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DAY2(1)

 翌日の朝、スズナを殺した場所。

 律儀にログインしていたスズナと合流し、正哲は「偽装」と「変装」を解いた。


「おはよう。時間通りだな」


「……おはようございます」


 不機嫌を隠そうともしないスズナの態度に苦笑を噛み殺しながら、正哲は言った。


「じゃあPKしに行くか」


「昼間もPKするんですか……」


「ああ。実は運営からお叱りを受けてね。やりすぎだ、と」


「はあ……」


「で、賞金をかけてもらうことで折り合いをつけた」


「賞金ですか?」


「そう。俺らは百万首だそうだぞ」


「ひとり百万Gということですか? ……それは、プレイヤーが目の色を変えますね」


「イベント扱いだ。派手に殺そうぜ」


「…………」


 スズナは、うんざりだ、という表情を隠そうともしない。

 そしてどう思われようとも、正哲は気にしない。気にならない。

 武芸の腕前がどれだけ優れていようとも、たかが十代の少女にいちいち感情を乱されることなど有り得ない。


「よおし、まずは草原に出るぞ。あっちこっちで狩りをしているプレイヤーを片っ端から斬る。そのうち連中、徒党を組んでこっちを囲んでくるから、その前に逃げる。タイミングを見誤るなよ?」


「……はい」


 スズナは「偽装」を解いてプレイヤーカーソルをグリーンからレッドに変更した。

 正哲は「そういえば偽装については何も打ち合わせていなかったな」と思い出したが、どうせシステムへの順応は若い方が早いだろう、と気にしないことにした。

 分からなくて聞くのはこちらになるだろう。


「よし、まずは奴らからだ」


「五人、ですか……」


 結論から言えば、人数は問題ではなかった。


 大きく踏み込んだスズナが一閃するだけで、三人が消滅。

 続いて残りをスズナの突きと、正哲の居合いで殺した。


 周囲のプレイヤーも、この凶行に呆気として見とれていた。

 それほど一瞬で勝負は決まったし、なんの躊躇いもないように見えたのだ。

 正哲以外には。


「まだ躊躇うのか……まあいい。続ければ、そのうち慣れるだろうしな」


「すみません」


「謝ることじゃねえ。むしろ人を斬るのに躊躇わない方が狂っているんだ。お前はこれから、狂うために訓練しているんだ」


「そんな……っ」


「それがお前の師匠の望みだろう」


「……!」


 そう。

 命じたのはスズナの師匠だ。


 ちょっと人として狂ってこい、そうスズナには師匠の声が聞こえた気がした。


「今の時代、切った張ったして生きるってのはそういうことだ。今の時代の倫理観に折り合いがつくわけねえんだよ」


 正哲は吐き捨て、獣のように嗤った。


「さあ、殺そうぜ。そこらで呆けている常識人どもを、根絶やしだ」


「……はい」


 スズナは力なく頷くと、自らの意思で踏み出した。


     ◆


 適当なところでPKを切り上げ、「偽装」と「変装」で一般プレイヤーを装う。


 百万Gの賞金首の話はプレイヤーに行き渡っているようで、途中からは他のVRゲームで鳴らした自称強者どもを順番に斬り捨てていった。


「物足りないな……」


「PKを続けますか……?」


「いや。魔物にしよう。森の先に進んだパーティがいるらしい。もう熊を倒して次の街に辿り着いたそうだ」


 掲示板を眺めていた正哲は、最前線に向かうことに決めた。

 つまり今、この草原にいるのは出遅れている連中だと判断したのだ。


 無茶苦茶な強さの賞金首にかまけずに熊を倒して、次の街でレベリングする判断を下した連中。

 そういう賢い奴らこそ、正哲たちが相手をするに相応しいに違いない。


 それでも恐らくは期待に満たないだろう、とも思うが。

 相手が長澤の者でもない限りは、ないものねだりだ。

 むしろプレイヤーがレベルを上げて、システム的に強くなった方が楽しめるかもしれない。


「そういえばスズナ、偽装スキルは見破られる心配はないのか?」


「ありますよ。看破スキルがあるはずです。取得は……できませんね。条件が何かあるのでしょうか」


「看破……うん? 俺のツリーにはあるぞ」


「あ、もしかしてPKを殺したからでは?」


「あー。お前を殺したもんな。そうか、PKを殺すのが条件かあ」


 正哲は「看破」を取得した。

 これでPKを探し当て、スズナに殺させれば条件を満たせる。


 もしくは自分と死闘を演じるのもいいが、正直なところ昨晩の様子だとまだ五分だ。

 日が傾いてきたこの時間にどちらかが死に戻るのは時間の無駄。


 ……だがログアウト前に、死合うのも悪くない、か。


 正哲は昨晩のような稽古を、毎回の恒例にすることに決めた。


     ◆


 難なく熊を倒して、森を抜けた正哲とスズナは、次なる街に辿り着いた。

 少数のプレイヤーの姿を見かけ、正哲はこぼれる笑みを隠そうともしない。


 スズナは殺人狂の正哲について辟易しながらも、人を人とも思わず斬ることのできる心の在り方について考えていた。


 どうすればそのような境地に至れるのか。


 師匠はその境地に至っているというのか。


 自分にそれを求められているというのか。


 人として狂うことを――。


「おいスズナ、まずは装備だ。新しい街なら、最初の街よりマシな得物が揃っているはずだよな」


「……はい、ですがプレイヤーメイドの方が優れている可能性が高いですよ」


「ううむ。まあ現時点で看破されることはないとは思うが……NPCとプレイヤー、どっちがいいと思う?」


「……大した違いはないでしょう。両方、眺めて決めてはどうでしょう」


「そうしてもいいが……やっぱり女か」


「え?」


「買い物が長いってことだ」


 そういう言い方をされるとスズナも心穏やかではいられない。


「では三十分ほど、別行動にしましょう。どうせ現時点で選べる得物に大差はないでしょうから、それぞれ必要な買い物をして合流すればいいでしょう」


「んーまあいいか。じゃあ三十分後にな」


 肩をすくめて歩き去る正哲の背中を眺めながら、スズナは嘆息した。

 やっと解放された、と。


     ◆


 太刀をNPCショップで購入した正哲は、その足でまだ数少ない露天を覗いていた。

 確かに色々なオプションや工夫などがつくプレイヤーメイドは優れていると言えなくもないが、現状ではNPCの手になる作と大差ない出来だ。


 むしろここで太刀や長剣を見繕うのは、いま話題のPKと同じ得物だと怪しまれる危険性の方が高いのではないかと、正哲は判断した。


 テキトーに露店を冷やかしてから、集合地点に向かうと、既に新しい長剣と防具を用意したスズナが待っていた。

 女の買い物は長い、という言葉に反発するかのように先に待っている辺り、子供っぽいな、と正哲は内心で笑みを浮かべた。


「結局、NPCの既製品にしたのか」


「はい。現状では大差もなさそうでしたし、良い長剣が見つかりませんでしたから」


「そうだな。俺たちの得物は知れているから、むしろその方が良かったかもしれんぞ」


「ああ、そういえばそうでしたね。迂闊でした」


 スズナは完全に気づいていなかったようだ。

 看破スキルなどなくても、正哲たちの正体を知ることは可能なのだ。


「うん? これから周囲の魔物を狩ろうと思っていたが……」


 正哲が自身とスズナの得物を見て、眉をひそめた。

 すぐに意味を察して、スズナも長剣をストレージに仕舞う。


「日本刀使いと長剣使いのPK二人組……偽装と変装をしたところで、得物が特徴的で分かり易すぎますね」


「変えるか……スズナ、長剣以外には何が使える?」


「剣ならば通常のものでも扱えますし、槍も扱えます」


「ならどちらでもいいから用意しておけ。そうだな……なら俺はメイス辺りにしておくか」


 ふたりは再度、NPCショップに行き、そのまま街の外へ狩りに出た。


     ◆


 街の周囲にはゴブリンやコボルトが徘徊している。

 武器を扱う知能と技術があるが、正直、正哲とスズナが武器を変えた程度で苦戦する相手ではない。


 正哲はメイスをくるくると振り回し、ゴブリンの頭部を粉砕していく。

 スズナは素早く切り込んでやはりコボルトの胴体を剣で薙ぎ払っていた。


 敵の武器には弓もあるのだが、ゆるゆると飛んでくる矢に欠伸が出そうになる有様。

 正哲もスズナも、早々に狩場を変えることにした。


     ◆


 ゴブリンの亜種とコボルトの亜種を薙ぎ払いながら、草原の奥へ進む。

 新たに見受けられるのはやはりファンタジーの定番、オークだ。


 さすがに豚顔の巨体が振るう棍棒はなかなかの迫力だが、逆に言えばそれだけ。

 技もなにもあったものではない、単調な一撃。

 俺もスズナも、そのような攻撃では傷一つ負うことはないだろう。


 たとえ得物がいつも通りでなくとも。

 武芸に対する基礎的なスペックが違いすぎる。


 正哲はオークの棍棒をすり抜けると、メイスをフルスイングしてオークの胴体に大穴を開けた。

 オークはボン! と赤い炸裂とともに消滅する。


 スズナはやはり同様にオークの棍棒をかわすと、二度、三度、剣を振るってやはりボン! と消滅させていた。


「つまらんな。序盤の魔物じゃカカシにしかならんか」


「……歯ごたえがないのは確かです」


「スズナ、そろそろPKしに行くか」


「もう、ですか? まだ日がありますけど」


「いいんだよ。魔物に飽きたから、プレイヤーで遊ぼうぜ」


「…………」


 呆れ果てた、といった表情のスズナに目もくれず、正哲は「偽装」と「変装」を解いて、ストレージから太刀を取り出した。


     ◆


「うわあ、賞金首だッ!」


「逃げろ!!」


 正哲とスズナの姿を見たプレイヤーは恐慌状態で逃げ出した。

 あまりにも無様で、ふたりは揃って一瞬、言葉を失った。


「……おいおい。倒せば百万Gだぞ。普通、乗るよな?」


「いえ……実力差はあまりにも歴然としているので、戦力を揃えなければ無理だと判断するのは妥当では?」


「あー……ひとパーティじゃ対応できねえってか。とはいえ、数を揃えられると、さすがになあ」


「対多数といえど、限度はありますね」


「仕方ねえ。システムに頼るか」


「どうなさるんですか」


「魔法があるだろ、魔法。スキルポイントは余ってるか? 余っているなら、魔法につぎ込んじまえ。どうせ武器スキルなんざ飾りなんだからよ」


「いいんですか?」


「うん?」


「あなたは……クロムさんは長澤の最新ライブラリの型が目的でこのゲームを一ヶ月、遊ぶという予定だと伺いました」


「まあな。だがそんなもん、プレイヤーを山ほど狩れば元が取れるだろ。あと、一ヶ月後にキャラ再作成してPKせずに普通に遊んでもいい。もしくは別のゲームでもいいしな。俺にとっては、今、この場で、大量のプレイヤーを返り討ちにする方が断然、優先度が高いね」


「……そうですか」


 根っから負けず嫌いなのだろう。

 そして殺戮主義者。

 それがスズナが諦め半分に出した結論だった。


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