DAY2(2)
『ナロウ転生』における魔法とは、地水火風光闇の六属性に、アロー、ボルト、ボール、ブラスト、などの単語を組み合わせて好きに魔法を習得する。
ただしプレイヤーの初期属性は地水火風の四属性のいずれかで、光と闇はスキルポイントを消費しなければ習得できない。
正哲の場合は最初の属性が火であるため、「ファイア」+「アロー」、「ファイア」+「ボール」などの単位で攻撃魔法を習得することになる。
今回は対多数のプレイヤーを殲滅するため、まず大爆発を起こす「ファイア」+「エクスプロージョン」に目をつけた。
しかし「エクスプロージョン」は習得にかかるスキルポイントの消費が重く、また実際にMPコストも多大で、一発撃ったら終わりの魔法となってしまう。
あまり有効な手立てではない。
「なあスズナ、そっちの魔法はどんな感じだ。そもそも属性はなんだよ?」
「私は水ですね。クロムさんは?」
「俺は火だ。属性の違いで何か、変わることはあるのか?」
「その辺はヘルプやチュートリアルでも説明があったはずですが……確か使える魔法の種類が若干、違うはずですよ」
「例えば火と水じゃどう変わる?」
「火には回復魔法がありません。代わりに攻撃魔法が充実していたはずです」
「なに、回復魔法がないのか。……どうでもいいな」
「ですが、プレイヤー側が魔法を集団で撃ってきたら、さすがに回復魔法は必要になるのでは?」
「おっと、その可能性はあるな……そうなると必要なのは火力じゃなくて防御魔法か」
「倒す分には順番に斬ればいいわけですから、距離を取っての魔法戦になったときにどう対応するかを考える方がいいでしょうね」
「うぃうぃ。いいねえ、ゲーム慣れしてるねえ。オジサン、最近はこういうファンタジー、久しぶりで鈍ってたよ、その辺り」
「……」
返答に困ったスズナは、無言で頷くだけで応えた。
対する正哲は気にせず、魔法のリストを眺める。
先程の話からすると必要なのは「ファイア」+「ウォール」だろう。
しかし火炎を壁の形にしたところで、止められるのは水と炎くらいのものだろう。
むしろ風や土は突き抜けてくるだろうし、矢なども遠慮なく貫通するはずだ。
火魔法に防御や回復に適した魔法は本当に少ないのだ。
結局。
正哲が選んだのは移動魔法の「ファイア」+「ブースター」だった。
これは背中から炎を噴射して前方への加速を得るという魔法で、距離を取ってきた相手に接近するために使うために習得した。
スズナは「ウォーター」+「ヒール」と「ウォーター」+「シェル」という、回復と防御魔法だ。
魔法の集中砲火を浴びる場合、シェルで防御してヒールで回復するという流れを想定している。
またこれらの魔法は他人にも掛けられるため、いざというときは正哲にも掛ける場面も想定している。
ただし正哲は魔法の集中砲火など関係ないかのように加速して突撃するだろうから、この想定は無意味に終わりそうではあった。
スズナは内心で正哲に支援魔法を掛けずに済んでホッとしていたが。
◆
メニュー操作を終えて、草原を散策していると、プレイヤーの集団が待ち構えていた。
案の定、遠方からの魔法で正哲らを仕留める腹なのだろう。
「おいおいおい、大勢いるじゃねえか」
「…………」
正哲がなぜこの状況で笑っていられるのかスズナは理解に苦しむが、こういう生き物なのだ、と思い込むことでひとまず考えないようにすることにした。
正哲が居合の構えを取る。
スズナも長剣を構える。
一方、プレイヤーたちはこの人数差で気負わずに武器を構えた二人に、内心でおののいていた。
仮にも最前線。
そのプレイヤー陣が万全の準備をしているにも関わらず、ふたりに緊張や悲壮感はない。
「くそ、舐めやがって! 魔法、撃つぞ! 水以外、準備!」
地水火風のうち、圧倒的に相性が悪いのは火と水だ。
そして攻撃に向いた、というよりほぼ攻撃しかできない火を一斉攻撃に参加させ、回復と防御に秀でた水を外すというのは妥当な選択といえる。
「ファイアボール!」
「ストーンボルト!」
「ウィンドカッター!」
多数の魔法が正哲とスズナに襲いかかる。
……しかしどれも弾幕となることにあぐらをかいた、誘導性の低い威力重視の魔法ばかりだったのが仇になった。
正哲は相対するプレイヤーたちを横に見ながらファイアブースターで一気に加速、弾幕から逃れる。
一方のスズナもウォーターシェルを張りながら、正哲と逆の方向へ一気に走り抜ける。
ふたりは爆発を背に、それぞれ魔法の一斉掃射をしのぎきった。
「やったか!?」
「馬鹿、それフラグだぞ!!」
笑い合うプレイヤーたちの表情がフラグ通りに凍りつくのは、無事に魔法の掃射を抜けてきた二人が斬り込んでくる、二秒後のことだった。
◆
魔法を交えた乱戦。
しかし制したのは、やはりというか、初手で決めきれなかった以上、正哲とスズナに軍配が上がったのは当然の結果だった。
二、三十人はいただろうプレイヤーは全員が死に戻った。
正哲とスズナのHPバーも無傷とはいえないが、半分を割ることすらなかった。
「……今回は躊躇している余裕はなかったようだな、スズナ」
正哲が見透かしたように嗤った。
その通りだった。
スズナは躊躇せずに、プレイヤーを斬った。
一刻も早く数を減らさなければ、不利だと悟ったからだ。
武人として当然の勘定。
それが出来てスズナは一安心、とはいかなかった。
「追い込まれなきゃ駄目ってことはやっぱり平常時は躊躇うんだろうなあ」
「……そう、でしょうね」
「そんなに嫌か、人を斬るのは」
「いえ、……はい」
「そうか」
しばしの静寂。
スズナにはその沈黙が恐ろしいもののように思えた。
実際、正哲が頭のなかで考えていることは、スズナにとっては地獄そのもの。
どう今の倫理観を壊すのか、どう今の武人としての半端を正すのか、どう今の優しい性根を矯正するのか。
……やはりPKを続けていくしかない。
正哲の出した結論は、結局は変わらなかった。
別に正哲はスズナを快楽殺人者に仕立て上げたいわけではない。
ただ人に向けて剣を振るうだけの覚悟を持たせられればそれでいい。
人並みの倫理観を持ったままでも、武人として剣を持てば人を斬れる、そういう存在になれさえすれば、目的は叶うのだ。
「剣を持ったら躊躇うな。そう、最初に教わったなあ」
「……」
「スズナ、お前もそうじゃなかったか? それともそんなことは当たり前のことだから、誰も教えてくれなかったか?」
「いえ、そういえば聞いた気がします。でも身についていなかった……」
「そういうことだ。剣を持ったら躊躇うなってのは、最初に教わるようなことなんだよ。そこをすっ飛ばしたから、今のお前があるんだ」
「……はい」
「まあいい。あと一ヶ月もある。急ぐ理由はない、魔物を狩りながら先に進むぞ」
正哲とスズナは、それぞれ「偽装」と「変装」を使い、得物を持ち替えて魔物を狩りに進むことにした。
◆
夜になった。
オークの跋扈する森は暗い。
既に正哲とスズナが最前線を進んでおり、他にプレイヤーがいないところまで来ていた。
オークの数も増し、ゴブリンやコボルトも杖を持ち出し魔法を使うようになりつつあるが、それでも二人の行く手を阻むには力不足だった。
「そろそろボスエリアじゃないのか?」
正哲は少なくなってきた敵の数から、そう推測する。
スズナも同意見だった。
「はい、恐らくは」
「何が出るかは知らんが……この分だと数が多いかもしれんな」
「オークにゴブリンとコボルトですね。そうなる気がします」
かくして、そうなった。
オークとゴブリン、コボルトの合同部隊を率いるはオークキングだった。
ひときわ巨大なオークが、鉈のような分厚い刃の剣を持っている。
付き従う雑魚もこれまで戦ってきた奴らより精鋭らしい。
正哲の勘によると、オークキングはなかなかの強さらしい。
ならばこれはガキのお守りを扠せられている自分へのご褒美にしよう。
「よし。今回は俺がボスだ。雑魚は任せたぞ」
スズナは剣を構え、「はい」と応じた。
雑魚の数は多いが、ボスを相手にするのも雑魚を相手にするのも、どちらもややホネが折れる作業になる。
「よし、行くぞ!」
正哲はメイスのまま、オークキング目掛けて駆ける。
腰だめにしたメイスを大きく遠心力を乗せて振るうと、ゴウ、と音を鳴らしてオークキングを襲った。
オークキングはそれをスウェイバックして躱すと、正哲を掴もうと腕を伸ばしてきた。
彼我の身長差は倍近い。
素手での掴みは致命的に正哲に振りをもたらすだろう。
だからメイスを勢いのまま振り抜き、そのまま一回転してオークキングの腕に叩きつけた。
「グオオオオオっ!?」
「はは。簡単に掴まれるかよ」
オークキングの片腕は確実に砕かれた。
だから、正哲は追撃に膝を破壊しにメイスを振るう。
自分より大きな相手への攻撃手段としては王道。
ゴキリ、とメイスが食い込み、オークキングの膝を粉砕した。
たまらず膝をつきつつもオークキングは一撃を繰り出してきた。
正哲はこれを一歩引いて躱す。
鉈剣が地面を抉り、轟音とともに土煙を上げた。
足を止めた巨体のオークキングは、もはや正哲の敵ではなかった。
攻める角度を変えながらメイスで滅多打ちにして、オークキングのHPを削っていく。
何十と殴る必要はなかった。
正哲が全力で慣性に任せて振るいまくったメイスは、オークキングを歪なオブジェに変えていた。
変な方向に曲がる腕、陥没した頭蓋、横に曲がる膝、球形の陥没がいたるところに刻まれた死体は、ボッ! と赤く炸裂して消えた。
◆
スズナは一匹ずつ丁寧にゴブリンとコボルトの首を刎ねていた。
オークは巨体なので首も分厚い。
だからオークに対しては足か腹を切り裂き、倒れ込んできたところを頭部に剣を叩き込んで絶命させるという手順を踏む。
完全にルーティンワークだった。
機械のように正確に。
機械のように無慈悲に。
機械のように。
ああ、なぜこれが人間を相手にしたときに出来ないのだろうか。
スズナは疑問を抱えたまま、しかし身体の動きは寸分の乱れもない。
心の乱れが動きに出るような未熟さは持ち合わせていない。
そう、人間が相手でなければ、スズナは圧倒的な強さを誇る長澤の門下生だ。
目の前の雑魚から視線を切って、正哲の戦いぶりを見る。
なんと楽しそうにオークキングを叩いているのだろう。
心底、戦うのが楽しいのだろう。
羨ましい、と思った。
あんな風に人間を相手にできたら……。
気がつくと倒すべき雑魚はポップ待ちとなっており、次のポップを待つまでもなく正哲がオークキングを倒していた。
◆
「お疲れさん」
「はい。クロムさんも」
ふたりは戦いの余韻に浸りながら、リザルトをぼんやり眺めていた。
たった二人。
コンビで挑むには少し早い難敵だけあって、経験値の分配もかなり多めだ。
ドロップも二人で分け合うため、それなりの量がある。
「よし、今日はこの辺にしとくか」
「……はい」
夜になってから森に入ったため、そろそろログアウトする頃合いだ。
だから、
「じゃあ今日もやるか」
「……っ」
PK同士の戦いは、必然だった。
◆
先に仕掛けたのは当然、言い出しっぺの正哲。
というより待ってやる理由はない。
メイスを横薙ぎに振るい、スズナの胴体を刈る。
しかしスズナはバックステップで軽く躱し、剣を構えた。
切っ先が揺れる。
それは心の乱れが動きに反映された証だった。
正哲のメイスが再び、今度は上から叩きつけるようにして振るわれる。
胴体が隙だらけだ、と反射的に思ったスズナは剣を振るった。
胴体を横に薙ぐ一閃。
しかしそれは正哲の誘いだった。
正哲は振り下ろすメイスの柄から手を放して後ろに飛ぶと、徒手格闘の構えをとった。
そしてスズナに飛び掛かった。
頭上から振ってくるメイスを咄嗟に剣で叩き落とし、スズナは自分が正哲に嵌められたことに焦っていた。
正哲の技は太刀と格闘だ。
不得意なメイスに拘る必要はなく、適当なところで相手に向けて手放し、徒手での格闘戦に移る腹だったのだろう。
戦闘の組み立てでは相手の年季に敵わない。
それは自分の方が腕前だけは上だと勝手に自負していたスズナのプライドに、小さなヒビを入れた。
カッとなったスズナは、メイスを打ち払った衝撃で軽く痺れた両手から剣を手放し、やはり徒手格闘の構えで正哲を迎え撃つ。
先夜は目潰しから鼻を叩かれ、首を折られて殺された。
仮にも長澤の武人として、二の轍を踏むわけにはいかない。
飛びかかる正哲はスズナが獲物を捨てたことに意外感を覚え、同時に殺人コロシアムでのスズナの師匠の技を思い出していた。
そうだ、奴がスズナの師匠ならば、徒手格闘を仕込まれていないはずがない。
正哲は警戒心を強め、左ジャブから入った。
ジャブは拳を広げてのサミングだ。
しかしまるでそれを読んでいたかのようにスズナは正哲の左腕を払い、右ストレートをいきなり鳩尾に入れてきた。
「ぐ――ッ!?」
そして拳の乱打。
スズナは鳩尾を突かれて動きを一瞬止めた正哲に、無心で拳を叩き込む。
女の細腕でも的確に打てば、相手を沈めることはできる。
まずは顎。
次に鼻。
次に喉仏。
そして鳩尾。
脇腹にも見舞った。
ガッガッガッガッガッガッガッガッ!
火花のようなエフェクトが夜に乱れ散る。
拳での乱打で、HPがゼロになったのだろう、ボッ! と正哲は爆発するように爆ぜた。
「…………は、」
呼吸を整え、どこかぼんやりと真っ赤になった視界と頭を冷却する。
スズナは、
「…………」
勝利した。
同時に、人に向けてこれほどまでに無心で打ち込み、倒すことに対して達成感を感じている自分を恥じた。
嫌悪した。
拒絶した。
しかし、武人として一歩前に進んだのだと、実感もした。
その夜、ひとりの少女がほんの少しだけ、成長した。