運動神経もかなり上がったのだ。前世ではあまり運動が好きではなかったけど、今では毎日外で遊びたいと思う。


でも出来れば悪役キャラじゃない普通の忍のモブキャラに転生したかったなあ・・・。


そんな事を考えていると、二つの気配が屋敷に近付いて来ることに気づいた。一つはいつも忍術を教えてくれる高坂先生の気配、もう一つはよくわからないけど多分さっき紹介された私の主だと思う。


ん、()・・・。



あああーーー!!


そうだ!さっきお会いした方こそが攻略対象の忍ーー猿飛佐助なんだ!!なんで忘れてたんだよ、将来私を殺すかもしれないのに!!


猿飛(さるとび) 佐助(さすけ)

黒い髪に切れ長の赤い瞳で端正な顔立ちをしている。

いつも飄々としていて、性格がつかみにくく幸村の命令しか聞かない。あっ、幸村は将来佐助が仕える主のことだよ!ちなみに彼も攻略対象!!



・・・ってあれ、よくよく考えれば私は主人公と佐助の間を邪魔して殺されたんだよね。だったら邪魔さえしなければ私は殺されないんじゃ。


そうだよ!邪魔をして殺されたんだから邪魔さえしなければ私は殺されないんだ!!これから佐助に近付かないよう注意して暮らしていけば死亡フラグを回避出来るかも!!

それに自分を殺すかもしれない人にわざわざ自分から近づきたくないし・・・


「結衣、入るぞ」


私がこれから佐助に近付かないと決心していると同時に襖の奥から高坂先生の声が聞こえてきた。もう私の部屋の前まで着いたのか。


「はい」


返事をすると予想通り黒髪で少し整った顔立ちの高坂先生と私の主となる佐助が部屋に入って来る。


さすが乙女ゲームの攻略対象だけあって顔立ちが綺麗だなぁ。


私がそんなことを考えながら佐助の顔をまじまじと眺めていると、先生がコホンと咳払いをした。


はっ!!別に先生の存在を忘れていたわけじゃないよ。ただ初めて本物の佐助の顔を見れたから感動してて・・・。いや、まぁ死亡フラグは恐いけど。同じゲーマーならこの気持ちが分かるでしょ!


「体調はもう大丈夫か」


慌てて佐助から視線を逸らすと先生が淡々と聞いてきた。


「はい、さっきは少し頭痛がしただけです。御心配おかけしました」


私は先生に頭を下げる。


「頭を上げろ。そう思うならこれからは無理せず体調に気を付けろ」


顔を上げると先生が少しホッとした表情をしたように見えた。冷たそうなしゃべり方だけど、本当はとっても優しいんだよね!顔はほぼ無表情だけど。


「さっきも言ったが、この方がこれから我々がお仕えする主の猿飛佐助殿だ。粗相のないよう注意しろ」


私は先程佐助を紹介される途中で意識を失い、敬意を表していなかったことを思い出したので、急いで布団から抜け出し、佐助の側に跪く。


「はい、結衣と申します。これからよろしくお願いします」


「ん」


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


えっ、会話終了!!いや、そもそも佐助はひと言しかしゃべってないから会話っていえるのかな・・・。


私が内心慌てていると、先生が突然私に話しかけてきた。


「結衣、これから予定はあるか」


「何もありませんが」


私は跪いたまま顔を上げ、視線を先生に向ける。


何か嫌な予感がするんだけど・・・


「ならこれから佐助殿にこの里の案内を頼む。私はこれから仕事があって忙しいんだ」


いやいやいや、無理です。この方は将来私を殺すかもしれない方なんですよ!!それにさっき佐助とは距離をとるよう決心したばかりなのに・・・。


「・・・・・・わかりました」


なんて、言えるわけないじゃん。いつもお世話になっている方なんだから。


「じゃあ後は頼んだ」


「・・・はい」


そう言うと先生は静かに部屋から出ていく。ああ、まだ行かないで!佐助と二人きりなんてどうすれば・・・


「・・・・・・」


「・・・・・・」


先生が居なくなり、少し気まずい空気になった。


・・・どうしよう、何て言い出せば。


「案内しないの」


そわそわしていると佐助が話しかけてきた。何か初めて佐助の声を聞いた気がする。だって今まで「ん」しか返事を返してくれなかったんだもん!!


「っ・・・はい。ついてきてください」


私は腹を括り、佐助に里を案内するために立ち上がる。


とりあえずさっさと案内を終わらせよう。


そして佐助とは距離をとって絶対に平和な暮らしを手に入れてやる!!(忍だから平和な暮らしが出来るか分からないけど・・・)




私はそう心に強く誓うのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ